1話1.よわくてニューゲーム
冒険者にいつから憧れていたかと問われてもすぐに答えられる人はすくないだろう。子供の頃の夢なんていつの間にか芽生え、枯れていくものだ。中には枯れることなく夢を追いかけ続ける人もいるだろう。もっとも冒険者は特別でもなんでもなく誰しもがなれる職業だ。特別な冒険者になることはまた別の話ではあるが。
身の丈にあった冒険者。ギルドからのクエストを受け任務を淡々とこなす、そうベッドから起きて着替え顔を洗い食卓につくように、それこそが日常と言える冒険者。
逆に危険と隣り合わせのクエストに身を投じロマンを追い求めるのも冒険者だ。長生きはしないだろうけど。それでも一度は夢見てしまうものだ。
この街『アケルナル』に住むフィルは冒険者に憧れる少年の一人だ。今日まで冒険者になるための準備をしてきた。クエストに必要な装備は整えたし、今年で16歳にもなる、職業訓練〈盗賊〉も終えた。これで準備は完了した。
そして目覚めの朝、フィルは爆睡していた。妹のケイトがずっと起こしているが一向に起きる気配はない。
今日はまず冒険者ギルドに行って冒険者として登録する必要があった。朝早くに起きることにしていたフィルだったが、遠足前日の子供よろしく興奮して眠れなかったのだ。
「おきなさい、今日から冒険者になるんじゃなかったの」
「……ぐっすやすや。……うーん、起きたぞ」
ようやくフィルは眠りから覚めた。
「やっと目を覚ました。人に朝起こすの頼んでおいて全然起きないんだもん」
ケイトは兄を起こすのに大分苦労したようだ。
「んあー、悪い悪い。やっぱ目覚まし(妹)を掛けておいて正解だった」
「誰が目覚ましよ」
目覚まし扱いされたことにツッコミを入れる。
「だけど頭が少し重いな、寝不足かな」
そう言うフィルの頭にはフライパンがめり込んでいた。
「そんなことより早く顔を洗って出かける準備したら、ジーンを待たせることになるわよ」
兄の言うことをスルーし早く支度を済ませるように促すケイト。二度寝したい気持ちをおさえフィルも活動をはじめるのだった。
支度を終えたフィルが家の外に出ると道の脇で友人のジーンが待っていた。
「よ! フィル、今朝は寝坊しなかったのか」
「おおジーン、おはよう。今日は目覚ましかけてあったからな。ていうかなんだその格好」
白を基調とした派手な服に青いマントを羽織り、頭には綺麗なサークレットをはめている。どこかで見た気がするその姿はさながら優秀な聖職者の様に見えなくもない。だがかなり痛々しい、普通の神経なら恥ずかしくてこんな格好はできない。
「冒険者になるにあたり、新調した一張羅だ。命題は神に選ばれし賢者」
まともな神経ならこんな格好でこんな事を言い出す奴と一緒に歩くのは御免こうむるだろう。ドヤ顔のジーンに対してフィルはしばらく無言だったがやがて口を開く。
「すげぇ格好良い、さすがジーンだ! 今まで見てきた中で一番センスある出で立ちかも分からんね」
「だろう? それじゃあギルドに行くとしようか」
二人は冒険者としての登録をするためギルドに向かう。
ジーンは職業訓練〈クレリック〉を終えたヒーラーだ。二人は長い付き合いで共に冒険者になることを誓いあった仲である。ちなみにジーンの夢はハーレム王になることらしい。嘘か本当かは不明だが。
「そういや、なんで16歳から冒険者始める奴って多いんだろうな」
フィルはふと口にする。この界隈ではそういったケースがなぜか多いのだ。
「さあ、どうしてだろうな。16歳の誕生日に勇者になった奴も居るらしいし験担ぎか何かかもな」
「でもさオレら勇者じゃなくて冒険者じゃん。ゲンを担ごうにもあんま関係なくね?」
「まあ、大した関係性がなくても勇者は魅力的だからな。なりたいと思ってなれる職業じゃないし、選ばれしない者でもやはり憧れるものだろう」
