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オイルランプ

こんなオイルランプが欲しいな。

オイルランプ

(2024年2月29日 改訂)


自分はごく普通のサラリーマン。レトロな品々が好きで出かけ先で気に入ったものがあれば購入して集めている。例えば、鉄瓶やオイルランプなど。


従って、旅行では観光も大事だけど、骨董屋を見つけることがひとつの楽しみとなっている。


そして久々の連休を利用して旅行に出かけ、そこにある商店街の一角に一軒の古めかしい木造家屋を見つけたのだった。


その軒下には大きなガラス張りのショウウインドウを備えた骨董屋だった。そのショウウインドウに、さまざまな古めかしい品々が飾られていたが、そんな品々の中に埋もれて置いてあるひとつのものに、すぐに釘付けになっていた。


それはイギリスのオイルランプ。値段はそれなりにしたが、そんなことは自分にとってどうでもよかった。


店内に飛び込むやすぐに、大声をだして店員を捜した。


「すみません。あそこにあるオイルランプをいただきたいのですが。。。」


そこのお店の方は何事が起きたのかと思う顔つきで、奥の部屋から出てサンダルを履いてきた。


「お客さん、慌てなくても大丈夫ですよ。ここの店にいるのは、あなたと私だけですから」


店主はショウウインドウからオイルランプを取り出しながら話を続けた。


店主によると、そのオイルランプは1900年初頭に使用されていて、今ではとても希少なものだそうだ。


それはずんぐりむっくりした落ち着きある形で、小さいながらも存在感がある品物だった。


「でも、本当にちょうどよかったですね。。。先ほど、ご年配の方がこれをお持ちになられたところですよ。なんでも不思議なオイルランプらしいです」


「不思議なオイルランプ?」


「そう、不思議なオイルランプ。そのことについてお聞きしたのですが、詳しくお話ししてくれませんでした。よくはわかりませんが、使っているうちにわかるそうですよ。ああ、それとこれは専用オイルなので、これもお付けします」


自分は一目惚れ(ひとめぼれ)したオイルランプを手にすることができた。本体の色は黄色で、ほやはミルクガラス。


自宅に持ち帰ると同時に、箱の中からクッション材で丁寧に巻かれたオイルランプを解き放した。


それからオイルランプに専用オイルを入れて、芯に徐々に染み込んでいく様子を見て楽しんだ。


アパートの窓の外では、まだ明るい中で、子供たちの無邪気な楽しげな声が響いている。


自分は夜になるのが待ち遠しかった。せっかくなので、自然な暗がりの中でこのオイルランプの灯を楽しみたいと思っていたのだった。


オイルランプに灯がともるのを想像しながら時間が経つのをひたすら待ち侘びた。


窓を通して見る空の色が茜色に変わるころ、いつの間にか外は静まり返り、お寺の鐘の音が柔らかく、ゆるやかに響き渡ってきた。


『ゴ---ン、。。ゴ--ン、。。。。。。』


6回響き渡り、それとともに鳥の群れが、ねぐらに飛んでゆくのが見てとれた。


待ちに待った時間が近づいてくる。


自分は辺りも充分暗くなったところで、ワクワクしながらほやを外してオイルランプの芯にライターで火を入れた。


炎が現れたところで、ゆっくりとミルクガラスのほやをかぶせた。


暗がりの中に暖かいオレンジ色の輝きが揺らめくこともなく、部屋をぼんやりと灯し、オイルランプを中心として微かなうっすらとした影があちらこちらに広がった。


言うまでもないが、裸電球で照らされた明かるさとは程遠い。この明るさが、このオイルランプのたまらない魅力なのだ。


柔らかいオレンジ色の光を見ているだけで、時間の過ぎるのを忘れられる。


それから数日過ぎたある日、会社で些細な(ささいな)ことで上司に怒られてしまった。そんな気持ちを落ち着かせるために、自分はオイルランプの灯で癒しを求めることにしたのだった。


火をつけると、芯を多く出していないにもかかわらず、小さな炎が突然大きな光となり、驚くほどの明るさになった。


炎の明かりが落ち着くと、ただ何も考えずにボーッとオイルランプの灯をみつめていた。


『何を考えていたのだろう?きっと、たいしたことではないのだろう。気分がすごく爽やか(さわやか)になった感じだ』


それからというもの、何か嫌な出来事や忘れたいことがあれば、そのオイルランプを灯すことにした。すると間違いなく、それらを消し去ってくれた。灯を消す頃には必ず清々しい、どこかでのんびりと過ごしたような気持ちにしてくれるのだった。


