写真 Ⅳ
写真 Ⅲ の続きです。
「なんじゃ、そりゃ?どうしてそんなことになっちゃうの?」
「さあ、知らないわよ。観光客の人にちゃんと答えたわよ。神奈川だって」
「なんでもありなんだな、そこの世界は。うらやましい限りだよ。」
「そうなんだよね。それがさぁ、聞いて。まだ他にもあるんだから」
「聞いているよ」
「それに不思議なんだよ。だって、ここの国のお金なんて持っているはずないでしょ?それがいつの間にかズボンのポケットに入っていて、それもどれだけ使ってもポケットの中に必ずお金が入っているの。使っても、使っても、まったく減らないのよ。すごいと思わない?なんだか大金持ちになった気分。ここのニュージーランド・ドルがいっぱいになっちゃった。ほら」
愛ちゃんはポケットから、ニュージーランド・ドルを手の平いっぱいに広げて、自分に見せてくれた。
「凄すぎ。羨ましすぎ」
「いいでしょう?そして、それにバンジージャンプも見たよ。すごいね、あれ」
「自分もそこで見たことあるけど、かっこいいよね」
「うん。すごくかっこいいよ」
「実は自分は違う場所のクレーンで吊り下げられるものだったのだけど、やったことあるよ」
「そうなの?どこでやったの?」
「ニュージーランドのオークランド」
「どこ、それ?」
「北島にあるんだよ」
「どんな感じだった?」
「そりゃ、これ程恐いってもんなかったよ。なんでお金まで払って自分はこんなことをするんだろうと後悔したくらい」
「もったいないな。もっと楽しめば良かったのに」
「もう絶対にやらないもんね」
「弱虫〜ぃ」
「それでもいいの」
「そうだ。それに聞いて、聞いて、聞いて。。。あとね、ヘリコプターに、ジェットボートにも乗って騒いじゃった。渓谷をすり抜けて行くシーンはまるで映画の世界に入っているようで、どちらも迫力があって凄かったよ」
「なんだか、愛ちゃんはちょっとの時間ですごく楽しんでなぁい?おっと、こんなことをしている場合じゃなかった。すぐに写真の移動をするか、そこにいるか決めてくれない?」
「なんで?」
「じきに、母親が帰ってくるから」
「帰って来るって。ここ、浩君の家でしょ?」
「そうだけど。きょうは、煮物を作ってくれるんだって」
「そうなんだ。どうしよう」
「ほかの場所に行ってみるかい?」
「そうよ。早く準備してよ」
「取り急ぎ自分が場所を決めちゃうよ」
自分はよく夢で見る『クライストチャーチのカセドラル(大聖堂)』が写っている写真に決めた。
そして大聖堂の写っている写真をアルバムからはがして、いつものように2枚の写真を重ね合わせた。
「さあ、早く移動して。。。どう、移動できた?」
「出来たよ」
「前と違って、早い返事だね」
「浩君も急いでいると思ったからじゃない」
「じゃあ、うちの母親が帰るまでそこで遊んでいて。近くにmuseum(博物館)もあるし、ショッピングモールもあるから結構楽しいと思うよ」
「分かった。じゃあ、また、あとでね」
愛ちゃんは最初、大聖堂の前に立っていたのだけど、すぐに姿を消してしまった。なんだか分らないが、ただで海外旅行が出来るなんて羨ましい限りだ。しかも瞬時に行きたい場所に移動出来てしまうのだから、こんな発明が出来たらすごいだろうな〜。
ひとり妄想をしているとドアのベルが鳴った。
「はぁい。今、開けます」
どうせ母親が戻って来たのだろうと思っていたのだが違っていた。
「よう。元気にしているかい?いろいろと大変だったな」
ドアの向こうに立っていたのは、兄の家族だった。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないだろう?心配だったから来てあげたんじゃないか?」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
