深い溝が出来た原因
魔王は、緑虎を呼ぶと陽菜と月星を他の部屋に案内するように指示を出す。陽菜と月星が部屋から出て行くと、魔王は来靭と向かい合うように座る。
「来靭・・・。」
「復帰するつもりはありません。」
「わかってるけどさ・・・」
「・・・。」
十数年前・・・
メイドになりたての来靭の視界に、いつもある執事が写っていた。
その男の名前は鱗禄。当時の執事長で魔王の右腕。
魔王も絶対の信頼を置く執事だった。
彼はどの立場の相手であっても優しく、暖かい対応でありながらも、常に敵の行動を把握し攻撃。魔王を守り続けた。
自分の身体で“執事とは何なのか?”という答えを示していた男だった・・・
「どうされましたか?」
鱗禄の優しい言葉も暖かい手も来靭は大好きだった。
「紅茶の入れ方、勉強しましょうか?(苦笑)」
来靭はメイドとして必要な技術をなかなか習得することが出来ないでいた。
そのような時も、鱗禄は時間が空くと技術を教えた。
ある日の晩・・・
「来靭。」
「?」
鱗禄は、紅茶を飲む手を止めると、真剣なまなざしで来靭を見つめてこういった。
「執事はね、技術だけではダメなんですよ。」
と・・・
「だめ?」
「はい。確かに、主が快適に過ごせるようにするためには技術は必要です。しかし、それに気持ちが伴っていなければいけないのです。」
「気持ち?」
「はい。気持ちです。その気持ちがあれば少々、型破りなことをしてもかまわないのです。」
鱗禄はにこっと笑うと、来靭の頭をそっと撫でる。
そんな時、執事長室のドアからコンコンと音がし始める。「どうぞ。」と鱗禄は言うと、来靭より少し年上の執事が複数は入ってくる。
「こんな遅い時間にどうしたのですか、龍鬼、緑虎?」
「僕達にも・・・技術を・・・教えてください。」
「お願いします。」
鱗禄は、驚いた顔をしながらもすぐに笑顔になり「わかりました。」と彼らに返事をした。
それから毎晩、執事室での勉強会が始まる。マナー、言葉遣いから、執事としての振る舞い、戦術など、ありとあらゆる事すべてを時間をかけて身に着けていく。
しかし、そのような時間は長くは続かなかった・・・。
魔王とともに天界へ乗り込んだ鱗禄が
魔界に戻ってくることはなかった・・・
それから数年来靭、龍鬼、緑虎の周辺はめまぐるしく変化していく。
魔王は天使であった妃と結婚し、数年後、桃花と柚子という双子の姫が生まれる。
来靭は柚子の担当メイドとして、緑虎は桃花の担当執事として、龍鬼は執事長として魔王夫妻、双子姫のすべての見守る者になった。
鱗禄が直接指導していた事を知っている魔王は、彼らにも絶対的な信頼を置いていた。
双子姫が5歳になったある日・・・
「柚子様!危のうございます!」
「何が?」
「もしもの事がありでもしたら・・・とにかくお降りくださいませ!」
「誰が降りるかバ~カ!!」
他のメイド・執事達が止めようとしても、柚子は木から降りようとはしなかった。着ていたドレスも動きにくかったのか、勝手に破って丈を変えてしまっている。
「お前ら、そういうことしか言えねぇのかよ。」
来靭はあきれた顔をしながら、黒のパンツにシャツという動きやすい服装で登場。柚子が登っている木まで行くとぱっと飛び上がる。そのまま柚子を捕まえるとさらに上昇。ついには木のてっぺんまで上がっていく。
「どう?怖い、それとも面白い?」
「楽しい!」
「ならいいけど(笑)」
来靭は柚子を抱えたままさらに上昇していく。ついにはその木の天辺に到達した。
「楽しかった。来靭だけだね、俺がしたいことわかるの(笑)」
「そうか?でもさ・・・魔王の部屋に入ったほうが早くねぇ?」
「うん。でも、勝手に自分の部屋でたら龍鬼がうるさいから(笑)」
「ハハハ(笑)あいつらしい。でもさ、心配性だからさ~(笑)」
「そこがマジでウザイ(泣)」
「このまま地所に下りたら確実にいるぞ、龍鬼。」
「嫌だ、会いたくない(泣)」
「我慢しろ。」
柚子が木に登ったのは“魔王の仕事部屋がどうなっているか”を知りたかっただけなのである。
地上に戻ってきた柚子と来靭の前には案の定、キレそうなのを我慢している龍鬼の姿が・・・。
「柚子様・・・何という格好を(慌)」
「動きにくい(怒)」
「だからって、このような格好は(慌)」
「いいだろ、別に!」
「来靭・・・お前な~(怒)」
「柚子様のリクエストで~す(笑)」
「俺が頼んだ!親父の部屋が見えるくらいまで飛べって!」
「だからって・・・」
そこに緑虎が少し泣きそうな桃花を連れてやってきた。
「龍鬼、来靭、魔王様が呼んでいる。」
「了解。」
「了解。着替えたらすぐ行く。」
「桃花様と柚子様はお部屋でお休みください。」
「へ~い。」
「緑虎・・・」
「なんでしょうか、桃花様。」
「絵本・・・返して(泣)」
「ダメです(怒)」
「・・・ ・・・。」
「とにかく、今日は柚子様と一緒にお休みください。」
緑虎は、そういうと龍鬼と一緒に魔王の待つ部屋へ・・・
来靭は、正装に着替えると魔王の部屋に向かって歩き出す。その時、数名の天使のすれ違った。
不思議に思いながらも部屋の前まで到着すると、魔王の部屋を出て行く妃の姿を眼にする。
その姿を横目に部屋に入ると、来靭の眼に棺が入ってきた。
中には、たくさんの花に埋もれる鱗禄が横たわっていた・・・。
かなり痩せてはいたが、鱗禄の面影はどことなくあったが・・・。
「うそ・・・だろ・・・」
「来靭・・・」
「こんな形で・・・会いたくなかった・・・。」
その場で泣き崩れる来靭を魔王は慰めようとするが・・・
「魔王様・・・あなただけは絶対に許さない。」
驚いた魔王は、思わず来靭から手を離すと後ろに下がってしまう。
「あなたは、執事長の何を見ていたの?必死にあなたを天使や、他の脅威から守り続けたのに・・・あなたは執事長を“2度殺した”のも同然。今のあなたに仕える気はもうありません。」
そういうと、来靭は部屋を後にし、そのまま魔界からいなくなってしまった・・・。
魔王はその後何度も来靭の居場所を探しては、復帰の打診をしたが、来靭は断り続け、姿をくらます。
その繰り返しだった・・・。
静まり返る部屋の中
魔王と来靭は
深い溝を埋められないまま
同じテーブルに座っている・・・。