3.炎乱風舞の饗宴 ジーンVSノエル
「成り行きであいつらと狩り勝負することになった。勝手に決めてすまんな」
「あ、話おわったんだー」
「勝負? 良いんじゃない」
リオルとフィルは食卓につき飯を食べていた。そんな二人にジーンは勝負の内容を説明する。
はじめて経験する類のクエストに加えて狩り勝負。楽しそうではある、二人共乗り気だ。なんせこの二人は負けても罰ゲームはないし報酬もしっかりもらえる。
「でもこっちにはリオルがいるのによくそんなハンデくれたな。クエストの決定権もこっちにあるし」
「あいつらはリオルの強さを知らんからな、リオル一人で勝負しても大人モードを使うまでもないだろうな」
戦う前から勝敗は決しているようなものだった。そんなことは知る由もないノエルがパーティを引き連れてジーンたちの元へやってきた。
「俺達の準備はOKだぜ」
「こちらも準備は完了している。クエストを受けてくるからちょっと待ってな」
ジーンはクエストを受注するため受付嬢のいるカウンターへ向かった。
クエストを受けている間にノエルはフィルに話しかける。
「ところでフィル。ケイトちゃんは元気か?」
「ん? ケイトなら毎日健康体だぞ」
「そういうつもりで聞いたんじゃねーよ」
「ん? 違う?……ああ、そうか。ケイトなら無病息災に過ごしておられるぞ」
「この薄らとんかちが、スライムみたいなフザけたな面しやがって。まあいい、元気そうならな。お前を尋ねてギルドに顔出したりしないのか?」
「たまに様子を見に来たりするかな。学校が休みの日とか」
「そうか。それは良いことを聞いた」
ノエルは嬉しそうだ。妙にそわそわしている。
「最近はなんか介護の勉強し始めたな。将来その手の職業に就きたいのかも分からんね」
「介護系かそいつはまた大変な職を目指し始めたな」
「何に影響されたのかは知らんが、あいつなら心配要らないさ。なんせオレより優秀だからな」
兄の言葉としてはなんとも情けない限りだ。そんなやりとりをしている間にジーンはクエストを受けて戻ってきた。
「待たせたな。出発しようか」
ジーン一行とノエル一行はそろってクエストに出発した。
今回のクエストは大量討伐クエスト。討伐対象のモンスターは山岳地帯に出没するオオカミ、バルチャー、人喰い山羊などだ。このレベルになると初級冒険者向けモンスターの中でも危険な方になる。計10体以上討伐したらクエストはクリアだ。
今回はそれに加えて狩り勝負。討伐対象モンスターを多く狩ったほうが勝ちになる。移動の困難な山岳地帯でのクエストは足腰に多大な負荷がかかる、スタミナ切れを起こさないよう如何にモンスターを素速く狩れるかが勝敗を分け、引いてはクエスト攻略の鍵になる。
山岳地帯に差し掛かった辺りでジーンたちとノエルたちのパーティはそれぞれ分かれる。勝負の制限時間は四時間、その時間が経てばまたこの地点に戻ってくる。より多くのモンスターを狩ったほうが勝ちとなる。いよいよ勝負開始だ。
「山岳地帯ははじめて来たな。あの遠くの方を飛んでるのはモンスターかな」
「よくそんな遠いとこまで見えるな。俺には見えない」
「盗賊の探索スキルは高いからこうゆうときいいよねー」
「でもあっちにはアーチャーが居たからな、探索スキルは向こうが上だとは思う」
「その点は心配無用だ、すでに手は打ってある。山岳地帯だと探索スキルに加えて飛び道具が得物のアーチャーは一見すると有利だが、この山岳地帯には今回の討伐対象のバルチャーとか飛行系のモンスターは数が少ないんだ。これで敵アーチャーの利点は潰した」
クエストを選べる権利を利用した巧みな策略、実にセコい。
