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保険

誰でも保険に加入するのは迷います。こんな保険はいかが?

保険



ピンポ〜ン。玄関のベルが鳴った。


『誰だろう?』


私は面白いテレビを見ている最中だったが、仕方なしに玄関に向かいドアを開けた。


そのとたん、元気の良い挨拶をされた。


「こんにちは。〇〇保険会社と言います。」


「えっ、保険?保険会社には別に用がないので、いいです。」


断りを入れたのだが、間髪入れずに話し掛けてくる。


「とっておきの保険がありまして、あなただけの特別な保険です。」


それを聞いて、あたり前のような言い方なので言い返した。


「普通、自分の保険に加入するでしょ?他の人の保険に入るなんてこと、あるわけないでしょ。親族なら考えられないこともないけど。それに保険に加入したところで、今年、保険金の未払いが多過ぎだから加入しません。」


私がドアを閉めようとしてもその保険外交員の右手で阻まれ、閉めようにも閉められなかった。


保険外交員は、なおも続けて言った。


「今ならお得な3枚綴り『災害なし取り戻しチケット保険』を発売しております。」


「はあ?災害なし取り戻しチケット保険?それって、保険なの?」


私はあっけに取られて、声を出してしまった。そんなものは他の保険会社でも聞いたことがない。私は少したじろんでしまった。


その隙をついて、保険外交員は話しを続けた。


「私は〇〇保険の〇〇と言いまして、いま売り出し準備中の特別な保険、災害なし取り戻しチケット保険をあなたにお売りしたいと思います。いかがですか?」


「何ですか?その災害なし取り戻しチケット保険って。一体、どんなものなの?」


いつの間にか、私は興味を持っていた。


「それは例えば、あなたが最近流行りの電気自動車で事故を起こしたと仮定します。その時にこのチケット保険を取り出して、『その事故が無かったことにして下さい。』と祈りながら、このチケット保険を両手で持って真ん中の辺りからちぎり、2枚にします。すると、あら、不思議。その事故が起きる前の時間に戻ります。ちぎった後のチケットは、消えて無くなります。どうです?3枚のセットで、今だけ格安の¥19,800ですが。」


「そんなものがあったら、皆が加入するでしょう?」


「そうありたいです。申し訳ありませんが、正直言いまして、あなたが1番最初のお客様なのですよ。ですから、1年間のモニターということで、特別な価格なのですよ。その後、大々的に発売する予定になっております。


「そんなものは、いらんよ。」


「そう言わず、お試しの2枚でもよいので、どうですか?」


「2枚でいくらなの?」


「2枚では通常¥16,500のところを、おおまけして¥12,000にします。さらに、最近開発された当社のカード電話をお付け致します。ですから、いかがでしょうか?」


「その、カード電話って、何?」


「それは名刺サイズのカードで、何かあった時に当社に直に連絡が取れる電話システムになっております。使い方は簡単で、ここの右端のボタンを押すだけです。」


保険外交員はいつの間にか手にカード電話なるものを持っていて、説明をしてくれた。


「確かに、簡単そうだね。」


「はい、大変便利で最近お渡しをしたお客様に好評ですよ。」


「実際、使ってみたいものだよ。」


「分かりますが、それは、何かあった時に使ってみて下さい。」


「それでは、どうでしょう?このカード電話をお付けして、尚且つ、このチケット保険を使用した時に効果が無い時は、払い戻しを致します。これでいかがでしょうか?」


「分かったよ。加入するよ。ちょっと待っていて下さい。お金を取ってきますから。」


私は部屋に置いてあった財布よりお金を取り出し、保険外交員にうやうやしく手渡した。


「ありがとうございます。それでは、これが私共の会社のパンフレットと約款、それと、私の名刺です。それではもう一度、チケット保険の使用方法をご説明させていただきます。チケット保険の使用方法は、先程言いましたように。。。」


