羽団扇
あなたは、この題名を読めましたか?ちなみに、『はだんせん』ではありませんよ。私のショート・ショート 第59弾です。
羽団扇
私はひとりで、久々にハイキングに来ている。
そうは言っても、人があまり来ないような場所を選んでのハイキングだ。
私は電車とバスを乗り継いで、どうにか、ここまで来たのだ。
ここのハイキングコースは入り口にある案内の立て看板を見る限り、約4時間かかるようだ。
「さて、いっちょ、がんばって歩くかぁ。」
勢いに任せて歩き始める。
1時間程歩いたところで、新緑の山間を眺められる景色の良い所にでた。
山間の木立に耳を傾けると、あちらこちらから鳥の鳴き声が聞える。
「おや、うぐいすの谷渡りだ。珍しい。都会に住んでいると、こんな鳴き声をまず耳にすることはないよな。」
すがすがしい空気に身を包み、心ゆくまで深呼吸をする。
辺り一面の緑の香りで、深呼吸をするたび、安らぎを覚える。
「これが癒し効果なんだろうな。」
そして、ふと足元に違和感を覚えて目を向けると、赤い鼻緒のついた綺麗な下駄が片方だけ草むらからほんのちょっとだけ顔を覗かせて落ちていた。
その下駄は、自己主張しているような感じさえする。
なんで、こんな場所に、しかも『ゲタ』が片方だけ落ちているのか不思議でならない。
それでも、よく道路に靴だの帽子だの手袋だのサンダルだのと片方だけ落ちていることもあるのだから、きっと、あり得なくもないのだろう。
ともあれ、私はその下駄を拾い、眺めていた。
『綺麗だから、家に持って帰えり飾ろう。』
持ち帰ろうとリュックのひもをほどいた、ちょうどその時だった。
どこからともなく、一人の大男が私の前に突然現れた。
その大男は、この現代に不釣合いなお面をかぶっている。
そのお面は、天狗のお面だ。だが、よく見るとお面ではないようにも見える。しかも、麻の法衣を身にまとっている。私は、現在とかけ離れた大男にいささか驚いて、凝視してしまっていた。
「おい、おまえ。その下駄をどうするつもりだ?」
その天狗のお面をかぶった大男に、私は脅されるように聞かれた。
「どうするつもりって、私はこの綺麗な下駄を家に持ち帰り、飾ろうかと考えていましたが。。。」
「そうか。。。だが、悪いがその下駄を返してもらえないだろうか?」
「この下駄は、あなたの持ち物だったのですか?」
「そうだ。」
見ると、その大男の片方の足には下駄がなかった。もう片方の足には、自分が拾った下駄と同じものを履いていた。それからしても、この下駄はこの大男の持ち物だとすぐにわかった。
「あぁ、そうでしたか。それでは、これを。」
私は、いたって素直にその大男に、私の持っていた片方の下駄を手渡した。
その大男の喜んでいる表情が私に伝わってくる。
「ありがとう。実は、このゲタを履いていると、自分の好きな場所に行けるのだ。」
「そんなゲタだったんですかぁ。」
「そうなんだよ。移動中に落としてしまい、片方だけしか履いていなかったので、ここに来るのに一苦労してしまった。見つける事が出来て安心した。だが、タダで返してもらうのも気が引ける。そこで、そなたにこれをあげよう。いわゆる葉団扇だ。」
その大男が手にしていたものは、楓の葉っぱだった。
「この葉っぱには、ものすごい力がある。」
「力?どんな力があるのですか?」
「そうだな。。。それでは、その威力を教えてあげよう。まあ、見ておれ。」
そう言うと、自信有り気にその大男はその葉っぱを持ち、私のいる反対側を1回だけゆっくりと扇いだ。
すると、どうだろう。
たった1回、ゆっくりと扇いだだけなのに、嵐のような風が立ち起こり、近くの木々の葉は、たちどころに飛ばされて木の幹と丈夫な枝だけが残っていた。
「すごい力であろう。おまえにこれをあげよう。せっしゃは、まだ、この葉をたくさん持っているから、遠慮せんでよいぞ。」
「ありがとうございます。」
私は、遠慮せずに受取った。
「だけど、この楓の葉は、どのような時に使えば良いのでしょう?」