「それにこの辺の飛行系モンスターは低級冒険者向けが多いんだ。バルチャーとかと勘違いして下手に攻撃するとワンランク上のモンスターと戦うハメになる。だから俺達も飛行系モンスターはスルー安定だ。と言っても低級モンスターは1体で初級モンスター5体分のカウントになるらしいから一発逆転を狙うことも出来る。要はケースバイケースってことだな」
「さすがジーンだ。了解した」
「んで山岳地帯だからといって山に登る必要はない。俺達は起伏が少ない地形を移動し川原を目指す。そこで討伐対象に含まれている大水トカゲやサハギンを狙って狩っていく」
「おおー! 今回の作戦は気合はいってるねジーン」
「そらそうよ。あんな奴に負けるわけにはいかないからな。だが初級だけでなく低級モンスターまで出没する可能性があるから用心していこう。あと気合い入れすぎてスタミナ切れしないようにも注意だな」
今回は無駄なスタミナ消費をさけるためフィルが先頭に立ち討伐対象外のモンスターとの戦闘を回避しながら移動していく。討伐対象なら狩るが今回は勝負も兼ねているためリオルが遠慮なくモンスターをぶっ飛ばしていく。ほぼ一撃だ。大人モードではないチビモードでこれだけ強い。やはり変身するまでもなく勝負は決するだろう。
三人は順調にクエストを進めていき目標地点の川原に辿り着いた。勝負開始からまだ一時間と経っていないが対象モンスターはすでに半分の5体を討伐している。
「もう川原まで着いたな。ここに来るまでにそこそこの数も倒したし、いやー順調順調♪」
「ああ、だが山岳地帯を通ってここまで来たから疲れたな。一旦ここらで休息にしないか?」
「そうだねー、時間はまだまだあるしスタミナ温存しないとね」
三人は休息をとり、ついでに昼飯の準備まではじめた。
「ついに携帯肉焼きセットを使う日が来たぜ。あ、肝心の肉がない」
フィルは携帯焼肉セットをひろげたが焼く食材がなかった。
「魚とか釣って焼くのはどお? それかキノコをとって焼くのもいいよね」
「名案だよリオル。あとでキノコ採りに行ってくる」
「思えば今までで一番遠くまで来たよな。といってもまだ日帰りできる範囲での遠出だが」
「日帰りクエスト御一行だね。はやく初級から低級冒険者に上がってもっと色んなクエストに行ってみたいね」
「数日掛かりのクエストに行くなら馬車とか必要になるな。ギルドを通せば格安レンタル出来るのは冒険者の特権だよな」
「でもさジーン、ギルドって絶対ピンハネしてるよな。大型モンスター狩猟しても3回くらいしか剥ぎ取りできないし。もっと剥げるだろ本当は」
「フィルそれ以上いけない。それは言わない約束だぜ」
「おっと口が滑ってしまった。大丈夫これ以上ギルドの秘密を漏らしたりしない。オレの口は堅い。決してギルドが裏でモンスターを調教して都市や町を襲わせているなんて口が裂けても言わないぜ」
「そうだよフィル。どれだけ黒いウワサが流れても、証拠がなければセーフなんだよ」
酷い言い掛かりだ。いくらなんでもそれはないだろう。冒険者ギルドは健全な組合のはずだ。まっとうである証拠はないが。
「さてと冗談はこの辺にしといてフィルさんは山へキノコ狩りに行ってきますよ、と」
フィルは一人山へ入っていった。木々の数が少なくちょっと山へ登った程度ではフィルの姿はまる見えだ。これなら迷うことはないだろう。
「フィルはキノコ狩りか。なら俺は川で釣りでもするかな」
「えーと、じゃあ私はその辺の野草をつもうかなー」
各自昼飯の食材調達へ向かった。
しばらくして各自食材を確保し戻ってきた。成果はそれぞれジーンが魚3尾、フィルがキノコを複数、リオルが謎の雑草を大量に。
「リオルさんや、俺は野草の知識がないからよく分からんのだが、それは食えるのかね?」
「ジーンさんや、大丈夫だよ。私は野草にはくわしいからね。ほらこれなんか樹液が美味しんだよ」
「樹液って……せめてつゆとかエキスとか飲めそうな呼び方にしてくれ」
