2.夢を信じて、君は描く世界地図
「フィル買った剣みせてー」
「ほいよ。さっきは一体どうしたんだ?」
フィルから訳ありカトラスを手渡されたリオルは鞘から引き抜きじっくり見分する。
「うん、この剣は間違いない。私の勘が正しければこの剣はすごい代物だよ、おそらく……あ、ごめん、やっぱ違うかも」
意味ありげなことを口走ったかと思えば速攻否定しやがった。
「どっちだよ。もう買っちまったぞ」
「ごめん、よくわからない。店で見た時にただならぬ雰囲気が感じられたからもしかするとゴッズギフトかなと思ったんだけど、見分けつかないや」
「ごっずぎふと?」
聞きなれない言葉が登場しフィルがアホ面を披露する。
「ゴッズギフトって確かマジックアイテムみたいなやつだったか?」
ジーンは聞いたことはあるようだが詳しくは知らないらしい。
「にてるけど、すこしちがうかな。マジックアイテムは魔法の効力をもった道具をそう呼ぶけど、ゴッズギフトは『神の世界からの漂流物』のことだからね」
なにやらリオルはゴッズギフトについて詳しいようだ。フィルに剣を返し説明を続ける。
「神の世界、つまり天界とかのことでこの世界には存在しない物質や技術で作られた物がそう呼ばれているよ。本当に神の世界があるかどうかは不明だけど、海から流れ着いたり空から落ちてきたり何処から流れ着いたか分からないからその呼称が使われるんだけど。有名なものだとネクタルやアンブロシア、ギャラルホルンとかかな」
フィルは想像した。天界で神が見たこともない食べ物を食べている。その一つが転がり落ちて天界から地上に落ちてくる、つまりそれがゴッズギフト。
「つまりこの剣がそのゴッズギフトかもしれないと」
「その可能性があるって話ね。でもマジックアイテムのほうが可能性高いかな。ひょっとしたらゴッズギフトとは真逆のデビルズダストかもしれない。デビルズダストというのは『悪魔の廃棄物』って意味ね」
フィルは想像した。魔界で悪魔が鼻をかんだ紙をゴミ箱に捨てる、あるいはシリを拭いた紙を捨てる。つまりそれがデビルズダスト。
「きたねー!」
思わず剣をぶん投げようとする。
「落ち着いて、その剣がまだ何かわかってないんだし、普通の剣の可能性もあるよ。装備してみたらなにか効果があるかも」
「鬼が出るか仏が出るか。いやこの場合は神が出るか悪魔が出るか、か」
一体どんなことが起こるのかとジーンはこの状況を楽しむ。
「今は悪魔がほほえむ時代だからな。ジーンよこの剣を最初に装備する権利をうぬに与えよう」
「構わんが、ヒーラーが剣を装備したところでなあ。もしマジックアイテムだったら所有者が俺に決まるかもしれないしな」
「ここはフィルが装備してみるしかないよね、うん」
「やっぱりそうなる訳か。ええいままよ」
あきらめた様子で訳ありカトラスを腰に携えて装備してみる。特に何も起こらない。
「何も起きないな」
「試しに剣を振ってみてはどうだ」
「そうか、よし!」
フィルは鞘からカトラスを抜き適当に振り回してみるがやはり何も起こらない。
「どうやら普通の剣だったみたいだねー、ざーんねん」
「いやまだ分からんぞ。店員が言うには買った人間、全員返品しに来たわけだからな、後で何か起こるかもな」
「起きないことを祈るぜ」
自宅に到着したフィルはリオルとジーンを家に招き入れ、木剣が置いてある自分の部屋に直行する。
「へー、ここがフィルの家、フィルの部屋なんだね。いがいと片付いてる」
部屋が片付いているのはフィルが掃除を欠かさずやっているのではなく家族が掃除をしてくれているのだろう。
机の上にはボトルシップや砂時計が置いてある、勉強した形跡はあまりない。本棚もあるが本の数は少ない。背表紙を見てみると「盗賊のあるきかた」「月刊・仮に生きる」「職業求人誌ジョブ=チェンジ」など冒険者に関するものばかりだ。
可もなく不可もなく、年相応の少年の部屋だ。つまり何の面白味もない。
「面白いものを期待してたんなら残念だったな。ウチは変なの置いておくとケイトが捨てちゃうんだよ、そういうのはジーンの部屋に求めた方がいい」
