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決戦選挙  作者: いちろお
4/4

4.西示真人

四.西示真人


「―――以上、磨宥真昼さんの演説でした」

 選挙管理委員の女子生徒の声がマイクを通してスピーカーに出力された。とても冷たい、選挙の結果に何の興味も無い、無味無臭のその声はヴォーカロイドのような機能のようにすら感じられた。

 磨宥真昼が一二〇〇人の生徒が集まった体育館で最後の演説を終えた。さすがにバスケットコートにして四面を有する学園自慢の体育館と言えども、一二〇〇人の生徒が綺麗に列を成し、一同に会する機会などあまり無い。全校朝会は中等部、高等部別々に行われるのが慣例であるし、決まって執り行われるものとしては入学式と卒業式くらいだった。

 磨宥真昼が立候補した事で崩れた悪しき風習、伝統とも取れる運動部と文化部の有力者から交互に生徒会長を選出するという習慣はある意味ではそういった管理する側の煩わしさ(わずらわしさ)を省く意味もあったと思われる。教師側としては立候補者がひとりであれば、それはそれでよしとするだろうし、要らぬ選挙活動も無く、水面下での調整と根回しですんなりと収まるならばそれに超した事はない。

 それを思えば、当代の選挙管理委員会は生まれの不幸を呪う以外に無いだろう。パイプ椅子一二〇〇脚強を確保する事から始まった公聴会の準備が終わったのは午後一〇時前後だった。その後、投票用紙、投票箱の確認、その他諸々の準備を終えた頃にはすでに日付がまたがっており、泣く泣く家にも帰らず、そのまま硬い床に段ボールと新聞紙を広げ、就寝した生徒も幾人か居る。そもそも決選選挙など行われた事が十数年無かったのだから、選挙管理委員会はそのノウハウも勝手も分からない中、戦い切ったのであった。

 磨宥真昼の演説は彼等に対する謝罪と感謝の言葉で締めくくられた。

 磨宥真昼の言葉を受けて、ひとりの女子生徒が泣いていた。彼女に投票権があったならば迷い無く、磨宥真昼へと投じられた事だろう。しかし、無常にも彼女等は生徒会選挙規則によって投票権は無かった。そして、また別の選挙管理委員の生徒は青春の貴重な十数時間を奪われ、憤りを未だに抱えていた。立候補者に対する想いは人それぞれ様々である。

 演台越しに壇上からの演説を終えた磨宥真昼は聴衆へ向けて、一礼すると背筋を伸ばし、緊張感を保ったまま舞台袖へと消えた。彼女を推薦し、その人と生りを選挙の期間、幾度となく語った女子生徒が彼女を出迎えた。手を握り、「大丈夫だった!すごく良かった!私、感動しちゃった!」と涙ぐみ、感想を語る。選挙管理委員のひとりが冷淡に、「次の演説が始まるので静かにしていてくださいね」とやんわり釘を刺す。

 反対側の舞台袖では西示真人がいつもとは違い、神経質な面持ちで落ち着かない身体を捻ったり、指で顔を何度かつねったり、触ったりしていた。その行動は決して奇行ではなく緊張を解そうとしているのだ。そして、こちら側の舞台袖には選挙管理委員の姿は無い。選挙管理委員は西示真人とその彼女に気を遣ってか、退散したのだった。

「真人、平気?緊張とかしてない?」

「分からない。緊張してるのかな、これって―――」

 高梨実は彼の手を握った。触れ合う事で、まるで彼女は『彼女』としての機能を果たそうとしているかのようだった。西示真人の手はとても冷たかった。

「大丈夫だって。人前で話すのは苦手だけど、まぁ―――言いたい事を言ったら良いんでしょう?だったら、おれには言いたい事があるから―――。大抵は、現状に対する不満だけど」

「ごめんね。結局、あの後、真人は所信表明をさせる機会なんてなかったし、なんかあのの『ハウリング事件』の後、もうなんだか周りがめちゃくちゃになっちゃったから―――さすがに私たちにはきっと勝ち目は無いよね」

