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ブギーマン

僕達が日本からここに迷い込んだという事、魔術なんて知らない事、もしかしたら何処か別の世界から来たかもしれないという事、その全てを彼女は笑って受け入れてくれた。そしてとりあえず今日はここに泊まっていけとまで言ってくれた。

ここまでの善人に今まで遭遇したことがないので何か裏があるのではないかと疑ってしまう。


それにしても夕焼けが綺麗だった。

眼下に広がる平原、そこに点在する幾つかの村によく似合っている。


「………何か用があるのなら君が来てくれないか」


僕がそう呼びかけると後ろから足音が近づいてきた。

振り向く必要もない。おそらく足音の主は真壁だ。


「ここでは随分と星が綺麗に見えるんだな」


隣にならんできたのはやはり真壁だった。


「あのピンポン玉くらいの金が、一年分の蓄えに相当するらしいな」


唐突に彼女はそんなことを言ってきた。

いきなり何を言い出すのだろうか、そう思いつつも答える。


「この村の稼ぎの半分以上が木綿だからしょうがない。後ろに聳える山では鉄鉱石、そして向こう側の山…まあ50キロ近く離れてるけど、そこでは銅、亜鉛が採れるらしいけど、それもメタルベースを人工的に作れるこの世界では無価値に等しいだろう。いや、でもそれにしては少ないな」


「お前、そんな情報を一体どこから?」


と、僕の出した唐突な情報に真壁は目を丸くする。

さっき子供に聞いたんだよ、そんな感じで適当に流す。


「それにしても、魔術か。僕は未だに信じられないね」


「私はもう信じた、いや信じさせられたな。あんなもん目の前で見せつけられたら流石に信じるなと言われる方が無理だ」


「そうなんだけどさ…」


僕はそこまで言いかけて、意味もなく右手を天にかざす。

僕と真壁はどうやら魔術が使えない。魔術の行使に必要な「魔力」が体内に存在しないらしいのだ。

故に僕達が脂汗を額に浮かべて必死に手に力を込めても鶏の羽すら浮かばない。この世界の一歳児でもできることが僕にはできなかった。

それは僕達がこの世界からしてみれば異物だからか、それとも僕達がそもそも別の世界の人間だからか、どちらにしろ理由はあるのだろう。

その事で先ほどあのロリータ軍団に死ぬほど馬鹿にされたが、危うく二つほど何かに目覚めそうでヒヤヒヤした。


「この村で、一年であれだけしか貯められない理由を知っているか?」


不意に真壁はそんなことを聞いてきた。一瞬流れた沈黙を「知らない」と受け取った彼女はため息を一つつき話を続ける。


「王都に重税をかけられているんだと。何もない、山に囲まれたここ一帯を村々に押し付け、代わりにその土地の広さに比例した税金を納めさせているらしい」


「へぇ…ってお前こそ、そんな情報を何処から聞いてきたんだよ」


ラウラさんから聞いてきた、彼女は笑いを含みながらそう言う。お互いにアウトローで生きてきたからか情報を掻き集めることに長けているらしい。


僕は何を思ったか、真壁にあることを確認したくなった。このことを確認しないと、これから先どうなるか分からない、そんな唐突な恐怖に襲われた。


「なあ、僕を殺さなくて、君は大丈夫なのか?」


そんな僕の質問に真壁は言葉を詰まらせる。どうやら僕の予想通りだ。彼女は僕を殺す為、あの廃屋にやってきた。

無限に近い一瞬の後、彼女はやがて答える。


「依頼自体はお前の暗殺ではなくあの工場を潰すことだ。それにこんな非常識な世界で一人になるのは、いささか心細い」


「………そっか、それならいいんだ」


なんだか都合が良すぎる気もするが、そこは納得しておこう。僕だって、僕自身の常識が通じないところに一人きりにされるのは心細い。


そんな時だった。


「なあ、なんかすごい獣臭くないか?」


「いや、獣の匂いなんて全くしないんだけど…やっぱりフィリピンで銃ばっかり作ってると鼻が利くようになるのか?」


「よーし喧嘩だな。フィリピンの事を馬鹿にするのはいいが僕の事を馬鹿にするのは許せないね」


「お前はプライドの塊か馬鹿野郎。普通は逆…」


真壁はそこまで言って、顔をしかめる。

見てみれば紅く染まる地平線に黒煙が上がっていた。

獣の匂いの元はあれか、ピンチ故の冷静な見解が頭に浮かぶ。


「大変ですよお二人さん! 向こうの村にオーガの集団が暴れているらしいです!」


そんな声が後ろから聞こえてきた。

振り向けばそこにはラウラが立っている。


「オーガ、それは一体どういった?」


「魔物の一種です。格別強力というわけでもないのですが、この村に住む戦士はあいにくと王都に出払っていて…」


彼女は中々に焦っている。

まあそれもそうだろう。向こうの村から上がる煙を見てみれば、そのオーガがこちらに来たらどうなるか、想像に難くない。


「どうやら、私達の出番のようだな」


ふと、真壁がそんなことを言い出した。

私「達」? 意味が分からない。何かの聞き間違いであることを祈るしかない。


「し、しかし、オーガはおそらく2、30の群れでこちらに来ます。戦うための剣はありますが、魔術も使えないあなた達2人だけでどうにかなる問題では…」


と、ラウラは心配そうな顔で言う。やっぱり僕も入ってるよ。

僕は行きませんよと言おうとしたが真壁にがっちりと肩を組まれて、


「大丈夫です。剣で死ぬ程度ならアレで何とかなります。そうだよな橘高?」


そうだよなと聞かれても。アレ、アレ……もしかして(アレ)か?

