Epilogue
「それで、お姫様はどうなっちゃったの?」
その声に、ふとそちらを向くと、不安そうな顔をしてこちらをじっと見つめている孫娘の瞳があった。
いささか語りに力が入りすぎたかもしれない。でも、それだけ話に入れ込んでくれたのであれば、語った甲斐もあるというものだ。
老婦人は安楽椅子の上で軽く体を動かして、少しこわばった体をほぐす。
「お姫様はね、神様の力で吸血鬼にされてしまったんだよ」
「……吸血鬼?」
聞き慣れない単語に、メグは首をかしげる。
「吸血鬼というのはね、人の生き血を吸って生きる怪物のことだよ」
「血を吸うの?」
「そう。吸血鬼には鋭い二本の牙があって、それで人の首筋に噛みついて血を吸うのさ。血を吸われた人は死んでしまうか、生き残ったとしても吸血鬼になってしまうんだよ」
「そ、そんなのやだよー」
本気で怖がっているメグを安心させるために、彼女はにっこりほほ笑んで、
「安心おし。メグがいい子にしていれば吸血鬼なんて寄ってこないよ。でも、メグが悪いことをしたりすると、仲間にするために近づいてくるかもね」
「いい子にする。メグ、いい子にするから」
うんうん、とうなずいてみせ、彼女は話を続ける。
「神様が人を罰するためにお姫様を不死の吸血鬼にしたんだけど、その時に魔神の力も一緒に入っちゃったから、正しく生きている人のところには近づけなくなっちゃったんだよ。だからいい子にしていれば大丈夫」
「本当?」
「ああ、本当さ――」
――でもね。
と、彼女は言葉を紡ぐ。女の子にこの話をするときはここからがある意味一番の見せどころでもあるなのだ。
「女の子には、いい子にしていても、ただ一日だけ気をつけなければいけない日があるんだよ」
え? とメグが顔をあげてこちらを見る。そこにちょっとだけ意地の悪い喜びを覚えながら、
「それはね、十八歳の誕生日だよ。
十八歳を迎えることなく不死の怪物になってしまったお姫様は、十八の誕生日を迎える乙女の晴れやかな笑顔が憎くて仕方ないのさ。だから、メグも十八の誕生日には笑ってはいけないよ。笑うと吸血鬼アルカディアがメグの血を吸いにやってくるからね」
にやり、とわざと恐ろしげに笑ってみせると、孫娘は何も言わずに、ただ何度も頭を上下させてうなずくばかりだった。
ちょっとおどかし過ぎたかね、と思わないでもなかったが、そういえば、祖母からこの話を聞いた時の彼女もこんな反応を返したような気がするので、これはこれで成功というべきだろう。
「まあ、そんなに心配することはないよ。もしも吸血鬼がメグの血を吸いに来ても、レンジャー隊の人たちがやっつけてくれるからね」
孫娘の不安を軽減するために、とりあえずそうつけ加えておく。市民の不安を取り除くのも、スノーフィールドの治安を守るレンジャー隊の役目のはずだ。「吸血鬼が来たら守ってくれる?」とおとぎ話におびえる幼い少女に尋ねられたら、「俺たちに任せておけ」くらいのことは言ってほしいものだ。
「さ、これで今日のお話はおしまい。ちょっと怖い話だったかもしれないね」
「うん……次はもっと楽しいお話がいい」
「わかったよ。さ、もう遅くなったからメグはもう寝ないとね」
彼女がそう言うと、孫娘はこちらの服の裾をぎゅっとつかんで、
「……おばあちゃんと一緒に寝てもいい?」
「よしよし。じゃ、今日は一緒に寝ようか。メグのお母さんにもそう言ってこないといけないね」
ささやかな日々の幸せ。これが彼女のすべてだ。この可愛い孫娘もいつの日かよい人に嫁ぎ、子を産むのだろう。けれど、不死ならぬ身の自分には、その時までこの世にいられるかどうかもわからない。
でも、それでいい。人の営みはそうして続いていく。
願わくば、孫娘が何事もなく晴れやかなその日を迎えられますように。身勝手なる神々にそう願い事を託して、彼女はメグを連れて寝室へと向かっていった。
「CrimsonTear」・了
作品プロット:三休亭座高
シャルル=コクトー役・筆者:一橋明星