 高梨実は眼を伏せ、とても申し訳無さそうに言った。その後、一〇年強は語られる事となる九・一八の『ハウリング事件』とは、文月夜が放送室で起こしたクレイジーな告白騒動を指す。文月夜は未だに体育館には現れておらず、その所在は不明であった。そして、この公聴会後に行われる投票時に特別な理由や申し立ても無く欠席した場合は生徒会選挙規則により、文月夜は棄権と見なされる。

 しかし、あの一件で流れは大きく文月夜へと傾いていた。結果として、磨宥真昼は勝負どころを誤り、しくじったのだ。文化部も分け隔てなく厚遇する旨の発言、そしてそれどころではなく新たな文化部棟を建設するという発言はその日も含め、三日という時間を掛けて運動部という票田に亀裂を生み、磨宥真昼の基盤を危うくしていた。あの場には三〇人強の生徒しか居なかったが、昼の王と夜の王の共倒れを狙った高梨実の仕掛けた秘密のプレ公聴会とも言うべき場で切ったカードは文月夜の『ハウリング事件』と共に喧伝され、磨宥真昼は裏ではユダ、デビルマン・レディー、新井さん(広島~阪神)、フィーゴ(バルセロナ~マドリー)等々の裏切り者を指す名が付けられ、その強く、健全過ぎる王を疎ましく思っていた者たちの格好のネタとして学園を駆け巡っていた。あの日あの場であの文月夜のプライドをずたずたに切り裂いたあの一手は結果的に、文月夜の起こしてみせた一手により致命的な悪手へと変わってしまったのだった。

 確かにあの場に居た三〇人の観衆の影響力であれば、磨宥真昼は有利に事を運んだ事だろう。しかし、文月夜は自らが起こしたハウリング事件という相乗効果によって、その場に居た観衆三〇人の影響力をその一〇倍―――三〇〇人がその場に居合わせたかのような効果を生み、磨宥真昼の所信表明を喧伝せしめた。それはまさに逆転の一手、魔手とも言えた。

 結果的に磨宥真昼はその過剰な喧伝によって運動部全体から不信感を拭えぬまま、その票を落としていた。一方で、文月夜はそんな磨宥真昼を尻目に、堅実な選挙活動を繰り広げた。裏ではあのスキャンダラスな事件の話が挙がったが、そこは不健全さを好む部分も少なからずある文化部の特異性により、むしろ文化部内での票固めは布石となっていた。

「続いて―――同じく生徒会長立候補の文月夜さんの演説です」

 踏み出そうとしていた一歩を踏み外したような感覚だった。予定ではこの後、西示真人の演説が回ってくるはずだった。しかし、図ってか図らずか『文月夜』の名前がアナウンスされた。思わず、高梨実に尋ねるような視線を西示真人は向けた。

「わっ、私が分かるわけないじゃない!ちょっと、聞いてくるっ!」

 高梨実はぱっと手を離すと舞台袖を抜けて、選挙管理委員が何人か投票に向けた準備を行っている通用口へ向かって駆けた。

「あのっ!なんで次、真人の番じゃないんですか!?打ち合わせじゃ次は真人の番だって聞いてたのに!おかしいですよっ!」

「いやっ、こっちも何がなんだか―――アナウンスしてるヤツが間違ったんじゃないですか?」

 選挙管理委員会もどうやら困惑している様子だった。公聴会での放送についても、放送委員ではなく選挙管理委員会が一手に引き受ける形となっていたが、アナウンスが誤っていたにしてはそれを訂正する放送は無い。

「ちょっと!誰か訂正に行ってっ!」

 女子生徒の神経質な声が響く。

「ちょっと待ってください!壇上に文月さんの姿が!!」

 別な選挙管理委員が叫んだ。壇上にはすでに文月夜の姿があり、総勢一二〇〇人強の聴衆を前にしても憮然とした表情で、演台の前に立ち、その高みから望む景色を満喫しているかのように微笑を浮かべていた。

