4話1.メンバー勧誘
季節は春が過ぎ去らない時期の早朝。外はまだ仄暗い。家人が床から起き活動をはじめる時間帯にフィルは珍しくも起きていた。
早起きの理由はいくつかあるが、一つに職業訓練時代に知り合った友人に会いに行くためというのがある。
今の仲間たちと話をしそろそろチームを結成する頃合いだと言うことで準備を始めるのだ。それにあたりチームや旅団に所属する知り合いから助言を貰おうとフィルは考えた。
旅団は冒険者ギルドから支援を受けられるため積極的に所属しようとする者が多い。チームは支援を受けること自体は出来ないが、チームを登録しておくことでギルドから名指しでクエストを依頼されたり、旅団やチームに所属希望の冒険者を紹介して貰えたりする。
旅団のように結成、維持するために必要な人数や活動実績などといった条件を満たす必要が無いので作るのは簡単。大したメリットもない代わりにデメリットもない。のんびり冒険ライフを送りたいものにはうってつけ。
フィルたちは急いで作りたいわけではないが今から準備を進めておいたほうが結成したい時にすんなりできる。そのために今日は早起きしたのだ。
身支度をしていると妹のケイトがフィルを起こすため部屋にやってきた。いつもなら寝ているはずの兄が起きていることにケイトは驚く。
「めずらしい。今日の天気は雨だったっけ」
「いいや晴れだぜ。雨の日はクエストが大変になるからな、そういった時に休みの日は合わせている。本日は営業日だ」
「たまには日曜に合わせて休日にしたら? その方が家族と過ごせる時間を増やせたり友達と遊びに行きやすいんじゃない」
今日は日曜日。世間一般では本日は休日だ。
「それもそーね。今度休みの日を調整するか」
冒険者になって以来まともに遊ばくなった友達も増えてきていた。休みを合わせないと友達と遊ぶ機会は減る一方、休みは計画的に。
「もう朝ごはんできてるから早く降りてきてね」
ケイトは先に部屋を出てリビングに向かった。フィルも支度を済ませリビングへ行く。
リビングに行くと妹と母親が食卓の準備を済ませていた。
「あれ? 日曜なのに親父殿の姿が見えないんだけど……蒸発した?」
「お父さんは今日、会社の部長さんと釣りに行ってるわよ」
本日父親がいない理由を母親が教えてくれる。
「そうなのか。てっきり神隠しにでもあったのかと思った」
「髪はまだ大丈夫じゃないかしら。まだ黒髪はツヤツヤしてるし、あと数年くらいは」
父親の髪について母親が独自の見解を述べる。
「あの歳でハゲ始めたら兄さんがハゲる年齢もそのくらいになるね」
「ハゲねーよ!? オレの髪質は母さん似だ。だから大丈夫。ていうか髪の話はしてねー!」
必死に否定するが目が泳いでいる。
「いいから早く朝ごはん食べなさい」
母親に急かされたフィルは椅子に腰掛け朝食を食べはじめる。
「しかし休みの日だってのに仕事の付き合いで釣りねー。会社勤めは大変だ」
「フィルも冒険者やめたあとはお父さんと同じく農協に就職ね。父親のコネがあるから楽に就活できるわよ」
「そろそろ冒険者をクビになってもおかしくないし、農協に社会見学に行ったほうがいいと思う」
「冒険者クビってなんだよ。冒険者は会社じゃないだろ。そもそも農協に就職する気もないからな」
ある程度上のランクの冒険者ならともかく、下位の冒険者では社会的信用はない。冒険者になっても素質がないと自分で痛感したものは潔くあきらめて普通の会社に就職する。これがセオリーだ。
特にフィルの場合、能力的にはごく普通で冒険者として今後やっていけるのかは怪しいところだ。家族からしたら冒険者なんて危ない職業はやめて普通の職に就いて欲しいものだろう。そうすれば日々心配して過ごすなんてこともなくなる。
「それで今日のクエストは何時に出発して何時に戻る予定なの。出来るだけ正確に」
ケイトはクエストの正確な出発、帰還時刻の算出をもとめる。前回のクエストで戻ってくる時間が大幅に遅くなったせいだろう。
