写真 Ⅵ
写真V の続きです
「だって今までの経験からすると、愛ちゃんは普通に存在することになっているじゃない?そうなんだよ。きっと、間違いないよ」
自分ははやる気持ちを抑えきれずにいた。
そこで愛ちゃんにそのことを試してみて欲しくて訊ねたのだ。
「挑戦してみない?」
「良いよ」
愛ちゃんはなんの迷いもなく、ひとつ返事でO.K.してくれた。
「それじゃ、すぐに準備に取りかかるね」
自分は早速デジカメを準備して、先ず自分の部屋の写真を撮った。
デジカメのシャッター音が静かな部屋に鳴り響く。
『カシャッ』
そして自分はデジカメの液晶モニターで写った状態の確認をする。
「写真の状態良好だ」
それからパソコンで印刷をする。ずいぶんと便利な世の中になったもんだ。
自宅でこんなに簡単に写真ができてしまうとは。。。普段のことであるなら、別段なんのこともなく印刷を済ませてファイルに閉じるだけの作業で終っていることなのだろうが。。。
だが今回はいつもとまったく違う。その目的は実物の愛ちゃんに会うために写真を印刷するのだ。
いつの間にか手が震え出している。感情の高揚しているさまが自分自身でも手に取るように分ってしまう。
そして、いよいよ愛ちゃんの出番だ。自分は愛ちゃんのいる写真と今出来たばかりの写真をそれぞれの左右の手に持った。
「準備ができたよ。愛ちゃんの気持ちの準備はO.K.かな?」
「私はいつでもO.K.だよ」
自分の心臓はバクバク音を立てて頭に響いてくる。
「いつものように移動をしてみてね。恐らく自分が考えているようになると思うんだ」
「そうなるといいよね。私もわくわくする」
愛ちゃんはいたって落ち着いているようにみえる。
「それじゃ、やるよ」
「早くしてよ」
愛ちゃんから急かされてしまう。
「それじゃ、1、2、のハイで合わせるね」
「分ったから、早くしてよ。1、2のハイね」
自分は少しずつ2枚の写真を近づけていった。
「それじゃあ。。。1、2、のハイ!!」
自分は2枚の写真を重ね合わせた。するとこの部屋がまぶしい太陽のように数秒の間、激しく輝いていた。その後で元の部屋の明るさに戻った。その影響もあり自分の目がなじむまでしばらく時間がかかっている。
そして自分は焦る気持で周りを見渡している。
「浩君」
部屋の片隅から愛ちゃんのかわいい声が聞こえてくる。
自分は声に導かれるようにその方向に目を走らせた。
「やっと逢えたね」
紛れも無い愛ちゃんの声だ。目をしばたたくと、ぼんやりと愛ちゃんの姿が見えてきた。しかも、昔ながらの愛ちゃんの姿が。。。普通の人間としての愛ちゃんの姿。
自分は嬉しさのあまり、すぐにでも抱きつきたいくらいだった。
「成功だ!!ヤッタ〜ッ!!!!!!」
無意識の内に自分は叫んでいた。
「またこうやって会えるなんて本当に嬉しい」
愛ちゃんは涙を浮かべながら自分を見つめていた。
自分も愛ちゃんにつられて、嬉しくて自然に涙が溢れ出てきた。
そして2人は抱き合った。今までの時間を取り戻すかのように。。。
それからどれほど時間が経ったことだろう。。。
「そうだ、これから今までの分を取り戻すためにも、デートに出かけよう」
自分は愛ちゃんに向ってささやかな提案をした。愛ちゃんは静かに頷いた。
自分は愛ちゃんの手を取り部屋を出た。
だけど愛ちゃんの手の感触が突然なくなってしまった。一瞬のことに自分は戸惑ってしまっている。
『えっ?どこに行っちゃったの?』
自分が部屋に戻ると愛ちゃんはそこに立ちすくんでいた。
「私、ここの部屋から出られないみたい。。。」
でも愛ちゃんは確かに存在する。
『だけど、なんでこの部屋をでると、いなくなってしまうのだろう?海外では、あんなにあちらこちらと出かけられていたというのに。。。』
それこそ謎だった。ただ愛ちゃんは寂しさを隠し切れずに立ちすくんでいた。
自分はなす術もなく愛ちゃんを見つめていた。
「ここの部屋から出られないみたいだね」
「そうみたい」
愛ちゃんの気落ちした返事が心なしか自分の胸を苦しめた。
「でも、こうやって普通に再会できたのだから感謝しなくちゃ。。。」
