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Crimson Tear  作者: シャルル=コクトー
8/12

 アルカディア姫の遺体は宮廷魔術士たちによって氷の中に閉じ込められ、保存されることとなった。蘇生までにこれ以上日がかかるようならば、遺体の損傷が激しくなる。それを防ぐための措置である。

 同時に、神官たちを見限った皇帝は、魔術士たちに望みを託すことにしたようだ。宮廷魔術士たちだけでなく、国中の魔術士たちに、アルカディア姫を蘇らせる方法の研究を命じた。いかなる手段を用いようと、どれほどの金を使おうと構わない。アルカディア姫を生き返らせた者には莫大な報償と貴族の地位を約束する。

 一方で、宮廷魔術士たちにはこうも告げた。もし、蘇生ができぬようならば、全員を処刑すると。

 こうして、帝国のあちこちで魔術士たちのなりふり構わぬ生命蘇生術の研究が始まり――いくらかの月日が過ぎた後に、一つの可能性を皇帝に伝えるに至った。



 また魔術士たちへの指示が行われたのと同時期に、施療院院長のソリエード伯の指揮によって、流行り病の根絶作戦が展開されていった。ネロ帝がアルカディア姫の蘇生の件にかかりきりになっているので、ソリエード伯の半ば独断によるものだ。

 彼は彼で、アルカディア姫の命を救えなかったことが、ずっと心残りとなっていた。

 それゆえに、せめて姫が天晶球に遺してくれた魔法を生かして、できるだけ大勢の命を救おうと、それこそがアルカディア姫の遺志を継ぐことだと考えるようになったのだ。

 ソリエード伯は神官でもなければ魔術士でもない。だが一人の施療者として、癒しの手段を得るため、どちらの技にもそれなりに通じていた。なので、彼は帝都の感染者を天晶球の魔法で治癒していくのと並行して、夜の時間などを使ってその魔法の解析を行っていった。

 だが、その魔法はソリエード伯をもってしても簡単に解析できるものではなかった。複雑だが理に適った構造と直観的な飛躍が並び立ち、しかし互いを損なわないという稀な構成をしていて、死の間際の短時間で組み上げたとはとても信じられないほど緻密で独創的で美しい魔法だった。

 さすがは魔法に関しても天才と謳われたアルカディア姫の魔法である。解析を進めれば進めるほど、失われてしまった才を惜しまずにはいられなかった。

 そのように困難はあったが、帝都に生き残っていた感染者を全て治癒させ、亡くなった者の遺体を焼き、埋葬を済ませ、どうにか街の復興に向けて動き出せるまでになった頃には、ソリエード伯は魔法の解析を完成させ、別の天晶球にその魔法を複製することが可能となった。

 これによって、帝国全土で流行り病の治療が一気に進むこととなった。

 複製された魔法入りの天晶球は帝国の各地に送られて、その地の施療院のものか、あるいは魔術士、神官が使用して感染者の治療を行うこととなった。

 この時点になると、計画の進行はひとまずソリエード伯の手を離れたと言っていい。

 伯が皇帝ネロに呼び出されたのはちょうどこの時機においてであった。

 謁見の間ではなく、皇帝が主に執務を行っている部屋に通されたソリエード伯は、執務机につきこちらをじっと見ている皇帝と向かい合うこととなった。むろん、伯自身は立ったままで。

「ソリエード伯」

 ただ名前を呼ばれただけなのに、一瞬、背筋が凍りついたかのような錯覚がした。

 身ぶるいと、せり上がってくる恐れを表情に出さぬよう押し殺すのに、不自然な一拍の間を要した。

「――は、はっ」

 皇帝は厳格な人柄と果断な行動の人ではあるが、ここまで恐ろしく思われたのは帝室専属医である伯にしても初めてのことであった。

 いったい何を言われるのであろうかと、内心身構えていたのだが、

「ソリエード伯、アルカディアの遺した魔法を用いて民を救ってくれたそうだな」

 意外にも、そんなことを言われた。

「は。出すぎた真似と存じますが、できるだけ大勢の民草の命を救うことこそが、アルカディア姫様のご遺志であろうかと思われましたので」

「ふむ。本来であれば率先してこちらが動かねばならぬことであったが、伯の働きは礼を言わねばなるまいな」

「い、いえ……そのお言葉だけで十分報われた思いでございます」

 会話の内容自体はとりたてて気にするほどのものではない。先ほどの寒気はこちらの思いすごしであったろうかと思い始めた矢先――

「謙遜することはない。伯のおかげで、アルカディアを救う手だてを実行することができるのだ」

「…………は? それは、どういう――」

 アルカディア姫を蘇生させる方法の研究は現在大きな進展はないと聞いている。聖霊となり、神々の遣いとして人とは違う世界に在るようになった彼女を、人として生き返らせる手段は、いまのところ発見されていないはずだ。

 それが、何か手立てが見つかったと……?