「分かったから、いいよ。何回も説明しなくても。」


私は保険外交員の説明を遮った。


「チケット保険の真ん中の辺りで願いを込めてちぎって、2枚にすればいいんでしょ?」


「はい、そうです。良く理解していらっしゃる。その他、何か不都合なことがありましたらご連絡下さい。」


「結局、私はその保険外交員に押し切られて、災害なし取り戻しチケット保険なるものに加入してしまった。」


「あっ、大事な事を忘れていました。こちらに、あなたのサインをして下さい。2枚ともあなたのサインがないと無効になるところでした。」


「あの〜、大丈夫?大事なことを忘れないでくれよ。」


「申し訳ありませんでした。とにかく、今のうちにサインをして下さい。」


保険外交員の指さすところをみると、災害なし取り戻しチケット保険の裏側に署名の欄があった。


私はそこにサインをした。


「これでいいですか?」


「はい、恐れ入ります。これで大丈夫です。それでは、どうもありがとうございました。」


保険外交員はお辞儀とともに、玄関のドアを閉めて立ち去った。


そして、ある日。


私は運悪く、電気自動車で会社に行く途中、本当に事故に遭ってしまった。


信号無視をしてきた電気自動車に、ぶつけられてしまったのだ。


朝の出勤の7時30分。なんて、ついていない日だ。会社に連絡を取り、休む旨を伝えた。


それにもまして、私は頚椎捻挫をしてしまったようだ。


そんな時、ふとあのチケット保険の存在を思い出した。


嘘でも一応、試してみよう。


病院から家に帰って、チケット保険を取り出した。


とにかく、試す時が来たのだ。まあ、嘘でもしょうがない。ダメな時は、払い戻しをしてもらえばいいのだから。ものは試し。とにかくやってみよう。


そんなことで、私はあの時、あの保険外交員が言っていたように、そのチケット保険を両手で持って、『あの事故が無くなりますように。』と祈りながら、真ん中の辺りからちぎり2枚にした。すると、突然、頭が『ボーッ』として目の前が真っ白になり、その場に倒れたような気がした。