自分は愛ちゃんの気持ちを少しでも和らげたくてそう言ったのだった。
「確かに、この部屋の中であるのなら、浩君と触れ合うことができるんだものね。感謝しなくちゃ」
「そうだよ。自分としてはそれだけでも感謝感激だよ」
「その通りよね」
こうやって2人で会うことが許される場所となったのだった。
「愛ちゃん、しょうがないから、お出かけする時はまたほかの写真に移動してね。でないと、どこにも行けないようだから。。。がまんしてね」
「そうだよね。仕方ないことなんだよね。その時はどうせだから、あのクイーンズタウンにもう一度行ってみたいな?」
「だけど自分と普通に会う事が出来ることが分ったんだから、これは凄い事だよね」
自分の興奮状態はなかなか収まらずにいた。
「考えてみれば本当に信じられないよね」
愛ちゃんも興奮している。
「ただ誰かが来た時は急いで写真の中に戻らないとだめだよ」
「浩君が心配しなくても、分っているって。。。」
「なら良いけど。。。」
その後で自分は再びあのニュージーランドのクイーンズタウンの写真を取り出した。
それから愛ちゃんをクイーンズタウンの写真に移動させてあげたのだった。
このことが、のちのちの運命のいたずらとなってしまうことになるとは。。。
それから『愛ちゃんの部屋から出るといなくなってしまう謎』もやがて解明される時がくる。
(喧嘩)
いつも愛ちゃんと一緒にいるとつい自分は小言も言いたくなってしまった。これが大きな、大きな間違いになるとも知らずに。。。
「あ〜ぁ。たまには、ひとりで過ごしたいよな〜」
つい自分は愛ちゃんに向かって声に出してぼやいてしまった。
「なんだぁ。そんなにひとりで過したいなら、勝手に過ごせばいいじゃない」
そんな自分の声を聞いてか愛ちゃんも反論してくる。
「そうは言っても愛ちゃんをほったらかしにして出て行く訳にもいかないだろう?」
「いつだって浩くんは自分が思った通りに物事が進まないと怒るじゃない」
「そんなことないよ」
「そうよ。私だってたまにはひとりで過ごしてみたいよ」
「わかったよ。じゃあ、勝手にひとりで過ごせばいいじゃないか」
「そうさせてよ」
「ああ、そうしてあげるよ」
自分はそう言い残し、玄関の扉を勢いよく閉めて外出した。
すごく、くだらないことで言い合いになり、部屋を飛び出して来てしまったものだと、自分は後悔していた。
***** その後の部屋に取り残された愛ちゃん *****
「あ〜ぁ、本当に出て行っちゃったよ。そんなことで出て行かなくたっていいじゃん。まさか本当に出て行くとは思わなかったよ」
「私なんて出て行きたくたって行けないんだよ。まったく。冬だから部屋に置いてある灯油ストーブを点けたまま、出て行ってしまった。せめてストーブくらい消して出ていったって良いのにね。まあ暖かいから良いけどさ。それにしてもストーブを点けながら、部屋の窓も開けておいて、そのまま出て行ってしまうなんてどうかしてるよ。だからカーテンがひらひらと風に吹かれてストーブの近くを行ったり来たりしてるじゃない。見ていて気が気じゃないよ」
「まあ、確かに自分にも悪いところがあったと思うよ。だけど納得いかないよ」
ひとりでぶちぶち小言を言っている。
「浩君だってさ、私のこと全然わかってないじゃない。私がどんな気持ちでこの写真の中にいるのか考えてみて欲しいよ」
そうこうしている内に恐れていたことが起きてしまった。
『パチ。パチッ』
自然と目がそちらの方へ向いてしまう。すると再び音がする。
『ボワッ!』
次の瞬間オレンジ色の揺らめくものが私の目に映る。
「えっ、えっ、えっ、えっ、えっ?!!」
声がつまってしまうがどうしようもない。
みるみるうちに炎が天井めがけて燃え上がってしまった。
「うわ、うわ、うわ、大変。火がついちゃったよ〜。どうしよう」
『ふう、ふう、ふう』なんて、口で風を送ったところでなんの効果もあるはずもなく。。。
慌てふためいてもクイーンズタウンの写真の中だからなす術がない。
『この写真がせめて、ここの部屋の写真ならば良かったのに。。。』
と願っても無駄なことだった。
