女はカメレオンなの。
「桃花・・・柚子・・・」
魔王は、うわ言で娘達の名前を言い続ける妻の姿を見るたびに、居た堪れない気持ちと不安だけが募っていった。
「失礼します。」
魔王に仕えるメイドが電話を持って急いで部屋に入ってくる。
「執事長、龍鬼様からです。」
そういうと、魔王の机に電話を置いてメイドは退室した。
「桃花と柚子は見つかったか?」
「はい。しかし・・・」
「どうした?」
「今回の件は、来靭とその仲間達が関わっています。姫様達の確保に・・・少し時間がかかるかもしれません。」
「そうか・・・来靭か・・・懐かしい名前だな。」
「・・・」
「お前達にとって、少し厄介なことになっていると思うが・・・・・・どんな手段を使ってもいい。桃花と柚子を確保してくれ。」
「承知いたしました。仰せのままに。」
魔王は静かに電話を切った。
「パパ・・・」
その声に驚いて、魔王がベットに眼を合わせると、青白い顔で、力を振り絞ってベットから起き上がろうとする妻の姿が・・・。
「おい、無理するな!まだ寝とけって。」
魔王が妻を横にさせようとするが、妻は魔王の両腕を掴んで「桃花と柚子は・・・無事なの?」と不安そうな顔で聞いてくる。
「大丈夫だ。今、龍鬼と緑虎が迎え行ってっから。時期に帰ってくる。だから、ゆっくり休め。」
魔王はそういいながら妻を抱きしめた。妻の苦しそうな呼吸も、不安でやつれていく小さな顔も見ているのが辛くて仕方がなかった。
「うそつき・・・」
魔王は、妻にいきなり言われたその言葉に動揺したが「ついてないって。」と軽く言葉を返す。
「私は・・・大丈夫だから・・・本当の事・・・言って・・・」
「どこが大丈夫なんだ、その顔で(怒)」
魔王はそういいながら、自分の両手いっぱいに妻の顔を包んだ。そして、じっと妻の眼を見て「とにかくゆっくり休め。」と言うと、手の位置を両肩に変え、静かに妻を横にする。
「俺、ずっとここにいるから。一緒に待とう。」
「うん・・・。ありが・・・とう・・・。」
その頃
龍鬼は、静かに携帯電話を胸ポケットにしまうと、腰元につけていた刀で親指を少し深めに切った。あふれ出る黒い血を冷たいコンクリートの床にポタポタと落とすと「契約せし者に告ぐ。我が問いに答え、その姿を映し出せ。」とつぶやいた。すると、血が落ちた場所を軸に魔方陣が形成され光を放ち始め、やがてその光の中に何かを映し出した。
映し出されたのは、車内での桃花や柚子の様子に車外の様子、それに地図だった。
「龍鬼・・・。」
そこに、緑虎が傷口を塞ぎながらふらふらと龍鬼の元に戻ってきた。
「すまん・・・俺のせいだ。」
「いや、こっちこそすまない。援護できなかった。」
緑虎は胸ポケットから煙草を出すとサッと火をつける。
「まさか、来靭のところに、あんな“最終兵器”みたいな奴がいるとは・・・。」
「そうだな。あれ“男”として扱っていいんだよな?」
「それしかないっしょ。」
「そうだな(笑)それより、桃花様と柚子様はこの場所に向かわれているようだ。」
龍鬼が指差した場所は、町の郊外にある大きな農園だった・・・。
そんな事とは露知らず、桃花と柚子を乗せた車は町を出て郊外に向かっていた。
「ちょっとさ~来靭。」
「何だ、陽菜?」
「ほら~お姫様達の為に~おしゃれを楽しませてあげない?」
「どういうことだ?」
「あ、もしかしてあそこのこと言ってんの、陽菜?」
「そうよ~!ほら、最近出来たアウトレットモール。結構広いでしょ?あそこでコーディネートしてあげようと思うの、私。」
「アウトレット・・・モール?」
「なんだそれ?」
「服とかいろんな物が安価で手に入れることが出来る場所。そっちでいう市場みたいな場所だ。でも、長居は出来ねぇ。龍鬼と緑虎の事だ、きっと農園や水族館の事を特定している。」
「その為よ~。ちょっと私達の手にかかれば、ね~月星。」
「そう、劇的に変身させちゃうから(笑)」
「あんたも顔バレしてんだから、一緒に変身してもらうわよ!」
「あたいも?」
「そうよ~。」
「えぇ~・・・お前らもだろ?」