「今日は用事があるからな。クエストはその後になるからいつ出発するか分からん。ていうかお前はわざわざギルドに来る必要はないだろ」
「別に好きでギルドに行ってないし。それに今日は私予定があるから行くか分かんないし」
「ケイトは今日お友達と劇団の公演を見に行くそうだから、フィルは一人でもしっかりやりなさい。ちゃんと歯も磨いて、忘れ物もしないでね」
「オレは子供か。あ、この場合はそれで合っているのか」
目の前にいる母親に対して受け答えするフィル。どれだけ歳を取ろうが親は親、子供は子供だ。
「ケイトお前はまたあの劇を見に行くのか。もうこれで何回目だ?」
「いい劇は何度観ても楽しめるものなの。それに劇を見るたびに特典が貰えるし、それを集めるのも楽しいんだから」
そう言ってケイトは嬉しそうに特典グッズをフィルに見せびらかす。
演劇「LOVELESS SHOCK」は若者を中心に人気のある劇だ。物語が良く出来ており特典まで貰えるのが人気の理由だが、如何せん特典は何種類かある上にランダムで貰える仕組みになっている。
「出たよ特典商法。グッズに踊らされやがって、踊るのは舞台の上の連中だけで充分だっての。企業戦略にまんまとハマったな」
「別にいいもん。観れば貰えるだけだから損はしてないもん。同じグッズを引いちゃうこともあるけど」
まだそこまでの回数は観てないがすでに同じ特典が重なっている。ケイトは友達と交換したりもしているそうだがそれでもすべての特典グッズを集めるのは難しそうだ。
「グッズがダブるのイヤなら店で売ってあるの買えばいいじゃん。要らない奴が売っぱらったのが置いてあるだろ」
「売ってあるのを買うのはダメ。自分で観て集めることが大事なの。友達と交換して集めるのも楽しいんだから」
「さいでっか。オレは劇とか一回観れればいいけどなー」
「フィルも昔はよく劇を見に行っていたじゃない。たまにはお兄ちゃんらしく妹の趣味に付き合ってあげたら?」
母親から兄らしいことをせよとのお達しが来た。最近のフィルは冒険に夢中でろくに家族孝行していない。困った、どうしたものか。何かしらの言い訳を考える。
「えー? それは私が困るんだけどなー。だいたい今日は友達と行く予定だし」
「いいじゃないたまには。兄妹で一緒にいればフィルも大怪我しなくてすむし」
「この歳になって兄妹で遊ぶのは嫌だよ。暇ができたらあとで様子を見に行くから、それでいいでしょ?」
「はいはい。それじゃあフィルの面倒頼むわね」
母と娘の他愛ない会話だったが、フィルはとても居た堪れない気持ちになった。と言うより単に馬鹿にされただけとしか思えなかった。
まあ、上手いこと言い訳してこの場を逃げ果せようと考えていたので助かったわけだが。それでも感情が死んだ顔になるのは避けられなかった。目も泳ぐことはない、死んだ魚だから。
「ごちそうさま。それじゃあ行ってきます」
面目丸つぶれのままフィルは出かけていった。
クエスト受付開始時間より早く冒険者ギルドに到着した後は、リオルとジーンに酒場の二階の見通しの良い席を確保することを頼み、フィルは旧友に会いに行く。
酒場は冒険者が入り浸っているがここに来ずに旅団部屋にいる可能性もある。そうなると探すのが面倒だ、ここに来ていることを願う。
そんな心配とは裏腹に探し人はすぐに見つかった。その人物は一人で席について本を読んでいる。旅団の仲間を待っているのだろうか、話しかけるには好都合だ。
「よ、久しぶりエフィ」
「ああ、フィル。おはよう」
フィルに声をかけられ椅子に腰掛けていた少年が返事をする。本を読んでいた時の姿同様、物静かな感じの声だ。
エフィと呼ばれた少年、本当はエフィムという名前だがフィルは呼びやすいのでエフィと読んでいる。エフィムはフィルより少し小柄だが、身長も出で立ちも普通のフィルより目立つ特徴がある。グレーの変わった髪色に獣の耳と尻尾が生えている。いわゆる獣人と呼ばれる種族だ。耳と尻尾を除けば普通の人間と大差ないが。
