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「ふぇっほ、ふぉくのなふぁえふぁふぃふふぁふぁれふ、ふぉひらふぁ…」


「私の名前は真壁、そっちで顔面へこましてる男は橘高だ。私達が血塗れなのは気にするな。さっきまで猛獣と殺りあってただけだから」


「は、はあ…ええっと、私の名前はラウラです。その、橘高さんは大丈夫でしょうか?」


僕は真壁を冷たい川にぶち込んだ報復として顔面に一発もらっていた。

足を使えないため純粋な腕力だけなのだが普通に顔がへこんだ。こいつの前世はゴリラか何かに違いない。


「ふぁいひょうふやないふぇふふぇろ、ふぉうにもふぇふぃない」


大丈夫じゃないですけどどうにもできない、そう言いたいのだが顔がへこんだせいで何も言えない。


「大丈夫じゃないようですね。ちょっと待ってて下さい」


と、ラウラは言うと何故か僕の顔面に手をかざした。

何のおまじないかと思っていた矢先、異変が起こった。

彼女の手が仄かに光ったかと思えば、メキメキと音を立てながら顔面が復活し、数秒で元通りになったのだ。

当然僕も驚いた。だがもっと驚いていたのは真壁の方だった。


「な、な、け、怪我が、一瞬で治った?」


「まあ、魔術を使いましたから…何故そこまで驚かれるのですか?」


と、ラウラは何当然のことを? といった感じで返してきた。

魔術、彼女は今そう言ったか? これは聞き返さずにはいられない。


「あの、今『魔術』って言いましたか?」


「ええ、言いましたけど…」


彼女にとっては魔術は常識という口ぶりだ。

しかしそれは僕達にとっては常識ではなく非常識だ。

手をかざすだけで怪我は治らない、魔術などファンタジーの中だけのはずだ。それなのに何故、何故魔術などというものが存在するのだ。


「あの、そういえばここは一体何処ですか?」


僕の質問にやはり彼女は不思議そうに答えた。


「ここは、ロマリアはトレンタの西端ですが…」


やはり彼女は当然のように答えてくれた。

当然ロマリアなんて国は聞いたことがない。もはや日本ですらないのか。

分からないことの連続で僕の小さい頭がオーバーフローを起こしそうだ。


テレポーテーション、僕の脳は苦し紛れの結論を提示する。だがそれでは日本ではないここで日本語が通じる事が分からないし、なにより先ほどの魔術、あれの説明がつかない。


「お二人さん、やりとりの最中悪いんだけどさ、私の足もその魔術とやらで治してくれないか?」


「あら、貴女もお怪我を………まあ、太腿を貫通しているじゃないですか! どんな魔物に噛まれたらこうなるのですか?」


魔術に次いで魔物ときたか、ここで僕の頭は爆発を起こした。



***



彼女の住む所というのもまたすごかった。

山の麓に構えるそれは辺りを緑に囲まれている。確かにここは日本ではないな。

広大な土地で悠々と放牧される羊、草原を無邪気に駆け回る子供、ぽつぽつと点在する簡素ながらも何処かお洒落な小屋――始まりの村、そんな言葉がぴったりだ。

先ほどまで日本にいたはずだよな?


「ラウラお姉ちゃんおかえりー! 後ろの二人は旅人さん?」


「旅人さんじゃないかもよ。もしかしたらブギーマンかも」


と、村に入るや否や、腰丈くらいのロリータ数人がわらわらと迫ってきた。なぜ彼女達が血塗れの僕達を見て驚かないかといえば、先ほどラウラが僕達の元にマントを持ってきてくれたからだ。