「落ち着けよジーン、オレだってキノコに詳しくはないが毒キノコと特選キノコの見分けはつくしな。リオルそれ一本くれ」
「はい、どうぞ。草自体は堅いから噛むんじゃなくてすするように飲むのが美味しくいただくコツだよ」
リオルの勧めるように口に含みすすってみる。口に野草のエキスが広がっていく。
「あ、本当だ美味しい。甘みがあってさっぱりとした喉越しだ」
「本当に上手かったのか。俺も頂いてみようかな」
「はい、どうぞ。美味しいよー」
ジーンもフィルに倣いチューチューと音を立てすすってみる。
「うん、上手いな」
「でしょう」
三人そろって野草をすすりだした。無言でチューチューと音を立てながら野草をすする姿はそこはかとなく不気味だ。
「飯の時間には少し早いが魚とキノコを焼くか。オレの焼き名人スキルが輝く時が来たな」
とれたての魚とキノコを焼き始めるフィル。その間にジーンとリオルは野草を皿に取り分ける。
昼飯の準備が完了し三人は食事をとる。ここまで来るととてもクエスト中の小休止には見えない。レジャーか何かと行ったほうが正しいように思える。
「大自然の中でとる食事は上手いな。今度ケイトも連れてきてやるか」
「そうしようよ。ケイトちゃんきっと喜ぶよ」
「街から近くてモンスターが少ない場所なら安全だしな。ところでリオル、この青色で独特な造形をした野草はどんな味なんだ?」
ジーンは皿に入っている青色の野草を手に取る。
「それは私にもわからない。でもそれだけ綺麗な色の野草なら美味しいと思うよ」
「リオルが言うならきっと上手いんだろう」
そう言ってフィルは青色の野草を食べてみる。
「そうだな、リオルが言うなら間違いない。どれ俺も一口」
ジーンも青色の野草を口に運ぶ。
「はじめての食感ー」
リオルはすでに食べていた。青色の野草を。そして前のめる。
リオルは眠ってしまった。
フィルは眠ってしまった。
ジーンは眠ってしまった。
どうやら食べた野草はネムレ草だったようだ。食したり体内に取り込んだりすると状態異常を引き起こし深い眠りに落ちてしまう。大量に服用するとインドぞうでも気絶するほどだ。
猛毒ではなかっただけ運が良かったといえるが三人全員が眠ってしまったため起こせるものが誰もいない。いつモンスターが現れ襲い掛かってくるともしれない状況下でこれは危険だ。危険だが眠り続けるしかない。なんせ起こすものが誰も居ないのだから。
どのくらい時間が経っただろうか。フィルは誰かに呼ばれた気がした。ケイトが起こしに来たのだろうか。いや、それはありえない。今はクエスト中だ、ケイトがいるわけがない。
そうだ、今はクエスト中だ、起きなければとフィルは目を覚ました。
「あー、よく寝た。何やってたんだっけ?」
「良かった。やっと起きました」
「そうだ眠ってしまったんだ。……お前が起こしてくれたのね」
まだしっかりと頭が働いていないが少しずつ目が冴えてくる。眠っているフィルを起こしたのは使い魔のヴェレだった。
「様子が変だったので見に来たら皆さん倒れているし、全然起きないから死んでしまったのかと」
「寝息立ててるんだからそれはないだろう。まあ心配かけたな」
ひどく狼狽し半泣き状態、主を心配する使い魔の鑑だ。
「本当に心配しました。いっその事、また湖の夢を見せるか、水をかけて無理矢理起こそうかと」
「やってたら今度はお前が永眠していたところだ」
感謝の念が一瞬のうちに殺意の波動へと変わった。
ヴェレを剣に戻しリオルとジーンを叩き起こす。
「おはよーフィル。いい朝だね」
「おそようだし、もう昼だ」
「随分と長く眠ってしまったようだな、モンスターに襲われなかっただけマシと思うか」
急いで移動する準備をはじめる。リオルは時間を確認するため懐中時計を取り出し針が指す数字を見る。勝負の終了時間まであとどの位か計算する。
「たいへんだよジーン! 残り時間あと30分くらいしかないよ!」
