彼女のいる初の夏休み
そして待ちに待った夏休みに突入した次の日、学校近くにある大きな神社で毎年恒例の夏祭りが行われた。
もちろん俺たちも何人かのクラスメート達と祭りにいく事になった。
もちろん俺は香奈と一緒。
一度手を繋いでしまうと、繋いでない時が寂しい。
会っている時は必ず手を握っている程になっていた。
恋人にぎりで歩いていると、前を歩いていた正士が振り返り俺たちを見てそして繋いでいる手を見て鼻の下を伸ばしながらニヤケた。
「あれ、手なんか繋いじゃって。ヒューヒューだぞ!」
かなり古い言い方をして俺たちを冷やかした。冷やかされた香奈は顔を真っ赤にさせながら手を離そうとしたが、俺はぎゅっと握り返しその手を持ち上げ正士に見せつけた。
「いいだろ〜うらやましいか?」
「くっ、くそ〜。紘平のいじわる!」
正士は駆け出し人ごみの中に消えた。
「なんだあいつ」
香奈も隣でクスクスわらっていた。
「いいの?」
「どうせみんなバラバラになっちゃったし……別行動でいいよ」
その後は、香奈と二人でいろんな屋台をまわった。
「彼女可愛いね。これサービスだよ」
少々強面の屋台のオッサンが、あんずあめを買った香奈にみかんの入った水あめを一つサービスしてくれた。
「貰っちゃった。紘平食べる?」
俺にその水あめを差し出して可愛い顔で笑った。
「ありがとう」
香奈から貰った水あめを口に入れ再び手を繋ぐと、混雑する道を歩き始めた。
途中の屋台でビニール袋に入ったかち割り氷を買い、混雑する大通りを避け少し人気のない脇道に入った所で壁に寄りかかり買ってきたかち氷をストローで喉に流し込んだ。
「はあー、冷たくてうまい」
「おいしいね。こうやって飲むとお祭りって感じがする」
数メートル先の大通りはひっきりなしに人が行き来し、客を呼び込むいろんな声が屋台から聞こえてくる。
ポケットに入っている携帯が振動して、待ち受け画面には正士の携番が表示されていた。
「いまどこ?誰にも合わねーから俺先帰るわ」
「ああ、わかった。じゃあな」
携帯をしまい「俺らもそろそろ帰ろっか?」と駅までの道を歩き始めた。
「じゃあまたな」
香奈をマンションの前まで送り帰ろうとしたが、香奈が手を離そうとはしない。
「まだ一緒にいたいな……」
消え入りそうな声でいうと赤くなりうつむいた。
くうーっ、可愛い!
抱きしめてキスしてー!
しかし俺はそんな事もスマートに出来ないチキン野郎だった。
俺もまだ一緒にいたいのは同じだけど、なにせ俺んちから近いせいもあり知っているおばさんに会うおそれがある。
「あら、こうちゃん!彼女?いいわね〜」
「手をつないで歩いていたわよっ」
おばさんはニヤニヤしながら手をつないでいる俺たちをなめるようにみるに違いない。
そして噂があっという間に広がるのは目に見えている。
そしてなにもしないまま時間だけが過ぎていく。
「また……な」
30分くらい立ち話をして、後ろ髪を惹かれながら手を離し俺は家路についた。
完全な不完全燃焼に俺の気持ちはくすぶり続け、家に帰ってからもため息ばかりだった。
楽しいはずの夏休み。
数日たった今、俺は学校にいた。
正士程ではないが、補習授業を受けに来ているのだ。
『明日あえる?あたし八月いっぱいおばあちゃんのとこに行っちゃうから会えなくなっちゃうの。だから会いたいな』
そんな電話を貰ったのが夕べ。
香奈は成績優秀のため、補習授業とは無縁である。次の日の事を話すと『じゃああたし学校行く』と言ってきた。
かくして、補習をやっている間に香奈は学校へやってきて俺の事を空き教室で待っていてくれた。
やっと補習も終わり帰ろうとする俺をまたもヤツが呼び止めた。
「紘平、寂しいよ、待っててくれよー」
「香奈待たせてるからダメ」
「そんな事言わずにさー」
そんなやりとりをしていると香奈が教室に顔を出した。
「終わった?」
「秦野、俺も一緒に帰っていい?」
俺よりも先に香奈へ話しかけるヤツにムカッとし「ダメ。帰る」と正士を一蹴した。
