三章
ウグアガルの持つ大剣は、魔物を苦しませることに絶大な効果をもつようだ。先ほど襲い掛かってきた虫型の魔物がのた打ち回るのを見ながら、確信した。だからといってとくに浮かぶ感情はない。どうとも思わない。
通り過ぎる際に体重を乗せて踏みつけると、魔物は断末魔を上げて事切れた。ウグアガルは目もやらず、淡々と進む。
別に、魔物を苦しめたいわけではない。もちろん楽をさせたいわけではないのだが。邪魔をするから殺すだけだ。目的は魔王、ただそれのみ。
シェヘラの名前は知っていた。ここにたどり着くまでに、何度も耳にした。〈奇跡の剣〉を見せびらかし勇者だと名乗っていれば目立つのは当たり前だ。
ウグアガルは勇者に選ばれたことを誰にも伝えなかった。また、〈奇跡の剣〉は拾ってすぐに布で巻いて人の目に晒さぬようにしてきた。魔物を倒すときも、〈奇跡の剣〉ではなく自前の大剣を使った。一人で旅をしたかった。誰かから口出しされたくなかった。魔の森に着いたときに、自前の大剣は捨てた。もはや重しになるだけだ。ここから先は普通の民衆はいないはずなので、邪魔される可能性は少ない。
ふと、先のシェヘラの言葉を思いだし、ウグアガルは嘲笑した。なにが仲間だ、仲間なんて必要ない。己だけで十分だ。己だけで、魔王に引導を渡すのだ。
〈魔の森〉も随分奥に近づいてきた。一歩進むたび足元はどうしても音を鳴らす。まるでこの場から誰も逃がさぬと囲うように、背の高い木々がざわざわと揺れる。上等だ。今更尻尾を巻いて逃げるつもりはさらさらない。
大きな古びた造りの建物が見えてきた。情報通りならば、あれこそが魔王の住む城だ。噂の王子連中はまだ追い越してきていない。同じルートをたどっているのならば、こちらが一番乗りのはずである。
それは、ウグアガルがまだ六にも満たない幼き頃のことであった。
夜中にたまたま目が覚めた。隣の毛布に母親がいなかった。また夜も通して内職をしていたのかもしれない。けれど、急に不安になったウグアガルは、母親をさがしに寝床から出た。
――おかあさん?
月の光すら雲に隠れていて、窓から入る光にも頼れなかった。心細さをひしひしと感じつつ、当時のウグアガルは家の中を探し回った。
家の入口で、がたり、と音がした。そちらを振り向くと、暗闇の中に人の輪郭が見えてきた。
母親だと思った。
――おかあさん。
そのとき、月が雲から逃げて、淡い光が入口を照らした。
その人物は、母親ではなかった。
正確に言えば、母親はそこにいた。謎の人物の足元で、ごみみたいに倒れ伏していた。おなかからはたくさんの血が流れていた。
――おかあ、さ?