「よせよフィル。人をユーモアの天才みたいに言うのは」
「それじゃあ次回の御宅訪問はジーンの家にしよう、期待してるねー」
「期待を裏切らんぞジーンは。お、あったこれだ。ほい、リオル」
フィルは宝箱をあさると中から木剣を取り出しリオルに渡す。
「おー、ありがとー。これでリオルはあと10年は戦える」
「やめなさいよ。その前に買い替えなさいな」
木剣に愛着があるのかそれとも馬鹿なだけなのか分からないがこいつなら本当にやりかねないと、フィルは目的の剣のことを忘れず買い替えるよう釘を刺す。
「他に木刀(修学旅行土産)もあるけど」
「木刀かー、それはどこかの駄女神と設定がかぶりそうだからやめておこう」
「気にしなくてもいいんじゃないか? ジーンなんて歩く著作権法違反だからな。この間まで夢と魔法の国の住人から追いかけられてたし。あの格好なら当然だけどな」
「よせよフィル。人をファッションセンスの塊みたいに言うのは」
一体何をやらかしたのか。今は某国民的ゲーム三作目の賢者風だがこれよりもヤバい格好でもしていたのだろうか。
「だけどリオル、ジーンありがとうな。おかげで新しい武器を買えたよ。……曰く付きだけど」
「いいってことよ。それにもしその剣がゴッズギフトなら手に入れておきたかったしね」
「こういった事もパーティの醍醐味だからな。ところでリオルお前もしかしてゴッズギフトを集めてるのか?」
「そうだよ。私が冒険者になった一番の理由がそれなんだ」
冒険者になった理由をリオルは教えてくれた。デタラメな思考回路とハチャメチャな言動が目立つが、それとはうらはらにまともな目的を持って冒険者になったことにフィルとジーンはすこし意外に感じた。むしろ自分たちが冒険者になった理由の方こそふわふわしているとまで感じる。
「ゴッズギフトを集めるとは大きな野望があったんだな。オレが冒険者になった志望動機はとりあえず凄い冒険者になりたいだからな」
「俺は冒険者になると女にモテるって聞いたからだな。ちなみに俺の夢はハーレム王になることだ」
「そんな大層なものじゃないよ。これがあったから集めたいと思ったんだ」
そう言ってふところから何かを取り出した。みたところ何の変哲もない懐中時計のように見える。
「もしかしてそれがゴッズギフト? ただの懐中時計に見えるけど。あ、でも針が何本もある」
「見た目はね。この懐中時計は普通の時計とちがって針がいっぱい付いてるしゼンマイをまかなくても動くんだよ」
「ヒューッ! そいつは凄え。ゼンマイ巻かなくても動くって、どういう仕組みになっているんだ?」
珍しいものを見せられてジーンは少々興奮気味になる。
「実はよくわからないんだよね。いっぱい付いてる針にどんな意味があるのかまったくわからないし。ただ人類の技術では作れないのだけは間違いないよ」
この世界の技術で作られた時計はすべてがぜんまい仕掛けだ。ゼンマイ以外を動力とするならそれは間違いなく普通の時計ではない。さらにリオルが持つこの懐中時計は極めて時間が正確。本来なら小型時計は柱時計などと比べると大雑把な時刻しか分からない。とってもファジーなのだ。
「人類が作れる範疇ならマジックアイテムなんだろうが、無理だな。ゴッズギフトと考えてまず間違いないだろう。いいな、それ」
「でしょう。10歳の誕生日にじっちゃんからもらったんだけど、今では形見の品なんだ。じっちゃんはゴッズギフトを集めるために旅をしたかったらしいけど、家業を継ぐためにあきらめたって言ってた。だから好きだったじっちゃんの代わりにゴッズギフトを集めるため、いつか世界各地を探してまわることが私の夢なんだ」
亡くなった祖父のためにとは結構重い話だ。リオルがゴッズギフトに拘る理由が分かった。
話を聞く限りでもゴッズギフトは伝説級のアイテムだ。そう簡単に見つけられるものではないだろう。それでもリオルは本気で集めるつもりだ。
「それは確かに集めたいと思うよな。ということはいずれこの街を出て他の街や村に?」