「もう、このまま文月さんの演説でいきましょう!」

「それっておかしくないですかっ!?こっちだって、色々と―――心の準備だってあるんですっ!」

 高梨実は思わず反論した。次だ次だ、と心の準備を整えていた西示真人はどうなるのだ?と思うと、憤りで胸が一杯になった。選挙管理委員側の過失によって、幾らかの票を失うだけなら良いが、それによって演説が上手くいかなくなる可能性もある。あの子は繊細なのだ、なのになぜそれを分かってやらないのだ、と思わず噛み付き、喰って掛かった。

「だからって、もうここから彼女を引きずり下ろす事なんで出来ないでしょう―――?」

 その言葉に高梨実は沈黙する。せめて、西示真人を一人にしないよう、彼女は舞台袖へ向かって駆け、再び西示真人の手を取った。ふたりは寄り添うように、突如として現れた文月夜の演説に耳を傾けた。


「ご紹介頂きました。二年A組の文月夜です。本日はお集まり頂き、ありがとうございます。この一週間の選挙活動で私の演説は聞き飽きた、という方々もいらっしゃるかもしれませんが、これで最後の演説となります。最後までご静聴頂くよう、お願い申し上げます。

 さて、先程、演説を頂いた磨宥真昼さんがおっしゃっていた通り、この学校には悪しき風習、伝統がありました。彼女の訴えの通りです。それは表立って語られる問題で無かっただけで、この学園を一〇数年に渡って蝕んでいた疾患だったかもしれません。それによって守られたものもある事は事実ですが、そういった不健全な体制を維持していった我々、そして先輩方、そして学園にも責任はあるのです。また、初めてこの学園の生徒となった中等部一年の皆さんには酷なことかもしれませんが、そういった学園を選んだあなた方にも責任はあります。自らの身を置く環境を注意深く観察し、不正があれば手段に訴え、環境を正す事は自らの責任において誰もが行うべきことなのです。私たちは未成年ではありますが、そういった責任というものは死ぬまで付いて回ります。その覚悟はするべきなのです。それがすなわち、生きるという事なのです。

 その点において、私は磨宥真昼さんの立候補にはとてく大きく、そして、形容しがたいほどの敬意を持っています。私は去年、この体制に対して抗う事が出来ませんでした。来年、機会が回ってくるからと―――私は一年、野心を眠らせることを決意しました。しかし、今となってはその決断が大きな過ちであり、私自身が生徒会長としての資質に欠けたものであると思うに到りました。

 よって―――私はこの選挙における立候補をこの場において、私は立候補を取り下げたいと思います」

 文月夜の言葉に聴衆はざわめいた。悲鳴にも似た驚きの声と、勝機を見出していた文化部の生徒たちの動揺がまるで波が押し寄せるかのように聴衆を飲み込んでいった。一週間戦ってきたこの決選選挙をこの場において下りると彼女は宣言したのだ。無理も無い。

 そして、その言葉に驚いたのは選挙管理委員以上に、西示真人当人であった。『狂言』として、立候補させられた中であっただけにその行動が理解出来なかった。

 文月夜は眼を赤く腫らし、こころなしか涙ぐんでいるようにも見えた。あの冷徹な彼女が演台の前に立ち、生の感情をこの聴衆の面前で見せるのは何かの演技ではないのか、と疑うほどだった。しかし、文月夜の仕草からは自分が見てきた著しさ(いちじるしさ)、逞しさ(たくましさ)がすっぽりと抜け落ちており、まるで少女の姿をした彼女の意思の抜け殻のようにすら思えた。

「私はこの選挙の中でとても大きなものを失ってしまった事が、私の決断に影響した事は否定出来ません。しかし、私はこの選挙戦において、文化部の代表として戦いました。彼らの応援を受け、立ち上がり、そして一週間を戦い抜いたです。ですから―――尊敬するとはいえ、磨宥真昼さんにこの私に掛けられたたくさんのたすきを渡す事、そして、私がつくろうとした未来を委ねる事は裏切りに値します。

 私はこの場において、あえて次期生徒会長候補として、西示真人さんを推薦致します」

また聴衆がざわめいた。ざわめきの中から「誰だよ」という声すら上がる。「静粛に願います!」という選挙管理委員のスピーカーを通したその声にぴたりとその混濁した聴衆の意識を握り締めた。