「何!? リオル、フィル急ごう!」
「まずいな。鼻スパまで30分かよ」
「確定したみたいに言うな。仕方ない山へ入ろう、高い位置なら川原も含めて全体を見渡せる。モンスターの群れを見つけたら総攻撃。手当たり次第冥土へ送ってくれるわ」
物騒なことを言い出した。よほど鼻スパの罰ゲームが嫌と見える。今度はジーンが先頭に立ちハイペースで山を登っていった。
かなり高い位置まで登ってきた、この高さならかなり遠くの地形まで見渡せる。
ジーンは血眼になって辺りを見回す。よほどノエルに負けるのが嫌と見える。
「見つけた、あの岩場の辺り。オオカミの群れが岩陰の先にいくのが見えた」
フィルがモンスターの群れを発見した。
「よし、距離もそこまで離れていないしターゲットをその群れに絞ろう」
リオルとフィルは頷き、三人は群れの後を追いかける。
岩場に踏み込むと高低差が激しく視界が悪くなってきた。群れの姿は確認できない。
「こっちに来た筈なんだが見当たらない、どうやら群れの方も移動しているようだな」
「追いかけよう。岩場が回廊のようになっているから移動しやすいぞ。探せ! サーチ・アンド・デストローイ!」
ジーンは鬼のような形相でガンガン岩場の回廊を突き進む。その姿はさながら天狗か風神のようだ。
回廊を進むとお次は岩場の広間に出た。何か居る。
視界に入ったモノの正体はすぐに分かった、武器を構え戦闘態勢をとっているが間違いないノエル達だ。あちらのパーティもモンスターを探してここに辿り着いたのだろう。
「何か近付いて来ると思えばジーン達じゃねえか、ちっ!」
大きな舌打ちをする。やって来たのがお目当てのモンスターでなく、ジーンたちだったので苛ついているようだ。
「そりゃこっちのセリフだ。お前らもモンスターを探しているのか?」
「そうだよ。ところでお前ら対象モンスター何体倒した?」
「こっちは5体だな。そっちは?」
「俺達も5体だ。つまりこのままだと引き分けになっちまうな」
ノエルは不服そうな顔をする。ジーンも同じだ。
「なんだ、まだ同点であったか。ふぃー、疲れた。ちょっと休むとしますかね」
そういってフィルは近くの岩に腰掛けた。
「なんだノエル。まだ5体だけだったのか。俺達はお前たちにハンデをやろうとしばらく狩らずに待っていてやったんだがな」
「嘘だぞ。本当は睡眠効果のある野草を食べてオレらニ時間以上も爆睡してただけぞ」
あさっり真実をバラすフィル。
「はっ! とんだマヌケだな、お前ら。俺達こそさらにハンデをやるためにしばらく狩らずに待っていてやったというのに」
「こっちも嘘だぞ。本当は崖から滑り落ちて一時間以上、皆気絶していただけだ」
ノエルの仲間が事実を暴露する。互いにミステイクしていたようだ。
「はあ? 崖から落ちて気絶? そっちこそ随分お間抜けじゃあないか」
「抜かせ。俺達は一時間で回復したわ。お前らは二時間もだろうが」
「気を失った事実は変わらんだろうが。逆に言えばお前達の方は俺達より長い時間クエストをやっていたわけだから時間あたりのモンスター討伐数は俺達より低いだろうが」
どっちもどっち、同レベルだ。どうしてそこまで争うのか。罵り合いは一向に止む気配はないどころかますますヒートアップする。そこへリオルが割って入る。
「ねえジーン大変だよ。ひとまずケンカをやめなよ」
「止めてくれるなリオル、俺は今このスカポンタスに自分の矮小さを教えてやるので忙しいのだ!」
「それは応援するけど、それどころじゃなくなったみたいだよ」
「一体何だというのか!?」
「かこまれてる」
「……えっ?」
「モンスターの群れに」
とっさに辺りを見渡す。岩場のそこかしこにオオカミの姿がある。かなりの数だ。フィルもノエルのとこの弓使いもジーンとノエルの口喧嘩に気を取られ、モンスターの接近に気づけなかった。