そう言って帰ってもらおうとしたのだが、ちょうどその時に母親が帰ってきた。
「おやまあ、家族で来たのかい?」
「まあ、ちょっと、心配だったもので。」
兄嫁が答えた。
「あんたの子もずいぶん大きくなったわね〜。今いくつ?」
母親が乳母車に乗った赤ちゃんに向かって聞いていた。
「1歳でしゅよ〜」
赤ちゃんはなかば強制的に兄嫁によって1本の指を立てさせられて、兄嫁が母親に応えていた。
「そう。1歳になったの〜」
「ついこの間、1歳になったばかりなんだよね〜」
兄嫁が赤ちゃんの顔を覗き込みながら繰り返し応えていた。
「早いもんだね。自分が歳を取るわけだよ。そうだ、久し振りだからあがって、みんなで食事していったらどう?ここで煮物を作って帰ろうと思っていたところでスーパーでたくさん買い物してきたから」
見ると母親は両手になにやらいっぱい積め込んだ袋を持っていた。
「そうだよね。久し振りだもんな」
兄はその気になって、みんなでこの狭いアパートに上がり込んだ。
「狭いアパートだけどくつろいで」
母親が言う。
「あのね〜、ここは自分が借りている部屋なんだけど」
「ああ、そうかい。みんなで食事をした方が楽しくなっていいよね」
母親にすっかり押し切られてしまう。
「何かお手伝いしますよ」
兄嫁が言い、2人してさらに狭いダイニングに立った。
自分はテーブルに置いておいた写真を捜した。
『あれっ?写真が無い。えっ?どこか他に置いたっけかな?』
しばらく写真を捜し回っていると窓ガラスに目がいく。
なんとなく窓ガラスに目を向けたはずが、愛ちゃんの窓ガラスにへばりついている姿が目に映る。
「なんでそんなところに、へばりついているの?」
「好きでこんなところにへばりついている訳ないじゃん。浩君のお兄さんの赤ちゃんに聞いてよ」
「でもそうか、こんな技も出来るんだ」
「浩君ね〜、こんな技なんて言って感心している場合じゃないでしょ?早く、元に戻してよ」
「仕方ないな〜」
「随分と偉そうに言うじゃん」
「そうかなぁ?」
「そんな事より早くしてよ」
「その前に、写真を取り返さなくちゃ」
「さっき、浩君のお兄さんの赤ちゃんがバブバブ言って、2枚共くちゃくちゃに握り締めながらハイハイして持って行っちゃったよ」
「どっちの方に行った?」
「あのさぁあ。。。浩君の家、そんなに広かったっけ?」
「そりゃそうだよね。今、捜してくる」
すぐさま、隣の部屋でハイハイしている兄の赤ちゃんを見つけた。確かに手にはくちゃくちゃになった写真が握られている。
「ぼく、見〜つけた。ね、ちょっと、持っているものをもらえるかなぁ?」
自分は優しい言葉をかけつつも、いわば無理やり握り締めている写真を奪い取った。
「うぇ〜ん。」
その途端、無理やり奪い取ったものだからたちまち大声を出して泣き出してしまった。すると兄嫁が自分の母親と話していたにもかかわらずすぐさま飛んできた。
「どうしたの?また、おいたをしたの?」
「いや、いや、ちょっと抱っこしようとしたら泣き出してしまって」
自分は下手な嘘でその場をごまかしていた。
「あら、そう。お兄ちゃんに抱っこしてもらえるのに嬉しくないの?」
兄嫁はすかさず赤ちゃんを抱き上げると、自分に向かって抱っこを促した。
そんなはずではなかったのだけど、流れには逆らえない。
「はい、はい、ぼく。抱っこしてあげようね。」
するとすんなり抱っこに応じ、再び自分が手にした写真を狙っている。
「これはね、お兄ちゃんのだいじ、だいじだから、ごめんね」
兄嫁もその様子を見て、自分の赤ちゃんを諭した。
「それはお兄ちゃんのだいじ、だいじだからね。とっちゃだめなんだからね」
ほっとしたのもつかの間。いつの間にか、兄がすぐ脇に立っていた。
「おい、おい。そんな写真なんか、また現像すればいいじゃないか。うちの子に渡してやれよ」
自分はすぐさま言い返した。