「こんにちは、ウグアガル嬢」
冷やかに立っていた人物が、こちらにねちっこい声で話しかけきた。床に着くくらい長い髪の、暗闇よりさらに黒いドレスを着た女だった。蜂蜜色の片方の瞳が、爛々と輝く。女の身体は、血まみれになっていた。
母親の血だ。直感した。
「わたくしの名前は〈語り部〉と申します」
女は優雅に礼をする。ウグアガルは状況を把握できないまま、恐くて動けない。ぺたり、と尻餅をつき、ただぽかんと目の前の悲劇のあとを眺めていた。
「これはお返ししますわ」
女が母親を蹴って、ウグアガルの方に寄越した。母親に触れると冷たかった。べとり、と血が手のひらに付く。
「わたくしは魔の王さまの部下。これは王のご命令なのです。ごめんなさい。恨むのなら、魔の王さまを恨みなさいな。それでは、失礼、未来の勇者様」
女は一方的に告げると去っていった。あとには、死体とウグアガルだけが残った。
記憶はさらさらと流され、少しずつ薄れていく。十八になるウグアガルはもう、母親の顔と声を上手く思い出すことができない。
だが、憎悪の炎だけは、日々を重ねるたびより強めていった。幸せな生活を突然奪った、人ならざるもの。母親の命をあっさり消し去った無情な生物。
勇者に選ばれたとき、確信した。自身こそが、彼の悪名高き魔王を屠れるのだと。
ウグアガルはあれから今日にいたるまで、魔王への憎悪をだけを喰らいながら生きている。
メリー達は進路を大幅に変更して街へ向かうことになった。テトラザの提案である。おそらく、ユウのためであろう。あまりにものを知らないか、あるいは記憶を失っているか。どちらかはわからないけれど、ともかく人と出会い色んなものに触れてみるのがよいことだと考えたらしい。
街の向こう側には、あの有名な〈魔の森〉もある。ユウの調子次第でいつでも連れて行くつもりかもしれない。
道中、メリーが最終尾になった。テトラザが先頭を歩き、その後ろをてこてことユウが歩く。ユウは自分たちにどこまでも従順だ。メリーはそこが気になった。
「やけに素直ね、あんた」
「すなお」
ユウは小さく胸を張った。
「褒めてないわよ」
「そうなの?」
ユウはちょこんと肩を落とした。
テトラザは何やら考え事をしているようだ。こちらの会話は気にも留めていない。ユウと一対一で話すなら今だ。
メリーは再び小声でユウに話しかけた。
「あのさ、ユウ。変なこと聞くけど」
「?」
「どうしてあたしたちの言うこときくの? あたしたちに付いてくるの? 断ったっていいし、逃げたっていいのよ」
「にげる」
少年はその単語にぴくりと反応した。遅れて、ふるふると首を振る。
「にげない。にげるのは、どうしようもないとき」
メリーに合わせて声が小さい。素直な子だ。
「ふうん」
少年はどこから来たのか。メリーはなんとなく、誰かから逃げてきたのではないのかと思う。記憶喪失、という点は都合がよすぎて納得できなかった。か細い手足はまともな栄養状態とは言い難く、衣服もボロボロだったし、何よりモノを知らなすぎる。それにしたって村から離れたあんなところで一人倒れていた理由にはならない。いや、旅芸人とかならありえるかもしれない。
ユウは、おずおずと続きを言う。
「たぶん、ここにいいって、気がするから。だから、ついてく」
「ふうん」
こちらの表情を伺うかのような目だった。無表情なときが多いけれど、少年は様々な感情の表し方や意見の伝え方をもっている。
ユウにとって、テトラザとメリーの存在は頼みの綱なのだろう。離したら死ぬ。生きたいのであれば掴まるしかない。本能でそんなことを察しているのではないのだろうか。
憐れな奴。アイツは無自覚に計算でアンタに近づいてきた人でなしだよ。
そしてメリーも人でなしだ。ユウが必死に彼なりに媚びているのに、利用しようとしている。
「……ん?」
テトラザがぴたりと突然足を止めた。後をついていたユウが、テトラザの背中にぶつかった。
「なに、どしたの」
「ええと…」
テトラザは戸惑っている。迷うようにこちらを一度振り向いて、目の前を確認してから、もう一度こちらを振り返った。
「あれ、を」
テトラザが前方斜めに指を指す。つられて、メリーとユウも目を向けた。