「勇者=主人公って感じだしな、一介の冒険者とは格が違うね。……この世界って今、魔王居たっけ? 300年前に滅んだきりのような」
「居らんよな、つまり勇者も300年ほどいない。うーん、じゃあ16歳で冒険者デビューはインスパイアされたってことで」
「なるほど、インスパイアされたのなら仕方ない。どっかに魔王封印されてないかなー」
他愛もない話をしながらフィルとジーンはギルドへ向かう。
『冒険者ギルド』冒険者はここでクエストを受けることが出来る。ここアケルナルの街には北西地区、西南地区、東南地区の三地域に冒険者ギルドの施設がある。フィルとジーンは東南地区に住んでおり同地区の冒険者ギルドにやって来た。冒険者ギルドは巨大な建物で、屋内には様々な施設がある。パーティの戦力に不安を感じるならメンバーを募集するのに持ってこいの酒場もあり、旅団への入団を仲介してくれる旅団安定所『ハロークエスト』もある。旅団とは冒険者たちが集まり組織として活動する集団のことである。
ギルドの酒場に設置されている柱時計が時報を告げると、クエストカウンターの受付が開始される。冒険者たちが活動をはじめる合図だ。もうすでにカウンターは開かれている。
「すいませんクエストお願いします」
フィルはカウンターに立つ受付嬢に話しかけた。
「かしこまりました。冒険者レベルはどのランクでしょうか?」
「えーと、二人共今回が初クエストなのでレベルは……ゼロ?」
「クエスト初受注ですね、かしこまりました。ではまず冒険者登録を致します」
そう告げると受付嬢はカウンターの奥から石版のようなものを取り出した。石版の中央には装飾品のようなものが埋め込まれている。
「こちらのプレートの上に手をかざして下さい」
フィルとジーンは言われた通りそれぞれのプレートの上に手をやった。するとプレートは仄かに輝きだし、やがておさまった。
「……はい、もう大丈夫です。登録完了致しました、こちらをお持ち下さい」
プレートに付いていた装飾品が外され二人に渡された。
「そのエンブレムが冒険者のライセンスとなっております。クエスト受注の際にはライセンスの提示または確認できる位置に身に着けていて下さい」
なるほど、便利なものだ。ただこの白っぽい灰色で質素な作りのエンブレムはどうにも安っぽい。まぁ、クエスト内容に直接関わるものでもないし気にすることでもないのでは、とジーンは黙々と自問自答する。
「わかりました。では早速クエストをお願いします」
「かしこまりました。こちらが初心者向けクエストになっております」
『☆初心者向け☆ スライム討伐』
対象:スライム一体の討伐
依頼主:アケルナル自治体
スライムが街道付近に出没し通行人を襲ったりして困っています。被害を減らすためにも街道及び、その周辺の草原や森等に出没するスライムを退治してきて下さい。
THE 定番。やはり初心者はコイツから始まるのかとフィルはしみじみと感じた。
「これでいいよな」
「そうだな、これでお願いします」
「承りました。初クエストですので助っ人がご所望であれば出発前に酒場で募ることも出来ます」
「あ、いえ、記念すべき初クエストなのでまずはオレら二人だけでやってみます」
「かしこまりました。ではお気をつけ下さい」
受付嬢はそう言って送り出した。
スライム討伐の目的地、街道の少し先にある草原。街から離れてはいるがモンスターも少ないここは初心者に都合の良い狩りのスポットだ。丘陵に青々と茂る草原地帯は視界をさえぎる木々も少なく動くものがあれば発見するのは容易い。つまりは高レベルの探索スキルを要求されることもない。だが同時にモンスターの少ないここでは遭遇「できない」といったことも起こり得る。それをカバーするために冒険者は自らの足で草原を駆け回ることになり結果的に足腰は鍛えられ冒険者として成長することになるのだ。
「さてと、早速スライムを探すとするか」
