眞野の好きな奴
9月に入って文化祭の準備も始まり、生徒たちは皆、浮き足立っているような雰囲気で、放課後の校内にはいつもよりも多く生徒が残っていた。
俺たちもその中の一人だった。
俺らのクラスは移動棟にある二つの教室がぶち抜いてある広い小講堂で『巨大迷路』を作ることが決定した。
「文化祭の役決めをします。受付係と案内係二人一組で各30分づつ、時間はくじ引きで決めます」
教壇の上で実行委員がざわざわとした教室に向かって声を張り上げている。
「決まったグループから言いに来てください」
教壇前には早速グループを作った人達が並び始めた。
「紘平はもちろん俺とだろ?」
正士は勝手に決めつけて俺の席にまでやってきた。
「秦野とはだめだぞ。2人っきりになったら、見てないとこでチュッチュするんだろ?」
二人でじゃれていると、眞野が「早く言って来なよ」と促した。
「あたしは香奈と組んだからね。はい紘平残念」
腕を組んで俺達を見た眞野に正士が「紘平な秦野と組んで誰もいない教室でチュッチュチュッチュしたかったんだってさ」と口をすぼめながら言っている。
「いつもしてるくせにね、ヤらしい」
「ねー」
正士と眞野は顔を合わせ声を合わせて言うと、俺をみてニヤッと笑った。
「ふざけんなっ!思ってねーししてねーよ、死ね正士!」
「そうだよ晶子、毎日はしてないよ」
大真面目な顔であまりにも正直に答えた香奈を二人はポカーンとした顔で見て失笑した。
「そっか毎日はしてないのか」
眞野が香奈の頭を撫で「そうだよ。ね、紘平」と香奈は俺を見てにっこり笑った。
俺は赤面し心の中で香奈の天然さにため息をついた。。
文化祭当日、くじ引きで決まった時間帯にそれぞれが役割を果たす中、正士は他校から来た女子に逆ナンされていた。
「おい正士、手伝えよ!」
人気のないと思っていた『巨大迷路』だが、小さな子供達に大人気で思いの外大繁盛し案内係は大忙しだった。
バタバタとする中、やっと正士がやってきた。
「何やってんだよ、早く仕事しろよ」
「いやーワリーワリー、メルアド交換しちゃった。俺にもそろそろ春がやってくるかな」
「そりゃあよかったな。受付に人数制限してくれって言ってこいよ」
あと少しで交代という時に、香奈と眞野が様子を見にやってくるとその様子に目を丸くした。
「すごい人だね。あたしらんときは暇すぎだったのに」
決められた時間も終わり、ようやく自由の身になった。
「あっち行ってみようよ」
香奈は待ちきれないように俺の手を引っ張って、目的の場所へ歩いていく。
たまには引っ張られるのもいいな。1人にやけながら香奈に引っ張られるまま付いていった。
俺らは二人に連れられて服飾デザイン部がやっているベースへやってきた。
そこでは、デザイン部が作ったいろんな衣装を着て写真を撮れるという。
要は『コスプレ』だ。
中を覗いてみると、かなり繁盛していた。そして衣装もかなりな量があるみたいだ。服の写真が一枚づつファイルにとじてあり、そこから選んだ衣装を着て、部員がポラロイドカメラで撮影している。
女の衣装が大半だか、男用の衣装も多少あるみたいだ。いま流行りの大河ドラマの主人公のような衣装がある。
「見てくるから」と教室に入っていく眞野と香奈を見送り、俺と正士は廊下で待っていた。
廊下にはファイルがあり、それをめくりながらいろんな服を見ていた。
「これ好き」
正士が指差したのはナース衣装。
「お前エロいな」
「これでピンク色でにネコミミつけて欲しい」
言いながら手を丸めて「ニャンニャン」とイヤらしい顔で笑う正士から俺は離れた。
ペラペラめくっていくと、ロリータファッションからアニメの衣装と思われる奇抜な服までも多彩にあった。
「誰が着るんだよ?」
独り言をいいながら、ふと手が止まった。
そこには少しセクシーだが、レースをふんだんに使ったふんわりしたミニワンピースの写真があった。
香奈に似合いそうだな…
思わず想像してしまい、我に返り慌てて頭を振った。
イカンイカン。
そんな想像はダメダメ。
しばらくすると『時間かかりそうだから他のとこまわっててて』と眞野から俺らにメールが入った。
「どこいく?」
メールをみた俺達はダラダラと校内を歩き回り、最終的に学食主催のオープンカフェでまったりしていた。
『どこにいるの?』
しばらくするとメールが入りカフェにいると返信した。少しして二人が姿を現し、同じテーブルに座った。
「みてみて、どう?」
眞野はさっき撮ってきた写真を机の上に並べてきた。
「おいおいどんだけ着てきたんだよ?」
数枚の写真が並べられる中、香奈も同じく写真を並べてきた。
「これ可愛いでしょ?」
そう言って見せてきた写真には、メイド風な衣装を着た二人が写っていた。
「おおっ」
思わず声がでてしまうほど、香奈は似合っていた。
「やだ紘平鼻の下伸びてる。スケベ」
「見せたのおまえじゃんかよ」
写真を返しながら眞野に言い返し写真から目を離した。
「もう一枚撮ったの」
眞野と正士が前を歩き話をしていると、ちょっと上目使いで俺を見た。
「どんな?」
恥ずかしそうに見せたその写真を見て俺は思わず「ぶっ」と言って口を押さえた。耳まで真っ赤になりながら「正士には絶っ対に見せるなよ」と写真を返しながら香奈を見て真剣に言った。
『ナース姿の香奈』を正士から守らなければ!