慌ててその場にいる全員が臨戦態勢に入る。
「ね? 言ったとおりでしょう」
「あちゃー、ドジッちまった。この数に囲まれても気付けないなんて」
フィルは索敵警戒を怠ったことを悔やんだ。
「いやフィル。そうとも限らないぞ。こちらから出向かずともあちらさんの方からお越し下さったのだ、そうだろノエル」
「同感だ。今俺達は互いに同じ討伐数で勝負は五分。つまりこの群れを一匹でも多く狩れた方が勝ちになるわけだ」
「俺も今同じことを考えていた。決着を付けようか」
この状況においても勝負のことを忘れていないジーンとノエル。周りも半ば呆れ気味だ。
「それは良いけどモンスターはオオカミだけじゃないぞ、気を付けろ」
フィルが注意を促す。
「他にも何か居るのか?」
「居る。リオルは気付いているみたいだけどな」
フィルはリオルの方に視線を移しジーンたちもリオルの方へと振り向く。リオルの視線は高い岩場へと向けられていた。岩の上にオオカミとは違うモンスターが居る。
「ハーピーかなんかだと思う。誰かが倒れれば掻っさらって行って食べる気だろうね」
「そうらしいな。低級モンスターだから初級冒険者の俺達でもなんとか倒せないことはないだろうが崖の上に連れ去られたら危険だな」
「他に潜んでるモンスターが居るかもしれないし各自気をつける――」
フィルとジーンの会話が終わらないうちに一匹のオオカミが襲い掛かってきた。それを皮切りに群れが一斉に動き出す。
四方八方から襲い掛かってくるた各々自分の身を守ることで手一杯だ。ヒーラーのジーンはでかい岩場を背にし戦い、ソーサラーのノエルと仲間のアーチャーも同じ戦法を取る。
フィルはジーンの方にモンスターの牙が向かぬよう撹乱戦法をとっている。ノエルの仲間の戦士もノエルとアーチャーをかばうため囮になっている。大盾をガンガン叩きモンスターの注意を引き仲間を守りつつ、隙を見つけては剣で攻撃し確実に一体ずつ仕留めていく。どうやらノエルのパーティではこの戦士が一番レベルが高いように見受けられる。
そしてリオルはフィル、大盾戦士と同じ役割を一人でこなす。撹乱しつつ注意を引き付け反撃で倒す。リオルの暴れっぷりはオオカミの気を引くには十分でフィル、ジーンとノエルのパーティ全体が攻撃を受けるリスクが減り戦いやすくなっている。
「凄いなあいつ。小っちぇのに、ドえれークールじゃんかよ」
ノエルがリオルの強さに驚き素直に褒める。
「戦士のリオルだ。あいつの強さは本物だぜ。そんじょそこらの戦士とは比べ物にはならんよ」
ジーンがリオルを褒めちぎる。
「ほざけ。うちの戦士だって強いわ! あいつのお陰でお前もモンスターの標的にならずにすんでるだろうが」
「強い割には結構ダメージ受けてんじゃん」
「当たり前だ。盾になってんだぞ。お礼に回復魔法でも使ってやるのが筋ってもんだろう。俺達はアイテム使用禁止なんだからよ」
「何故俺がよそのパーティの面倒まで見なきゃならんのか。潔く負けを認めて回復アイテムを使ってやれよ。仲間が大切ならな」
「誰が負けを認めるか。この位じゃあいつはまだまだ余裕だぜ」
戦闘中でも張り合うことを忘れないジーンとノエル。なんともはた迷惑。
そんなこんなをやっている間にアーチャーの矢が尽きてしまう。危険を承知で近くに落ちている矢を拾いに走る。だが突然走り出したアーチャーにオオカミは反応した。
矢を拾うより先にオオカミが飛びかかりアーチャーは吹っ飛ばされる。体勢を立て直す間もなく再びオオカミは飛びかかってきた。
「はい、そこまでー!」
飛びかかってきたオオカミにリオルが飛びかかり蹴り飛ばす。綺麗に跳び蹴りが決まり吹っ飛んだ先でオオカミは身悶える。
危ないところを助けられたアーチャーはリオルに礼を言う。
「ありがとう。助かった」