「来靭にいい言葉を教えてあげる。“女はカメレオンと一緒”メイクやファッションなんかで劇的に姿を変えれるの!」
「私達は、そういうのに慣れてるの!」
「はいはい(呆)向こうも変装のプロだ。それだけは注意しとけよ。」
「「OK!!」」
そうこうしているうちに車はアウトレットモールの地下駐車場に入っていった。
「「うわ~!!」」
桃花と柚子の目の前には、活気のある町並みが広がっていた。
姫達の視界に入ってくる物すべてが新鮮で、初めてづくしの光景だった。
「じゃ、まず私のお勧めのお店から~!!」
月星はそういうとみんなを連れてエスカレーターを上がり始める。
最上階のフロアーに着くとそこからテクテクと歩き始める。
「こっこで~す!!」
そこにあった店は、へアケア用品や化粧品などが豊富な専門店だった。
月星と一緒に桃花と柚子が入ると、そこには見慣れない物ばかりで目移りしてしまっていた。
「さ、選びましょうか?」
月星は陽菜と来靭にアイコンタクトを送ると、商品を選び始めた。
彼らは、姫達から離れることなくこの店での買い物を済ませた。
「じゃ、次、私の気になってるお店に行きましょ~う!!」
そういうと、フロアーのさらに奥まで進む。そこにはエレベーターホールとトイレが・・・。
陽菜は、みんなを連れて女子トイレに突入。掃除用の立ち入り禁止札を立てて誰も近寄れないようにした。
「いきなりどうした、陽菜?」
「さっきのお店からずっとつけてきてる奴がいるわ。多分・・・」
「あいつらだな・・・。」
そういうと、陽菜と月星は姫達ににこっと笑う。
「「はじめましょうか!」」
そういうと、さっき買ったヘアケア用品や事前に用意していた服などを使って変身タイムが始まった・・・。
その頃・・・
「龍鬼さん、見失いました。」
緑虎は、スーツから長袖のTシャツにジーンズ、ベストを羽織ったカジュアルなスタイルに着替え、人間にまぎれながら姫達の様子を監視していたが見事にまかれていた。
その知らせを聞き、龍鬼も合流。彼のスタイルは、ポロシャツにジーンズといった感じである。
彼らが話しているのは、姫達が買い物をしていた店の前。姫達は、迂闊に外に出ることが出来ない状況であったが・・・
「よし!完成~!」
ウィッグを使い、茶色のショートヘアに髪を変え、シャツにパンツスタイル、帽子をかぶった桃花。一方、ウィッグで黒髪のロングヘアーに変え、ベージュのワンピース、濃い茶色のロングブーツ姿の柚子が完成。いつもと違う自分に姫達もびっくり。
「こっちも完成!見てみて!」
月星と一緒に現れたのは、黒のロングへアにニットのワンピース。ピアスを全部はずして、メイクの仕方まで変えた来靭の姿だった。
「本当に・・・来靭姉さん・・・?」
「そうだよ(怒)」
「全然・・・違う・・・。」
「お前らもだろ!」
「じゃ、後は私達ね、月星。」
「そうね、陽菜。」
すると、彼女(?)達は個室に入る。
数十分後・・・
「お・ま・た・せ(笑)」
個室から出てきた陽菜は、茶色で少し長めの髪をワックスで遊ばせ、黒のロングTシャツにパンツをまとい、黒のごつごつしいブーツを履いて出てきた。さっきの女の状態ではなく、男の状態だった。
一方、遅れて出てきた月星は、黒のタンクトップの上から白のYシャツを羽織っている。下はジーンズに皮のショートブーツ。腰元には少し重めのチェーンが存在感をあらわにしていた。
「この状態は嫌だけど・・・。」
「姫様達の願いを叶えるためだもん、覚悟を決めたわ(笑)」
「でも、その姿だとここから出るのは危険だな。」
「だから・・・こうするの!」
そういいながら、陽菜は鏡にペンシルライナーで呪文を書いていく。
「汝に告ぐ。我が名の下に集い、主の命を遂行せよ。」
その瞬間、鏡は光を放ち、包み込んでいった・・・。
気がつくと、姫達はアウトレットモールの入り口の入ってすぐのところに立っていた。
「瞬間移動でここに移動して、この格好で他の人間達と一緒に入れば、ばれないでしょ、うふ(笑)」
こうして、何とか姫達はピンチを脱した。
その後も買い物を楽しみ、再び地下駐車場から郊外の農園に向けて車を飛ばしたのである。