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番外編Ⅰ.フィルの修行日和 

こちらは番外編になっております。

読まなくても本編には直ちに影響はありません。

 レイヴンに剣の稽古を依頼してから数日後、ついに稽古開始のときがやってくる。

 その日の朝、フィルは雑木林の中を走っていた。稽古で走り込んでいるのではない。今が9時20分だからだ。稽古の開始の時間は9時ジャスト、完全に遅刻だ。

 朝自宅を出た時間は問題なかったのだが世間一般は現在連休の真っ只中。通りは人でごった返していた。万が一にも遅刻してはならないと裏山を突っ切ることにしたのだが、これが間違いだった。裏山を通ったとしても待ち合わせ場所の公園までほんの少しの時間短縮にしかならないのは分かってはいたがまさか逆に数十分も遅くなるとは思わなかったのだ。

 裏山をぬけたフィルは息も絶え絶えに待ち合わせの公園に到着した。

 当然だがレイヴンはすでに待っていた。(ひま)を持て余しているせいか頭に欠陥があるせいかは分からないがブランコをこいでいる。いつもの感情の起伏が少ない表情でアハハと声を出しながら。

「すいません! おそくなりました!」

 一人ブランコをこぐレイヴンを見て、これは不味いと感じたフィルはジャンピング土下座を決める。全力疾走からのジャンピング土下座のコンボでスタミナを消耗しまくる。稽古はまだ始まってすらいない。

「やあフィルくん。自分から言いだした稽古なのに初日から遅刻とはやるね。普通の人間なら中々できることじゃないよ。これにはワシも大草原」

 平に平に。兎にも角にも平謝りし続けるフィル。

「遅刻してしまったものは仕方ないさ。ただ、9時になっても君の姿が見えないもんで探知してみたら山の中で立ち止まっているから何をやっているのかと。その場から動く様子もないしひょっとして待ち合わせの時間は9時じゃなくて10時で、俺が時間を間違えているのではないかと不安になったよ」

 どうやら探索スキルでフィルの動向は見られていたようだ。

「ここからだと裏山まで結構距離ありますけど、あんな遠くても居場所がわかるんですね」

「そうだよ。距離がありすぎると大雑把な情報しか分からないけど。それに遮蔽物(しゃへいぶつ)があると探知自体できなくなったりするね。それで山の中にとどまって何やっていたんだい?」

「公園に来る途中、近道しようと裏山を横切ろうとしたら怪我をしている鳥を見つけまして、手当していたらこんな時間に」

「わざわざ鳥の手当をしていたのか。マメだな。ハトにもマメマメ豆鉄砲だよ」

「それがですね。怪我をしていた鳥が(つる)だったんですよ。鶴は恩返しする生き物ですからね、こんなイベントは見逃せないですよ」

「そうか、鶴なら仕方ない。見事に釣られたわけだな、つるだけに。鶴の恩返し、月のうさぎ、助けたカメで竜宮城、どれもこれも見過ごせないイベントだな」

 物語の中で助けた動物はその身を犠牲にしてでもエクストリーム恩返しをするという。

「しかし街中で鶴とは珍しい、山だからかな。ところで遭遇したのが鶴じゃなくて川から流れてきた大きな桃だったらどうする」

「ピーチボーイ的な桃ですか。もちろんスルーします」

「え? 流すの? 川だけに」

「だって動物を助けたりするのは良心の範疇(はんちゅう)だし、恩返しに結婚してくれたり織物くれたりしますけど、得体の知れない巨大な桃が川上から流れてきても気味が悪いだけじゃないですか。どう考えても自然にできたものじゃないし、人工的に作られたのなら余計怪しいですし、トラップが仕掛けられていると考えるのが冒険者脳じゃないですか」

「あるぇー、意外とまともな反応なのじゃ。これにはワシも大仰天」

 総合的にみると決してまともなやり取りではなかったが、生き物は助けて大きな桃はそのまま流すことで確定した。

「童話の話はおいておくとして稽古の準備するため、つーか最初の稽古をはじめるために一旦俺の家に行くとしようか。すぐそこなんだ」

 稽古のためまずはレイヴンの家に向かうことにする。



 公園から歩いて数分の場所にレイヴン宅はあった。

「ここが俺の家だよ」

 レイヴンの家だという建物は川の横に建てられていて水車がついている。どうみても水車小屋です。

 家じゃなくて小屋じゃねえかと思っているフィルなど気にもとめずレイヴンは小屋の扉、もとい家の扉を開けて中に入る。

「とりあえず中に入ってくれ。せまい家だが気にしないで」

 狭い小屋の間違いじゃないのかと思いつつもレイヴン宅にお邪魔するフィル。

 小屋の中は人が住めるように一応改装されていた。とはいえ様々なものが溢れかえっており綺麗な室内とは言い難い。ガラクタにしか見えないものもあるが屋内に置いてあるということは必要なものなのだろう、たぶん。