「かまわんよ。下がってイタマエ」
今日のリオルはクールだ。キャラに合ってないせいでセリフがおかしく感じる、かなりのチグハグっぷり。だがクールだ。すくなくとも本人はそのつもりだ。
身悶えていたオオカミが立ち上がる。矢がなくてはまともに戦えない。アーチャーはリオルの言葉に従い後ろに下がり岩陰に身を隠す。
立ち上がったオオカミが動き出そうとした時、ノエルが炎の魔法を放ちとどめを刺す。
「よし、仕留めた」
「ちょっと待てノエル。あれはリオルがダメージ与えた奴だぞ。横取りしやがって」
「トドメを刺さない方が悪い。競争とはそういうもんだろうが」
またしても言い争いをはじめた二人にリオルはクールな視線を向ける。冷え冷えだ。
「うーん、あとでやれば良いのになー」
オオカミはまだまだ残っている。
本日クールなリオルと違いフィルは熱い。ヒートアップしている、走り過ぎて体温が。スタミナが今にも切れそうだ。
ついに疲れて立ち止まり上がった体温を下げようとする。クールダウンだ。
「I feel so COOL!」
訳の分からないことをほざき始めた。しっかりポーズも決めている。その言葉には周囲の温度を下げる効果があるのだろうか。うすら寒い。
この状態のフィルは非常に目立っている。格好の標的だ。案の定オオカミが襲い掛かってきた。
今度は大盾戦士がフィルの前に立ちオオカミの攻撃を盾で防ぐ。
「おー、ナイスガード。ナイスガイ。ありがとうね」
「かまわんよ。さっきうちも助けてもらった。お相子だ」
「そんなことノエルが怒るんじゃない? 競争中だぞ!ってね」
「競争ではあるが同時に共闘でもある。クエストの醍醐味というやつだ」
そう言うとまたフィルをかばいオオカミの攻撃をガードする。盗賊には出来ない戦い方をする大盾戦士を見て、フィルはリオルとはじめてクエストを共にした時のことを思い出す。戦意が高鳴ってきた。醍醐味というやつもなかなか悪くない、むしろ気に入った。
「良いこと言うな、おっさん」
「年は同じなんだが」
「だけど結構ダメージが溜まってるんじゃない? 血とか体液とか出てるし」
「かすり傷だ。見た目ほどじゃない。さあ蹴散らすぞ!」
「そんじゃあ冒険者同士、協演と行きますかおっさん!」
「同い年だ!」
体力を消耗してきているがフィルと大盾戦士は戦闘を継続する。
フィルたちだけでない他のメンバーも消耗が激しい。ただ一人リオルだけは余力を持ち暴れまわっている。
オオカミの数も減ってきたが冒険者が弱るのを待っていたハーピーが動き出した。
ハーピーは最も消耗が著しい大盾戦士に狙いを定める。大盾戦士もハーピーが飛び立ち向かって来ることに気付き盾を構え迎え討つ。突風をまとい強襲し盾と激突する、衝突の瞬間凄まじい音が鳴り響き大盾戦士は吹き飛ばされ岩場に激しく打ち付けられてしまう。
そのまま大盾戦士は身動きを取らなくなる。気を失ったようだ。
「おっさん!」
フィルは急ぎ大盾戦士の元へ駆けつける。ハーピーも再び狙いを定める。
「おいノエル。お前のとこの戦士倒されちまったぞ」
「死んじゃいない、気を失っただけだ。だが不味いな、このままじゃ」
ノエルは戦闘不能になった大盾戦士を助けに行くようアーチャーに合図し、自身もフォローに入る。その時フィルが悲鳴を上げる。
「ぬわーーーっ!」
大盾戦士をかばっていたフィルだったがハーピーに気を取られるあまり、オオカミに不意を突かれ腕に食らいつかれてしまった。よろけながらもオオカミを振り解こうと剣を突き立てるがバランスを崩し、下の岩場に転落してしまう。
「フィルーッ!」
リオルはすぐさま下の岩場に飛び降りフィルを助けに向かう。フィルは転落したものの落下の衝撃を利用してなんとかオオカミを倒していた。だが深手を負ってしまっている、かなり重傷だ。
「フィル! 無事か!?」