「うん、そうだねー。今はこの街で冒険者として成長することと旅の準備を整えることが目的だから、長くこの街に居るつもりだけどね」
「世界各地を旅して回るなら上級冒険者レベルくらいにはなっておいた方がいいもんな」
「そうそう。ドラゴンとか余裕で倒せるくらいには強くならないとね」
ドラゴンを余裕で倒すなどとは最上級冒険者でもそうそう言えない。リオルだからこそ出てくる言葉だろう。
「よし、それなら今日もクエストに行くとしよう。フィルも新しい武器を試してみたいだろう」
「だな。このカトラスがあればもはやスライムなどに遅れを取るまいて。いざ、クエストへ!」
結果から言おう。惨敗だった、フィルだけ。
酒場でテーブルに突っ伏し抜け殻のようになっているフィル。口から人魂でも出ていきそうなくらいの見事な放心ぶりだ。
それもそのはず、新しい武器を片手に意気揚々とクエストに行ってみたはいいものの、使い慣れていない武器では満足に扱うことが出来ず、攻撃を当てることすらままならなかった。完全に熟練不足である。
「ちくしょう! なんで、オレばっかり狙われるんだ!」
攻撃が当たらないからといって武器を散々振り回して注意を引けば、モンスターからターゲットロックオンされてもなんら不思議ではない。
さいわいにもモンスターの攻撃を避けることは出来た、昨日のドレイクとの戦闘で回避能力だけは向上していたようだ。リオルとジーンがフォローしてくれたおかげでクエストもクリアはできた。
「まあ、そうなるな。最後の方は攻撃も多少は当たるようになっていたから、明日はもっとマシになっているだろう」
「最初からそう上手くはいかないよねー。また明日がんばろうよ」
「悪いな、みんな。明日はもう少しまともになっているように素振りでもして武器熟練度上げておくわ」
いい武器を使っても使い手の熟練度が足りていなければ本来の性能は発揮できない。ましてや短剣のダガーと片手剣のカトラスでは使い勝手も違う。フィルは家に帰ったあと、ひたすら素振りを繰り返した。上手く使いこなせないことがこの武器の曰く付きの所以なのでは、という気がしないでもない。そう思いつつも素振りを続け、疲れた頃には床に就いた。
気が付くと森の中にひとりフィルは立っていた。見覚えのない森だ。
いつの間にこんなところに来たのか分からないが、突っ立っていても仕方ないので歩きだしてみる。しばらく歩くと湖が目の前に現れた。この湖は昔見た記憶がある、どこで見たのか思い出そうとする。
思い出した。絵本に出てきた湖だ。たしかこの湖に斧を落としたきこりは湖から出てきた女神の「貴方が落としたのは金の斧ですか? 銀の斧ですか?」という質問にウソつくことなく正直に答えたことで新しい斧ときれいなジャイアンを手に入れたのだった。
なんか違う気もするが新しい武器をくれるとはなんとも羨ましい話だ。
自分にはすでに新しい武器がある。だが待て、このカトラス名前はなんというのだろうか。訳ありカトラス、曰く付きカトラスでは品がない、フィルはカトラスに名前をつけてやることにする。
「エクスカリバーかな。お前はどうも曰く付きのようだが、これからも大切にするよ。……おーっと手がすべった!」
カトラスはフィルの手を離れ湖に落ちてしまった。落としたというより投げ入れたように見えるが気のせいだろう。手がすべったと本人は言うのだから。
カトラスが落ちた湖を眺めていると湖の中から女神が現れた。片手に金色の剣ともう片手に銀色の剣を持っている。
女神はフィルに問いかける。
「貴方が落としたのはこのアルテマウェポンですか? それともこのメタルキングの剣ですか?」
「いいえ、私が落としたのはエクスカリバーです」
フィルは女神の問いかけに正直に答える、ウソはついていない。
「貴方は正直者ですね。ご褒美にこのエクスカリバー(カトラス)を3つに増やしてあげましょう」
「いらねー!」
「どうしたのです? ちゃんと受け取りなさい。ほら」
女神は嫌がるフィルに無理矢理剣をおしつけてくる。