「これ以上、人の数が減り続けていてはそれも危ういところであった。重ね重ねよくやってくれた、ソリエード伯」

「へ、陛下……姫殿下を蘇らせる手立てというのを……お伺いしてもかまいませんか?」

 普段であれば、その程度の質問は許されるばずたという専属医としての自負はある。だがねこの時ばかりは薄氷を踏むような嫌な予感を押さえることができなかった。

 皇帝はそんなソリエード伯の様子を面白そうに見やると、

「伯は、いまはまだ知らずともよい」

 低く笑って、そう答えた。

 そのこちらの心を毒するかのような笑い声が、伯にこれ以上の質問を断念させた。彼はただ頭を低くしてこの場をやり過ごすことだけを考えていた。



 皇帝がほのめかした蘇生の手立てに関わる事柄を、それと気づかずソリエード伯が耳にしたのは、また数か月ほど経ってからのことだった。

 気がつけばアルカディア姫が亡くなったあの日からおよそ一年の時が過ぎ去っていた。

 猛威をふるった流行り病もほぼ終息し、帝国各地で復興が進んでいる。一足先に流行り病の終焉を見た帝都では、かつてほどの勢いはないにしろ、大勢の人が行き交うにぎわいを見せるようになってきていた。

 地方に出向いていた施療院の医師たちもぼつぼつと戻りはじめていて、そんな医師の一人が伯にその噂を伝えてきた。

「……人狩りだと?」

「はい。あくまで噂ではありますが――」

 と、彼はそう断ると、人目をはばかるように小声で続ける。

「――グリーニエからトレメロにかけて、幾人もの人間がさらわれたという話が」

「それは――さらわれるのは男なのか女なのか?」

「男も女も、です。加えるなら子供も」

 手あたりしだいか、とソリエード伯は首をひねり、

「しかし、そんなに大規模にやっていては噂程度では済まないのではないか? 各都市の憲兵も放ってはおかないだろう」

「ですから、人狩りに遭った者は皆人気のない場所に一人、ないしは少人数で赴いた者ばかりのようなのです。だからこうして噂になるのも遅かったようです」

「……そんなに前から起こっていたというのか?」

「そのようです。詳しくはわかりませんが……おそらくまだあの地方で流行り病の治療を行っていた頃からかと」

 ともあれ、こうして施療院にまで噂が届くくらいだ、すでに憲兵も動いていることだろう。そう結論付けてソリエード伯はこの話を打ち切ろうとしたのだが、

「――そして、こちらはさらに根拠のない流言飛語の類ではあるのですが……」

 医師はさらに話を続けようとした。

「なんだ」

「はい、どうも憲兵はこのことを知りつつ、人狩りを見逃しているのでは、という声もあるのです」

「そのような、馬鹿なことが……」

「ですが、いなくなった者たちはいまだ一人として戻ってきていないとか……。それに、捜索を申請しても憲兵はあまり真剣に動いていないようでして」

 伯は眉をひそめて、考え込むように腕を組んだ。もし一地方都市の憲兵の不作為が中央に知れたりすれば、何らかの処罰なりあってしかるべきだろう。噂がここまで届くぐらいだ、当然彼らの耳にも入っているだろう。

 だが、それに対して何らかの処罰なり指導なりあったという話は聞かない。

 ということは……中央からしてその「人狩り」を見逃しているということも考えられる。

 すると、まさか「人狩り」の指示を出しているのは……。

「ふむ、報告ご苦労だった。君も、外に出るときは気をつけてくれ」

 動揺を顔に出さないように注意を払いながら、ソリエード伯は話を打ち切り、医師も「では、私はこれで」と自らの持ち場へと戻っていった。

 彼は、自分のもたらした噂話が、ソリエード伯の心にぬぐい去れない疑念を植え付けたことには気づいていなかった。



 それ以後、伯は「人狩り」についてひそかに調査を行った。なにか情報を知っている者がいると聞けば、人をやって聞き取りをさせた。「人狩り」が行われているグリーニエのほうにも人を派遣した。もっとも、人気のないところには近づくなとは強く言いつけておいたが。