「駄目なの!」
「まったく、しょうがないな〜。あんまり、まだちっちゃい赤ちゃんに対して、そうむきになるなよ」
「分かっているって。写真以外のものなら、いいよ」
「なんで写真にこだわるのかね。分からん」
「分からなくたっていいよ。とにかく自分にとって大切なんだからしょうがないじゃん」
「まあ、いいよ。分かったよ」
なんとか、この危機的状況をクリアーした。後はこの写真を持って、愛ちゃんをこの写真の中に戻すだけ。
仕方なく赤ちゃんを抱っこしながら、愛ちゃんのいる部屋に向かった。
兄と兄嫁は母のいるダイニングへと戻って行った。
『なにもこの狭いアパートにこんなに人が集まらなくたっていいのに』
自分は小言を言っていた。
ようやく愛ちゃんのへばりついている窓ガラスに来ることが出来た。そして写真に愛ちゃんを戻そうとした、その時だった。
「あんた、なにしてんの?赤ちゃんを抱っこしたまま、よそ見をしていたら危ないじゃないか」
母親が何故か自分のすぐ後ろに立っていた。
自分はすごく慌ててしまった。だって自分はかがんで右膝をついて、左腕で赤ちゃんを抱きかかえつつ、右手は写真をもったまま窓ガラスに近づけている、まさにその瞬間だったからだ。
「えっ?いや、『 窓ガラスに写真でも貼ろうかな〜?』なんて思ったりして。ちょっと試していただけだよ」
「だけどそんな低い位置に貼ったってしょうがないじゃないか。それも逆むきにして外に向かって見えるようにするなんて。。。」
母親から鋭いことを言われた。そう言われれば、確かにそうだ。1歳の赤ちゃんの身長からして、ここの高さが調度良かったのだろう。自分は写真で愛ちゃんの姿を隠しながら、愛ちゃんが移動していることを願った。
「早く、立ちなさいよ。そうでもなければ、赤ちゃんを下に置きなさいよ」
母親から促されて、赤ちゃんを抱っこしたまま、しぶしぶ立ちあがった。
「ねえ、お母さん。なんか焦げ臭くない?」
「ありゃ、いけない。火をつけっぱなしにしてたんだ」
「まったく、ドジなんだから」
母親は急いでダイニングに向かった。
自分はその間に急いで写真を覗き込んだ。
「ありがとう。なんとか移動できたよ」
「良かった。さっきはちょっと危なかったんだから」
「分かっているって」
「あまり心配させないでくれよ」
「だって私のせいじゃないじゃん」
「そりゃそうだけど。。。。」
そうこうしているうちに、母親が落ち込んで戻って来た。
「やっぱり、焦してしまったよ」
「そうだと思ったよ。仕方ないじゃん。気にすんなよ。また、作ればいいんだからさ」
「そうは言ってもね。折角、みんなで集まっているのに」
「それだったら、豪華にピザでもとろうか?」
まだ落ち込んでいる母親に少しでも元気になってもらいたくて、言ってはみたものの、やはり無理だった。親としてみれば、自分の作ったものを子供や孫に食べさせたかったに違いない。
「しょうがないな。今度は、自分がスーパーに買い物に行ってきてあげるよ」
自分は母親の様子をみかねて言った。
「えっ、行って来てくれるのかい?」
「だって、いつまでも落ち込んでいる親を見ていたくないもんね」
「それじゃ、お願い。にんじん、サトイモ、イカ。。。」
「ごめん。覚えられそうにないから、メモしてくれない?」
「ほんの少しなんだから覚えなさいよ。まったくしょうがないね〜。メモ用紙はどこにあるの?」
そう言いつつも、母親は自分にメモ用紙がどこにあるのか、急かして聞いていた。
それからというもの、自分はメモを頼りにスーパーで買い物をすることになってしまったのだ。
スーパーでの買い物は嫌いではない。よく男の人は買い物が嫌いだというが、珍しいことなのかも知れない。
従ってスーパーで頼まれてもいないものまで購入してしまう。例えば、お菓子やジュース。どうせ親が支払いをしてくれるのだからと少々気にもせず買ってしまった。