剣が突き刺さっていた。緑色で細長く、まるで儀式用のような神秘さを秘めた剣だった。剣、というより杖、だと言ったほうが近いかもしれない。けれど剣だと思ってしまった。この感覚は、少し前に味わったことがある。
メリーはぽかんとした。
「……〈奇跡の剣〉?」
ユウは状況が呑み込めないらしく、交互にテトラザとメリーを見やる。
テトラザが一番、不可解な顔をしていた。
「こんにちは、勇者様」
そいつがシェヘラの前に現われたのは、またしても突然だった。
木々を背にして立っている黒のドレスの女――〈語り部〉。暗い森のさらに暗い影の中で、蜂蜜色の片目を輝かせ、ひっそりと佇んでいた。
「もう挨拶には来ないと思っていたよ。異形の姫君」
「あら。姫君なんて、わたくしにはあり余るお言葉ですわ」
手を口元にもっていき、くすくすと〈語り部〉は笑う。
フレンハットとマーヤが露骨に警戒態勢をとる。敵の目的がわからない以上、こちらがどう出ていいのかもわからない。〈語り部〉がなにか罠を仕掛けてくるかもしれない。初対面に受けた魔法らしきものは、未だに効果がわかっていなかった。
シェヘラは手持無沙汰に本をめくり始めた。
「ところで、子供を見ておりませんか? 勇者様。迷子になってしまって困っているのです」
「さあ、どうやら」
「演技が下手ですね、勇者様」
「……」
「どうやら、お見かけしていない様子。失礼しました。わたくしはこれで」
用は謎の問いかけ一つだけだったらしい。以前消えたときと同じように、〈語り部〉の足もとの影がずるりと形を歪める。そうして影の中に沈み、再びどこかへ去っていくつもりだ。待てと言えどどうせ止めない。ならば、少しでも情報を得られる可能性にかけようと思った。
「姫君はなぜこんなところにいるのだろうな」
「それはもちろん、魔の王様のためですわ。貴方方が王を倒すために訪れたのと同じように、わたくしは王を守るためにここにいるのです」
答えは期待していなかったが、〈語り部〉はやけに丁寧に答えた。フレンハットとマーヤが、何故会話など持ちかけたのだと、訝しげにこちらを見る気配がした。
いってしまえば、それはなんとなくであった。
「お前はなぜ魔王に従う?」
「あの方は魔物全ての王。偉大なる父の座。わたくしが尽くす理由はそれだけで十分」
口元は弧の形、瞳は本当を語っている。嘘ではないのだろう、と思う。だが、他にもまだ、理由があるのだろうと直感した。おそらくこれ以上深く聞いても機嫌を損ねるだけではないだろうか。話題を露骨にでも変えた方が良い。
「そういえば、勇者に会った。私以外の勇者に」
「あら、ついにお会いになったのですね。赤髪の彼女に」
やはり知ってはいたのか。
ここであの赤髪の勇者を話題に出すことが、良いことか悪いことなのかの判断はついていなかった。ただ、何かを喋りたかった。そこには、スリルがあった。
「彼女は優秀だよ。魔王を一人で倒してしまうのかもしれない」
「そうですね、貴方じゃ無理ですものね」
「僕では、力が足りないとでも?」
「いえいえ、貴方は正しくお強い。けれど。それでは足りないのです」
「ほう。足りないものとはなんだ、姫君」
「美しく賢く強き王子様。貴方はそのままの貴方で居ればいいのですよ」
〈語り部〉は上品に嘲笑う。その言葉を最後にして、影の中に沈んでいった。
フレンハットとマーヤが、気配を完全に感じなくなってから、ようやく体制を解いた。マーヤが、おそるおそるとこちらに話しかける
「シェヘラ、あ、あの…」
「どうした? マーヤ」
笑顔でそちらを向くと、マーヤは下を向き、「な、なんでもないです」と誤魔化した。
「さあ、行こう。赤髪の彼女に我々は後れを取っている。〈語り部〉にも侮られたままだ。このままで、終わっていいわけがない」
マーヤが小さく頷いた。フレンハットはじっとこちらを見ていたが、やがて目線を外した。
〈語り部〉の魔法による移動方法は単純だ。移動したい場所に使役する低級魔物を複数置いておく。そうすれば、そいつらに魔法を使わせることで、遠くまで移動可能になる。低級魔物たちにより簡単な状況把握もこなすことができる。離れたところに従えている魔物を置いておくと、ぼんやりと状況がわかるのだ。移動には魔力を激しく消費するが、大いに役に立つ。〈語り〉はこの力のおかげでかつて村に出没することができたし、魔の森の中はほとんど把握している。