 そうしてわかったことは、やはり、大々的に「人狩り」が行われているという事実であった。失踪者はすでに百人を超え、そして人がさらわれる地方も徐々に拡大していた。

 そして、秘めごとのように人々の口にのぼる名前。

 そう、ソリエード伯だけでなく、すでに大勢の人がそれを感づいていた。表立っては語られないが、確実にその名は人々の間に浸透しつつあった。

 すなわち、皇帝ネロと――アルカディア姫の名が。

 そうするうちに、ソリエード伯はネロ皇帝に呼び出され、彼の執務室で再度謁見を賜る機会を得た。

 さすがに緊張に身を固くする伯に対して、皇帝が尋ねたのは、一度命を失ったものが再び命を取り戻したとして、その身体の損傷をソリエード伯の治癒魔法で回復させることができるか、ということであった。

 その質問の真の意味についてはいったん置いておいて、伯は純粋に治癒者としてその仮定の問題について考えてみる。そして導き出された答えは、

「その者が、“まことの命”を持つものであれば可能でしょう。ですが、人の手による“偽りの命”を持つ者の身体は私の魔法では癒すことはできないでしょう」

「“偽りの命”とは何だ?」

「“偽りの命”とは、人の手によって、命とは似て異なる仮初めの命を与えられたものでございます。神によって与えられた“真の命”を持つものと違って、自ら思考し行動することもできず、ただ生きているように見えるだけの者のことです」

 ふむ、と皇帝はその言葉にいくらか考え込み、

「ではソリエード伯、“真の命”を持つ者の命を別の物に移し与えた場合、その命は“真の命”か“偽りの命”かどちらなのだ?」

「そ……それは……」

 おそらくはこれこそがアルカディア姫の蘇生のための秘術なのだと、ソリエード伯は悟った。だが――

「ですが……そのようなことが可能なのですか? 人の命を、移し替えるなどと……」

「見に来るか? 実際、アルカディアが蘇った暁にはそなたの力が必要となるのであるから」

「…………」

 ソリエード伯は答えを返せなかった。果たしてそのようにして蘇った命が“真の命”といえるのか。

 だが、もしそれで姫が本当に蘇るのなら、その場に立ち合いたいという思いも否定しがたかった。

 そして、自分の本心がわからないまま、ソリエード伯は同意をしていたのだった。



 そこは皇城の地下、誰も訪れるものもないはずの一角。

 煉瓦の壁に囲まれただけの殺風景で広大な一室の中央に、寝台に寝かされたアルカディア姫の姿があった。

 それは、一年ほど前に息を引き取ったそのままの姿で、不覚にもその姿を見ただけで伯は胸にこみ上げるものを抑えられなかった。

 姫の遺体は保存のため氷漬けにされていたと聞くが、今はその戒めから解放され、地下の空気に直接その身をさらしている。

 彼女の横たえられた寝台を中心に、複雑な魔法陣が幾重にも描かれていた。魔術の心得のあるソリエード伯ですら、大まかな構造を読みとるのがやっとで、とても精読はできないほど複雑――というよりも煩雑と呼ぶほうがふさわしいような魔法陣であった。

 その魔法陣を巡って数人の人間が作業をしていた。皇帝よりアルカディア姫の蘇生を命じられている魔術士たちだ。中には伯も見知っているものもいた。

 やがて、準備が整ったのか、魔術士の一人が部屋の外に出て行き、そして、鎖で繋がれた男女十人ほどの人を連行して戻ってきた。

「へ、陛下……これは……」

 かすれた小さな声でそう訪ねるのがやっとだった。

 皇帝はそんなソリエード伯の様子を面白そうに見ながら、

「アルカディアに移す命だよ、ソリエード伯。下賤な者どもの命でも、アルカディアを生き返らせるための礎とな成すことができる。ただし、一つではとても足りないそうなので、十人分用意したがね」