「ありがとう」

 文月夜はマイク越しに感謝の言葉を告げた。この時、西示真人は悟った。この展開は文月夜が仕掛けたものだ、と。自身の演説の後ろではなにもかもが間に合わないと踏んだのだろう。そして、彼女が下りたという事は自動的に文化部の票が運動部の遊離票を集めていた西示真人へと集まる事を意味し、それはほぼ間違いのない勝利へと繋がる事は容易に想像出来た。

 なんと―――なんと勝手な王だろうか。

 西示真人は激怒した。かの邪知暴虐の王は、この一週間の全てを裏切り、ここで自分を生徒会長へと祭り上げようとしている。もしかしたら狙いは最初からそこにあったのかもしれないし、プランBとでも呼べるものだったのかもしれない。そして、そう疑い出すと彼女の『勝利』とは何をもたらす事なのか、という疑問が浮かんできた。

 彼女がどれほど苦悩し、決断を下したかは分からない。しかし、その場に現れ、そつなく演説を終えさえすれば生徒会長という椅子が明け渡されるという条件下において彼女の下した決断はその座を西示真人へ譲るというものであった。

 帰結するべき『答え』であり『疑問』は、彼女が何をこの一週間のうちに失った大きなものとは何であろうか?というものである。

 しかし、文月夜は彼のその思考を嘲笑い、遮るかのように演説を続けた。

「繰り返します。私は西示真人さんを生徒会長へ推薦致します。彼は私たちを、文化部も運動部も揃って良き未来へと導く私たちの長たる人物です。そして、私は―――私の残りの学園生活を全て投げ打ってでも彼の成功に助力したいと思っております。以上です」

 そう宣言すると、文月夜は深くこうべを垂れ、しばし静止した。観衆はその姿を見て沈黙した。それはまるで学園の全生徒に謝罪するかの雰囲気もあり、誰もが息を飲んで見守った。

 その直後、まるで演劇の暗転の如く、舞台を照らしていた照明が全て消灯した。続いて、体育館全体の照明が次々に落ち、遮光カーテンに覆われていた体育館は暗闇に包まれた。次々と生徒たちは忍ばせていた携帯電話を取り出し、暗闇をそのディスプレイで照らした。それはまるで暗闇に白い花が咲き乱れるかのような光景であった。

「電源トラブルです。すぐに復旧させますので、そのまま着席してお待ちください」

 不思議と電源が無事だったスピーカーを介して選挙管理委員の冷淡な声が響いた。ここで都合よく停電など起こるだろうか。そして、なぜそもそも遮光カーテンで窓を覆う必要があったのか。察するにそれは文月夜がもたらしたつかの間の夜なのだろう―――。

「西示真人。君には申し訳ないと思っている。苦労を掛けるな―――」

 舞台袖に居た西示真人に文月夜は暗闇の中、語りかけてきた。声から彼女が随分と疲弊しているのが聞き取れた。

「文月、夜―――。どういうことか説明してくれ。どうして、こんな事になるんだ?」

 問われた文月夜は沈黙した。『こんな事』になった原因を語るにはあまりに彼女は傷付きすぎていた。しばしの沈黙の後、彼女は津波のように心の内から押し寄せる感情をむき出しにして応えた。

「お前が―――高梨実を取ったからだ!どうして、私が『い』の一番に欲っしていたものを取ってしまうんだ!もっと穏やかに君たちが過ごしていれば、少しずつ私が溶け込むように、割って入り―――ほんの少しだけ、あの高梨実との時間を楽しめれば良かったのに―――君たちが付き合うまでのほんの束の間でよかったのに―――!」

 文月夜の声は震え、嗚咽おえつが含まれているようだった。暗闇でその表情まではっきりと伺う事は出来なかったが、文月夜はすぐ近くにあるのを感じた。その感情は怒りでもあるし、悲しみでもある。そして、もう取り返しの付かないものに対しての後悔でしかないのは文月夜自身がよく分かっていた。

