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白手の君

作者: 灯本 麻夜

 

 

 なんて綺麗な手をした人だろう。

私は惚れぼれする程美しいその手を直に取り、頬ずりをしたい衝動に駆られた。

私は所謂フェティシズムに傾倒した人間で、特に職業柄こうしていろいろな方の

手を見ることのできるこの仕事は天職ともいえる。

殿方で、まして武官としての地位にある方が、自身の手に気を使うなどまずあり得ない。一方心当たり があるとすれば騎馬隊の副官様くらいだろうか。

 


 隊務の傍ら美容ケアと称し、現在の隊で培った調合術を生かして、

流行りや自身を飾り立てることを好む女性武官や文官を相手に小さなサロンを開いている。昨今では廷内の貴族の姫君がお忍びで通ってくる。

異界の地での駐在任務で右往左往するうちに、ネイルアートなるものを見聞し、自身にも施したが事の始まりだった。


 

 末席ながら家名は貴族名鑑に載るわが家ではあるが、今いや没落の一途を辿るばかりか、さらに追いちをかけて、赤字を増やしつつあったのが数年前までのお家事情だ。

無駄に気位の高い兄や浪費家の妹たち、そして好事家の祖母。

なんとか負担を減らすべく女だてらに武官になったものの、出世とは無縁のわが身である。

こうして細々ながら、商売も軌道に乗り、いつ除隊となってもあの家を支えるくらいの蓄えはできた。

父が任務から帰らなかったあの日からこのような華やいだ場に招かれることなどなかった。


 

 しかしようやくこうして、お客様である特務隊の隊長様やそのほか、姫君が他の助力もあって、この場に立つことができるほどまでに、家名共々、資産もろもろの回復を見た。決して侮られぬように、そして母がこうした場に必ずまとったという銀狐のケープを羽織り、寒空に咲 き初める、梅園を愛でる。


 

 さざめくような人の波の中は、あるいは海であり夢であり、現実感のない言うなれば幽玄であった。

静かなこの場をたゆたうのはこの庭の主である。

当主の笛の音ばかり。早春と呼ぶにはまだ雪が多いこの時節にふさわしい寒月の音色だった。

 


 遠目で拝顔することはあった。

 



 しかし、神にも近しいその御身、武官としても天と地ほどの身分差で、どうして彼を直視できよう。

だが、今日ばかりは、この無遠慮な視線も許されよう。

一年でただ一度の、特別な日なのだから。


 

 あぁ、なんて美しくそしてたおやかであるのに力づよい手であろう。

奏上する笛の音は宴のお開きである口上の先触れだ。

ああ、あなたは私のことなどこれから先も知らず、生きてゆかれるでしょう。

ですから、せめて私の心の中で白手の君と呼ぶことをお許しください。

恋心とはもういえないほどの強すぎる憧憬は、いっそ崇拝に近いほどだ。

 


 最後の一音を奏でるその指を、私は名残惜しく見つめていた。

音が途絶えたのを皮切りに、静かにまた、細雪がふりはじめていた。

 自サイトの拍手より少し、手直しして転載です。

バイタリティある、女の子はお好きですか?

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