「そんな……ことが……」

 人を人と見ない皇帝の言葉に、伯は震えが起こってくるのを止められなかった。

 十人の生贄たちは、もはや自らの運命を悟っているのか、生気のない虚ろな目でうつむいているばかりであった。

 が、突然そのうちの一人が、

「お、お許しくださいっ! あのお方がアルカディア姫様であったとは知らなかったのです! どうか、どうかお慈悲を!」

 叫ぶような声を上げた。

 その発言の意味が分からず困惑する伯であったが、

「あの者どもは、一年前、アルカディアに治癒魔法を無理矢理使わせた帝都の罪人どもだ。いつ処刑してやろうか考えておったが、魔術士からの進言により、アルカディア復活の礎と成すことにしたのだ」

 皇帝にそう説明され、はっと彼らの人相を見る。そして、そこに姫の侍女であったクレアの姿がないことを確認し内心安堵した。

「では人狩りはーー」

 無関係であったかと、口に出しかけてあわててそれを止める。だが、皇帝は伯の言いかけたことを理解したようで、

「そういえば、伯はこそこそと嗅ぎ回っておったようだな。そのことを咎めはせぬ。むしろ真実を教えてやろう」

 背筋を冷や汗が流れる。自分の行動はすべてが筒抜けであったことを知り、自らの足下に避けられぬ落とし穴が口を開けていることに気づいた。

「もちろん人狩りはわしが命じたことだ。集めた連中は蘇生法研究に大いに役立ってくれたぞ」

「……彼らは……いま……?」

「さて、どうかな? アルカディアと違って、聖霊になったなどということはないだろうがな」

 ああ、とソリエード伯は天を――むろん視界に入るのは塗り固められた地下室の天井であるが――仰いだ。彼が、いやアルカディア姫の遺志が流行り病から救ったはずの人々の命が、姫を生き返らせるという目的のために奪い返されてしまった。

「嘆くことはない。アルカディアを生き返らせるための礎となれたのだ、下々の者どもの命にも使い道があったということだ。やつらにとっても喜ばしいことであろう」

 ――陛下は変わってしまわれた。姫様を亡くされてから、ただ愛娘の復活のみ望まれ、他のすべてを捨て去られてしまった……。

 せめて、この儀式で姫様が蘇れば、もとの陛下に戻ってくださるだろうか。いまはそれだけを願うしかない。

 生贄となる十人は寝台のアルカディア姫を取り囲むようにして、魔法陣の要所要所に配置された。何もかも諦めきった目で、為されるがままに魔法陣の一部として鎖でつながれてゆく。

 皇帝とソリエード伯との会話を聞いていたのか、先ほど「許してくれ」とわめいていた男も、もはや口を開こうとすらしなかった。

 アルカディア姫を中心として、十人の男女が拘束され、さらにその外側を取り囲んで五人の魔術士が立った。

 ネロ皇帝とソリエード伯はさらに外れた位置からその様子をじっと見ている。

 やがて、合図があったわけでもないのに一斉に五人の魔術士が呪文の詠唱を開始した。ピタリとそろったその詠唱は、時に和声を重ね、時に音を分かち、一曲の歌であるかのように進んでいく。

 徐々に高まっていく音につられるように、その場の空気が緊張をはらんでいく。なにか目に見えない邪悪なものが潜んでいるような雰囲気に耐えかねたように、生贄の一人が濁った悲鳴を上げ――

「――――――!?」

 ぼぞり、とその体が崩れ落ちた。

 倒れたとかそういう生易しいものではない。まるで、人の身体を人たらしめていた何かが抜け出てしまった後であるかのごとく、そこには、形のない――まるで排泄物のような肉塊が泥の小山を成して残されているだけであった。