楽しかった最後の文化祭は終わり、みんなで教室の片付けていると俺と香奈が話している後ろから静か近づいて来く黒い陰。
その陰は筒状になったダンボールを俺たちの上からスポッとかぶせてきた。
「え?」
突然訪れた暗闇に香奈は驚き、よろめいて俺に抱きついた。
「紘平がエッチなことしてるぞ〜」
正士が大声で叫んだ。
「おいっ」
焦った俺は必死にダンボールを足元へ下げてそれを割いて正士を追いかけた。
「正士、お前ふざけんなっ!」
追いかけれた正士は片付けて途中のダンボールの山で思いっきり滑って勢い良く転んでいた。
「バーカ、天罰だ」
みんなに大笑いされた正士は「イッテー!」と頭を抱えながら床の上をのたうち回っていた。
恒例の後夜祭、優秀なクラスには各賞が送られた。
そして有志バンドの演奏が始まると、文化祭の最後を楽しむ生徒たちは校庭へ散らばり思い思いに楽しんだ。
後夜祭も終わり、校内には生徒がまばらになってきた。皆が帰った教室で、正士と眞野を待っていた俺と香奈は、他愛の無い話をしていたが話が途中で切れると、誰もいないのを再度確認してキスをした。
「こらっ!」
突然の声に俺らはビクッととし身体を離して声のした方を見た。そこには口に手を当てている眞野が。
彼女はびっくりしている顔の俺らを見て笑いながら教室に入ってくると、「教室でそんなことしちゃダメでしょ」とたしなめるように言いながら舌を出し、机の上に腰掛け足を組んだ。
「見ちゃった、うらやましいな」
「トイレ行ってくる」
キスを人に見られたことを恥ずかしがった香奈はトイレへ逃げ出した。
香奈同様恥ずかしくて眞野に背を向けて立っている俺を、組んだままの足でつつきながら「あたしも彼氏が欲しいな」と足をブラブラさせながら天井を見上げた。
「でも失恋したばっかりだし、まだいっかな」
「お前好きなヤツいたんだ」
「一応ね、でも告白する前にあっけなく終わったよ」
「ふーん、そうなんだ…」
そういった話が苦手な俺は、話を聞きながら椅子に座って香奈の帰りを待った。
「紘平が……好きだった」
びっくりして振り向くと机からポンと降りた眞野が、俺の前にくると軽くかがみ込んで軽く唇を触れてきた。
素早く離れ「今の忘れて、失恋記念ってことで。じゃあお先に」と何もなかったように笑い、呆然とする俺を残して教室を出て行った。
廊下からは「あれ、晶子帰っちゃうの?」
「バイトあるからお先にね」と二人の会話が聞こえてきた。
眞野とは一年の時から同じクラスだった。なぜか気が合いよく話す仲になり、二年の時に正士も同じクラスになり3人でよくつるむようになった。
俺は眞野を同性の友達と同じように思っていた。当然眞野もそう思っていると思ってたのに……。
「お待たせ」
正士が帰ってきて後ろから抱きついてきた。
俺は何も言わず裏拳を喰らわせると、正士は顔を押さえて大袈裟に床へ転がった。
次の日の代休は4人で遊園地へ行く予定だった。
昨日の事があり、眞野とどんな顔をして会えばいいのか分からず、俺は時間ギリギリに家を出て駅に向かった。
駅に着くと既に香奈が待っていた。
「紘平ギリギリだよ」
「ごめんごめん、間に合った」
数分すると電車がホームに滑り込んできた。
待ち合わせをした車両へ移動すると俺らに気がついた眞野と正士が手を振った。
「おはよー、晴れてよかったね」
「そうだね」
「はよっ」
なんとなく眞野と目をあわせづらくて、遊園地へついても正士とばっかり話していた。
「あたしトイレ」
「俺も」
香奈と正士が行ってしまうと「ねえ」と眞野に声を掛けられ、お土産を見ながら返事をした。
「普通にしてよね。昨日の事は謝るよ、ごめん……」
俺が昨日の事を気にしているのに気がついていたようで、並んでお土産を見ながら眞野が言ってきた。
「原因つくったのはあたしだけど、意識されるとこっちが困る」
「だったらあんなこと……」
「あんな事すんな、でしょ?ごめんてば。あんたと香奈の邪魔をする気は全然ないし、香奈も紘平も大切な友達だから、今までもこれからも友達……ねっ、はい、この話は終わり。あっこれ正士に似てない?」
棚の上にある人形を指差して眞野が笑った。見てみると確かに正士によく似たキャラが何かに失敗して頭を抱えている。
「ぶっ本当だ」
二人で笑っていると香奈達も帰ってきて人形を見てみんなで笑った。
その後はいつも通りに眞野と話し、いつも通りにみんなとふざけあい楽しい1日を過ごした。