この時もちろん愛ちゃんがいる写真は自分の胸のポケットに入っている。
「浩君、親ってありがたいよね。子供のことをいつも心配してくれているんだもんね」
愛ちゃんからの言葉に自分は頷いていた。
「私の親は、どうしているのかなぁ?」
そう言えばそうだ。あれから、愛ちゃんの親に会っていないのだ。
「それじゃ、明日行ってみようか?」
自分は、愛ちゃんを少しでも励ましてあげるつもりでそう言った。
「ありがとう」
「ただ気持ちは分るけど、絶対に写真の中から声をかけたり動いたりしちゃだめだよ」
「うん。わかった。約束する」
「さて先ずは我が家に帰ろう。その前にクライストチャーチはどうだった?」
「クライストチャーチも、とっても素適な場所だったよ」
「自分も大好きなんだ」
「その気持ちは、良く分るよ。お花は日本で見たことの無いものも見れたし、街の中に流れている小川には日本ですぐ話題になるカモの親子が泳いでいてかわいかったよ。それに、それに、。。。」
愛ちゃんはいささか興奮状態になっている。
「分っているって。自分もそこの街に半年ほど住んでいたんだから」
「えっ?そんなに住んでいたの?そこで何していたの?」
「留学。なんちゃって。。。でも少しは語学学校に通ったよ。それとファームステイもした」
「へえ〜。うらやましい。ところで、ファームステーってなんなの?」
「いわゆる、どこかの農場に宿泊して、そこでお仕事の手伝いをすることだよ」
「ふううん。なんだか面白そうだね」
「まあ、それもその行ったファーム(農場)によって違うようだよ。自分の場合は、楽しかったけど。。。ほかの人から聞いたんだけど、そこはきつかったらしい。。。」
「まあ確かに、その家庭によって生活環境が違うのだから、仕方ないことなんだろうね。だけど、羨ましいな」
「ははんだ。羨ましいでしょ?て言うか、愛ちゃんだってタダでそこのクライストチャーチを楽しめているんだから、贅沢ってもんだよ」
「まあね」
家に着くと母親と兄の家族はお茶を飲みながらくつろいでいた。
「それじゃ、帰ってきたから、煮込みを再開するか」
そう言って、母親は立ち上がった。今度は、無事に煮込みが完成した。
「う〜ん、良い匂い」
狭いアパートの部屋に煮物の匂いが充満している。
久し振りに家族水入らずで夕食を食べた。
「あ〜、美味しかった」
自分は満腹になり、ごちそうさまをした。
「どうだい、母親の味は?忘れないようにしなさいよ」
母親は自慢気に声をかけてきた。
「はい。はい。今度いつか味付けの仕方を教えてね」
「いいよ。講習料は高いからね。。。」
「誰も教えてもらいたがる人がいないんだから、教わってあげるんだよ?」
自分は無理やり言い返す。
「ふん。可愛げのない息子だこと。。。。」
そこでみんなの笑いが起きていた。
(初めての訪問)
自分ははじめて愛ちゃんの家に伺う事にした。胸のポケットには愛ちゃんがいる写真を入れて。。。
一応、会社で住所を聞いて調べたことにしていたが愛ちゃんが家の場所を教えてくれた。愛ちゃんの家の前に立つと、いささか落ちつきがなくなる。
『ピンポーン』
愛ちゃんの住んでいたアパートのドアホンを鳴らした。
「はあい。今行きま〜す」
部屋の中から愛ちゃんの母親の声が聞こえた。
「どちら様ですか?」
「○○です」
一瞬戸惑っていたようだがすぐに扉が開いた。
「よくここの場所が分りましたね。どうぞ、お上がりになってください」
初めて愛ちゃんの家に上がった。するとお線香の匂いが鼻をつく。
「きっと愛も来ていただいて、嬉しがっていると思いますよ」
自分は先ず仏間に通され、位牌に向かいお線香をあげた。
「どうも、わざわざ寄っていただいて、ありがとうございます」
そばに居た父親から丁重に挨拶を受けた。