「ムムム。。。そうだな。。。。それは、誰かを追っ払いたい時に使えば良いと思う。」
「そうかぁ。」
そして、私は、試しに大男がやったようにちょっと強めにその葉っぱで1回扇いでみた。
すると、一瞬にして嵐のような風が立ち起こり、目の前にいた大男の姿が見えなくなってしまった。
「あらまあ。本当にすごい威力だ。悪いことをしてしまったかなぁ?誤って?大男の方に向かって扇いでしまった。」
そして足元には、先程拾った『下駄』ともう片方の『下駄』の両方が揃って残っていた。
「これで、いつでも、好きな場所に行けるんだな。。。あの大男にも会えるのだね。
だけど、やはりあの大男に、絶対に会わない場所に行くことにしよう。」
私は、少しずる賢い考えを起こしてしまった。そして、私は履いていた靴を脱いでリュックに仕舞い、この下駄に履き替えて、歩き始めたのだった。
下駄の履き心地はハイキングをしていても、違和感がまったくといって感じられない。
下駄に魔法がかけられているように、普通の靴以上に軽くなり、スタスタと歩くことができるのだった。
『なんと素晴らしい下駄だ。』
それから、しばらくハイキングを楽しんでいるその途中に、思いついたことがある。
この下駄で昔、子供の時にやったように、天気を占ってみたくなったのだった。
私が子供の頃、靴を飛ばして、次の日の天気を占ったことを思い出したのだ。
下駄でやるのが、一般的なことだっただろう。
早速、声を出して、試してみることにした。
『あした、天気にしておくれ。。。』
そう言いながら、履いていた下駄を放り出した。
すると、一度地面に着いた後、ころころ転がり下駄は横を向いて止った。
『明日は曇りか。。。』
「まあ、そんな感じかもしれない。」
空を見上げると雲ひとつない青空が広がっている。
そんなこんなで、私はこのハイキングコースをこの下駄のおかげか分らないが、4時間もかからずに踏破することができた。
帰り際、下駄が目立つのでリュックに仕舞い、靴に履き替えた。
すると、靴がなんと重いこと。
先程までの軽やかな歩調が嘘のように感じられた。
そして、次の日。。。
玄関に飾った下駄が示していたように、天気は曇りになっていた。
『この下駄は、天気まで当ててしまうのだろうか?すごいものを手にしたものだ。』
私はひとりで、感心していた。
しかしながら、ふと私は思いついてしまった。
『なんと素晴らしいアイデア。。。私自身に惚れ惚れしてしまう。』
それは、昨日もらった葉団扇を使えば、いとも簡単に、天気を晴れに出来るだろうという考えだった。
それはもちろん、空に浮かんでいる雲を追い払うように葉団扇を動かせばよいだけなのだ。
どうなるか分らないが、私は早速外に出て、試みることにした。
そして私は、葉団扇を力任せに何度も何度も、空に向かって扇いでみたのだった。
『バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、。。。。。。。。』
するとどうだろう。
思った通りに雲はひとつもなくなって、すぐさま晴れ間が覗いてきた。
『いいねぇ。。。やはり、思った通りだ。天気が良いと気持ちまで晴れやかになるよ。』
燦燦と降り注ぐ太陽が、心地良い。
『いつでも天気は、晴れに出来る。』
私は、なんだか人に言い知れず、すごい能力を身に付けたようで、優越感に浸っていた。
ところが、。。。。。
。。。。。
。。。。。このことによって、ほかにも動いてしまったものがあったのだった。
それは、。。。。。
葉団扇を力任せに何度も何度も扇いだことにより、。。。。。
地球が周回軌道から外れてしまい、太陽から徐々に遠ざかり始めてしまっていたのであった。
― F i n ―
ついに、自費出版しました『私のショート・ショート』が、2014年4月で廃刊となりました。
購入して読んでいただいた方々にお礼申し上げます。
なお、本で出したものについては、これ以上、再投稿をするつもりはありません。(こちらの投稿サイト作品のうち、いくつかが本に掲載されています。)