ウグアガルとシェヘラは勇者になるだろうと予想していたので、常に監視に引っかからない程度の低級魔物を近くに置いておいた。おかげで奴らの今までの状態は把握できている。いつでも奴らの後ろに現れることだって可能なのだ。
だが、〈王の息子〉を見つけるのは難しい。もう一人の剣所持者も見つかっていない。〈魔の森〉にはどうやらいないらしい。
手がかりはある。おそらく何者かが侵入して、その手で〈王の息子〉は何処かへ連れ去られたのだ。部屋の中をくまなく探すと、外部から侵入した跡があった。
まずい、のだろうか。魔の王の城の中で、〈語り部〉はじいと考え込んでいた。両腕を組んで手のひらでしっかりと抱え込む。人間よりも冷たい体温が、じんわりとぬるくなっていく。
私は大分追い詰められているのだろうか? 王の為に尽くしてきたのに。
そう、あの方は、私が支えなくてはならない。なぜなら、私の生みの親なのだから。
〈語り部〉は魔王の身体から生まれた、魔の王とは異なる意思をもつ存在だ。直前まで魔の王の中にいたせいか、そのときまでの魔の王の記憶を所持している。
魔の王は、かつて焦がれたある一人の人間そのものを作ろうとした。だが、結果肌の色は違い、目は空洞、髪の色も異なる魔物――つまり、〈語り部〉が生まれたのだ。
〈語り部〉は自身が魔王の望みどおりの姿で生まれてこなかったことを恥じて、できるだけその証拠である肌を隠す服を着ている。
この世に生を受けた当時、魔王からは失敗作とみなされ、名前も付けてもらえなかった。独学で努力し、低級魔物を操って戦うようになった。本を低級魔物のすみかとしていること、自身が物語を紡いで勇者と魔王の因縁をはっきりしたという自負から、〈語り部〉と名乗るようになった。
しかし、魔王は一度もその名を呼んではいない。
今、魔の王のそばで尽力しているのは、〈語り部〉たった一人だ。魔の王からの信頼だって、粘り強く従い続けたおかげで勝ち取った。だからこそ、計画を実行できる。
ウグアガル。最も優秀な駒。彼女が道を歩むことはないだろう。少々放置してもいい。
シェヘラ。奴のことを考えると少し気分が愉快になる。
あの男は縛られている。国民という期待に。性格を、行動を、縛られている。本人は、気づいてもいない。哀れな男。その表面を剥ぎ取ってこそ、勇者であるにはふさわしい。感情が、足りないのだ。もっと魔の王を、憎み、あるいは恐れ、あるいは嫌わなければならない。シェヘラはただ、「役目だから」動いているだけで、個人的な魔の王への想いは欠如していた。だから、足りない。
〈語り部〉は一人、嗤った。
王の息子についてはあの無気力になにかできるとは正直思えない。4人目の勇者については把握できないような弱きものだろう。あるいは本当に見つかっていないのかもしれない。
腕組みを解いた。肩に力が入っていたらしい。気をわずかに緩めながら、〈語り部〉は次なる〈王の息子〉の居場所の候補地を探しに行く。
前途多難だが、不思議と、悪い気分ではなかった。
二本目に登場した〈奇跡の剣〉を前にして、テトラザもメリーも固まらざるを得なかった。ユウは空気を読んで何も言わない。
「……誰かに届けに行きましょう」
「……そうね、それがいいかもね」
我に返ったテトラザが剣を持つ。遠慮しがちに伸ばされた手に、〈奇跡の剣〉は馴染んでいた。
というか。
馴染み過ぎだった。
その瞬間、メリーの目からは、まるでテトラザが〈奇跡の剣〉の元々の持ち主かのように見えた。違和感はテトラザも気づいたようで、再び硬直してしまっている。
「……誰かに届けに行きましょうか」
「いやいや」
メリーは首を振る。もしかして、こういうことではないだろうか。
「あんた、勇者に選ばれたんじゃない?」
「いえ」
テトラザは即答した。
「そんなはずはないです」
「でもさ、何か様になってるよ? 確か勇者が〈奇跡の剣〉を持ったら周囲も理解するんでしょ? 今まさにそれ。ねえユウ」