「どうぞ、おくつろぎになってください。それからいつ来ていただいてもかまいませんが、出来るだけ早く愛のことを忘れて○○さんも良い人を見つけて下さいね。きっとそれが愛にとっても、願いだと思いますから。。。」
「いいえ別に気にしないで下さい。自分も自分なりにいろいろ考えて行動していますから。。。、ご心配ありがとうございます」
「そうだ母さんや、あれを持って来てくれないか」
おじさんがおばさんに向かって目で合図をする。
しばらくして、おばさんが手にリボンの付いた紙に包まれたものを持って来た。
「はい、これですよね」
「そう、そう。これだ、これ」
それをおじさんが少し、もの哀しそうな表情で受け取った。
「それとこれはあの愛が君に準備していたプレゼントだったらしい。君も辛いだろうが、娘の愛の気持ちを受け取って欲しい」
見ると包装用紙の上に、可愛らしい赤いハートマーク型の紙に『浩君へ』と記入され貼ってあった。
「そうなんですか。。。どうもありがとうございます。大切にします」
愛ちゃんは、プレゼントのことなんて一言も言っていなかったのに。。。
紙の包装を開けると、その中から手編みのマフラーとさらに包装された小さい細長い箱がでてきた。その細長い箱のリボンを解いて蓋を開けると、そこから腕時計が出てきた。
自分の胸が急に熱くなるのを感じた。とにかく嬉しさでいっぱいになったのだった。自分のためにきっと苦労して編んでくれたのだろう。だっていつだって愛ちゃんは自分と一緒にいたから、編む時間と言えば夜だけしかなかったはずなのだ。だから睡眠時間を削って自分のためにマフラーを編んでいたんだ。そう考えるだけで自分の体が火照り、目頭が熱くなった。
その手編みのマフラーは、青と白の毛糸で編んであるもので長さはちょっと長めだった。腕時計は暗くなっても独自の蛍光で見えるようになるタイプのものだった。
おじさんはそのプレゼントを見て何かを思い出していた。
「その時計。。。同じタイプの小さいものが愛の部屋の。。。。机の上にあるよ。。。きっと君とペアにするつもりだったんだろう。。。」
おじさんはとぎれとぎれに言葉を詰まらせながらに涙を溢れさせ伝えてくれた。
「ごめんな。見苦しいところを見せてしまって。。。」
「そんな。ぜんぜん、気にしていませんよ」
「あっ、そうだ。娘の部屋を見ていかないか?まだ、あのままにしてあるんだ。なんだかすぐに片付けられなくて。。。」
愛ちゃんのお父さんの気持ちも痛いほど良く分かる。普通の親ならば、そういう気持ちになるのが当然なことだろう。
「それじゃ、折角ですから、少し見させていただきます」
部屋に入ると自分と愛ちゃんが一緒に写っている写真があった。それは写真立てに入って机の上に飾られていた。
『自分の家にあるものと同じ写真だ』
その写真は桜の木の下で撮ったものだった。
「あの〜、差し支えなければ、ここの部屋の写真を撮ってもよろしいですか?」
自分はなんとか今の愛ちゃんのためにこの部屋の写真を撮りたかったのだった。
最初おじさんもおばさんも変な顔をしていたが、すぐに了承をしてくれた。
愛ちゃんの部屋は奇麗に整理されていて、自分の部屋とは雲泥の差だ。
そして先程聞いた腕時計が確かに机の上に置いてあった。
『会社の人達にあまり気付かれないように気配りしている。。。ペアルックの腕時計。。。』
「 ありがとう。。。。愛ちゃん」
自分は愛ちゃんに向かって小さな声でお礼を伝えた。
「またいつか寄らせていただきます」
「今日は本当にありがとうございました。気を付けて帰ってね」
愛ちゃんの母親から感謝の言葉を受けた。
自分は愛ちゃんの住んでいたアパートを出てから、複雑な気持ちでいた。
「浩君、ありがとう」
愛ちゃんから声をかけられた時、急に我に返った。