「それよか、どうやって逃げたらいいの?このまま、ほんとうに成仏しちゃうよ〜」
『助けて〜』と大声を出したところで写真からの声ではたかがしれている大きさだろう。それにもまして人がいるわけもないのに声だけが聞こえたらそれこそ大騒ぎになってしまう。それでも。。。
「助けて〜!!浩君、早く帰ってきてよ〜!!!」
悲痛な叫び声を出しても誰にも気付かれずにただ虚しく時間だけが過ぎて行く。
その間にも炎は容赦無く部屋の中にある全ての物を包み込もうとしていた。
誰かが連絡したのだろうか、消防車のサイレンが近づいて来る。
「でもそれまで、もちそうもない。なんとかして逃げなければ。。。そうだ、ここは窓のすぐそばだ。そして窓も開いている」
***** 一方、外出した自分 *****
自分は先程の喧嘩した気持をコンビニで落ち着かせてから家に向かっていた。
家に近づくにつれ、なんだか物騒がしいサイレンの音も近づいてきた。
『えっ?火事?どこが火事なんだろう?』
そう思いつつ、いつしか足取りは速くなっていた。
『うっそ〜!なんで。なんで、なんで自分の住んでいるアパートが火事なの?それも自分の部屋が火事だなんて。。。』
狐につままれた感じとはこういうことなんだろう。
『愛ちゃんと喧嘩して、すぐ家を飛び出て来たけど、あの時ストーブを消さなかったから何かに引火してしまったのか?それとも放火?えっ、えっ、えっ?そんな〜?そんなことより、そうだよ。写真。愛ちゃんを助け出さなくちゃ』
自分の気持は混乱している。そして焦っているのだけど、消防隊員に阻まれ家に近づくことが出来なかった。
「危ないですから近づかないで下さい」
消防隊員の人がロープを張ってそこより近づかないよう規制していた。
『家が火事になってしまった。ああ、どうしよう』
あの時、愛ちゃんと喧嘩をして家に写真を置いてこなければよかったと後悔していた。
後悔しても後悔しきれない状態だった。とにかく家のすぐそばで、ただ眺めているしかない自分が情けなかった。消防隊の人達も一生懸命に消火活動を行っている。野次馬も次から次へと集り、もみくちゃに押された。
「危ないからこれ以上は近づかないで下さい。」
再び注意をされても、目が自分の部屋に向いて離れられないでいた。
熱風が自分の方に漂い、時折、灰が舞って降り注いでくる。
自分は汗をかきながら、ただ一刻も早く消火されることを願っていた。
***** 再び部屋に取り残された愛ちゃん *****
愛ちゃんは気が付くと写真の外に飛び出し、写真を引っ張って窓から外に投げ出そうとしていた。
「『うわ〜。私は写真の外に出られるんだ?』今はそんなことに感心している場合じゃない」
このまま写真を外に投げ出さなくちゃ。火事場のバカぢからとは良く言うものだ。
『人間でいられた時の写真はこんなに重くなかったのに』
ようやく重い写真を引きずって窓の近くに辿り着いた。
「うわ〜、高〜い」
2階だって言うのに私には高層ビルにいるような感じさえする。
あの時、浩君に言った『バンジージャンプをもっと楽しんでみればいいのに』なんて言った言葉を後侮した。安全性は遥かに違うのだろうけど。。。
「とにかく、そんなことを恐がっている場合じゃない。よ〜し、せ〜〜〜の」
最後の力を振り絞り、写真を外に向かって押し出した。そして、すぐに私は写真に飛び乗った。すると、すぐさま写真の中に戻っていた。
「あ〜、間一発、助かった〜」
『だけど熱すぎだよ。もう、ぐったりだよ〜』
その後はひらひらとなすがままに飛ばされていた。
『この先はどうなるのかわからないけど。。。』
***** 再び外にいる自分 *****
自分が熱さで汗を拭ったその時だった。何かひらひらと舞って落ちてくるものがあった。
もしかしたら、あれは。。。自分は淡いかすかな期待を持ちながら、その舞って落ちていく方向に急いだ。
『ひら、ひら、ひら』
風に流され何かが落ちてくる。
規制ラインのこちら側まで舞ってきて、さらに飛ばされていた。
『ひら、ひら、ひら』
野次馬にきた人々を押しのけながら、なんとか地上に落ちる前でキャッチすることが出来た。