「あの、所信表明、事実だったのか―――。じゃあ、最初から―――」

 君の事はよく知っていると言われた事を西示真人は思い出した。それによって、最初から彼女は自分と高梨実を生徒会へと引きずり込む算段で動いていたのだと理解した。

「私は嘘は言わなかった。全てが事実だ。そして、それが私に勝利を呼び込んだのも事実だ。だけど―――だけどそれには、あまりに代償が大きすぎるだろう?どうして、君たちは―――君は―――高梨実を私から取り上げてしまうんだっ!あまりにも皮肉すぎるだろう!?私は高梨実が羨ましいんだ!その全てが、容姿が、性格が―――全て私に無いものばかりで―――愛おしいんだ。私をみろ、こんなにも背が高く、母性もへったくれもない性格なくせに胸と尻の、女としての存在、異性の生殖本能のみを扇動するかのようなこの身体をッ!私は王様になんてなりたくはなかった!王ではなく、お姫様になりたかった!それなのに並び立つもののない、この孤独は、この孤高は―――高梨実のような女性でなくは癒せないんだ!」

「どうして―――どうして、貴方はこんなにも上手く大勢の心を、思いのままに操る事が出来るのに―――たったひとりの子の気持ちを分かってやれないんだよ!?実は怯えていたんだッ!もっと上手くやる方法はなかったのか?!」

「分からないよ―――分からない―――私には―――」

 文月夜は自らを嘲笑するような声と共にその場に崩れ落ちた。ざわめく体育館の音の洪水の中からその音だけをすくい上げるように、西示真人は聞き取った。返す言葉がもはや見つからなかった。西示真人はただただ沈黙するのみだった。

「じゃあ―――みんなでやろっか。生徒会。きっと、真人だけじゃ絶対に無理だから―――文月さんも力を貸して欲しい」

 しばしの沈黙を切り裂くかのように高梨実は意を決して言った。得体の知れないその強大すぎる愛に困惑していたものの、そこに悪意や害悪が無いことを感じ、警戒心を解いたらしかった。

「高梨実―――君はそこに居るのか?」

 文月夜の問いに高梨実は「はい、真人の傍に」と応えた。

 続いて、「うん」と文月夜の子供のように嗚咽が混じりの声を上げた。

「抱きしめてもいいだろうか?ただ、触れるだけでもいい―――それだけで私は救われるんだ」

文月夜の要求に高梨実は「はっ、恥ずかしいけど、それくらいなら」と応えた。文月夜は暗闇から―――夜の中から現れるとまるで神にすがるかのように高梨実の身体を抱きしめ、荒々しく嗚咽混じりの息を上げていた。その間、高梨実は西示真人の手を決して離さなかった。彼女の緊張が西示真人には掌を通して伝わってきた。


「電源、回復しました!まぶしいと思いますので、注意してください!」

 三度みたび、選挙管理委員の声が響く。終演後の映画館の明かりのように、ぽつりぽつりと体育館の照明が点き始めた。文月夜が作り出した夜が終わる。煌々とした照明に壇上は照らされ、演者の居ない演台は王が演説を始めるのを待っているかのようだった。

「さぁ、私と高梨実をふたりっきりにしてくれ―――。私たちはこうして君の演説をここで聴いているよ。君は王の器であって、王そのものではない。けれど、馬鹿どもを騙すには器くらいがちょうどいい」

 文月夜の言葉と重なるようにして、選挙管理委員の声が響く。「続いて、生徒会長立候補の西示真人さんの演説です」という声がスピーカーから出力された。

「真人、頑張ってっ!そして、早く私を助けに戻ってきてっ!」

 高梨実が顔を真っ赤にしながらも必要に迫られて西示真人の手を離して言った。

「じゃあ、行ってくる」

 西示真人はふたりに背を向け、壇上の演台へと向かう。演じるは王。そして、票を投じる者達の器―――。


 ただ、人の想いさえ、受け止められるならば器としては充分。王そのものである必要ないとはよく言ったものだ。

 後の王は演台に立ち、演説を始めた。王がこれからどう城壁を築くのかは、ここからの物語。

 それでも王国ハーレムは、こうして作られた。



―――終劇

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