「いらん! マジでいらん! しかも増やしてんじゃねーよ! くれるんならさっきの金と銀の剣をくれ!」
「遠慮しないで。さあ」
あまりにも女神が無理矢理おしつけて来るのでフィルまで湖に落ちてしまう。それでも女神は剣をおしつけてくるのを止めない。
まずい、このままでは溺れてしまう。フィルは水の中で意識が遠退いて行くのを感じた。
フィルは目を覚ました。いつもの自分の部屋、どうやら夢だったようだ。
いやな夢だった。フィルは気を落ち着かせる。そして感じる下半身の違和感、正確に言うと股ぐらのあたりか。
いや、待てそれはないだろう。股ぐらのあたりが湿っている気がするが悪夢を見たことで汗をかいたのだ。きっとそうだ。フィルは股のあたりに手を伸ばし触って確かめる。
ぐっしょり。湿っているどころか大洪水、完全に濡れている。ありえない。お前いくつだ? 完全にこれはおねし――
「あーーーっ!」
フィルは発狂しそうになった。この歳になってシーツに世界地図を描いてしまったのだ。そして理解した。間違いなくあの剣が原因だと。そりゃ返品するわ、理由を聞かれても話せる訳がない。しかしどうする? 仲間の心付けを得て購入した武器だ。そう簡単に返品するわけにもいかない。
フィルが頭を悩ませていると、どこからともなく声が聞こえてくる。女のすすり泣くような声だ。その声にフィルはゾクッとしあたりを見回す。
ベッドの上にあのカトラスがあることに気付く。ベッドの横に置いたはずなのに何故。そう思ったのも束の間、カトラスが幽かに光っているように見える。フィルは目を凝らす、カトラスの上に何か居る。人の形をし、姿が透けている、まさか幽霊。
「きゃーーーっ!!」
フィルは悲鳴を上げ逃げようとするが腰が抜けて動けない。
その場から動けずに幽霊らしきものを見ていると次第にその姿が鮮明になってくる。さっきから聞こえる泣き声の正体はこれのようだ。目が慣れてきたのか姿がはっきり見えるようになった。人の形をしているがかなり小さい、どうやら幽霊ではないようだが正体は不明のままだ。意を決しフィルは恐る恐る声を掛けてみる。
「お、お前、ゆゆゆ幽霊か?」
震え声。かなりビビっている。
幽霊らしきそれはフィルの声に反応した。
「ひょっとして見えるんですか?」
見たくないけど見えている。泣き声で問いかけてくる相手にフィルはうんと頷いた。
「今度の持ち主は私が見えるんですね。良かったぁ、声もちゃんと聞こえていますぅ」
見えるし聞こえるけどちっとも良くない。こんな恐怖体験、生まれてこの方はじめてだ。そんなフィルのことなどお構いなしに話を続ける。
「私はこの剣に宿っている妖精、使い魔のヴェレと申します。今まで何人もの方に主になって頂いたのですが誰も私のことに気付いてくれなくて。気付いてくれるよう湖の夢を見せたり、水を出してみたりしたけどダメだったんです」
つまりさっきの夢と下半身が濡れていたのはこいつの仕業だったのか。
「でも、ようやくちゃんとした持ち主に巡り会えました。大切に使ってくださいね」
どうやらこの剣の主として認められたようだ。使い魔は仲間になりたそうにこちらを見ている。
「そうか、分かった。ところで明日返品しようと思うのだが、手数料はおいくら?」
「私は店員じゃないので分からないです。というか返品しないでください」
使い魔は返品の危機にあわてる。
「でもお前あれだろ。使い魔ってことは悪魔的な何かだろ」
「悪魔じゃありません、妖精です。水の精です」
「水の精? 水の妖かし者……つまり河童か」
「それだと妖怪です。私は妖精、悪い妖精ではありません。レアですよ、金背景ですよ」
ものすごいアピールしてくる。売り飛ばされまいと必死だ。
「なんだ金レアか。どうせならスーパーホロやウルトラレアの方が良かった。はあ、お前役に立つんだろうな?」
「立ちます立ちます。必ずお役に立って見せます」
「仕方ない、いまさらこの剣手放してもあいつらに悪いしな。期待してるぞ」
「使い魔として契約した以上、期待は裏切りません。安心して下さい」