「ちょっとばかし話があるんだけど大丈夫かな?」
「いいよ。僕も話したかったけど冒険者になってからは殆ど話す機会がなかったからね。旅団の人がやってくるまでは大丈夫だよ」
「サンキュ。実はさ今度チームを結成しようと思っているんだけど旅団活動ってどんな感じか話を聞きたいんだ。それとメンバーを勧誘する時のコツとかあれば教えてほしんだけど」
「旅団活動か。前に話をした時に一緒にパーティを組んでいる人達がいるって言っていたよね。だったら今のフィルの状況とそんなに変わらないと思うよ。僕もまだ初級冒険者だから基本的に同じメンバーでクエストに行っているよ」
「旅団でもそこは同じか。それじゃあランクが上がれば旅団内でも色んな人とクエストに行くことになるのかな?」
「たぶん、そうなると思う。ランクが高い人達は事前に計画を立てたりしてるけど、それも人によりけりって感じかな。旅団の決まりさえ守ればあとは各自の自由だからね。多少のルールはあれど堅苦しいものじゃないよ。それにチームなら結成や維持するのに何の条件もないから気楽だよ」
「そうか。それじゃあチームを結成するからといって何も気負う必要はないな」
エフィムの旅団話を聞いたフィルは今まで通り自由にやれそうだと安心する。
「メンバーの勧誘については僕も詳しくないけど、ギルドを通して紹介してもらうのが一番分かり易いし楽だと思うよ」
「特定の人を誘いたいと思ってるんだけど、そういう時はどんな勧誘の仕方をするんだ?」
「勧誘ね、旅団ならその旅団の魅力や特典みたいなものをアピールするんだけど、チームだとギルドからの支援もないからちょっと大変かも」
「まあ、そうなるな」
最も助言が欲しかった勧誘のコツが打つ手なしとなった。
「ところでフィル、チーム結成が急ぎでないのならウチの旅団に入ってみない?」
「エフィのとこの旅団って『にゃんころ星』だっけ?」
「そうだよ。ウチは初心者歓迎の旅団だから気楽だしフィルの仲間も一緒にどうかな。旅団で色々学んで自分のチームを結成するのも良いと思うんだ。それに旅団に入っている時ならその誘いたいって人も勧誘しやすいと思うんだ」
「なるほど。お前中々の策士だな。でもオレ一人で決めるわけにはいかないから皆に相談してみるよ」
素敵な名前の旅団からの勧誘。一旦持ち帰ってリオル、ジーンと考えることにする。
「分かった。もしダメそうでもクエストくらいなら一緒に行けるだろ。今度一緒に行こうよ」
「良いねそれ。相談に乗ってくれてありがとう。旅団の件戻ったら皆に相談してみるよ、結論が出たらまた会いに来る」
「うん、それじゃあね」
チームや旅団に関するアドバイスを貰ったフィルは戻っていく。
柱時計からチャイムが鳴り響きクエスト受付開始を知らせる。酒場内の冒険者たちが動き出し少しずつ慌ただしくなっていく。
「ただいま。戻ったぜ」
リオルとジーンが座っているテーブルに合流するフィル。
「おかえりーフィル」
「戻ったか。首尾はどうだ? こっちはまだだ」
「ああ、中々ためになる話だった。それとオレら全員うちの旅団に入らないかって誘われた。あそこはゆるいし、旅団活動を経験すれば自分らでチーム結成する時に作りやすいだろうって」
「へー、旅団か。悪い話じゃないな」
旅団活動にジーンは興味を示す。
「今まで通りにやれるんなら問題はないけど、フィルはどう思ってるの?」
リオルも全員揃っての入団に異論はないようなのでフィルの考えを聞く。
「オレは……今はやめておいた方が良いんじゃないかなと思う」
旅団に所属することにフィルは反対のようだ。その答えにリオルとジーンは少し意外に感じた。
「どうしてだ。何か理由があるのか? いい話だと俺は思うんだが」
「オレも最初はそう思った。旅団は色んな特典を利用できるから勧誘するときにも強みになるからな。でも、レイヴンさんは旅団からの勧誘を断っているわけだし入団したくない理由があると思うんだ。今のオレらの一番の目的はレイヴンさんとチームを組むことだからな」