「いいえ、どう致しまして。たいしたことができなかったけど。あ、それとこちらこそありがとう。愛ちゃんからのプレゼント、すっごく嬉しい。これは、なんのプレゼントだったのかな?」
「本当はね、今年、浩君の2月の誕生日にプレゼントしたかったんだけど、間に合わなくてクリスマスプレゼントにしようと思っていたんだ」
「そうなんだ。。。大切にするね。今は夏だけど、早く冬にならないかなぁ?楽しみだなぁ。。。自分からの愛ちゃんへの誕生日プレゼントは、。。。」
「いいよ。男って、そんなもんなんだから。。。」
自分は冬まで待ち切れずに手編みのマフラーを首に巻いてしまった。
「熱くないの?」
「良いの。。。これで、。。。だけど、愛ちゃんはいつ編物をしていたの?」
「いつも少しづつ夜に編物をしていたんだよ。。。。出来上ったのは。。。私が事故に遭う1ケ月位前だったんだ。そして、押し入れにしまっていたの。。。」
「そうか、それをご両親が見つけたんだね」
「そうね。見つけてもらえて、良かったよ」
「愛ちゃん、すっごく嬉しいよ。だって、はじめてだもん。手編みのマフラーをもらったのは、。。。。」
「そんなに喜んでもらえるとうれしいな。それと愛の両親が一応元気そうで安心した」
心なしか愛ちゃんの落ち込んでいる様子が伺えた。
「あのさ、愛ちゃんが自分の家に行きたい時に『行きたい』って言ってくれれば、いつだって愛ちゃんの家に行くからね。心配しなくて良いよ」
「うん。ありがとう」
「このマフラーふかふかで、温かいよ」
「だけど真夏なのに無理しないでね。。。それに、そうやっている浩君をみていると首に巻いたマフラーの両端を持って引っ張って首しめてあげたくなっちゃう」
「うわ〜、こわ〜ぃ。止めてくれ〜。愛ちゃん、信じられないことを言うんだね。だけど本当にものすごく、熱いや。。。その変わり、すっごく愛ちゃんのぬくもりが感じられてしあわせだな〜」
自分はルンルン気分で、もらったマフラーを首に巻いたまま自宅へと向かった。
(飲み会)
いつものように会社から帰って愛ちゃんの写真に向かって話しかけた。
「実は今度の金曜日だけど、会社の飲み会になったんだよね」
「ふうん、そうなんだ」
「あまり興味なさそうだね」
「ないよ」
「それでも行ってみる?」
「なんで、私が浩君の会社の飲み会に参加しなきゃならないのよ?」
「そんな怒った言い方しなくてもいいじゃん。ただ、聞いただけだよ」
「だって行ったって、お酒が飲めるわけでもないし、つまらなそうだからパスする」
「そうだよね、かわいそうに。見ているだけって、辛いもんな」
「その通り。見ているだけって、つまらないよ。私だって、おいしいものをたべたり、飲んだりしたいよ」
愛ちゃんはそう言っていたのだが、しばらくしてからつぶやいた。
「ん〜。やっぱり、ついて行く」
愛ちゃんの声が微かに聞こえてきたので、返事を返した。
「自分は愛ちゃんが来ても来なくてもどっちでもいいんだよ。無理しないでね」
「参加してもつまらないかも知れないけど、たまにはどこかに行くのもいいでしょ?」
「別に自分に同意を求めなくてもいいよ」
「浩君の会社での働きぶりも、1回は見ておくのも良いかと思うから。以前は別々の場所で働いていたから、働き振りを知らないもんね」
「それじゃあ、金曜日に自分のポケットに入れて会社に連れて行ってあげるよ」
「うん、楽しみにしているね」
そして待ちに待った金曜日。
いつものように会社のロッカー室で着替えて、作業着の胸ポケットに写真をしまおうとした時、手を滑らして写真を落としてしまった。
ちょうどその時、同僚が入って来てその写真を拾ってくれた。
その同僚は写真を見て少し悲しそうな顔をしながら自分に手渡してくれた。
「おまえ、まだ愛ちゃんのことを忘れられないのか?」
「えっ、誰を?」
「言わなくたって分るだろう?その写真だよ」
「あぁ、これか。ちょっと、思い出に浸っているだけだよ。気にすんなよ」
