ひとつぶのおと
私は、ある場所に向かって歩いていた。
そこは、私のピアノレッスン教室、「雫音」。
店内に入ると、すぐにバニラのような甘い匂いが鼻をくすぐる。
「はぁー……」
これが、私の毎週火曜日の、夕方のはじまり。
【ひとつぶのおと】
ここは、とりあえず綺麗な音楽関係のおみせ、とでも語っておこう。
まぁ、兼レッスン教室なのだが。
私は店内のレジカウンターを通り過ぎ、
奥の「関係者以外の立ち入りを禁ず」と筆で書かれた小さな紙がはってある大きな扉を開ける。
ギィィ、とすさまじい音がピアノのBGMに響き、違和感をいつも通り感じながら
扉の奥にあるエレベーターのボタンを押す。
ピアノのレッスンバッグを肩にかけ直し、エレベーターに乗る。
あれは、去年の夏。
第×回ピアノコンクール。
小学生最後の夏。
あと一歩、というところで失った、優勝。
準優勝、という言葉も、嬉しくなかった。
そう、エレベーターの中で考えていると、ガタン、という音がして
すぐに降りろとでも言うように、一気にエレベーターの扉が開いた。
エレベーターから降りた私は、左側にあったドアをゆっくりと開け、
レッスン教室の前の椅子に座る。
前にあるのは、ガラス越しに見える大きなグランドピアノ。
それに、先生。
そして、
私の大嫌いな、一つ上の彼なのです。
♪
昔、通り過ぎた人はいつでもこう言った。
「あの子、うまいわよね〜〜…」
まるで、私をあざ笑うかのように。
まぁ、これは単なる、私の思い込みだけれど。
私の音よりも、彼の方がずっといい。
そんな事は、レッスンを始めた頃から、ずっとわかってた。
負けたくなかった。
昔は、こんな風に思ったこともなかったのになぁ。
自分で自分を語りながら、メトロノームの音が教室に響きだしていた。
……そして、彼は大きな手で、ピアノの鍵盤に手を置いた。
これが、彼のレッスンの最後の演奏の、はず。
ピアノが響く。
……私の大好きで大嫌いな、ひとつぶのおとが。
続かないので、あとは皆様の妄想でどうぞ。