「んふー。中々散らかっているだろう。実はこれ、あえて散らかしてあるんだよ」

「え? そうなんですか。一体何のために」

「それはね、この散らかった部屋を片付けること。これが最初の稽古だからだ」

「……え?」

「稽古と言えば師の身の回りの世話をする。漫画とかでよくあるアレだ」

「ああ、あの。一見家事仕事と思わせて実は修行の一環になっていたというアレですね」

「そう。そういうアレだが、今回のアレはちょっと違う。ただやってみたかっただけだ。特に意味はない」

 ガチの掃除だった。まあ、稽古代は要らないとレイヴンは言っていたので、それを考えるとこのくらいは安いものだ。

「しかしそういうアレだったとしても今回はそういうアレになるからあえてそういったアレにしても良いのかもしれない。まさしくアレにするために普通とはちょっと違う方法でアレしてみようか」

「なるほど……わからん。だがアレすることはわかった。どうすれば良いのですか」

「んー、重りをつけてアレするとか。あ、そうだ。使い魔を具現化しながらアレすると良いんじゃないかな。具現化の特訓というソレで」

 かなりいい加減な指導だが、本格的稽古の前の丁度良いウォーミングアップになるだろう。早速使い魔を呼び出すフィル。

「喚ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」

 召喚時の決めゼリフと共に使い魔ヴェレが出てきた。

「むー、その召喚台詞はちょっと古いね。ノスタルジアで素敵だけど、ここは一つ今風の召喚方法にしてみてはどうかな。修行の一環として」

 いきなりのダメ出し。思いも寄らないところでレイヴンからの指導がはいる。

「しまった。召喚する時からすでに修行がはじまっていたとは。ではオレの腕に決闘盤を装着、そこにカードをセットして召喚する。というのはどうでしょうか」

「素晴らしいアイデアだけどカード1枚しかないのにそんなもの装着してもねえ。それに腕につけるならやっぱりシルバーだよね」

「そもそも決闘盤なんて持ってませんしね。では星のはいった球を7つ集めて召喚するというのは?」

「次に呼び出すのは1年後になるね」

「大掛かりすぎるのも困りものですね。さらに困ったことにアイデアも枯渇してしまいました。ヴェレ、お前の意見を聞こう。何かいいアイデアないか」

「それではずっと私を具現化しておきましょう。そうすれば召喚方法に困りませんよ」

 アイデアというよりヴェレの願望。ただの要求だ。

「んなことしたらアイデアじゃなくてオレの魔力が枯渇するわ」

「そう簡単には思いつかんよねー。召喚の仕方はまた後日にしようか。だけどずっと具現化しておくというのはいい発想だよ。具現化してアレするのは具現化になれるためでもあるからね」

「まさかそんな狙いがあったとは」

 普通に考えればそんな狙いがあるだろう。でなくしては何のために具現化するのか。

「という訳だから、その辺を念頭に置いてアレしてみてね。俺は奥の方にいるから終わったら声かけて」

 必要最低限の指示を残して小屋の奥に向かうレイヴン。

「よし、アレするぞヴェレ」

「分かりました。……ところでアレってなんですか?」

 今まで一切説明をしていなかったので呼び出された理由を知らなかった。

 使い魔にアレ(具現化した状態で活動をすることで修行の一環とし小屋……ではなく家の片付けをするアレ)のことを説明する。ヴェレも主旨を理解し二人で分担して片付けをはじめる。

 空を飛べる使い魔に高いとこの掃除を任せ、フィルは床に散らばっているガラクタ……もといガラクタを整理する。日常品からよく分からないアイテムまで色々なものが散乱しているので片付けには骨が折れそうだ。

 逆回りの時計、何も映さない真っ暗な鏡、カエルの置物、などなどフィルには到底理解しがたいものばかりだ。捨てずに置いてあるということは何かしらのレアアイテムなのかもしれないし、レイヴンがただの変人だからという可能性も捨てきれない。

 使用用途が分からないものばかりで整理整頓するには難航した。



 部屋の片付けをはじめてからしばらく経ち柱時計が鳴り響く。時報が正午を告げレイヴンが奥からやって来た。

「お昼だね、昼飯にしようか。あらかた片付けも終わったみたいだしね」

 大部分の物が片付けられた部屋を見てレイヴンが言う。まだ完全には終えていないが部屋はすっきりした。

「飯食ったら稽古をはじめようか」

「ついに稽古のときが。あ、そういえばケイトが弁当作ってくるって言ってたな……たぶんオレらが公園にいると思ってるだろうなあいつ」

 公園が待ち合わせ場所だったしフィル自身もそこで剣の稽古をやるものとばかり思っていたので、まさか移動しているとはケイトも思っていないだろう。

「すいませんレイヴンさん、ちょっと妹迎えに行ってきます」

「いってらー」

 ケイトを迎えに公園に行くフィル。別に頼んだわけではないのだが、稽古代は必要ないというレイヴンに対してせめて弁当の差し入れくらいするべきだとケイトがいうので好きなようにさせたのだ。ケイトが自主的にやったこととは言え公園に放置すると怒るだろうし迎えに行く他ない。あまり考えたくはないがケイトが気を利かせて昼より大分早い時間から公園に来ていた場合、結構な時間待ちぼうけをくっていることになる。とりあえず急ぐか。



 公園に戻るとケイトが一人待っていた。待っている間、何もやることがなかったせいか童心に返ろうと考えたせいかは分からないがブランコをこいでいる。ちょっと前に似たような光景を見た。違うことと言えばレイヴンは笑っていた(無表情でだ)がケイトは明らかに不機嫌そうにしている。アリの巣に水を流し込むことに何ら躊躇いはない、そういった顔している。悪い予感が的中した。

