動揺
「ですがそんな幸せな生活がずっと続くことはありませんでした。――私達家族と一緒に暮らしていた人達が、日を追うごとに段々と衰弱していったんです」
「衰弱?……もしかして、『吸血鬼』の魔力にあてられて……」
「ええ――恐らくそうだったんだと思います」
彼女に何と声をかけたらいいか、僕はわからなかった。
「そっか……」
そう言うことしかできなかった。
その後僕達は、しばらく無言で足を進めた。
二人の間にあったのは沈黙というより、必要な静寂であったが、それを破ったのはまたしても僕であった。
「ちょっと待って……おかしい」
僕はふと足を止め、辺りを見回す。
「どうしたんですか?」
隣にいるサラは心配そうな表情で僕の方を見る。
「この廊下――さっき通った時より長くなってるんだ」
サラと会話していたせいで気が付かなかったが、明らかにこの廊下を歩く時間が先程のそれより長い。――それどころか、微妙に壁や床の造りが別物になってるようにも感じる。
「どういうことでしょう……」
僕達は首を捻らせながらも、そのまま先へと進む。
「――ない」
曲がり角を曲がってようやく長い長い廊下の終点が視界に写ったのだが……そこにあるはずのもの、あったものが綺麗に消え失せていることに、僕は気付いた。
「ここに大きな扉があって、そこからこの廊下に入ったのに……なくなってる」
「行き止まり……ですね」
僕はいよいよ途方に暮れた。
「今までこんなことって……?」
僕は尋ねる。
「いえ、一度もありません」
彼女の返答を受け、僕は考えた。
(どうしてだ?どうしてこの城は……短時間で造りそのものが変わっているんだ?)
この城に起こっている不可解な現象に、僕が頭を悩ませていた――その時。
「!」
隣にいるサラが息を呑んだことに、僕は気付いた。彼女の視線を辿って、ようやく僕もそれを認める。
廊下の奥の方の床から、例の粒子が沸き起こっていた。行きに遭遇した、紫色の粒子――それはやがて一つの形を成す。
『ガァ……ハァ……』
僕達の目の前に現れたのは、三つの頭を持った一匹の犬の怪物であった。先程交戦したものよりも、幾分かサイズが大きい。
「サラ――下がって」
背中の刀を抜き払いつつ、僕は彼女に言う。
「は、はい」
前方にいる怪物に恐れ慄きながらも、サラは僕の言葉に従った。
『ガァ……』
僕は刀の切っ先を敵へと向ける。敵もまた、歯牙を剥き出しにして、前足に力を籠めた。
――次の瞬間、戦いの火蓋が切って落とされた。
全速力で僕へと向かってくる怪物。一方、僕は速度を抑えながら前進した。……必ず存在する隙を見つけるがための、敢えての行動である。
敵が床を力強く蹴って、僕に飛びかかる。それを受け、僕は逆に身を屈めた。
下を向いている僕の目に黒い影が映る。――その動きから、敵が自身の真上を今まさに通過していることを掴んだ僕は……
『アギャッ!』
刀を上方へと振り切った。
短い悲鳴と、辺りに飛び散る黒い血が、僕に勝利を確信させた。
ドサッっという音を耳にした僕は、ゆっくりと後ろを振り返る。――そこには、青い炎を上げて灰となっていく怪物の亡骸があった。