「でも、おまえ。。。」
同僚は何かを言いかけたが途中で言葉を飲み込んでいた。
自分は写真を急いで胸のポケットにしまうと外に出た。
8時の始業のベルが鳴り、毎日行われる朝礼。今日も相変わらず淡々とラジオ体操が終り、朝礼の挨拶も終った。
『さて、仕事だ〜。』
愛ちゃんがいなくなってから、いや正式に言えば愛ちゃんが写真の中に入ってからいつしか1ヶ月も過ぎている。しかし自分の気持が平静を保っていられるのは、愛ちゃんの顔を見ながら会話できるからだろう。ただいつでも好きな時に会話をすることはできないが。。。
「ああ、やっと仕事が終った〜。さあ飲み会だ」
同僚のかけ声に自分もそわそわしだした。宴会の場所は会社からの帰りの駅近くだ。今日、自分は車でなく電車とバスで会社に来ていた。
「6:30から開始だから遅刻しないように。。。」
幹事から声をかけられ殆どの人が席を立った。
宴会場に到着するとすでに何人かが席に座っていた。自分も適当な場所を見つけ席に着いた。
しばらくすると全ての出席者が集ったようだ。時間になるとすぐさま幹事からの挨拶が始まった。
「ご出席のみなさん、どうもお疲れ様です。今日は建前として暑気払と致しまして開催させていただきました。どうぞ日頃の鬱憤を飲んで晴らしてください。ただしハメを外し過ぎないようにお願いします。それでは乾杯したいと思います。みなさんご起立をお願いします」
そしてみな立ち上がった。そして、
『カンパ〜イ!』
一斉にグラスに口をつけ拍手が起こった。それからは適当にそれぞれに料理を食べ、酒を飲み、自由に時間を楽しみ始めた。
そしていつの間にか隣の席に来た娘が自分に話しかけてきた。
その娘は愛ちゃんがいなくなってから入社してきたから愛ちゃんのことは全く知らないでいた。
「あのぅ、突然ですみませんが、○○さんは好きな人いますか?」
「いるよ」
自分は間を置かずにすぐに応えていた。
「どんな人ですか?」
「自分にとって大切な人」
「そんな大切な人がいるんだぁ。。。。。でも、私がそんな大切な人を忘れさせてあげたい」
「えっ?」
「だって、私。。。○○さんのことを好きなんです」
自分は驚きの言葉と共にしばらく黙り込んでしまっていた。
「ごめん。自分はやっぱり無理だよ」
自分ははっきりと、少し冷たく突き放した。
「それでも。。。」
隣の席の娘が再び言いかけたその時。
「しつこいな〜」
少しドスのきいた女の人の声が近くで聞こえた。
「えっ?何、今の声?」
「えっ?何か聞こえた?」
「はい。聞こえましたよ。女の人の声で。。。」
「いや、ほら、なんだろう」
自分はとぼけてみたものの慌ててしまった。
「でも、確かに女の人の声で少し恐い言い方だったようだけど」
「気のせいじゃない?」
自分は焦ってしまった。胸のポケットにしまっていた写真から声が出てきたのは確かだった。流れ出てくる額からの汗。
「ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」
自分はトイレに行くことにして席を立った。
先程の女の娘はキョトンとした感じで辺りを見渡していた。
自分はトイレで誰もいないことを確かめてから、胸のポケットから写真を取り出し愛ちゃんを捜した。写真の中の愛ちゃんは少々むくれ気味でホッペタを膨らませていた。
「あぁ〜、びっくりした。まさか、あんな時に声を出すなんて」
「浩君が隙をみせるからこういうことになったんじゃないの?」
「なに、隙って?どういうこと?」
「だから浩君があの娘に好意を持っているようにみせたことだよ」
「そんな風にみえたかな?」
「そうみえたからこうなったんでしょ?」
愛ちゃんはやきもちからか、自分に突っかかってきている。
「でも自分はしっかり断ったよ」
「そうね。一応、断っていたよね」