「HEY! 妹! 何やら不機嫌そうな顔してカルシウム不足かーい?」

 ケイトがアリの巣に水を流すのなら、フィルはこの事態を水に流すことに決めた。

「……。…………。………………」

 無言のままフィルに凍てつく視線を送るケイト。流すことはできなかった。

「な、何かいいなよ。ね?」

「……何か言うことは?」

何かを言ってくれたが今度はフィルが何かを言うハメになった。

「あー、いやー、そのー、ナニカ……ごめんね」



 なんとかケイトの機嫌を直したあと、レイヴンハウスに二人して戻ってきた。

「あれがレイヴンさんちだ」

「……家? 水車小屋じゃないの?」

「オレと同じリアクションするなよ。いや、誰だってそーなるか」

「これがレイヴンさんの家なんて私は信じない。ここにレイヴンさんが居たら信じるしかないけど」

 水車小屋をレイヴン宅と認めたくないケイト。などと言っていたらレイヴンが小屋から出てきて二人を出迎えた。

「戻ったね。いらっしゃいケイトくん、ようこそ我が家へ」

 フィルの証言とレイヴンが小屋から出てきたことで疑いの余地がなくなった。さすがにケイトも認めざるをえない。

「……こんにちはレイヴンさん、素敵なミルですね」

「言い方変えても小屋は小屋だぞ」

 微妙に往生際が悪いケイトにツッコミを入れるフィル。

「弁当を作ってきたので良かったら召し上がってください」

「あれ? スルー? オレスルー?」

「そうなのかい。それはありがたい、それじゃあ家に上がって」

 フィルはスルーされケイトはレイヴンハウスにお邪魔する。とりあえず飯だ。使い魔を含め4人で食事にする。



ケイトの作った弁当はサンドイッチとお手軽なものだが豊富な数と種類を用意してきたので食いでがあった。サンドイッチの具でフィルが好きなのはうなぎゼリーだ。あのくっそ不味いことで有名なうなぎゼリーだ。普通サンドイッチの具に選ばれることはないがフィルが好きなので今回具の中に混ざっていた。ケイトとしてはフィル専用の具のつもりだったがレイヴンもいける口だったようで、美味しいと言いながら食べている。レイヴン曰く、食にはうるさく好き嫌いも激しいらしい。まずい飯なら躊躇なく残すのだが、このうなぎゼリーは絶品らしくいくらでも食えるという。

 自分の料理を褒められて気を良くしたのか、何か注文があれば今度作ってくると軽口を叩くケイト。それならばとレイヴンは好物の一つであるスターゲイジー・パイを所望する。

 まさかそんなゲテモノ料理を催促されるとは思わなかった。作ったことすらないので、まず料理方法から覚えることにするケイト。無理をしなくてもいいよとは言われるが、自分で言った手前、後には退けずなんとしても作ることを決心する。レイヴン相手に調子に乗るとこういった目に合うので注意が必要。ほとんど自爆だが。

 うなぎゼリーやスターゲイジーパイが好きとは、舌がオカシイのか頭がオカシイのか分からないが、これがレイヴンなのだろう。こうしてまたレイヴン情報を一つ得ることができた。この情報が役に立つことは多分ないだろう。

 会話も弾み料理の話から趣味の話に切り替わったとき、フィルはまるでニュータイプのように直感が働きレイヴンとケイトの二人から距離を取った。まもなくして会話する二人のテンションが上がり、一般人ではついていけそうにないほど隆盛を極めだした。回避行動を取るのが一歩遅れていたら口撃に巻き込まれていただろう。ケイトを相手に日々を過ごしてきたフィルの鍛錬の賜物だ。使い魔は回避できず会話に巻き込まれている。ケイトにがっしり掴まっているため逃げ出せそうにない。ヴェレは自分の主に救助を求めるが、フィルではこの状況を打破することは不可能。可哀想だがヴェレには会話に付き合ってもらうしかない。


柱時計が昼1時の時報を告げる。

 レイヴンとケイトも一頻(ひとしき)り趣味の話をしたことだしもう充足したであろう。というよりしてもらわねば何時までたっても稽古がはじまらない。

「時計も鳴ったことだしレイヴンさんそろそろ剣の稽古の方を」

「もうそんな時間か。そうだね、それじゃあ剣の稽古をはじめようか」

 席を立ち外に出る準備をするレイヴン。ケイトも帰り支度をはじめ、開放された使い魔は急いでフィルの背後へ逃げ込む。いまさら遅いが。

「それじゃあ私はこの辺でお(いとま)します。お邪魔しました」

「またいつでも遊びに来てね。劇の話でもなんでも大歓迎だよ」

「はい。それではまた明日も弁当作ってきます」

 明日もくんのかよ。弁当は口実で遊びに来ているだけだろお前は。そう思いつつも趣味の仲間が来ているとレイヴンの機嫌が良いのでフィルは何も言わないでおく。

 自宅に帰るケイトを見送った後、剣の稽古をやるため広場にフィルとレイヴンも移動する。

 この時期は公園も広場もどこもかしこも人で溢れかえっているので行楽客(こうらくきゃく)の邪魔にならないよう広場の(すみ)でこぢんまりと稽古をやることに。いよいよ剣の稽古がはじまる。