いつの間にか契約成立したようだ。
「でも悪夢見せるのは勘弁な。あと水出すのも禁止」
「分かりました。以後、気を付けます」
「この歳でおねしょとかシャレにならんからな。布団も乾かさないといけないし」
お漏らししていたら笑い話ではすまなかったと笑い出すフィル。
「本当ですね。うふふ」
お前は笑ってんじゃねーよ。
本当におねしょなんてしていたら誰にも言えるわけがない。今回は妖精の仕業だったので事なきを得たが、はたから見たらフィルがお漏らししたようにしか見えない。さらに言うと剣に宿った使い魔は基本的に持ち主であるフィルにしか見えない。つまり今の使い魔とのやりとりを人に見られていたらフィルはおねしょした上にひとり言をつぶやく危ない人に思われかねない。すくなくともドアの影から見ていたケイトにはそうとしか見えなかった。
夜中に大声を上げるものだから気になって様子を見に来たケイトはその光景を見て思う。兄はあの歳にして要介護になってしまったのかと。尿漏れに幻覚症状、あと持病の中二病。これからの兄の世話はもっと大変になるのかと思い、そっとドアを閉じた。
翌朝の冒険者ギルドの酒場、フィルは昨夜の出来事をリオルとジーンに話した。二人共最初は半信半疑、というより哀れみの目でフィルを見ていたが使い魔の姿を見せたら信じてくれた。どうやら剣の持ち主の魔力で姿を具現化させられるようだ。フィルの魔力では手乗りサイズの大きさで短時間具現化させるのが精一杯だが。
「しかし昨夜は大変だったな。まさかおねし……もといその歳で世界地図描いちまうなんてな」
「お前、人の話聞いてたか? この剣に河童の悪魔が憑いてたって話だよ」
「だから違いますって、河童じゃなくて妖精です。羽とかついてるじゃないですか」
使い魔は間違いを訂正するが、フィルはスルーして会話を続ける。
「つまりこの剣は普通の剣じゃなくて、ゴッズギフトかなにかってことだろ?」
「たぶん、それだとマジックアイテムかなー。使い魔がついてるし。でもレアアイテムなのは間違いないし大切にしないとね。いいなー、私もほしいなー」
「良かったらやるよ。オレよりリオルが使ったほうが役に立ちそうだしな」
またしても剣を手放そうとするフィルの発言に動揺する使い魔。所有しておいた方がいいことを必死に再アピールする。
「ほしいけどえんりょしておくよ。その使い魔、ヴェレちゃんとの波長が合ったから声や姿が聞こえて具現化までできたわけでしょ。そのままフィルが使うべきだよ」
「そうですよ、使うべきです。もっと使いこなせるようになれば具現化以外にも色々出来るようになりますよ」
「ほう。例えば?」
「武器に水属性を付加することとか出来ます。効果の程はこの剣の使い手、つまりマスターさんの武器の熟練度や魔力に依存しますけど」
「オレの武器熟練や魔力に依存? 武器の熟練具合で効果量に影響するのは分かるけど魔力もか?」
「はい。属性が付加された武器なら武器自体の性能で効果は決まりますけど、使い魔の能力で武器に属性を付加するのでその効果は私の力が影響します。そして私の力はマスターさんの魔力に依存しているので、マスターさんの魔力次第で効果が変わってくるのです」
「マジックアイテムにも使用者依存とか道具依存とか色々あるからな、だが魔力が影響するとはいえ属性付加の魔法を修得せずに使用できるとは便利だな。魔法専門職じゃないフィルに大きなメリットだな」
「自慢じゃないがオレはバランスタイプだから割りとなんでもこなせるしな。器用貧乏とも言うけど。火力不足を補うという意味ではたしかにアドバンテージになるな」
フィルは盗賊なので器用さや素早さなどは高いが職業訓練〈盗賊〉を受ける前はどのステータスも標準的なものだった。魔力も魔法使いに向いてはいないが普通の戦士や盗賊よりはある方だ。
「べんりだねー。それじゃあ他にはどんなことができるの?」
「そうですね、他にはもっと魔力が強くなれば具現化の効果も上がるので戦闘中にちょっとしたサポートくらいなら出来ます。今は体も小さいし具現化出来る時間も短いので無理ですけど」