「ケンカしてる場合じゃねーぞジーン」
「ああ、助けに行くぞ」
ジーンとノエルも急いで助けに走る。
ハーピーは深手を負ったフィルに反応し攻撃を仕掛ける。今のフィルではハーピーの攻撃を躱せそうにはない。リオルは全力疾走しハーピーの横っ面から木剣で斬りかかる。木剣の一撃を受けたハーピーは吹っ飛ばされ空へ逃げる。リオルの攻撃を受けたにも係わらず平然と飛んでいる、風をまとっているせいでダメージが通りにくいようだ。
「いいぞリオル! 回復するからフィルを上まで引き上げてくれ」
「わかった」
リオルはフィルを担いで岩場を登り出す。けが人を担ぎ登るリオルは無防備な状態だ。ハーピーはその隙を逃さず急降下してくるがノエルがすかさず炎魔法を発動しぶつける。炎は一瞬で燃え広がりハーピーは全身を炎に包まれる、風をまとっていたことが仇となり炎の勢いが増したようだ。そのまま落下し岩場に衝突する。まだ炎に巻かれ、苦しそうに暴れまわっている。
「汚物は消毒だ! そのままのたうち回ってろ。お前ら今の内だ」
リオルは一気に登り切りフィルを下ろし横たわらせる。ジーンもすぐに回復魔法を発動した。その間にもノエルは魔法を放ちオオカミを寄せ付けさせない。獣系モンスターは火を恐れる、効果的だ。
ノエルが時間を稼いでいる間にジーンはなんとかフィルを回復し終える。
「ひとまず応急処置は完了だ。フィル気分はどうだ?」
フィルの意識がはっきりしているか確かめる。
「ああ、なんとかね。助かったよ、迷惑かけたな」
「いや俺達こそ仲違いして足を引っ張ってしまったようだ」
逆に謝罪するジーン。仲間が窮地に陥ったことで冷静になったようだ。
すると突然、けたたましい雄叫びが響き渡る。声の主はハーピーだ、さっきまで地べたでのたうち回っていたが再び空を飛んでいる。まだ力尽きてなかったようだ。逆上し怒り狂っている。
「逃げてくれればよかったんだけどなー、しかたない。一気に片をつけようかなっと」
リオルは変身し勝負を決める気だ。だがジーンが待ったをかける。
「リオル、あいつは俺とノエルに任せてくれないか」
「俺達のせいでピンチになっちまったからな。ケジメをつけさせてくれ」
「リオルはオオカミの方を頼む。フィルは休んでいてくれ」
足を引っ張った自覚がありジーンとノエルは責任を感じているようだ。
「そうか、じゃ任せた。オレは一回休みだ」
弱っているフィルはあっさり後を任せる。
「え? いいの!? フィルは休んだほうがいいとは思うけど」
「リオル、ここはあいつらの意を酌むとしよう。もう下手は打たんと思うよ」
「そっか。じゃあまかせた!」
ハーピーのことはジーンとノエルに任せ、リオルは残りのオオカミを倒すことに専念する。
「サンキュー。それじゃあやるぞノエル」
「おうよ。ハーピーも空気を読んで飛んでたみたいだしな」
いよいよハーピーも攻撃を再開するようだ。風をまとうのを止め今度は近寄って来ず空から風を起こし突風で攻撃してくる。威力はそれ程もないが当たり判定が広く躱しにくい。当たると吹っ飛ばされて岩場から転落する危険性があり厄介な攻撃だ。任せろとカッコつけたものの二人は逃げ回っている。
「仕方ないな。ここは俺が囮になろう。後は分かっているな」
「言われるまでもない。俺を誰だと思ってる」
ジーンは囮になるため高い岩場の上に立つ。そして目立つためポーズを決めだした。ついでに腹立つ顔もしている。果たしてこんな方法で注意が引けるのだろうか。
「ぴぎゃあああああ!」
成功した。ハーピーはジーン目掛けて突風攻撃を繰り出してくる。
ジーンもポーズを決めつつ突風を躱す。まるで踊っているかのように攻撃を躱し続ける。キメ顔もバッチリだ。これはウザい。ハーピーも決して攻撃の手を緩めない、絶対に。
「すごい、ジーンがあんな戦い方をしてる」
