人を呪わば……
「人を呪わば……」
両手を組み銃を模す。そしてその銃口を相対する人の形をしているが人で無いもの、”人外の者”に向け
「穴二つ!」
と言うと、ドンと言う鈍い響きと共に銃を模した手が跳ね上がり、”人外の者”の一部が消し飛んだ。
「なんでこんなに居るんだよ、気持ちわりい」
そう言うと、中学生くらいの少年は組んでいた両手を外し、痺れを振り払う。
以前は見えていなかったモノが十五才になった辺りから見える様になった。
それは、形は人と同じだが、毛むくじゃらだったり、鱗肌だったり、穴が開いていたり大きかったり小さかったり。マンガやSFの世界で見るような奇怪さを持った”人外の者”。そんな彼等が、普通の生活の景色にいきなり飛び込んできた。周りの人達には見えていないらしいが、上手い具合に避けあって動いている。少年は思った
”気持ち悪い奴らだ。こんな奴ら、居て良いわけがない”
と。そしてその日から暫くしてある事に気づいた。何の気も無く両手を合わせたとき、指先に何かが集中してくる事、そして”それ”は意識すれば、指先から飛ばして”人外の者”に当てる事が出来ると言うことを。その後、自分なりに研鑽したその技術を以て、目一杯溜めた力を小さな”人外の者”に当ててみると、それは見事に消し飛んだ。
「おお、これでヤれんのか」
その日から少年の”人外狩り”は始まった。
少年による人外狩りが始まって数週間、一向に敵が減る向きは無い。寧ろ今までより不吉さが増した外見の新手をよく見るようになった。それ等は人間にも干渉しだし、町では突然誰かに後ろから押されたり、何も障害物の無い所で躓いたり、と言う怪奇現象が多発していた。
そんな時分のある夜中、
「穴、二つ!」
いつもの様に逃げまどう”人外の者”を所構わず”退治”していると、突然背後に強烈な衝撃を受け突き飛ばされる。
「ってぇなあ! なんだよ!」
と後ろを振り向くとそこには、今までに無い禍々しさを持った黒い靄の様な人影。
脳で理解するより早く少年の体は感じ取る。手足が動かなくなり、震えが止まらない。
「や、っべえな……」
そんな少年を眼下に捉え、目と思しき部分が怪しく光り出す。そして靄の中からその人影の数倍はあろうかと言う腕部、それも朧気な物ではなく屈強な甲冑で覆われた実体を持った腕が振りかぶられる。
「かあちゃん……」
少年が最後を予感した時。
パス
遠くで高圧の空気が抜ける音。それから一寸間をおいて、振り上げられた腕に何かが埋まり込む。する埋まった周囲が一瞬にして丸くえぐり取られた様に消滅した。
「!」
声は出ないものの、靄は明らかにダメージを受けていた。が、すぐさま靄が集まり腕は修復される。
「お痛が過ぎたようね。ぼく」
女性の声。
その方を向くと、漆黒の銃を構える男とその横にメガネをかけた女。二人ともダークグレーのスーツを着た社会人風出で立ち。
「無闇に霊達を消すのは止めなさい」
女は刺す様な視線を少年に向ける。
「こんな高位の霊がやすやすと抜けられる程に結界が弱まっていたのね」
と言いながら女はメガネをクイと上げ、
「第一封印解除、霊装陣展開」
誰に言うでも喋りだす。すると女の周囲の空中に一斉になにやら光が揺らぐ。その後……
「マンガかよ……」
と少年は小さく呟いた。それもそうだろう、何もない空中にPC画面の様なウィンドウが多数ポップアップして見える。そんな技術聞いたことも、見たこともない。
そうこうしている間も靄は動き此方へ攻撃を仕掛けようとするが、男の銃撃により思うように行かないでいる。
「・・・・・・・!」
女は何か言っているが、聞き取れない言葉だった。
そんな間も男と靄は相対し、女や少年の傍から段々と離れていく。
「七志乃!」
女が声を上げると、男は呼応し靄めがけて銃を撃つ。靄はそう何度も食らうまいと身を避ける。
その一瞬、弾丸が放たれた刹那、女は空中の画面に手を添え空を見上げた。
チュン
男の放った銃弾は敵を捉えること叶わず地面を擦る。
靄は反撃に出ようと男へと向き直していると。
「縛!」
女が叫ぶ。すると靄の前後左右に突如空から四本の光の棒が降り刺さり、靄は降ってきた方を見た。次の瞬間、刺さった棒を対角とした四角の面が発光し、音もなく天空へと突き上がり光の柱となる。光の柱は数秒後には消え、その中に居た靄も跡形もなく消えていた。
「ちょっと大袈裟だったか」
女はクイとメガネを直すと、腰を抜かして座り込む少年に言う。
「あなた霊を撃つ時、人を呪わば穴二つ、って言ってるわよね?」
少年は声無く頷く。
「その穴の一つは霊、もう一つは何処だと思う?」
その質問には首を傾げる。
「よく自分の体を見てみなさい」
少年は言われるままに見える範囲で自身の体を見回してみると
「!」
何故今まで気付かなかったのだろう、
「穴、穴空いてる……」
服を通してでも解る、自身の体の至る所、大小あるが穴だらけだった。
「人を呪わば穴二つ掘れってね。呪いは自分に帰ってくるのよ。あと少ししたら貴方死んでたわ」
「お母様の依頼で貴方の力、封印しにきたの」
と言いながら女は少年へと歩み寄る。
「やめろ、やめてくれ!折角の力なんだ、他の奴らを見返す……」
「うるさい。こんな使い方をしてたらやがて自分が死ぬ。死ななくても縁が腐って誰からも相手されなくなるだけだ」
女はさっきと違う厳しい口調になり、少年の額に指を当て
「・・・・」
なにやら言った口元の記憶を最後に少年は意識を失った。
数日後。
少年が目覚めたのは病院の一室だった。看護師が部屋の扉を空け退室すると同時に父と母がなだれ込み心配そうにのぞき込んでくる。その目に浮かぶ涙を見たとき、少年は少し目が覚めた気がした。
部屋を出た看護師は、
「……唾つけたっ……と」
メガネをクイと直しながらそのまま病院を後にした。