「写真。写真。写真だ〜。やっぱり写真だ〜」
急ぎ写真を覗き込む。
するとそれは、あのニュージーランドのクイーンズタウンの写真だった。
そしてその写真の中に汗だくの愛ちゃんが横たわっていた。
自分は心弾ませた。何と言う幸運。ものすごい嬉しさ。すぐさま、愛ちゃんに向かって声をかける。
「おい、愛ちゃん。大丈夫か?」
「『おい、愛ちゃん。大丈夫か〜?って?』大丈夫な訳ないじゃん。ある訳ないじゃん。ものすごい熱かったんだからね。大変だったんだからね。もうへとへとなんだからね。浩君にも経験してもらいたかったよ。この火事の恐怖を」
愛ちゃんは以外と勝気に返事を返してきた。
「ごめん。もう離したりしない。肌身離さず一緒にいると誓うよ」
「浩君、付き合っている時もそんなことを言っていたじゃない。でも離したじゃん。うそつき」
「ごめん。これからは絶対に離さない」
「いつだってそんな感じなんだから。。。もういいよ、わかったよ。許してあげる」
愛ちゃんは話し終えると大の字になって寝っ転がっていた。
自分のドキドキした心臓の音が少しずつ冷静さを取り戻し始めている。
『良かった。愛ちゃんが無事で本当に良かった』
こうやっていつの間にか仲直りが出来たのだった。変な話だが仲直り出来たのは『火事』のおかげになってしまった。
しかし火事の後始末も大変だった。後で愛ちゃんからストーブによる引火だと知らされ、がっくりしてしまった。焼け跡に残されたものは殆どなかった。
自分に残されたものはこの一番大事な愛ちゃんの写真と、愛ちゃんからもらったマフラーと腕時計だった。
あの時、自分はたまたま首にマフラーを巻きその上、しっかり腕に腕時計をはめて外に飛び出て行ったのだった。
『考えてみれば、喧嘩しながらも愛ちゃんからもらったものを身に付けて出かけていたんだよね。そんな自分なんだよね』
つくづく今の自分には愛ちゃんが必要なのだと、気付かずにいられなかった。
さらに。。。
「いや、待てよ。。。」
他にも自分に残されているものがあることに気付いた。
そう、もっと、もっと、たくさん残っていた。
それは愛ちゃんとの今までの『 思い出 』が、いっぱい自分に残されていたのだった。
(そして別れ)
自分は行く当てもなく結果的に実家に居候することになってしまった。
「まったく、おまえが実家に戻ってくるとは思わなかったよ」
少なからず嬉しそうな母親の言葉を聞くはめになった。
「しょうがないから帰ってきてあげたんだよ」
自分も負けずに言い返す。
「おまえも親に似て本当にドジだね。まあ、あの火事で誰も怪我もなく済んだから良かったけど、今度から気を付けるんだよ」
「わかっているよ、気を付けますよ。本当に親のドジの血筋を受け継いじゃったようだよ」
自分はふてくされて返事をしていた。
「まあ、おまえがまた出て行きたくなったら出て行けばいいよ。それまでの間、しょうがないから甘えさせてあげるよ」
「はい、はい。少しの間、甘えさせていただきます」
「だけど断っておくけど、一応家賃をもらうからね。」
「うっそ〜?ほんと〜?」
「嘘も本当もあるもんかい」
「なんでだよ?」
「お前が立ち直るように見守ってあげるんだよ」
「もしかして、それって口実?」
「かもね。おまえの家賃が入ってくれば、家だって楽になるよ。それにおまえはたくさん食べるからね。。。」
「そんなぁ。。。少しは安くしてちょうだいよ。お願いだからね」
母親の言葉にがっくりしてしまい、さらに気落ちしてしまった。
「お前だってりっぱな社会人なんだから、そのくらい当たり前の事じゃないか」
そう言われればその通りと自分は、頷くしかなかった。
自分はなんとか無事だった1枚の写真を胸ポケットに入れている。
これからは絶対に肌身離さずに持ち歩くと愛ちゃんと約束したんだ。
かろうじて自分の部屋が実家に残されていた。自分が家を出た後、誰も使う人がいなかったようだった。だから多少の洋服なども残してあったので助かった。
自分の部屋に入って辺りを気にしながら、胸ポケットから写真を取り出した。
「長い間、胸ポケットに入れていてごめんな」