フィルは自分の考えを語る。物事の優先順位やレイヴンのことを斟酌した結果、至った答えらしい。
「なるほど、言われてみると確かにそうだな。目先の利益に目が眩むところだった」
「へたに旅団に入ったらレイヴンさんもいやがるかもしれないもんね。わたしたちの一番の目的はレイヴンさんだー」
「そゆこと。でレイヴンさんはまだ来てないんだな」
「ああ、ここから入り口をずっと見ていたがそれらしい人は来なかったぜ」
「よし、じゃあこのまましばらくレイヴンさんかラピスさんが来るのを待とう。来そうになければ情報集めに移ろう」
二階の見通しのいい席に陣取ったのはこのためだ。この位置なら入り口とクエストカウンターの両方共見渡せる。お目当ての人物が来ればすぐに声を掛けにもいける。
昨日のクエストのあと、レイヴンについての情報を聞いて回った。そこで掴んだ情報がレイヴンもこのギルドを利用しているということだ。ここで待っていれば会える可能性は高い。レイヴンでなくともラピスに会えればレイヴンのことを聞くことも出来る。ひたすら待つのみだ。
「うん、ご飯を食べながらゆっくり待とー」
「え? お前まだ食うの」
「だって他にやることないじゃん」
「それもそうだな。何かやって時間を潰すか。……おおそうだ。リオル、フィル入り口近くのテーブルに三人の冒険者がいるだろ。あいつらにアテレコして遊ぼうぜ」
「面白そうだな。あっちもオレらと同じく男女男の組み合わせだし」
「いいねー、やってみよー」
暇を持て余し変な遊びをはじめる三人。
「俺の名前はピーチボーイ。鬼を討つため遥か異国の地から参った。そなたたちは何者か」
背の高い冒険者のアテレコをするジーン。
「オラの名前はゴールデンボーイ。九魔にのって逢魔の稽古にも飽きたから山から降りてきたずら」
背の低い冒険者のアテレコをするフィル。
「わたしの名前はバックストライプボーイ。助けたカメに連れられて宴会にきました」
女性の冒険者にアテレコをするリオル。なぜかボーイと名乗った。
「ほう、ということはそなたたち暇じゃな。某と世界中に散らばった努力、友情、勝利を集め共に鬼退治にゆかぬか?」
「いいぜ。じゃなかった、いいずらよ。オラの愛刀まさかりハンマーで鬼どもをメッタ斬りにしてやるずら」
「武器つりざおしか持ってないけどいいかな? あと玉手箱もあるよ」
声を当てられているとはつゆ知らず、背の高い冒険者は仲間に回復アイテムらしきものを渡す。そしてジーンがすぐにアテレコする。
「かたじけない。報酬としてこのきびだんごを一つずつ進呈しよう」
「やったー! きびだんごだー! ガッつくようだけどオラの好物なんだずら」
「もしかしてきびだんごはエクリサー並のレアアイテム? 今ならイヌ、サル、ホウオウの気持ちが分かる気がする」
今度は女性の冒険者がアイテムポーチから何かを取り出そうとする。
「それじゃあお礼にこの玉手箱を――」
「ちょっと待てー! それを開けるとサルガッソー・イン・ザ・スカイするだろ!」
「まずいずら。ゲームオーバーになるずら。エンド・オブ・ザ・ワールドずら」
女性の冒険者が取り出したのは単なる魔除けのアイテムだった。
「と見せかけて聖水をそのへんにまき散らします」
「こいつぁ一本取られたでござる」
「やられたずらー。ずらー、ずらー」
セルフエコーをかけるフィル。
背の低い冒険者は何やら腕まくりし、力こぶを作ってみせる。仲間の二人がそれを見つめる。
「見るずらこの上腕二頭筋! オラの特技「まさかりズラッシュ」はどんな大木でもぶった切るずら。おらとこのまさかりソードがあれば鬼に金棒ずら」
「今から鬼を退治にいくというのに鬼に金棒とはこれ如何に」
「本当の鬼は人の心中にいるんですよ。私やあなたの中にも潜んでいるかも知れませんね」
三人の冒険者はそろって笑いだした。もちろんリオルたちのアテレコに反応してではない。