「それじゃあカトラスとダガーを持ち、いつもの感覚で振ってみて」

 レイヴンの指示通り、カトラスを右手にダガーを左手に持ち素振りをするフィル。

「ふむ。カトラスは普通に持ってダガーは逆手で持つのか。その持ち方にはこだわりがあるのかな?」

「こだわりみたいなのはありませんけど、訓練生時代に教わった持ち方が両手とも逆手持ちで、カトラスを使うようになってからカトラスは順手持ち、ダガーは逆手持ちでやっています」

「武器によって持ち方を変えているわけか。たしかにある程度のリーチがある剣は普通に持ち、ナイフやダガーなどの短い剣は逆手に持つ。これ自体は教科書通りの基本だと言えるね。しかし、そのせいで唯でさえ短いダガーのリーチがさらに短くなっていて、左右のアンバランスさが際立っていると。よくある持ち方ではあるけど、カトラスの扱いに慣れていない君は上手く扱えていないわけだ」

 フィルの武器の持ち方を見て分析するレイヴン。つまりはフィルの武器の熟練が低いだけということ。

「もしかしてこの武器の持ち方で双剣みたいな要領で戦っているんじゃないのかな」

「そうです。双剣のイメージで戦ってます」

「こういう場合、基本はカトラスだけで戦って、カトラスを振るよりダガーの方が有効的な状況でだけダガーも使うようにした方がいいかな。双剣感覚で使うなら両手ともカトラスにしたほうが使いやすいしね」

「なるほど、カトラスよりは扱いに慣れたダガーのほうをもう片手に持ったほうがいいかなと思ってカトラスとダガーにしてましたが、両方同じにしたほうが良いわけですね」

「うん、そうだね。ただそれはどうやって二刀流をするかって話であってカトラスの正しい使い方というわけではないから、やはりカトラスの扱いに慣れることが一番大事だよ。まずは片手でカトラスの扱いに慣れてみて、そこからカトラス2本でいくか、ダガーと組み合わせるか決めても良いんじゃないかな。というわけで今日はカトラス1本でやってみよう」

「分かりました。よろしくお願いします!」

「ではカトラスの……というより俺流の片手剣術を教えるから剣をかまえて」

 レイヴンに言われた通りダガーをしまい、右手一本でカトラスを構えるフィル。

 フィルの剣の構え方を見て問題点を指摘、綺麗なフォームで素振りをさせる。何回も剣を構えなおして振ってみてフォームを体に覚えさせる。不安定ではあるがなんとか形は理解できた。

「はい。それじゃあ今日の稽古はこれで終わり。あとは覚えたフォームを身につけるため素振りを適度にやってみて」

「え? もう終わりですか?」

「うん。本当はフォーム覚えるまで見ていてあげたいところだけど他にもやることがあってね。あとは一人で頼むよ。明日またフォームの確認をするから。明日も今日と同じ時間にここで、ほならの~」

 そういってレイヴンは立ち去っていった。

 あまりにあっさりすぎるレイヴン指導に呆気に取られたフィルは一人立ち尽くす。

「マスターさん、レイヴンさん行ってしまいましたね」

 フィルの背後からひょっこり顔を出す使い魔。そういえばこいつが居た。ずっと具現化されたままだったのを忘れていた。

「他にもやることがあるって、レイヴンさん忙しいんですね」

「そうね。単純に面倒くさかっただけという線も捨てきれんけど」

「え!? ということは今頃家に帰ってお昼寝とか?」

「さすがにそれは……はっ!? まさかこれは試されているのでは。今日の稽古は終わりとは言っていたが、その後に素振りをやっておいてくれとレイヴンさんは言っていた。おそらくオレの自主性を試しているのだろう」

 真剣な顔して状況を判断するフィル。

「ということはマスターさんが素振りを頑張ってくるかどうか、レイヴンさんは試しているわけですか?」

「ああ、十中八九な。あぶないあぶない。危うく引っかかるところだったぜ。よし、今日はひたすら素振りだ!」

「頑張ってくださいマスターさん! 応援しています!」

「任せろ。明日はレイヴンさんの驚く顔が見れるぞ」

 こうしてフィルは一心不乱に素振りをし、使い魔は「頑張れ頑張れ」と文字通り応援だけした。



 翌日。フィルは筋肉痛になった。

 気合い入れて素振りをしていたので全身がくまなく痛い。とくに右腕がひどい。動くのも辛いところだが昨日は遅刻で今日は病欠だとやる気を疑われてしまう。何としてでも広場に行って稽古するしかない。早めに広場に行ってレイヴンを待つことにするフィル。

 レイヴンよりさきに広場には着いたがわずかに早かっただけですぐにレイヴンも到着した。休む間もなく稽古になったが仕方ない。筋肉痛を悟られないよう何食わぬ顔するフィル。