それに、良い出来事や楽しい思い出は、オイルランプを見ても忘れることなどなかった。


そんなある時、自分は恋に落ちた。


知り合ったきっかけは、旅先だった。


彼女とその旅行で一緒に観光地巡りやそこでの昼食を楽しんだ。そんなこともあり、連絡先を交換し、お付き合いすることになったのだった。


傍目(はため)からは、あまり釣り合っていない感じだとよく言われていたが、自分は気に留めずにいた。


何度となくデ-トを重ねるうちに、彼女にもあのオイルランプの魅力を知ってもらいたくて、自宅に呼んだ。


少しは片付けた部屋の中で、自分が持っているオイルランプでロマンチックに浸る(ひたる)ために灯したのだった。


すると見たことのないまぶしい炎が勢いよく立ち上がったのだった。そしてその炎はいつまでも燃え上がり、おさまることを忘れているように思えた。


まるでオイルランプ内の全てのオイルを燃やし尽くしてしまうような勢いで燃えていた。


ようやく炎がおさまると、自分はいつものように清々しい気持ちになっていた。


ただ、自分の目の前に見たこともない知らない女性が、ぽつんと座っていた。


その女性も落ち着かない様子で、慌てて自分の部屋から飛び出して行った。


『いったい、誰だったのだろう?』


思い出そうとしても思い出せないでいた。疑問は残っていたが、間違えてこの部屋に来てしまったに違いないと考えることにした。


この時の自分にとっては、目の前で灯るオイルランプの美しさに見とれていれば、それだけで良かったのだ。


何故かその日以来、灯すだけでももったいない気持ちになり、小さな飾り棚の中に飾ったのだった。


それから半年ほど過ぎた頃、自分は同じ会社で勤めている女性と付き合い始めた。


彼女は小柄で笑った顔がとっても可愛い娘だった。周りの人達からはお似合いのカップルだと羨ましがられた。


自分は結婚に対して憧れもあったのかも知れないが、すぐさまプロポーズをして結婚することができた。


家族、友人、知人、周りの人達からは祝福された。


ただその後、すべて順風満帆(じゅんぷうまんぱん)とはいかなかった。


結婚してから2年ほど後、。。。口論が始まった。


「あなただって、好き勝手に遊んでいるくせに。。。」


「よく言うよ。そんなに遊んでいるつもりなんかないぞ。おまえだって、好き勝手に遊び回っているじゃないか。。。もうわかったよ、そんなことなら別れよう」


「わかったわよ。いいわよ。そうしましょう。私、実家に帰るから。。。」


妻はものすごく不機嫌になり、隣の部屋に行き、荷造りを始めた。


喧嘩をして、軽はずみに出てしまった言葉。


後悔しても後の祭りだった。


自分はテ-ブルを前に無言で、ぶぜんとした態度で胡座(あぐら)をかいていた。


あんなことを言ってしまたが、当たり前のように自分の心は落ち着かず、妻との絆を断ち切りたいなど、これっぼっちも思っていなかった。


そんな時、ふと、飾っているオイルランプが目に飛び込んできた。


『これだよ。これ』


自分にとって残されたわずかな希望を胸に、急いで飾り棚からオイルランプを引っ張り出した。


自分は改まって正座をして、テ-ブルの上に置いた目の前の小さなオイルランプを凝視した。


そして、一呼吸置いてからオイルランプの芯に火を入れ、部屋の照明を消した。


蒸発せずに残っていたわずかなオイルで、自分の心と同じように心細い炎で、かろうじて灯してくれた。


『オイルランプを灯すのはいつ以来のことだろう』


自分は灯が消えないようにほやの横からさらに両手を重ねて、そのオイルランプを静かに見守った。


計り知れない時が、永遠に続くように流れてゆく。


自分はうっすらと灯すオイルランプを眺めることによって、小さな希望の灯を見出すことができた。


暗闇の中から救いの灯で次第に大きく照らされ、妻の見たくなかった行動や嫌いになった原因の全てを燃やしてくれた。


そして自分のいる部屋の片隅で様子をそっと覗いていた妻も同様に、嫌な出来事を完全に消し去ることができたのだった。


いつしか出会った頃の気持ちに戻れたふたりだった。




それから、。。。



静寂に包まれた時間の中で、微かなオレンジ色で映された散らばった影の中から、長く伸びた大きなふたつの影だけがゆっくりと近づき、ひとつに重なった。


それからオイルランプは役目を終え、安堵したかのようにゆるやかな白い吐息を吐いて、部屋を暗くした。


ふたりはこの不思議なオイルランプのおかげで、最高に幸せな気持ちを取り戻したのだった。


「愛する君へ、。。。いつもありがとう。これからもよろしく」


「大切なあなたへ、。。。ありがとう。これからも、。。。末永くよろしくね」


― F i n ―

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