「そなたトンチが効いておるな。はっはっはー」
「ずらずらずらー」
「フゥーハハハ!」
合わせて笑い声を当てていると、背の高い冒険者が席を立ちクエストカウンターに向かった。
「では拙者は鬼退治のクエストを受注して参る。しばし待っておられよ」
「ずらー。ずら、ずら、ずらら」
「いってらっしゃい。難易度はG級でお願いします」
背の高い冒険者はクエストを受注しすぐに戻ってきた。他の二人も立ち上がりクエストに向かおうとする。
「さあ御一同、いざ出陣しましょうぞ!」
「ずらっしゃあーッ!」
「ぱーぷー」
三人の冒険者はギルドを立ち去っていった。
「……ふむ、遊び相手が行ってしまったな。クエストなんてやらず駄弁っておれば良いものを」
勝手に遊び道具にした挙句一方的な物言いをするジーン。
「本当はなに話してたんだろうねー?」
「さあ?」
フィルとジーンは二人共肩をすくめて知りませんのポーズをとる。
三人の冒険者と入れ違いになる形で一人の冒険者が入ってきた。中々の大男だ。いち早くジーンが気付きフィルに知らせる。
「なあフィル。今来た冒険者……ひょっとして待ち人来たるか?」
すぐにフィルもギルドに到着したての冒険者を探す。
入り口のすぐ近くに見慣れない服を着た背の高い男がいる。男はクエストカウンターが空いているか確かめるため視線を送る。まるで睨みつけているかのようだ。
クエストカウンターが空いているのを確認すると受付嬢に話しかけに行く。
「おい、まさかアレじゃないだろうな。物凄い眼光してるぞ。ちょーこえーんだけど。ありゃ街の一つ二つ焼き尽くしたことのある顔だぜ」
人を見掛けで判断するジーン。だがフィルはジーンのセリフなど聞こえていない。
昨日と違い外套を羽織ってはいないが見紛うはずがない、レイヴンだ。
「あの人だ。間違いない、ちょっと行ってくるずら!」
「待ってフィル語尾が戻ってないよ――って行っちゃった」
姿を見るや否やフィルは急いでレイヴンの元へ向かった。
「ずら……じゃない。レイヴンさん」
フィルはクエストカウンターの前にいるレイヴンに話しかけた。
「おや、君は昨日の……フィルくんだったかな。おはよう」
「おはようございます」
フィルとレイヴンは挨拶を交わす。
レイヴンは受付嬢からクエスト報酬を受け取った後のようだ。他の冒険者の邪魔にならないようカウンターの前から移動し場所をゆずる。
「レイヴンさん、昨日はありがとうございました」
「ひょっとして礼を言うために待っていたのかい。わざわざそんなことしなくてもいいのに、昨日のことは気にしないでくれ」
昨日と変わらず暢気な口調で会話をするレイヴン。対してフィルは少々硬くなっている。
「お礼もそうですけど、実はお話したいことがあって待っていたんです」
「俺に話? どんな内容かな?」
「えーっとですね……」
しまった。フィルは内心そう思った。どういう話し方をして仲間に誘うか考えていなかったのだ。
言葉に困り切羽詰まる。もう腹を決めて言うしかない。
「レイヴンさん、オレらと一緒にチームを組みませんか? きっと楽しませて見せますよ」
何も考えていなかったこともありフィルはいい加減な勧誘をする。
「ああ、無理だ。すまないね」
一瞬たりとも考えない。即答。
だがこれは想定内の反応。格下の冒険者と組んでくれる可能性は最初からゼロに近いのは分かっていた。次なる手に移る。
「そうですか。でしたらクエストだけでもご一緒できませんか?今日はギルドポイントキャンペーンの日です。初級か低級ランクの冒険者と一緒にクエストに行くとギルドポイントが多くもらえますよ」
ギルドはたまにこういったキャンペーンを行っている。初級、低級冒険者が格上の冒険者と一緒にクエストに行き交流を深めたり様々なことを教えてもらったりできるようにとギルドからの計らいだ。
「ああ、無理だ。別に早くランク上げたい訳じゃないから」
またしても即答。何の躊躇もない。