「筋肉痛みたいだけど、どうしたの一体」

 速攻でバレた。

「どうして分かったんですか」

「俺相手のステータス見れるし。状態異常「筋肉痛」ってなってるし」

「あ、なるほど」

「重度の筋肉痛になるなんて一体何やったの?」

 フィルは昨日のことを洗いざらい告白する。

「いや、適度にって言ったじゃん。自主性が試されているとか深読みしすぎでしょ。そんな含みを持たせて指示するのなんて会社の嫌な上司くらいだよ。いくら俺でもそこまで性格悪くないかな。それともフィルくんには俺がそういう嫌なやつだと思われているのか」

 平に平に。ご容赦をと。今日も謝るハメになったフィル。

「とにかく今日は稽古を休みにしようか。無理しても意味ないし。今後は体調管理もしっかりしないといかんね。筋肉痛がなおったら連絡して、今日明日は家に居ると思うから」

 今日は稽古することなく解散となった。レイヴンが怒っていなかったことが不幸中の幸いか。とりあえず家に帰るが、歩くだけでもけっこう筋肉痛に響いた。



 クタクタになったが家に帰ってこれた。

「ただいま。ふう、今日の稽古はハードだったぜ。実に辛かった。行って帰ってくるだけでこの疲労」

 ある意味ハードだった。ただしなんの成果もない。

「やっぱり帰ってきた。レイヴンさんなんて言ってたの?」

 こうなることを予想していたケイト。

「筋肉痛治すまで稽古は休みだと。今日明日はレイヴンさん家に居るらしいから、治ったら来てねって言ってた」

 今日のやりとりを説明しソファで横になるフィル。

「そうなんだ。せっかく弁当作ったし家に居るなら届けてこよう」

「遊びに行きたいだけだろお前」

「兄さんの分の弁当はそこにおいてあるから。じゃあ行ってきます」

 フィルのツッコミをスルーしケイトは出かけていった。

「すっかりレイヴンさんに懐いたなあいつ。まあレイヴンさん兄貴の中の兄貴って感じがするし、妹である以上兄属性に弱いのかもしれんな。……ん? そうするとオレの兄属性はどこいった? ていうかオレの兄としての存在価値は……いや、深く考えるのはやめよう。レイヴンさんにも深読みしすぎって言われたし」

「そうですよ。マスターさんは立派にお兄さんやっています」

「あのー、勝手に具現化しないでくれます?」

 呼ばれていないのに飛び出てきた使い魔。叱る元気も戻す気力もないのでそのまま具現化しておくことにする。

「ジーンとリオルはクエストに行っているかな。エフィもしばらくパーティ入りしてくれてるし戦力は大丈夫だろう。つーかリオルがいれば充分か。リオルに不足しているのは脳力だし、ジーンとエフィがいりゃフォローもバッチリだろ」

「ノエルさんたちもクエストに協力してくれるって言ってましたし問題ありませんよ、きっと」

 稽古に専念するためフィルはクエストに行くことを禁止されている。どのみちこんな状態では行けるわけはない。今日のところは大人しく静養することにする。



 翌日。筋肉痛が治った。

 早速レイヴンに報告しに行く。

「もう治ったんだ。意外と早かったね」

 ビシバシとポージングを決めてみせ回復したことをアピールするフィル。

「だけどあの程度で筋肉痛になるようじゃあ体の鍛え方が足りていない証拠だね。また筋肉痛になられても稽古の日程が狂ってしまうし、基礎トレーニングもあわせてやった方がいいかな」

「基礎トレーニング……走り込みとかですか」

「そうだね。有酸素運動メインでトレーニングしようか。剣の稽古をやってその後走り込み、これでいいかな。あとは休みの前日ならそれに加えて筋トレもやろう。次の日が休みだから筋肉痛になっても問題なし。好きなだけトレーニングできるぞ」

 自己管理能力が低いフィルのためにトレーニング内容を決めるレイヴン。

 基礎トレーニングなど好きにやってもらいたいところだが、馬鹿みたいに素振りをやって筋肉痛になるような奴だ、こっちで管理してやらないと同じことを繰り返しかねない。管理職レイヴンの手腕が光る。

 トレーニングメニューはこうだ。普段は有酸素運動をやらせ体に負担が掛かりにくくする。これだけなら物足りなさを感じるがたまにハードな日を一日設ける。休みに入る前日にハードなトレーニングをこなすことで達成感が得られ長く続けられるというプランだ。

 剣の稽古などさっさと終わらせたいレイヴンにとってはこれが一番手っ取り早い方法だと判断した。こうしてフィルの本格的修行がはじまった。



 はじまったのは良かったのだが修行をはじめて数日、フィルの疲労度は限界近くに達していた。

 能力値的には普通としか言いようのないフィルにとってはこの内容でもハードだった模様。まさかこの程度でバテるとはレイヴンも思っていなかった。管理職失格。

「普通の15、6歳ならこんなもんなのかな。だけど冒険者としては……うーん。ものは相談だけど冒険者を続けるの諦めてみない?」

 冒険者をやめることをすすめるレイヴン。

 向いてない仕事ははやめに辞めるのがいいよね。冒険者はつぶしがきかない職業だし中途半端に続けて中途半端な歳で引退すると残りの人生が大変になるぞ。

「マジかよ!?」

「マジだぜ!!」

 唐突の引退勧告に仰天するフィル。こいつは不味い。実に雲行きが怪しい。まさか稽古をつけてくれるはずのレイヴンが冒険者を辞めろと言い出すとは思わなかった。家族にも日頃から言われており慣れっこではあるが、今回は相手が違う。ケイトと同じようにあしらう訳にもいかない。上手くごまかす方法を考える。……ていうかケイトに何か吹き込まれたんじゃね?