最後のほうは声がどんどん小さくなっていった。今は役に立てないと言っているようなものだからだろう。
「なるほどな、今のところ実用性は低いか。こいつは地道にレベルアップしていくしかないなフィル」
「ちなみに具現化の効果が上がれば服とかのデザインは細部まではっきり視覚化されますし、身体つきももっとナイスバディになりますよ」
「フィル! 頑張ってレベリングしようぜ!」
ジーンはフィルの肩をがっしり掴んで力強くそう言った。どこに食い付いているんだこの男は。
「まあ、とにかくレベルは上げたいけどな」
「それじゃあ今日もはりきってクエストに行ってみよー」
リオルが先頭に立ち今日もクエストに出発する。戦闘におけるリオルの頼もしさは相変わらずだがフィルの不甲斐なさも相変わらずだ。戦闘クエストばかりやるから当たり前といえば当たり前なのだがたまには採取クエストなどにも行ってみればいいのに。
調査クエストなどの盗賊に向いたクエストはある程度冒険者ランクが高くなってないと受注ができない。確実性が求められるクエストは信頼できる冒険者でないと任せられないためだ。
フィルが活躍できる日は来るのだろうか。来るとしてもまだ先になりそうだ。
フィルが使い魔を仲魔にしてからしばらくの間、戦闘クエストと鍛錬を繰り返す日々が続いた。すこしは様になってきたからスライムくらいとなら接戦になるだろうか。それは置いておくとして今ではパーティとしても様になり、以前より連携を取るのは大分上達した。低級冒険者にランクアップする日はそう遠くない。
冒険者はいくつかのランクに分けられる。クエストをこなしギルドポイント、あるいはランクポイントと呼ばれるものをためることでランクは上げられる。初級冒険者から始まり低級、中級、上級、最上級とランクアップしていくシステムだ。冒険者としてのランクが上がれば受けられるクエストの数も増える。
リオルは自身のレベルは高いが冒険者ランクはまだ低いので高レベルのクエストは受けられない。ギルドへ貢献することでランクを上げていく必要がある。飛び級なども存在しない。
一行は今日もレベル上げとギルドポイントを稼ぐためクエストに行く。
「初心者向けクエストもかなりこなせるようになってきたし、そろそろ初級ランクの中でもワンランク上のクエストに行ってみないか?」
フィルがクエストのステップアップを切り出した。
「ふむ、時期的には頃合いか。今のままではリオルには物足りないだろしな」
「クエストのステップアップさんせー。どんなのにするの?」
リオルとジーンも賛成のようだ。どのクエストにするか三人で相談してみる。
「大量討伐クエストとかどうだろうか? 雑魚モンスターとはいえ人を襲うモンスターなら危険性が高くてギルドポイント多く稼げるし、そういった危険なモンスターを大量に狩るクエスト」
「おー、いいねー、それ行きたい」
「んじゃ、それ系にしよう。どのモンスターが討伐対象のクエストにする?」
「大量に出てくる場所に行くわけだから、あまり強いモンスターを対象にすると危険だぞ」
初めて行くことになる種類のクエストだ、慎重に選りすぐる。受けるクエストを決めるだけとはいえ中々に楽しい。
クエストを選んでいると誰かが三人のところに近寄ってくる。
「どこかで見た顔だと思えばジーンとフィルじゃねえか。久しぶりだな」
「あ、ノエルじゃん。お久ー」
話しかけて来た少年はフィルとジーンの知り合いのようだ。気さくに挨拶を返すフィル。反対にジーンは挨拶を返すこともなく露骨に嫌な顔をしている。
「学校卒業以来だな。お前らしっかり冒険者やってんのか?」
「まあ、ぼちぼちかな」
「そいつは何よりだ。ところでどうしたジーン? さっきから黙ってるけど腹でも痛いんか?」
「ちっ! うぜーな」
はっきり聞こえるように舌打ちするジーン。
「おいおい、お互い冒険者になったってのに挨拶もなしか? 相変わらず礼儀も作法もないやつだな」
