プロローグ
集まった国民のだれもが、固唾を飲んで見守っていた。
視線の先には、広場の真中に一人佇む男。彼の名前は、シェヘラ。年は十九。国王の唯一の子供である、王子だ。
透き通るような存在感のある青い髪は、腰辺りまでまっすぐに伸びていて途中で結われている。誰もが羨むような中性的な美貌に、眉が少しだけ寄せられている。髪と同じ色の瞳が、真剣な様子である一点を見つめていた。
視線の先にあるものは、剣だった。
豪奢な細剣が、布を下敷きにして台座の上に置かれてあった。その剣を目にした者達は誰しもはっとするだろう、まるで装飾品のような美しい長剣。それがただの装飾品ではないことは、皆わかっていた。
それは、勇者の剣。選ばれし者のための、剣。
シェヘラの手が、すうと細剣に伸びる。麗しき王子の手は剣を、ついに掴む。
その瞬間、細剣から輝きが生まれた。青白い発光が、数秒間広場の者たちの意識を奪う。
その場にいたものすべてが、シェヘラが勇者として認められたことを理解した。
「勇者さまの誕生だ…」誰かが呟く。
光が治まっても、静寂なままだった。シェヘラは、真剣な面持ちのまま剣を眺め、やがてそれを皆に見えやすいように掲げる。
「これより勇者である僕は、この剣と共に、魔王討伐の旅に出る!」
拍手の波が沸き起こった。王子の近くで待機していた人間が二人、傍に出てくる。十代後半であろう二人の男女は、同じ頃の年である王子に深く礼をした。
「この者達が、僕と共に旅をする良き仲間たちだ」
ますます、拍手の音が強くなる。
「シェヘラ様万歳!」「勇者様に、幸あれ!」
国民の祝福を受けながら、王子と二人の男女が城へと歩いていく。一度戻り、そこから出発するのだ。魔王討伐のために、勇者として。
おおよそ百年に一度、この地方では〈奇跡の剣〉により勇者が選ばれ、魔王討伐の旅に出る。〈奇跡の剣〉は前回の勇者が保管していた。そしてシェヘラが選ばれるであろうことは、国お抱えの占い師が予言していた。シェヘラは、物心ついたころからこの日の為に剣術を磨いてきたのだ。彼は、才能と努力により、国一番の剣士となっていた。
勇者として剣に触れたのはこの時が初であった。少し前に、彼はこう言っていた。
「ここで僕が引き下がることを、誰が望んでいるというのでしょう」
国の中心部では魔物は現れず、街道の脇や村のはずれで現れることが多い。だが魔王討伐時期になると、魔物の数が激増する。討伐に成功すれば激減する。そのため、魔王討伐は国民すべてが待ち望んでいる。魔物に襲われることは、力なき者にとって災害だ。
魔の森。〈奇跡の剣〉を持つ勇者と、勇者に認められた二人しか入ることのできない、魔王が鎮座する場所。勇者シェヘラたちが向かう先。
この地方には、ある伝承があった。
『百年に一度、四人の勇者が選ばれ、彼らは魔の王を封印するだろう』