まあ、マントで全身を包んだ見知らぬ人がいればそりゃあブギーマンだろうな。

ブギーマンってなんだ、そんな事を真壁は聞いてきた。


「ブギーマンは子供とかを攫っていくお化けみたいなものだ。いたずらする子には『ブギーマンに攫われるぞ!』って言って躾けるんだよ」


あー成る程と真壁は適当な相槌を打ち、子供の方に手を広げ、


「ほーら、早く逃げないとお前たちを攫っちゃうぞー!」


それを聞いてキャーキャー逃げだすロリータ達。この女は一体何をやっているんだ。

そんな数分間の一悶着を終え、僕らはようやくラウラの家へと辿り着いた。


「ここが私の家です。何もありませんが、ゆっくりしていって下さいな」


そう言われた先には山小屋、もしくはログハウスのようなものが立っていた。

中も殆どが木製の家具で統一され暖かな印象を受ける。

そして気になることが一つ、電化製品が置かれていなかった。

なんだか昔にタイムスリップしたみたいだな、ラウラの衣装もありそんな感じだった。


「さあさあ、代わりのお洋服を持ってきましたよ。どうぞ着替えて下さい」


彼女は二着の、どこかしらドイツの民族衣装っぽい服を持ってきた。しかも両方とも女物。いくら血塗れといえど僕は迷わず断ったが、何故か真壁も断った。


「それで、あなた達の持つそれは、一体何に使うのでしょうか」


と、ラウラは椅子に座るや否や僕達の持つ銃を指してそんなことを聞いてきた。

しかしどう答えたものか。

これは人殺しに使う物なんですと言えば血塗れなことも併せて追い出されるだろう。

そんな感じで真壁と顔を合わせ、やがて彼女が答える。


「これは…まあ、アサルトライフルといって、その…狩りに使ったりするものだな」


幾ら何でもそれは苦しすぎる言い訳なんじゃないかと思ったがどうやらそんなことはなく、彼女は妙に納得したようだった。

もしかして、彼女は本当に「銃」を知らないらしい。


「そうだ、さっき君が使っていた…魔術だっけ、あれは一体?」


「それはですね――」


彼女は人に何かを教えることが好きなのか、ここから大体1時間ぐらい魔術についての説明が始まった。しかもその殆どが無駄話ときた。


とりあえずかいつまんで話そう。

「魔術」とは、どうやら精霊や天使、あわよくば神の力を借りて人智を超えた力を引き出す、といったものらしい。

そしてそれに必要なのが身体に宿る「魔力」と大地に宿る「脈」というものらしい。

ざっとこれだけなのに何故1時間もかかったかといえばそれは彼女の無駄話が異様に多かったからだ。


「と、いうわけです。あなた方だって使えるはずですが…もしかして記憶喪失か何かですか?」


「ええっと、その…まあそんなものでして」


ラウラのとてつもなく不思議そうな顔があからさまに不審そうな顔へと変わっていったため思わず肯定してしまう。


「ほら、川に落ちたから、あれで色々と、特に魔術関連を忘れてしまいまして」


「やはりそうでしたか。それじゃあ、ちょっと待っててくださいね」


と、ラウラはそう言って奥へと入っていった。

それを見送り、隣の真壁は僕を睨む。


「お前…私達は記憶喪失どころかそもそも魔術なんて知らないんだぞ。記憶が蘇る魔術とか使われたらどうするんだよ」


「そこまでは考えてなかった…それよりラウラさんの話は分かった?」


「いやー全然分からん。分からなさすぎてもう吐きそう」


「ブギーマンは僕より教育を受けているはずなんだからダウンしないでくれよ。僕なんて最終学歴どころか学歴すらないんだ」


そんな自虐ネタを放り込んでいるとラウラは何やら楽しげな顔で戻ってきた。

彼女の手には黄色のような橙色のような液体の入ったコップ、その中には銀色の光沢を放つピンポン球くらいの大きさの結晶のような物が浮いていた。

記憶が戻る魔術にでも使うのだろうか。もしあの液体が高いものだったら、あの結晶が高いモノだったら…そんな嫌な考えが脳裏をよぎる。


「記憶喪失ということはこれも忘れているのかもしれませんね。この液体が『王水』、浮いている結晶が『メタルベース』です」


王水、メタルベース、なるほどどちらも聞いたことがない。しかし隣に座る真壁はどうやらその物質を知っていたようで、


「王水は知っているな。塩酸と硝酸を混ぜた強酸だ。メタルベースの方は何なんだ?」


「メタルベースは…そうですね、それは見せた方が早いですかね」


彼女はそう言うとコップをテーブルに置き、何やら手をかざしはじめた。

先ほどと同じだ。手をかざすという行為は何か特殊なプロセスなのかもしれない。


彼女の手はぼんやりと暖かな光を帯び始め、それに呼応して王水と呼ばれていた液体も光りはじめる。それにしても、何とも綺麗な光だった。

それを見て僕達は驚く。彼女は僕達のそんな表情を見て笑顔を浮かべる。


「さあ、ここからはまばたき禁止ですよ………ッ!!」


その時だった。

黄色ぽかった液体が透明になったかと思えば、液体に浮いていた結晶が唐突に沈んだのだ。

その沈んだ結晶に思わず目を奪われる。


「王水の色がメタルベースに移った…のか?」


先程まで銀色だったはずのメタルベースがいつの間にか黄金色の光を放っていた。

一瞬たりとも目を逸らしたりはしていない。ではいつ変わったのか、それが分からない。


「メタルベースを金に変えたのです。所謂錬金術ですよ」


と、ラウラは子供に手品をひけらかすような口調で言う。

なんだ記憶喪失を治すパターンのヤツではないのか、僕達は声には出さず胸を撫で下ろす。


「先ほどの答えですが、つまるところ、メタルベースとは『全ての金属の基』、賢者の石を求める際に完成した『魔力と脈の塊』と言った感じのものです」


と、ラウラの説明は続く。

「魔力と脈の塊」、おそらく地上を這う脈と魔力を混ぜて具現化したようなものなのだろう。だがそう言われても全くピンとこない。

先ほど彼女の説明を聞いたはずなのに、喩えるなら脳がその知識を意図的にシャットアウトしているような、そんな感じだ。


「あの、そのメタルベースから金を作ったのは分かるんだけど、それがどうかするんですか?」


こんな僕のラウラにとっては常識かもしれない質問にも嫌な顔せずに答えてくれた。


「金は汎用性が高いのです。魔術を使う際の媒介であったり、ゴーレムの心臓となったり、そして今から作るお薬の原料であったり」


………なんだか嫌な方向に物事が進んで行っている気がする。

隣を見れば真壁は爪の状態をチェックしていやがる。僕が言い出したことだから何とかしなきゃいけないのだがここまでやられるといっそ清々しいな。


「薬、ですか。それは一体どういった効能を?」


おそるおそる聞いてみるとラウラは純粋の塊といった笑顔を浮かべて、


「もちろん記憶を蘇らせる薬です。この金は私の1年間の蓄えですが、まあたったそれだけであなた達の記憶が戻るなら…」


1年間の蓄え、そんな言葉とやつれたような笑みが胸をぶち抜く。

これはもうやることは一つしかないだろうな。

恐る恐る立ち上がり、不審そうな顔をするラウラを尻目に木製の床に正座をし、そして、


「誠に申し訳ございませんでしたァ!」


我ながら綺麗な土下座だった。

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