「あのー、ひょっとしてケイトから冒険者をやめるように言ってほしいとか頼まれました?」

「いや、ここ数日の君を見て思った感想を述べただけだよ」

「あ、そうっすか。すいません」

 そんなことを聞かれるとは思わなかったレイヴンは内心思った「バレとるやんけ」と。

 フィルの読み通りケイトから頼まれていた。レイヴンにとってはフィルが冒険者を続けようが辞めようがどうでもいいことだが、頼みを引き受けた以上いつか言うつもりだった。それが「冒険者にむいていないなこいつ」と思ったこのタイミングになった。

 別にバレてもかまいやしないが、そのせいで意固地になり絶対に冒険者をやめないと言い出されても困る。ここは一つ進退について真剣に考えるよう仕向けてみる。

「ケイトくんにも冒険者をやめたほうがいいと思われているのなら一度真剣に考えたほうがいいんじゃないかな、命を落とす前に」

 こう言われ考え出すフィル。やめることを真剣に考えはじめたのか、続ける言い訳を考えているのか分からないのでレイヴンも言葉を続ける。

「フィルくんが死のうが生きようが俺には関係ないけど、死ねばせっかくの稽古が無駄になる。ここ数日かなりの時間を割いて教えたのにだよ。それにラピスに指導を頼んだことも無駄になるね」

 微妙に本音も出た。だがこういった物言いをすれば考えざるをえないだろう。

 フィルは何も言い返せずにいる。少しの間考えてこう答えた。

「たしかにそうですけど死ぬと決まったわけじゃありませんし。それに冒険者はクエストを選ぶことが出来ます。実力を過信せずに冷静にクエストをこなせば命を落とすような危険は少ないと思います」

 これに関してはフィルの言うとおりだ。クエストの難易度は自分で選べる。仮に自分の実力以上の依頼を引き受けたとしてもクエストリタイアすることはできる。

「それはどうかな。自分に見合ったクエストを選んでも不測の事態は起こり得る。現に君と最初に出会った時、君は一歩間違うと死ぬところだった。結果的には俺に助けられた訳だけど、それは結果であって危険を冒す原因を作ったのは何か、君自身よく分かっているでしょ」

 あの時危険を犯した理由、それはモンスターに襲われている冒険者を助けようとしたこと。襲われていたのがレイヴンたちだったから事なきを得たしフィルも助かった。だがそれはレイヴンの言う通り結果でしかない。襲われていたのが未熟な冒険者であれば助けに入るどころか一緒に死んでいたかもしれない。

「あの状況なら相手がどうであれ君は助けに入ったと思うんだよね。誰かを助けること自体はいいことだけど、自分の命を危険に晒してまでやるのは引くわ。それとも何かな、助けるのが不可能であれば引くことを君は出来たのかな」

 この言葉にフィルはまたしても考える。この質問には間違いなく含むところがある。レイヴンの真意はみえないが無謀なことはしないと答えるのが正解の気もする。だが嘘は通じそうにない。嘘をつくわけにはいかないとフィルは曖昧な返答をしてごまかす。

「ケースバイケースですね」

「うん、だからそれで最悪のケースのときはどうするの」

「最悪のケース。そこまで想定してなかった。プレイエリアの外ですね」

「じゃあ今から想定しようか。どうする? アイフル?」

「えーっと、どうですかね。助ける見捨てるどちらの可能性も常にありますね。いつだって誰だって可能性は無限大」

「無限の選択肢があっても選ぶのは一つだけにしてほしいかな。んでどっちのほうが可能性高いの?」

「えーっと……そうだ。この世界では小数点以下を切り捨てているため、実際は小数点以下の確率の選択肢も云々(うんぬん)かんぬん……」

「んでどっちを選択するの? そろそろ決めてほしいかな」

「すいません、わかりません。ここでどっちを答えたとしても、その時にならないとどうするか分からないと思います」

 もはやこれまでと観念して答えるフィル。

「そうか。つまり助ける可能性はついて回るわけか。できれば嘘でも見捨てることもあると言ってほしかったなー」

 しまった。嘘をつくのが正解だった。読み違えてしまったフィル。

「俺の求める言葉を答えやすいようにしたのに、その返答で嘘をつくという事をしなかったね。素直なのは人としては美徳だよ。冒険者としては無能だけど。君はいつか人を助けて自分は死ぬだろうね」

 褒めているのか(おとし)めているのかよく分からないが辛辣(しんらつ)な言葉を発するレイヴン。

「まーあ、君の命をどうしようが君の勝手だけど、命を助けた挙句、剣の稽古までつけた相手に対する返しがそれでは礼を失するにも程があるかなー」

 チクリチクリと相手の良心に突き刺さるようにものを言う。

「あのー、言葉を返すようですけど、仮にオレと同じ状況になったらレイヴンさんも同じことをしたのではないでしょうか。手に負えるかどうかは関係なく」

「ほう、そう来ますか。そうですか。その手の質問に対する俺の答えは決まっているよ。答えは「助ける」だ」

 その言葉を聞いてフィルはやっぱりといった顔をする。

「でもね、それはそう答えた方が相手の心象が良くなるからなんだよね。その質問をする相手はそういった答えを求めているから、そう答えているだけ。現実には俺の手に負えない状況なんてまずありえないし。仮にそんな状況になったら助けに入らないよ。だから「見捨てる」が本当の答えだね」