「ううん。浩君、別に気にしなくてよいよ。だいぶ慣れたから」
「そう?でも何かあったら言ってくれよ。出来るだけ協力するからね」
「うん。ありがとう」
「なんだかんだで愛ちゃんといられる時間が取れて自分は幸せだよ」
「ふふふ。私だって同じ気持ちだよ。。。」
――― そして自分が実家で生活を始めてから数日後。。。―――
「どうして私があの部屋からでると消えてしまうかわかったよ。それはここでは私は存在していないからなんだって。私自身を知っている人が私を見たらそれこそ卒倒してしまうから、自己防衛的に姿が消えてしまうんだって。昨日の夜中、天使様がそのことを教えてくれたの。浩君が私のことを見えて話しができるのは2人の思いがものすごく強いからなんだって」
「そうなんだぁ。。。2人の思いがものすごく強いからと聞いてなんだか嬉しいね」
「うん。」
「だけど、天使様が現れたの?」
「そう、天使様。それとね。あのね、黙っていたんだけど、実は昨日の夜中、浩君が寝ている時に天使様が現れた時に言われたことがあるんだ。それは、。。。今度の満月の晩に私をお迎えに来るんだって」
「えっぇえ?今度の満月の晩に。。。迎えに来るの?何故そんな大事なことをすぐに言わないんだよ」
「なんでって言われても。。。」
愛ちゃんは少しまごついて応えていた。
そんな愛ちゃんの気持ちが全くわからない訳ではない。
「まったくしょうがないなぁ。。。」
自分は戸惑いを隠せなかった。そんな自分を見ながらも愛ちゃんは話を続ける。
「いままでは、ちょっとした手違いで写真の中に移動させてしまったらしいの」
「なにが、手違いだよ」
「でも、そのおかげで私達は、こうやって楽しい時間を再び、味わえたんだよ」
「それは、そうだけど。。。確かに、感謝しなくちゃいけないかなぁ」
「天使様は、言っていたよ。手違いをしたので、急にお別れっていうのも可愛そうだから、その分の償いとして少しの時間を与えてくれると約束してくれたの。それが今度の満月の日までなんだって」
「そうか。そうなんだ。でもそれって何日後なの?」
「うんとね。それは、早いけど、明日の夜なんだ」
愛ちゃんはそう自分に伝えると少し寂しそうな表情をしていた。
「えっ?あしたの夜?早過ぎじゃん」
「そうだけど。落ち込まないでよ。お願いだから」
「うん。。。そうだけど。。。そうだよね、張ってみるよ。だけど、あしたかぁ〜」
「私だって辛いんだよ。わかっているよね」
「そりゃ、そうだよね。自分だけが辛いんじゃないんだもんね」
「そうよ。残された時間を楽しみましょうよ」
「そうだ。そうだよね」
返事はしたものの、辛いことには代わりなかった。
「何をする?」
愛ちゃんが沈黙を破って話しかけてきた。
「うん。何がしたい?」
「私は、浩君と少しでも長くそばにいられれば、それでいい」
「自分もその気持に賛成だよ」
「それじゃ、まず私達がよく会社に出社する前に行って朝食を食べたあの神社に行ってみない?」
「あぁ、あそこね。懐かしいね。行ってみようか」
そして夕方だというのに出かけることにした。あの懐かしい神社に。
冬の夕方は、暗くなるのも早い。暗い中の神社は、ひとが誰もいなくて、なんとなく不気味でもある。
しかしながら、1歩、車から降りて歩き出してしまえば何も恐いものはなかった。あるものは、あの懐かしい出来事の数々が自分の脳裏に甦ってくるのだ。
「懐かしいね?ここで、毎日、愛ちゃんと過ごしたんだものね」
「まあ、よく続いたよね」
「凄く毎日が楽しかったなぁ」
「そうなんだぁ〜?」
「愛ちゃんは楽しくなかったの?」
「私は。。。。もちろん楽しくって毎日が充実していた。特に朝のひとときが、一番。そしてここでのあの朝の出来事のことは絶対に忘れられないよ。2人で。。。」
愛ちゃんは、少し照れながらも寂しげになっている。愛ちゃんの気持ちが頭で分っているが、愛ちゃんとの別れる日の来ることが恐ろしいほどだ。とにかく、あれからそのことが常に頭に浮かび、自分の胸が痛いほど締め付けられている。
「あのさぁ、浩君。。。やはり過去の思い出に浸るのは止めにしない?」
「急にどうしたのさ」