なんだかとてつもなく嫌な予感がする。


「さあ出陣だ。現代兵器の恐ろしさをこちらの世界に見せつけてやろうじゃないか」



***



とある黄昏時、そこにあるは辺鄙な村のみ。

僕はイングラムM10を、真壁はAK-47をそれぞれ構え、村の入り口に佇む小さな小屋の影で息を殺していた。


「………できるわけない。こんなコピーで魔物を15体くらいブチ抜くなんてできるわけない」


「今更弱音吐くなよ。男ならやると言ったら最後までやり通せ」


僕の記憶では真壁がやると言ったはずだ。全くもって理不尽だ。

茜色の背景をバックに歩いてくる血だらけで厳つい顔の何かがぞろぞろと此方へ迫ってくる。ホラー映画なら大反響を呼びそうだ。

もしあれに銃弾が通じなければ、僕達を待ち受けているのは死のみ。そう考えるとやはり怖い。


「勝算はあるんだろうな?」


と、僕の質問に真壁はニヤリと笑みを浮かべる。


「さっきまでラウラさんの家で本を読んでいたんだけど、オーガとやらはたしかに強靭な体を持つが魔術は使えないらしいんだ。ほら、あの前方にいるアイツを見てみろ」


そう言われて改めて彼らを観察してみると、とあるオーガの腕に一筋の切り傷が刻まれていた。


「あれは普通の剣で傷ついたやつだろうな。奴らはあれを魔術で治癒していない」


成る程、彼女の謎の自信の根拠は分かった。だが本にそう書いてあったからいけるだろ、と言われても僕にはやれる自信がない。

一丁前に構えているが射撃訓練なんて作ったコピー品の試射ついでにしかやったことがない。

しかしもうここまで来てしまってはやるしかない、自分に言い聞かせて覚悟を決めよう。


「………そうだ。真壁、そのカラシニコフに詰まってる弾を一発くれないか」


僕のそんな要求に困惑する真壁。だがこれにはちゃんとした理由がある。


「ほら、弾切れたら新しく作らなきゃいけないだろ。その見本にとっておくんだよ」


「そのくらいお前の技術でなんとかならないのか?」


「いや、火薬は流石に目分量じゃまずいだろ」


「ああ成る程な。ほらよ、受け取っておけ」


彼女の手から弾かれたライフル弾を受け取り、自分もイングラムのマガジンに詰まっている弾から一つ取り、ポケットへとしまう。


再びオーガの側を覗いてみれば、もう50メートルの所にまで彼らは迫ってきている。

真壁は大きく深呼吸をすると僕の左肩に手を置いた。


「出撃前に最後の確認だ。時刻は黄昏時。オーガは27匹。私の残弾はマガジン2つで計59発、お前のパラベラムがマガジン3つで計95発。多くはないがなんとかなるだろう。さあ、あのクソでかい的をブチ抜いてやろうぜ!」


そんな真壁の威勢のいい掛け声をきっかけに、僕の初めての戦闘が始まった。



***



戦いの火蓋は真壁によって切られた。

勢いよく物陰から飛び出した彼女が放った一発目の銃弾、それは完全に油断していたオーガの頭を轟音とともに貫き鮮血を撒き散らす。辺りにこだまするオーガの悲鳴と咆哮、そのどれもが銃声を掻き消していく。

出だしは順調だ。僕も後に続き、引き金にかける指に力を込める。

彼女の言う通り、イングラムから放たれる弾丸はオーガの赤黒い肌を面白いくらいに引き裂き、貫き、食らっていく。

あんな巨体が赤黒い血を撒き散らしながら、僕の事を恐怖の対象として見つめている。そんな事実が僕の原始的な破壊衝動を刺激し、得体の知れない興奮を極限まで高めていく。

僕の銃も中々やるじゃん、そんな余裕はやはりフラグとなった。


後方にいるオーガの一体がこの状況を打破するため、前方で息絶えた同胞を盾にし始めたのだ。

その姿はまさに装甲車、巨体を前に構えているとは思えない勢いで僕に向かって突っ込んでくる。

奴らはライフル弾より拳銃弾、つまり僕の撃つ弾の方が低威力だと見破ったのだろう。


「マズイぞ真壁! 一旦後ろに退け!」


今更焦り出す真壁だがオーガの驚異的なスピードからしてもう遅い。だから僕はやりたくなかったんだ。

ここで焦ったところでしょうがない。

イングラムを左手に持ちかえ、右手を腰に回し――隠していたリボルバーを構える!


数発の銃声とともに雄叫びを上げながら崩れていく装甲車、マグナムがどうやら屍を貫いて奴の足にまでダメージを与えてくれたようだ。

真壁の方を向けば、相変わらず血塗れの彼女の前に立つ魔物はもういない。

つまりはこいつが最後か。

お前らは運が悪かったな、そんなことを考えながらイングラムを持つ左手に力を込め、自らを赤色に染めていく。

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