香奈の手を取って廊下を行きかけると、前から眞野が現れた。
「あれ香奈どうしたの?」
「晶子こそ何で?」
「あたしは部活。引退したけど、教えてないことがあったから参加してたの。香奈は?」
香奈は今いる状況を昨日の電話から説明していた。
「暑いのに町田のために学校までくるなんてえらいね。あたしあと少しで終わりそうなんだ。ご一緒していいかしら?」
有無を言わせない目つきで俺を見た眞野は、俺の返事を待たずに「じゃあ待っててねー」と言いながら手を振って廊下を走っていった。
「じゃあ俺も。じゃっまた後で……」
正士も調子にのって手を振ると、教室へ戻っていった。
唖然とする俺に香奈は「こっちで待ってよっか?」と隣の空き教室を指差して、いつも通りの感じで教室へ入っていった。
結局いつもと変わらない状況に俺はため息をついた。
せっかく俺のために待っててくれたのに、あいつら気が気かねえな……。
ちょっぴりイライラしながらそんな事を考えていると「紘平?」と呼ばれた。
顔をあげると、俺の顔を覗き込む香奈の顔が近い。
その時なぜか急に兄貴が持ってきたDVDの内容を思い出してしまい心拍数が上がってしまった。
お願いだ、今の俺にあんまり近づかないでくれ。
俺の理性を保つために……。
「顔が赤いよ。熱?」
そう言って香奈は俺のおでこに手を当ててきた。少し冷たいその手にびくっとする。
今はやめてくれ
そんな思いも知らず、香奈はおでこをさわり続けた。
心拍数は上昇し続ける。
「香奈!」
俺はおでこにさわり続ける香奈の手首を掴んで顔を上げた。
いきなり手首を掴まれびっくりした彼女は、座っている椅子から落ちそうになった。
「あっ」
とっさに腕を掴んだがバランスを崩し、二人してそのまま椅子からずり落ちた。
「いたた」
顔を上げると香奈の顔がわずか数センチ前にある。態勢を直せなかった俺の体が傾き香奈の唇にくっついた。
次の瞬間、バランスを崩した俺は香奈を押し倒すように倒れ込んでしまった。
二人は唇をくっつけたまま固まってしまった。
端から見ると俺が香奈を押し倒したように見える。
夏休みの誰もいない教室で、しかも隣の教室では数人が補習を受けていて、開け放してある窓からは部活動のかけ声が聞こえてくる。
「うう……」
変な態勢で起き上がれない。どうにか横に転がり体を離し「ご、ごめん!」と、すぐさま香奈に謝った。
香奈とのキスは初めてじゃないが、あれと今のは全然ちがう。
なんだかとてもいけないことをしてしまった感が俺を襲った。
香奈はゆっくりと起き上がり、座り直すと太ももまでまくれあがったスカートを整えた。そして顔をあげ薄緑の目で俺を見つめた。
その瞳に惹きつけられるように香奈の肩に手を置き顔を近づける。すると彼女はスッと目を閉じた。
再び重なった彼女の柔らかい唇は少し震えていた。
唇が離れると香奈は無言のまま俺に抱きついてきた。俺も彼女の背中に手をまわしその身体を抱きしめる。その時、俺の見えない所で香奈の瞳は深い緑色に変わっており、嬉しそうに微笑んでいた。
「終わったよーん」
大きな声と共に正士と眞野が同時に教室になだれ込んできた。
「あれ?二人顔赤くね?そんなに暑くねーだろ」
「二人はいつでも暑いのよ」
眞野は俺らを見て笑った。
「なるほど。誰もいない教室でチューでもしてたか?」
お前は超能力者か?というような言葉に俺はドキッとしてしまった。
「野暮なこと聞いちゃダメじゃん」
口に指を当てた眞野はウインクをしながら正士を叩いた。香奈と俺は顔から火が出るほど頬が熱くなっていた。
8月に入り、香奈はニーナと一緒にドイツへ行ってしまった。
想像してた夏休みには程遠い寂しい夏休みとなってしまった。
本当だったら今頃、香奈とプールに行ったり花火を見に行ったりしてたのに……。なぜ香奈のいる筈の俺の横にはいつも正士がいるんだ。プールの時も花火の時も……。
ヤツは本当に『ホモ』か?
そうだとしても、決して俺をその相手にしないでくれ。
香奈、早く帰ってきて。隣がうざいよ……。
早く香奈に逢いたい。