これは想定外だ。ランク上げに興味が無い冒険者は少数派だがいるにいる。レイヴンがまさにその少数派だった。そうなると今後はこの手で攻めることが出来ない。
フィルは焦った、それ以外の方法を考えてこなかったのだ。
「な、なんじゃとて。くそ、どうすれば……そうだ、詫びドリンク。これだ」
打開策を一つ思いついた。早速その手で攻めてみる。
「ならせめてお茶だけでも。昨日のお礼とお詫びを込めて」
「まあ、そのくらいならいいけど。でも今日は他に予定があるしなあ」
今度の手はすこし効果があったようだ。いけるかも、フィルはそう思い畳み掛ける。
「なら詫びメシもつけます。なんだったら詫び懐石でも」
手痛い出費だが仕方ない。もう少しでリオルの剣の購入資金が貯まりそうだったのだが先送りするしかない。許せリオル。フィルは心の中で謝罪する。
「年下から奢ってもらうほど落ちぶれちゃいない。ひまつぶしに奢ってやる」
「マジっすか! では早速あっちの席で朝餉に」
「あー、ちょっと待ってくれ。今日はこの後、仕立て屋に行って劇を観に行くという予定が詰まっているんだ」
しまった。焦って踏み込みすぎたか。とフィルはすかさず譲歩に出る。
「それじゃあその後でいかがでしょうか? ていうかレイヴンさん劇とか見るんですね」
「そうだね。劇は好きだね。『LOVELESS SHOCK』ってやつなんだが、これが大層な傑作でね。もう何度も劇場に足を運んでいるんだよ。知っているかいフィルくん、この劇はね――」
「あ、大丈夫っす。妹が好きで家で何度も聞かされたので大体分かります」
耳にタコが出来るくらい聞かされた話だ。ケイトは昔から劇に限らず、本などでも同じ作品を何度と見てはその内容を喜々として語る。フィルはいつも適当に相槌をうって聞き流すがケイトは好きなものの話をしているだけで満足なのだ。付き合う方は面倒な事この上なく不満だが。まさかこの人も同じタイプの人種なのではとフィルは直感的に回避行動をとったのだ。
「そうか。しかしあれは良いものだ。劇を観せてもらった上に特典まで貰えるなんて」
やっぱり同類だった。この手の輩は趣味の話になると饒舌になり周りを置き去りにする。本人たちは語れるだけで充足しているため、周囲の人間がついていけてないことに気付かない、本当に質が悪い。
「劇を観に行く前に服を直そうと仕立屋に行くつもりだったが後にしようかな。今何時だろう」
レイヴンは自分の腕を見る。手首辺りに付けている腕輪を見ているように見受けられる。それ以外には髪留めのゴムくらいしか右腕には付けられていない。
「9時28分か、まだ少し時間はあるな」
レイヴンが自分の腕を見た理由が分かった。腕輪かと思っていたのは腕時計だったのだ。腕時計は精度が悪く時間があまり正確ではないので身に付けている人は少ない。そして奇抜なデザインのため腕時計と気付くまでに時間が掛かった。
やはりレイヴンは異国の出身なのだろうか。服だけではなく装飾品まで変わっている。
そう考えながらもう一つ思うところがフィルにはあった。
この人はレアアイテムを沢山所有している、リオルも一つレアアイテムを所有していた。奇しくもそれは同じ時計だった。思わず言葉が口をつく。
「その腕時計ってもしかしてゴッズギフトですか?」
どうということはない単なる疑問から生じた何気ない一言だった。
「……フィルくん……君は今、なんと言ったんだい?」
何気ない一言のはずだった。だがレイヴンは明らかに反応した。ゴッズギフトという言葉に。
「え?……ゴッズギフト、ですけど」
「そうゴッズギフト。それ自体を知っていてもおかしくはないが、問題はそこじゃない。君はどうしてこの腕時計がゴッズギフトだと分かったんだい?」
鋭い眼光がフィルに向けられ、レイヴンの金色の瞳にフィルが映り込む。目を見て話せば相手の感情はなんとなく分かるものだが、この人の場合顔つきと性格が一致していないため何を考えているか全くわからない。
「あー……いや、そのー」