「ここは俺に任せてもらおう」
自信に満ち溢れた表情でジーンは言い放った。
「なんてたって俺はここに以前来たことがある、探索ならお手の物だ。そしてスライム、やつらは湿り気を好む、つまり日陰を探していけば遭遇――」
「おっ、あれスライムじゃね?」
フィルが指差すその先に何かがいる。
「いたー! あの不定形のボディ、半透明の青緑、間違いない奴だ! 到着早々発見とはツイてるぜ! やはり俺の推測に間違いはなかったようだな」
「ビギナーズラックとはよく言ったもの、勝利の女神はオレらに微笑んでいる。後方支援は頼むぜジーン、オレは相手を翻弄する」
「任せてくれ、バンバン回復支援してやる」
戦闘力の低い盗賊のフィルが相手を翻弄し、戦闘力のないヒーラーのジーンは間合いを保ちつつ、いつでも回復支援を行えるように動く。一見すると適材適所に思えるが、スライムとの睨み合いになった時、ジーンは気付いた。
「……あれ、盗賊とヒーラーだけじゃアタッカー足りなくね?」
「あ、ホントだ。これってマジヤバくね?」
フィルは驚愕した。ジーンも驚愕した。二人は顔を見合わせる。思わず笑った、そして絶望した。
「いや、まだだ! 戦闘力は低くともオレにはこのダガーがある。直接戦闘は不得手でも相手はたかがスライム一匹、なんとかしてみせる」
「そうだな、たかが不定形の青緑一匹、俺達が負けるはずない。行くぜ、フィル」
「ああ、――突撃ぃぃぃ!!!」
「うおおおおお!!!」
「さて反省会やるか、何が敗因だったか」
たんこぶだらけのフィルが提起し反省会がはじまった。
「はい、私が思うにメインアタッカー不在だったのが原因だと思います」
青あざだらけのジーンが答えた。それはかぎりなく正解に近い答えだった。
「間違いなく、それだね。だがこのまま引き下がるオレらじゃないぜ」
「うむ、その通りだとも。パーティにアタッカーがいないのは想定外の出来事だ。こんなこと誰も予想し得ないことだった」
ジーンは何故か得意気にそう言った。
「しかしながら次も同じ結果になるとはかぎらない、アタッカーの不在が敗因ならそれをカバーする作戦を立てればいいのだよ」
「なるほど、さすがジーンだ。して、その作戦とは」
「ふっ、たしかに盗賊とヒーラーでは戦闘力は不足している、このままでは勝てない。かといってパーティメンバーを増やすにも都合よく初心者レベルの冒険者がいるわけじゃない。そこで役割を分けるんだ。いや、役割を徹底すると言うべきか」
「役割を……徹底する……だと?」
「そうだ、さっきの戦闘、俺達ははじめ役割をこなしたからアタッカーがいなかった。次は二人がアタッカーになったから支援するものがいなかった。ならばアタッカーと支援役に分かれれば良いのではないだろうか」
「――ッ! その手があったか」
「俺がヒーラーの役目を全うし盗賊のお前がアタッカーとなる。さらに俺は余裕があれば奴に石を投げるぜ」
「――ッ! 名案かよ、天才かよ」
「ふっ、本当は奥の手『メテオナズン』を使いたいところだが、今日はMPが足りないみたいだ残念だ」
「コイツはアレだな。もうやるっきゃないね。行こう友よ」
フィルは誇らしげに立ち上がる、ジーンもそれに応える。
「ああ、行こうか」
二人は再び草原に立っていた。
「さっきは運良くターゲットはすぐに見つかったが今度はそう簡単にはいかないだろう。ここはやはり俺が――」
「おっ、あれスライムじゃね?」
フィルが指差すその先に不定形のアレがいる。
「いたー! 紛れもないスライムだ! またしても速攻見つかったな」
「僥倖とはまさにこの事、勝利の女神はオレらを見捨ててはいなかった。行くぜジーン!」
「ああ、作戦名「フォースリロードアタック」通称F5アタック! 開始だ!」
フィルは雄々しくスライムに斬り掛かっていく。
フィルの攻撃 スライムに 1のダメージ!