挨拶するなり絡んでくるこいつも大概だ。
この少年はノエル。フィル、ジーンと同い年で子供の頃からの知り合い、当然バカだ。ジーンとは昔からお互いに張り合っていて事あるごとに競争している。
ノエルは魔法使いの職業訓練を終えたソーサラーだ。実はジーンもソーサラーの訓練を受けることを考えていた時期があったのだが学校以外でノエルと顔を合わせるのはゴメンだと、クレリックに道を決めたのだった。
「学校卒業したらもう会わずにすむと思っていたんだが、まさかお前も冒険者になっていたとは初耳だ」
「そりゃなるだろよ。なんのため冒険者の職業訓練を受けたと思ってんだオメーはよ。頭の中、春爛漫か、おい」
会って早々火花を散らす二人。フィルはそんな二人を生暖かく見守っている、どことなく楽しそうにも見える。
「ねーフィル、あれ誰? 知り合い?」
蚊帳の外だったリオルがフィルに尋ねる。
「あいつはノエル。オレらの昔馴染み。あの二人はいつもああなんだ。すげー仲が良いだろ」
「え? 仲良いのアレ。すごい悪そうに見えるよ」
「仲が良いからこそだよ。学校の成績とかでいつも張り合っていたけど座学は大体ジーンがトップで、実習ではノエルが勝つこともたまにあったかな。殴り合いになるとジーンがいつもボコボコにしてたよ」
ジーンは体術スキルのレベルが高い、盗賊のフィルよりも高い。
「朝から不愉快なブサイク面見せやがって、俺達は今からクエストに行くんでな、モブキャラにかまってる暇はない」
「モブじゃねーよ! 俺達もクエストに行くために来てんだよ」
そう言ってノエルは後ろの方にいるメンバーのことをアピールする。少し離れたところに戦士風の男と弓使いの少年が立っていた。その二人はノエルが自分たちのほうを指していることに気付きジーンたちに会釈する。
「へー、お前仲間いたんだ。良かったじゃん、じゃな」
「待てやコラ。なんですぐ会話終わらそうとすんだよ。俺達もクエストやりにきたって言ってんだろ。昔のよしみでお前らのクエスト手伝ってやってもいいんだぜ?」
クエストの手伝いを申し出てきた。ノエルは口が悪けりゃ顔も悪いが性格まで悪くはない、別に良くもないが。一方ジーンはノエルの手伝いなど当てにしていないので丁重にお断りする。
「悪いなノエル、このクエストは三人用なんだ。お前は留守番でもしてな」
「うそつけ! 初心者向けクエストで人数制限あるわけねーだろが!」
「きゃんきゃんウルサイ負け犬だな。なぜ俺達のクエストにお前を同行させて報酬を分けてやらにゃならんのだ。どうしてもって言うなら三回まわってワンと鳴いてお願いしろよ」
「お前はなんでそんな偉そうなんだよ! てか負け犬ってなんだ、いつ勝負して俺は負けたんだ?」
「いつも負けてんじゃん、そして吠えるじゃん。お前のセリフ基本、負け犬の遠吠えじゃん?」
「てめー、そこまで言うなら勝負すっか? お?」
「は? 嫌だけど。お前と遊んでる暇があるなら早くクエストに行きたいんだけど」
ノエルの挑発に簡単には乗らない。会話を終わらせクエストに行こうとするジーン。
「だったらこうしようぜ。お前らが今から行くクエスト、そいつで勝負するんだ。報酬は別に分けなくても良い、お前らが全部受け取れ。その代わり勝負で負けたら鼻からスパゲティ食ってもらうぞ」
「報酬に関してはそれでかまわんが、今から行くのは大量討伐クエストだからな。こっちはアタッカー一人、そっちはやろうと思えばアタッカー三人。討伐対象モンスターを多く狩ったほうを勝ちにするならそっちが有利じゃん。フェアな勝負にするならこっちはハンデでも貰わんとなあ」
ここぞとばかりにジーンはさらなるハンデを要求する。
「セコい奴だな。ならこっちはアイテム使用禁止でどうだ。回復系アイテムなんかも使ったらこっちの負けだ」
「よしその勝負受けた」
勝手に勝負することを決めた上、アイテム制限掛けるとか迷惑極まる二人だ。
「決まりだな、早速クエストに行こうぜ! まあ、どうせ勝つのは俺達だがな」
ノエルはそう言うとパーティメンバーの元へ戻った。