私はけたたましく鳴る目覚まし時計のベルで、目を覚ました。


「夢を見ていたのかな〜?変な夢だったよな〜。」


時計を見ると、朝の6時を示している。しばらく、『ボーッ』としていたが、会社に行かなくてはならないことを思い出した。


早速、朝食をとり、支度をして、急いで電気自動車で会社に向かった。

ただ、夢で見た信号のところでは十分に気をつけた。


『キ、キ、キーッ』


夢と同じ信号の所で信号無視をしてきた電気自動車がいて、危うく事故を起こしそうになった。


「危ない、危ない。あと少しで、事故になるところだった。」


「ところで、『えっ?!』夢で見たのか、確か、私は、ここで事故を起こしたのだよね〜?」


「あの時間は、。。。」


私は、さらに驚いた。夢で見た私の腕時計の時間が一緒だった。


7時30分。


「正夢?それとも、チケット保険のおかげ?」


私は、納得できないまま、会社に向かった。


仕事中も、何度となく考えてしまい、手に付かない有様だった。

そして、ようやく退社の時間になり、家に帰ってからチケット保険を取り出す。すると、1枚が無くなっていた。


「と、言うことは、あのチケット保険は紛れもない『ほんもの』だったのか〜。」


「信じられない。こんな事なら、もっと加入しておけばよかった。」


人間と言うものは性懲りもなく、欲が出るものだ。


「しかしながら、このチケット保険のおかげで事故が無いものとなったのだ。」


そんなことのあった数ケ月後、私は出張で1人用の宇宙船に乗り、月に行くことになった。


今では月の開拓も進み、企業の進出がこぞってされている。月の内部にある地下資源が、今、注目されているのだ。


私はその取引に向かうことになったのだった。


そして、なんとなく嫌な予感がしたのだが、例のチケット保険がもう1枚あるので、安心して出張先の月に向かった。

会社には私が持っているチケット保険を自慢して、今回の出張に対する他の保険の加入は、一切断った。


その代わり、会社で多少の出張費用を上乗せしてくれた。


地球を離れて、まもなくすると、宇宙船内に機械音声によるアナウンスが入った。


「定期運航されているわが社の1人用宇宙船にご搭乗いただき、ありがとうございます。この1人用宇宙船は、月と地球の間を自動運航させていただいております。

わが社は、〇〇保険会社と提携して、この宇宙船を開発致しました。また、この宇宙船は機械音声にて。。。」


「すごいな〜。あの〇〇保険会社はこの宇宙船にも携わっているんだ〜。」


その後、睡魔に襲われ、いつの間にか眠っていた。


どの位、眠っていたのか分からないが、うるさい機械音声のアナウンスで目が覚めた。


「この宇宙船のエンジンに異常が起きました。ただ今、自動修理にて対応しております。慌てずに、落ち着いておられますようお願い致します。」


「いちいちこんな事で、起こさないで欲しかった。」


「やはり、何か嫌なことが起こると思っていたが、宇宙船のエンジントラブルの発生だったんだ。」


変なことで納得してしまった。


「地球からかなり離れた時のエンジントラブルか〜。」


機内の機械音声のアナウンスでは、ひっきりなしに安全を伝えている。


「大丈夫ですから、ご心配なさらないで下さい。」


しばらくして、その言葉も空しく、宇宙船のエンジンだけでなく、すべての機能が止まってしまった。


機械音声のアナウンスさえ、黙ってしまった。


だが私には、例の災害なし取り戻しチケット保険がある。暗闇の中でもすぐに取り出せるように、胸のポケットに入れておいたのだ。


こんな状況下でも落ち着いていられるなんて、不思議でもある。


「さて、使う時がきたぞ。」


私は胸のポケットよりチケット保険を取り出した。


そして前回と同じようにそのチケット保険を両手で持って、『このトラブルが無くなりますように。』と祈りながら、真ん中の辺りからちぎり2枚にした。すると、あの時とまったく同じように、突然、頭が『ボーッ』として、目の前が真っ白になり。。。


「あ〜ぁ、良く寝たな〜。久しぶりに寝たように思える。」


「ところで、ここは、どこ?」


呆然とする頭の中で、ここがどこなのか理解しようと、必至だった。


そこへ、機械音声のアナウンスが入った。


「また、この宇宙船は、機械音声にて、時折、アナウンスをさせていただきます。現在、地球が右手後方に見えております。ごゆっくりと、宇宙船の旅をお楽しみ下さい。」


見ると、地球が美しく青色に輝いている。


「きれいだな〜。ずうっと、見ていたいほどだよね。」


でも、私は、何かを忘れているような気がしていた。


なんだか、聞いた事のある機械音声のアナウンス。


うぶろげながら、思い出してきた。


「確か夢の中で宇宙船に乗って、月へ出張だったんだよね。そして、その宇宙船のエンジントラブルで。。。そして、。。。」


「えっ?」


胸のポケットを探ってみる。


チケット保険が無い。すると、。。。


「何で?」


「何で、なんで〜?」


私は、同じ宇宙船に乗ってしまっているようだ。


私は慌てて、あの保険外交員にもらったカード電話を使用して連絡を取った。


「どうかなされましたか?私は、〇〇保険会社の〇〇です。」


カード電話に出たのは、あの保険外交員だ。


「どうかしているから、カード電話をしているんじゃないか!」


「とにかく、落ち着いて下さい。何があったんですか?」


「落ち着くなんて、無理だよ。とにかく、なんとかしてくれ。」


「ですからなんとかしてあげたくても、状況が分からなくてはどうしようもありませんよ。」


そして、私は少しずつ落ち着くようにして、事の成り行きを保険外交員に説明した。


保険外交員は、私の状況を理解したようで返事をしてきた。


「そうですか、これは災害なし取り戻しチケット保険の欠点なのですね。」


「そんな悠長なことを言っている場合じゃないよ。すべての機能が止まったってことは、やがて、酸素だって無くなっちゃうんだぞ!」


「確かに。。。普通の災害の場合であれば、数時間前まで戻れれば、災害が回避されるはずなんですが。。。

この場合、無理だったようですねぇ。」


「そんな〜。何なんだよ、それ。何とかしてくれよ!!」


「宇宙船のトラブルねぇ〜。


でも、おかげさまで、このチケット保険の欠点が良く分かりましたよ。


このことも、約款に追記しておくよう、会社に報告しておきます。


モニターとしてのお役目、ありがとうございました。


どうぞ、救援が向かうまでお待ち下さい。


ですがその救援保険、あなたは未加入ですから、私どもの保険会社での救援手続き費用等は、お高くついてしまいます。


それでも、救援をお呼び致しますか?どう致します?


あぁ、忘れていました。そう言えば、災害なし取り戻しチケット保険の効果が無いようなので、払い戻しを致しますが、その金額では、今回の救援手続き費用等は、到底まかなえませんので、あしからず。


金額の桁が、まったく、違いますからね。


それでは、ゆっくりとお考えになってどうするか、お決めになって下さいね。」




― F i n ―




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