スライムの反撃 クリティカルヒット! フィルは 99のダメージ!
フィルは力尽きてしまった。
「フィーーール!! なんてこった!まさかの一撃とは」
治癒系の回復魔法では傷を治すことは出来ても体力を回復したり、気絶から復活させる事はできない。早くも作戦は破綻した。
「だがまだ諦めんぞ!」
ジーンは石を拾い上げかまえた。
「くらえええ!」
ジーンは渾身の力をこめて石を投げつけた。
ジーンの投石攻撃 スライムに 5のダメージ!
スライムの反撃 ジーンは 99のダメージ!
ジーンは目の前が真っ白になった。
「さて反省会やるか、何が敗因だったか」
たんこぶと青あざでボロボロのフィルが提起し反省会がはじまった。
「はい、私が思うにやはりメインアタッカー不在なのは無謀だったと思います」
青あざと切り傷でボロ雑巾のジーンが答えた。それは正解というより真理に近い答えだった。
「戦力不足は否めないよな。どこかその辺に戦士が転がってないかなー。さっきの戦い作戦は完璧だった、それでも勝てなかったからな。――ッ! まさかだよ」
そう言ってフィルはテーブルに突っ伏した。
「想像以上にスライムが強いな、大誤算だ」
ジーンもうなだれる。
「お二人さん、調子はどう?」
そこに茶色の髪の少女が話しかけてきた。ディアンドル衣装と頭にスカーフを被るスタイルは見事なまでに町娘Aという感じだ。
「ケイトおまえか、何しに来たんだ?」
フィルはテーブルに突っ伏した状態で横を向き質問に質問で返した。
「そんなの決まっているでしょ。順調に行っているなら兄さんたちがそろそろクエストを達成した頃かと思って、様子を見に来たのだけれど……どうしてこっちを見ないの?」
フィルはテーブルに突っ伏した状態で顔をそらしている。
「やっぱり、まだクエストクリアできてないんでしょ」
あきれたという顔でケイトは兄ことフィルに冷たい視線を向ける。
ケイトとフィルは兄妹だが二人はあまり似ていない。
「どうせ初クエストは自分達だけでクリアしたいとかでパーティメンバー募集してないとかでしょ」
「あー、やっぱり分かっちゃった?」
困った顔をしながらジーンは白状した。
「盗賊と回復術士のコンビじゃパーティのバランス悪いし、アタッカーくらいは募集した方がいいんじゃないかな?」
「おっしゃる通りです。今までの戦闘から導き出された答えとして、そうは思うんだけど俺達のような初心者レベルの冒険者なんてそうそう居るもんじゃないし、居ても旅団に入りたいってのがほとんどだし」
「二人は旅団に入るのは嫌なの?」
「嫌じゃないんだけど、旅団に入ってベテラン冒険者の力を借りてクリアするのも味っ気ないし、初クエストは自分たちだけでクリアしてみたいしな」
「そーだ、そーだー。最初が肝心、旅団に入るのはいつでも出来るからな、あきらめるのはまだ早い」
フィルはここぞとばかりに主張した。
「でも相手は結構強いんでしょ?」
「そうだ! 俺は弱くねぇ! スライムが強いだけだ!」
「はいはい、分かりました。それで、どうするの? 今のままじゃクエストクリアはできないんじゃない?」
フィルは軽くあしらわれ、本題の核心を突かれた。
「さーて、どうするよジーン」
「どうもこうも、ここは作戦会議しかないだろう」
「ああ、ついでに昼飯にしよう」
のん気にも二人は作戦会議を始めるが冒険者として弱いだけでなく頭も弱いフィルとジーンは二度も失敗したせいもあってロクな作戦しか思いつかない。
ケイトは思う、この二人はいつもこうだった、たまに訳の分からないスイッチが入り変なこだわりを発揮する。そして簡単なことさえ上手くいかず失敗するのだ。ケイトは小さくため息をつきその場を後にした。
フィルとジーンの作戦会議は前回同様グダグダで進行するが、この事態を覆せるほどのいいアイデアが出る様子もなく会議は踊る。