 もはや、そこに生きていた人間が存在していたことを見てとることはできなかった。

「――――――っ!!」

 悲鳴が連鎖し、そのたびに、悲鳴の主は人が人であるための精髄を抜き取られて肉塊と成り果てていく。

 悲鳴は十回響き、そうして、魔法陣の内側に生きている人間はいなくなった。いや――

 魔法陣の紋様の上を光が走り、中央のアルカディア姫へと流れ込んでいく。十の光の流れが全て姫へと吸い込まれ、そして魔法陣は役目を終えて沈黙した。

「――陛下、ご確認を」

 魔術士の一人がそう声をかけてきた。

 ネロ皇帝はゆっくりした歩みで中央の寝台へと向かう。

 三歩分ほど遅れて、ソリエード伯もその後に続いた。まさか、という思いは決して消えなかったが、もしかしたら、という希望も確かにあった。

 二人は、汚物を避けるように肉塊を迂回し、横たえられたアルカディア姫の元へと到達する。そして――

「おお……!」

 皇帝の口から歓喜のため息がこぼれた。

 ソリエード伯も思わず息をのんだ。

 寝台の上のアルカディア姫の青白い肌にかすかに赤みが差し、小さな唇はかすかながらも呼吸をおこなっていたのだ。

「本当に……蘇生を……」

 感極まりながらもソリエード伯はアルカディア姫の様子を子細に観察してみた。姿形は一年前に息を引き取ったときそのままだ。だが、みずみずしかったその肌は水分を失い、あちこちに皺や黒ずんだ斑点が生じている。ひどいところでは目を背けたくなるような肉体の損傷も見られる。

「ソリエード伯」

「はい、陛下」

 皇帝が自分を呼んだのはこういう理由からなのだ、と伯は理解した。だから、蘇生したアルカディア姫に向かって治癒魔法の呪文を唱え始める。

 はたしてこのような手段によって――十人もの命を奪うことによって蘇った命が“真の命”と呼べるのかはわからない。

 だが、もし許されるものなら、再びこの姫殿下の声を聞き、その笑顔を見たい。

 その一心で、伯は治癒魔法をかけ続ける。

 彼の願いが神に届いたか、はたまた何らかの偶然か、伯の魔法は効果を現し始めた。腐りかけていた箇所は復元し、体のあちこちに見えていた斑点は消え、老人のようだった皮膚はもとのみずみずしさを取り戻す。

 細かった呼吸がしっかりと安定したものとなったのを確認し、ソリエード伯は呪文を止めた。「よくやってくれた、ソリエード伯」

「はっ」

 そうしてしばらく、眠っているかのように横たわるアルカディア姫の姿を見つめていた。

 だが、姫はただ眠り続けるだけで、目覚めようとはしない。

「へ、陛下……これは」

「うむ、やはり――」

 と皇帝はそばにいた魔術士に問いかけの視線を送る。

「はい。事前に申し上げておりましたように、今の我々にはアルカディア姫様のお体を蘇らせるのが精一杯でございます」

「……体を?」

 と声を上げたのはソリエード伯だった。皇帝は、すでに説明を受けているのか、ある程度は納得している表情をしていた。

「左様にございます。我々が今回成したのは、姫様のお体に命を移すこと。これにより、お体は生きているのと同じ状態となられましたが、お目覚めになるためには、姫様の魂が必要であるのです」

「聖霊となられたという、姫様の魂か……」

「それでも、こうしてアルカディアが生き返ったのだ、それだけでも前進といえるであろう。よくやった。引き続き、アルカディアの魂を取り戻す方策を研究してくれ」

「はい、仰せのままに」

 と、魔術士は恭しく体を折り、そして言葉を続けた。

「それで、陛下。姫様のお体に命を補給する件ですが――」

「わかっておる。十日に一度、この儀式を行えばよいのであろう? 命の補充となる人員についてはこちらで手配する」

「――――!」

 さらりと告げられた言葉に、ソリエード伯は絶句した。

 この忌まわしい儀式を、これからも定期的に続けなければ姫様のお命を維持できないというのか……!

「すべてはアルカディアの魂を取り戻すまでのことだ。アルカディアを生かし続けておくためならば、その程度の命など安いものだ」

「そんな…………」

 これで終わりだと思っていたからこそ、伯は大勢の命が奪われるのを黙って見ていたのだ。今後も多くの命が姫のために奪われるのに目をつぶらないといけないのというのか……?

 だが――

「ソリエード伯、これからも協力をお願いする。定期的にアルカディアに治癒魔法をかけてもらえるとありがたい」

「は……はい、陛下のお言葉のままに……」

 もう彼は魔の所業に片足を踏み込んでしまっていた。そして、一度関わった以上、死を賜ることでしかここから抜け出すことができないことを、伯ははっきりと理解していた。




※次回アップ予定は8/18です。

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