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わかってよ。

通じ合うのは難しいことなのかなぁ?

わかってよ。




ここは『手相占いの館』。


お店の名前。誰でもすぐにわかるようにした。


繁華街から少しはずれた裏通りに面したところにあり、人通りはまばら。ここに店を構えてから、あっと言う間にかれこれ一年以上になった。


私は25歳を少しばかり超えた乙女。


私の顔?ご想像におまかせ。


私は今日の夕方も小さな机の後ろに座り、目の前にある丸椅子にお客さまが腰かけてくれるのをぼんやりと待っている。


机の上には手相占いで使う紙と鉛筆。


昼夜を問わず、女性のお客さまが圧倒的に多い。


『占い内容はほとんどが恋愛に関するものかなぁ?まあこれは、個人情報をばらしてしまうことにもなりかねないので、ひ、み、つ』


平日の夕方5時を過ぎるとちらほらとサラリーマンが飲み屋に向かい出す。


そして、一杯ひっかけた帰り道に、この『手相占いの館』に立ち寄ってくれる可能性がある。


ぼんやりと通りを眺めていると、久しぶりに男性客が来店した。


私は目を輝かせながら接客を開始した。


「いらっしゃいませ。どうぞ、お座りになってください。今日はどんなことをお知りになりたいのですか?」


その男性は背広の上にコートを着ていたが、そのコートを脱ぎながら丸椅子に腰かけた。


見た目では30歳を少し回ったくらいで、顔が整ったがっちりした体型をしていた。


「初めて手相占いに挑戦してみるのですが?」


「あらっ、そうなんですか?なんでも、お聞きになりたいことをどうぞ。その前に、年齢だけ確認してもよろしいでしょうか?」


「えぇ、いいですけど。ここは占いのお店なのだから、当ててみてくださいよ」


男性のいじわるそうな目をみながら、しばらく考えてから応えた。


「32歳かしら?」


「わっ、すごい。その通り、32歳です」


私は当てたことで内心、ホッとした。


「それでは、何をお聞きになりたいですか?」


男性は私が年齢を当てたことで、占いが当たると信じてくれたようだ。


「ん~、じゃあ、これからの仕事運がどうか、お願いします」


「仕事ですね?それではまず、左手を出してみてもらえますか?」


私は男性の手相から、この人の性格を読み取ろうと眺めまわした。


『この人は、優しくて、温厚な人のようね。と言うことは、周りに敵が少ない。だから、なにはともあれ、問題なし』


私は男性に向かって、机の上にある紙に鉛筆で印をつけながら、問題なく仕事がこなされてゆくことを伝えた。


「そうですか。心なしか安心しました。

今のこのご時世、先が分からないから怖くて。会社なんて、すぐにクビだの、リストラだのと言うようになってしまったからね。嫌な世の中になったもんだ」


「まあ、本当ですわね。それでは、もっと明るいことを占ってみません?」


「例えば?」


「それは、お決まりの恋について」


男性はちょっとばかり恥ずかしそうな素振りを見せた。


私はすかず、もう一度男性の手のひらを眺めた。


『この人はなかなかの貯蓄ができる人のようね。と言うことは、無駄遣いをしないタイプ。恋愛に関しては奥手のようだわ。ん~、この人は久しぶりにみる文句なしの人ね』


私は何気なく男性に付き合っている人がいるか訊ねた。


「今、どなたかとお付き合いされていますか?」


「今は残念ながらいないのですが。。。」


「それでは周りに気になる人はいないのですか?」


「それも、残念ながら。。。」


私はちょっとばかりしつこくなって言った。


「意外と近くに居すぎて気づかないだけじゃないかしら。。。」


「そんなものですかねぇ?」


「そうよ、間違いないわ」


「え~と、やはり、そんな相手はいないと思いますが。。。」


私は男性の顔を眺め、応えを促した。


「そうかしら?あなたの手相を見る限り間違いなく、すぐ近くにいるようなんだけど。。。よく考えてみて」


私は両手で目の前にいる男性の手をさわりながら、私の服の隙間から胸元をちらつかせ、占っているふりをした。


男性はしばらく私の一点を見つめていたが、思いついたような顔の表情に変わった。


「あぁ、そうか、わかりました」


「わかりました?」


私は期待とともに男性の応えを待った。


「きっと、あの娘だ。会社の下請けにいるあの娘だ」


「えっ?あの娘?あっ、こっちだけの話」


「そうか、あの娘だったんだ」


男性はひとり納得していた。


「ありがとうございました。おいくらお支払すれば宜しいですか?」


私はためらいながら応えた。


「〇〇〇円でよろしくてよ」


男性はお金を支払い、すぐに立ち去っていった。


『ちぃ、えっ、。。。残念だったわ。また今回もダメだった。誰かひとりぐらいでよいのに、誰ひとり気づいてくれない』


『ものすごいヒントを与えているはずなのだから、なんとか気づいてくれると思うのだけど。。。仕事柄、こちらから言い出すのも変だし、相手がびっくりしてしまうでしょうから』


『あ~ぁ、さっきの男性は、顔良し、性格良し、稼ぎ良しで年齢も近くての文句なしの人だったのに。。。』


『私はまだ独身。早く結婚したいので、ここで手相占いをしながら手相の良い人を捜しているのよ。出会いだけは数たくさんあるのだけどなぁ。。。』


恋い焦がれる気持ちを抑えつつ、私は右手に持った鉛筆の先を使って、私の左手の小指の根元に一本の筋ができるようになで始めた。


今度こそ、次にくる男性が私の王子さまであるように、願いを込めながら待ちわびていた。




― F i n ―




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