「ええーっ……」

 今度は困惑するフィル。フィルが選びやすいように嘘をついている可能性もあるが、レイヴンの真意を見抜くのは困窮(こんきゅう)をきわめるだろう。

「別に深読みしなくてもいいよ。俺は嘘をつくことに抵抗はないし、ケースバイケースで答えを変えているだけだから。それもこれもレイヴンという人間を演じるためにね」

「……演じる?」

 何を言っているのかわからないという反応をするフィル。

「実はそうなんですよ。他人が求める理想の自分を演じる。それがレイヴンって奴の生き方なんですよ。でもね、相手の求めに応えるのは人間誰だって大なり小なりやるものなんだよ」

 フィルでも理解できるように丁寧に説明するレイヴン。

「正義の味方のような行動を期待されればその期待に沿うように頑張ってみる。期待に応えられなかった時の周りの反応を気にする。助けられないからといって見捨てれば批難される。だから危険を冒して助ける。本当はやりたくないけど依頼を引き受けてしまう。相手の求めに応じるとはそういうことだよ」

「なるほど、そういうことですか。なるほど」

 まったく理解していないが分かったフリをするフィル。

「……まあ、君が、役を演じる冒険者になるか分からないけど、心の片隅にでもおいといてくれ」

 フィルのアホ面を見て理解していないと感じたレイヴンは簡潔にまとめに入る。

「つまり何を言いたいかというと、人を助けるロールプレイを冒険者レイヴンはやるけど、好き好んで人助けをしたりしないのが本当の俺ってことだね。君は誰かを見捨てることはできないけど、俺は見捨てることができる。それが俺と君の違い」

「またまたご冗談を。見捨てるだなんて、レイヴンさん俺を助けてくれたじゃないですか。剣の稽古までつけてくれているじゃないですか」

 猫のような表情をして話すフィル。

「だからそれは結果的にそうなっただけなんだよね。稽古を引き受けたこと今は後悔している」

「えー……」

「ついでに言うと仲間だろうが何だろうが見捨てるときは迷わず見捨てる。というより昔見捨てたことがある。仲間をね」

「ゔぇ!?」

「嘘でも冗談でもないよ。傭兵時代に俺は部隊の仲間を見捨てて逃げたんだ。同じ傭兵団で生きてきた大切な仲間をね」

 先程までの回りくどい言い方と違いこれはフィルにも十分理解できた。そして言葉を失った。

 ようやくフィルにも効くお題目を見つけたことでさらに話を続けるレイヴン。

「作戦行動中にね、俺たちの傭兵団が所属する部隊が壊滅の危機に陥ったんだ。俺は作戦を放棄して撤退するように言ったんだが仲間たちは逃げることをしなかった。ここで退けば他の部隊に被害が出るかもしれないから。おかげで仲間たちは次々に倒れていったよ。もう一度逃げるように進言したが倒れた仲間を置いては行けないと、それでも撤退はしなかったから自分だけでも逃げることを決めた。そして俺は瀕死の重傷を負いながらも一命はとりとめた。他の仲間はみんな死んじまった」

 本当はこんな話をするつもりではなかったがサルでもわかる戦いの危険性、となると実体験を話すのが一番わかり易い。

「でも俺は仲間を見捨てたこと、後悔してはいないよ。そうしなければ俺は死んでいただろうしね。それとこの話をしたのは別に君に感想をもらうためじゃない。だから俺がやったことを肯定も否定もしなくていい」

 何か言うべきなのかと言葉を探すフィルにその必要はないと告げるレイヴン。

「自分で選んだことだ。正しかったのか間違っていたのかそれは俺が決めること、他人に是非を問うたりしないよ。むしろ誰かに肯定してもらえないとダメならその時の選択は間違っていたと自分で認めるようなものだろう」

「レイヴンさんは仲間を見捨てたこと後悔してないし間違っていないと思っているということですか」

「そうだけど、ちょっと違うかな。例えばだけどハードモードを選んでプレイしてクリアできない時、クリアするために難易度落としてイージーモードにするも玉砕覚悟でハードモードに挑戦し続けるもプレイヤーの自由だし、どれが正解ということもないだろう。だから誰に何と言われようと気にしないというだけだ」

 正解が存在しない選択肢なら自分で決めた答えを信じるだけということ。誰かに何か言ってもらう必要などないのだ。そうレイヴンは言っている。

「はい、レイヴンさん。オレは他人の言うことが気になりますし、難易度下げた時にはそれっぽい感じの言い訳を用意して「そんなことないよ。君は立派に戦った」といってもらえるように善処します」