いつの間にかオオカミをすべて倒していたリオルがジーンの戦いに見とれる。
「ジーンはダンスやってるからな。今のあいつは風神の化身だ」
いつの間にか休み終り徘徊しはじめたフィルがジーンの戦い方に触れる。やっぱり踊っていたようだ。
なおも踊り続ける。淡藤色の髪とマントが突風でなびき美しい舞を際立たせる。風さえ味方につけ演出効果にする。これが風神、いやフウジーンだ。
「よく引き付けてくれたジーン! 墜ちろ蚊トンボ!」
ノエルが炎の魔法を放ちハーピーに直撃させる。火トンボよろしく地に堕ちる。だが今度は風をまとっていなかったため炎が燃え広がらずすぐに起き上がった。
「ちっ! 仕留め損なったか」
ハーピーは空へと飛び立つ。さすがにもう逃げるかもしれない。折角ここまで追い詰めたのにもったいないと思ったのも束の間、一本の矢がハーピーを貫いた。またしても落下し岩場に激突、今度こそ力尽きた。
「お見事! アーチャん!」
「君が矢を拾ってきてくれたおかげだよ」
フィルが手をパンと叩き賞賛する。最後の一撃を決めたのはアーチャーだった。
「フィール! アーチャー! よくやってくれた。グッジョブだ」
ジーンはフィルたちに向かってサムズアップ(ヒッチハイクするときのアレ)する。
これで襲ってくるモンスターはすべて倒した。辺りに他のモンスターの気配もない、フィルもサムズアップ(シュワちゃんが溶鉱炉に沈む時のアレ)を返す。
「なんとか終わったな。クエストも達成できてるし帰還するとしよう。回復してやるから皆一列に並べー、まずは大盾戦士からだな」
戦闘終了しジーンが回復して回る。全員の回復が終わるとノエルがジーンに声をかける
「ところでジーン、クエストは達成したが勝負のこと忘れてないだろうな」
「ああ、もちろんだとも。接戦だったが最後にリオルがオオカミを一掃し俺達が3、4体リードで終了だな」
「オオカミだけならな。だが最後にハーピーを倒したのは俺達だ。クエスト詳細によるとハーピーも討伐対象で初級モンスター5体分に相当すると書いてある。つまり俺達の勝ちってことだよな」
ハーピーを倒したことで討伐数が上回った。ノエルがジーンに勝利宣言をする。
「お前の言う通りハーピーは5体分で倒したお前達の勝ちになるな。あれが本当にハーピーだったらな」
「……え?」
「お前達が倒したアレ、ハーピーじゃなくてアンシリーコートだったわ。風を操っていたしな。いやー、戦うまで気付かなったわ」
悪魔の妖精ともいわれるアンシリーコート。その怪鳥系の類はハーピーとよく似たモンスターもいる、今回倒したのがそれだった。当然討伐の対象外で倒した数にはカウントされない。
「という訳で俺達の勝ちだ」
逆にジーンがノエルに勝利宣言をする。満面の笑みだ。
「テメー汚えぞ! あいつに残りのオオカミ全部任せたのはこのためか!」
ハメられたことに気付き負け犬ノエルが吠えだした。
「なーんのことかな? お互い了承済みだったはずだぜ」
「ふざけんな、セコい手使いやがってからに」
勝負が終わって口喧嘩がはじまった。
「あーあ、またはじめちゃったよ。こりないなー、もう帰るよー」
リオルたちは帰路に着きジーンとノエルもそれに続く、口論をしながら。
今回のクエストは大変だったが楽しかったなと歩きながらリオルは思う。大盾戦士とアーチャーも素晴らしいクエストだったと充足感と誇らしさを感じる。フィルはボロボロになった自分の出で立ちを見て思う、これだけ服をボロボロにしたらケイトにひっぱたかれるな、と。ジーンとノエルは端折ろう。
今回のクエスト報酬は特段優れたものではないが、パーティ同士の共闘は良い経験を積む機会となり得られたものは大きかった。冒険者にとっては報酬以上に価値があるものだ。
冒険者として少しの成長をした。次のクエストはもっと素晴らしく楽しいものになるだろう。