しどろもどろ間投詞ばかりが発せられる。
不用意な発言だったのかもしれない。レイヴンがこんな反応を示すとは思わなかった。
だがフィルは考える。今まで大したリアクションを見せなかったレイヴンがはじめて食い付いてきた。これはチャンスなのではないかと。
だがレイヴンの真意はまだ見えていない。餌に食い付きはしたが釣り針はまだ掛かっていない。下手な受け答えをするとはぐらかされて逃げられるかもしれない。この人が興味を持つような回答をする必要がある。フィルはそう思い頭をフル回転させて考える。
学校の先生も言っていた「君はやればできる子だ」と。やるなら今しかない。そう言えばジーンとノエルも先生からやればできる子と言われていた。奇遇だ。いや他にも言われていた友達が沢山いたような気がする。黄金世代だったのかもしれない。
実際ジーンはやる気を出せば大抵のことはこなせていた。相手が女教師限定だったが。フィルの場合は勉強をまともにしなかったのでやらないからできない子のままだった。やるなら今しかない。そう、決起するは今。フィルは口を開く。
「……実はですね、オレの仲間に変わった時計を持っている奴がいまして。レイヴンさん今日は予定の時間に合わせて行動する必要があるからさっき時間を気にして腕時計で確認したと思うんですけど、それっておかしいなと思って」
「時計を見て時間を確認するのがおかしい? ますます分からないな。詳しく説明してもらえるかな?」
「それがこの場合はおかしいんですよ。腕時計は精度が低くて正確な時間を刻める代物ではない。時刻を知るための物ではなくアクセサリーといったファッション感覚でつけるのが普通です。さらにこの酒場には柱時計があるので正確な時間を知りたいならあの時計を見るはずです」
なかなか思わせぶりな物言いをして興味を引こうとするフィル。レイヴンもフィルの話に聞き入っているように思える。
「にも関わらず正確な柱時計より正確さに欠ける腕時計を見て時間を確認した。大凡の時間が分かれば良いのなら何も変なところはありませんが、レイヴンさんは分刻みで正確な時間を知りたかったはず、なのにです。そこで考えてみます」
勿体つけて推理を披露するフィル。
「精度の低い腕時計ではなく、精度の高い腕時計ならどうでしょうか? それも柱時計以上の精確さのある時計、これなら腕時計を見るのが道理。ですがそんな小さい時計で柱時計より性能がいいなんてあり得ない。そう、人類の技術では作るのは不可能です。ならば答えは一つ。その腕時計がゴッズギフトだという推論へ導くのは至極当然のこと。……どうですか?」
人生で一番頭を使ったかもしれない。フィルはそう思った。今も頭の中でハムスターが滑車を回しているような気分だ。
そんなフィルの頑張りが功を奏したのかレイヴンは感心している。
「なるほどね。中々どうしてうがった物言いをする、言われてみるとその通りだ。フィルくん、君のジョブはシーフだったね、見事な洞察力だったよ」
「ありがとうございます!」
興味を持たせただけでなく賞賛の言葉まで言わしめた。冒険者になってはじめてフィルは褒められたかもしれない。
レイヴンは当初フィルをひよっこだと侮っていたが、その考えをほんの少し改める。
「話の冒頭に出てきた仲間についてなんだけど、その人が持っている時計もゴッズギフトなのかい?」
「……本人はそう言っています」
「それは興味があるな。仲間ということは冒険者なのかな?」
「はい、そうです。……会ってみますか」
「会えるのか。ひょっとして今この酒場にいるとか」
「その通りです」
「そうか。……なら少々予定を変更しようかな。劇に間に合えば問題ない。今から会わせてもらえるかな、その冒険者に」
「もちろん! こちらです」
「ありがとう」
心の中でガッツポーズを取るフィル。
最初の関門は突破した。お次は本題ゴッズギフトについて情報を教えてもらうことだ。レイヴンを連れて仲間たちの元へ戻っていく。