 フィルは爽やかな顔でそういった。

 まさかの反論にレイヴンはツッコミを禁じ得ない。

「努力のベクトル間違えてるぅー。どうしてそこで善処するんだよ。言い訳を頑張るくらいならもうちょっと頑張ってハードモードに挑もうよ。完全に凡人じゃねえか、身の程を知るにもほどがあるだろ」

「はい。なのでオレは難易度を下げません。たとえクリアできなくても最高難易度に挑み続けます。なぜならそこに山があるから。最初に決めたことをあとになって諦めるくらいなら初めから選びませんよ。冒険者も同じことです」

 アルピニストみたいなことを言い出したフィル。

「……それは、冒険者をやめることも危険を冒すこともやめないという意味かい」

「平たく言えば。オレがなりたいのは身の丈にあった冒険者じゃなくて、スーパースゲー冒険者です。レイヴンさんやラピスさんのような」

「俺たちのような冒険者、ね。それが君の夢なんだろうけど、家族に迷惑かけてまでも追うべき夢なのか。ただ意固地になっているだけじゃないのか」

「そこはもう諦めてもうらしかないですね。先程のレイヴンさんの言葉を借りるなら、誰かを思いやって自分を圧し殺すか、自分にこだわって周りに迷惑をかけるか、どちらを選んでも間違いということはない。そうですよね」

「そうか、残念だよ。君は俺が求めるような冒険者にはなれそうにないな。稽古つけてやるといったこと今は後悔している。せっかく傭兵時代の話までしたのに」

「そうですね、すみません。でも今日の話は死ぬまで忘れません」

「死ぬまでか。つまりすぐに忘れるということか」

「ちょ! そうすぐすぐには死にませんってば。死んでたら結局話をしてもらった意味がないじゃないですか。簡単に死んだりしないから、ずっと忘れないってことですよ」

 随分と回りくどい言い回しもあまり話したくはなかったであろう傭兵時代の話も、フィルに冒険者をやめる決心をさせるためというより死なせないためだろう。

「そうしてくれるとありがたいな。俺もお前みたいな奴がいたのを死ぬまで忘れないでおくよ。いや、そこまで覚えている自信はないな。お前がいたこときっと忘れないよ。寝るまでは」

「みじかっ。それだと明日には忘れてるじゃないですか」

「冗談だよ。最後にもう一回確認するけど、冒険者をやめる気はないんだね」

「はい。これだけはゆずれません」

「まさか教えを乞う相手の言葉を聞かないとはね。君にとって俺は所詮その程度、尊敬するにも価しないということか」

「そ、そんな言い方されても引きませんよ」

「……恩知らず」

「はい」

「……バカ」

「はい」

「……ハゲろ」

「うっ、はい」

「冒険者やめよ?」

「いやです」

「ちっ、引っかからんか。分かったよ。もう好きにしな」

「はい、すんません」

「謝るなよ。それより感謝の言葉はないの?」

「すみません、じゃなかった。今まで稽古つけて頂きありがとうございました。命を救ってもらったこと一生忘れません」

「……ん?」

「あ、冒険者を続けること認めていただいてありがとうございます」

「認めたわけじゃないんだけど。ていうか勝手に稽古やめないでくれるかな」

「……え?」

「……え?」

 会話がかみ合っていない。

「俺としては稽古の依頼を引き受けた以上、その依頼を途中で投げ出す気はないんだけど。ひょっとしてもう稽古やめたかったの?」

「いやいやいやいやいや」

 物凄い勢いで首を横に振るフィル。てっきりこれ以上は稽古をつけてもらえないと思っていたのでその礼を言えという意味だと捉えていた。稽古を続けてくれるというのであれば願ってもないことだ。

「冒険者を続けるなら、まず稽古を続ける気概を見せてもらわんとねー。自分勝手やって迷惑かけるの分かってるんなら、今のうちに迷惑かけておけよ。どうせ存在が迷惑なんだから」

 酷い言われようだが、その通りなので言い返すことはしない。

「何やっても迷惑になるなら、死んで迷惑かけるより生きるための迷惑かけるほうが合理的だろ。そうすればケイトくんも兄を亡くして悲しい思いをしなくてすむ」

「なるほど、そういうことか。妙に優しいなと思ったら、オレのためじゃなくてアイツのためか、納得」

 レイヴンは命がけの冒険よりも趣味に命をかける人種だということを忘れていた。

「まーねー。君を野放しにした結果、趣味の仲間を失ってもつまらん。それなら君を鍛えたほうがマシな気がするからね。ケイトくんの希望にはそえられなかったけど俺が悪いわけじゃない」

「あ、やっぱりケイトに頼まれていたんですね。冒険者をやめさせるのを」

「そこはキニスンナ。そのおかげで稽古をつけてもらえるんだからさ。むしろそれ以上だろう、なんてったって人類最強の男が本気で稽古をつけてやるんだからな」

「人類最強……! どおりでみんなとちょっと違うかなーって、思ってました」

「俺は選ばれし者だからな。てな訳で頑張って強くなりなよー」

「落ちこぼれだって努力すりゃエリートをうんたらかんたらを証明してみせます」

 辛うじて冒険者引退をまぬがれたフィル。レイヴンもやる気を出し本気で稽古をつけてくれる気になった。これ以上ないほどにお膳立ても整った。はたしてフィルはどこまで強くなれるか。

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