「ん? うん、テトラザにぴったりだとおもう」
「そんなはずは……」
「魔王と勇者にむっちゃ関心合ったじゃん。良かったじゃん。持っていけば」
「しかし、勇者に選ばれるのは強きものでなければならないのですよ。私の実力が大したことはないのは、貴方も知っているはず」
「そりゃたしかにそうだけど」
「第一、こんな意思の低い人間が選ばれるわけがありません」
「うーん」
面倒くさくなってきた。もう、誰でも勇者になってしまえばいいんじゃないだろうか。どうせ王子様が魔王を倒してくれるだろう。四人勇者がいたとして、一人が大活躍すれば他の三人は必要ない。
テトラザは途方に暮れて、手の中の剣を眺めている。
「本当に、どうすれば」
「どうしてテトラザは勇者と魔王のはなしがすきなの?」
そのとき、ユウが疑問を口にした。
「他のおはなしは、駄目なの?」
「駄目、じゃありませんよ、ユウ。そもそも駄目かどうかなんてものは、私が決めることではありませんが」
優しく、テトラザはユウへ視線を向ける。
「人も愛も忘れ去られます。しかし、物語は忘れられない。装飾されても風化しても、素晴らしい物語なら、きっと人々の記憶に残ります」
それは、いつか聞いた台詞だった。メリーはその言葉を聞いて、彼についていくことを決心したのだ。
「勇者と魔王の存在が後世にまで伝わっているのは、きっと素晴らしい物語だったからです。忘れられてはいけない、大切にしまっておかねばならない物語だったからです。たとえところどころ剥がされて、一般的に知らされていなくても、存在は伝えられた」
それはどうだろうか。勇者と魔王というシステムを人類が覚えていなければ、人類が危ういからではないだろうか。物語性は関係なく、ただ、利用すべき存在だったからではないだろうか。
メリーの疑問は、テトラザの思考には程遠い。一度指摘したことも、テトラザは忘れているかもしれない。彼の中の決定事項は、そう易々とひっくり返らない。
「今度の勇者と摩王のおはなしも、きっと素晴らしいもののはずです。選ばれた四人しか主役になることを許されない。魔物の数を増やし人類を根絶やしかねない魔王を、唯一倒せるのは勇者だけ。〈奇跡の剣〉に選ばれた素質ある勇者だけ! これほどの背景をもって、捨てられる物語になるはずがない。そう思いませんか? ユウ?」
ユウはこくこくと頷いた。テトラザはそれを見て満足そうにしているが、あれはただよくわからないまま圧倒されているだけだとメリーは思う。
と、熱く語っていたテトラザが急に沈静化した。ゆっくりと、手元の〈奇跡の剣〉を撫でる。愛おしそうに、寂しそうに、しかし拒絶を見せながら。
「勇者と魔王の物語には、優れた役者が必要なのです。私では、やはり足りないのですよ。……この剣は、ここに置いておきましょう。私に反応したのはよくないマグレ、しばらくすれば本物の勇者が辿り着くでしょう」
撫でていた手を止め、剣をゆっくりと地面に突き刺す。
「早く街へまいりましょう、ユウ、メリー。そうすれば、そのあとは……」
言い終わる前に、メリーはテトラザを力任せに突き飛ばした。
メリーの勘はよく当たる。
直後、腹部に衝撃が走った。受け止めきれずに勢いのまま地面に転がり仰向けに倒れ伏した状態で止まった。高度な魔法で作られた弾だと判断した。肉体に激突した部分が割と大きい。
「っは! 邪魔しやがって、雑魚が」
吐き捨てるような濁声が、遠くで聞こえる。目玉を必死に動かした先に、尻餅をついたテトラザがいて、ユウがいて、見慣れない魔物がいた。言語を理解する時点で、普通の魔物ではなかった。
「おいおい、落とした〈息子〉探してきてみりゃあ、ずいぶんな収穫じゃねえか!」
青っぽい肌に動物の脚。人型の人ならざるもの。魔人。魔物よりも上位なる存在。
逃げなきゃ。そう思っても体は思い通りに動かない。熱い。テトラザとユウを避難させなければならない。メリーの役目だ。痛い。口の中が咽て仕方ない。寒い。自分の体を見る、頭を必死で動かして視線を下げる、見てはいけない。けれど確かめなければならない。そしてメリーは己の惨状を認識した。
腹に大きな穴が空いている。血と、それ以外の大事なものが零れ落ちていった。