おせっかい
紹介が遅くなったが、別に紹介しなくてもよかったんだけど俺には四つ上の兄貴がいる。名前は大介。いや、そんなこともいいか……。
今は家を出て一人暮らしをしている社会人だ。
高校生の時から彼女を切らしたことがなく、二年前親が旅行でいない時家に連れてきたことがある。
彼女を連れてくれば、やる事は一つ……
夜も更けた頃、喉が乾いた俺は台所へ水を飲みに行こうと兄貴の部屋の前を通りかかった。その時、兄貴の部屋からはビデオとは違った何ともいえないなめまかしい女の人の生声が……。
思春期真っ盛りだった俺はドアの前で足を止め耳を澄ましてしまった。
ギシギシというベッドがきしむ音とだんだんと大きくなる声に、俺は急いで階段をかけおり台所で麦茶を喉に流し込んだ。
心臓がバクバクしている。
その時、音もなく兄貴が近づいてきて「聞こえただろ?」と俺の耳元で言った。
「うわっ」
びっくりしてお茶の入ったコップを落としてしまった。振り向くとパンツ一枚の姿の兄貴がニヤリとして俺の後ろに立っていた。
「聞いてただろ?」
拾ったコップを俺から奪い取りごくごくと喉を鳴らして麦茶を飲む。
「聞いてねーよ、聞こえちまっただけだよ。親がいない時によく連れてこれるな」
「お前ばかか。親がいないから連れてきたんじゃんか」
俺が何も言わずにいると
「お前はまだまだお子ちゃまだな」と俺の頭をポンポンと叩いてきた。
俺はその手を振り払うと階段を駆け上がり自分の部屋に駆け込み、また声が聞こえないように布団をかぶり悶々とした夜を過ごしたことがあった。
「お前やっと彼女出来たんだって?噂に聞いたぞ。初彼女?おせーな」
久しぶりに家に寄った兄貴が、俺の部屋のドアを突然開けてやってきていきなり聞いてきた。
「噂ってどんな噂だよ……。それよりノックぐらいしろよ。昔っから突然入ってくるの直んねーな。また慎兄に殴られるぞ」
兄貴はニヤニヤしながら俺の言葉には答えずに矢継ぎ早に質問をしてくる。
「で、もうヤッたのか?もちろん童貞じゃないんだろ?もうとっくに卒業したんだろ?」
俺が何も言わずにいると
「まだ?マジで?マジかよ〜」
兄貴は机をバンバン叩きながら笑い飛ばした。
「うるせーよ!!」
「それじゃあ、女ができたお祝いだ」
そう言って兄貴はカバンの中を探り何かを取り出し俺に投げよこした。
俺は飛んできたものを受け止めてソレをみる。
「!」
「持っとけ。女がいる男の常識、いやマナーだぞ」
「いらねーよ!」
俺はソレを兄貴に投げ返えした。
「なにお前、生でやるつもりかよ。ばかかよ」
といいまたソレを投げ返してきた。
「そのうち使うだろう。持っとけよ。そんなんじゃ持ってないだろ?」
もちろん興味はあるが、俺にはまだまだ必要無さそうで持ってない。
「初めて買う時は勇気がいるぞ〜。要らないんだったら返せ」
散々脅かしといて最後は返せだと?
「も、貰っといてやるよ」
俺は少し上から目線で言ってやった。用事の済んだ兄貴はさっさと帰って行き、俺は貰ったソレを机の上に放り投げベッドに転がった。
寝転がりながらちらっと机の上のものを見る。
そのうち………。
誰と?
もちろん……香奈と?
どこで?ここで?
本と映像で得たいらぬ想像が頭の中をいっぱいにする。
………………
ヤバい。体が反応してきてしまった……。
兄貴のバカやろう。
俺は布団をかぶって目を閉じた。
……
…………。
くそっ、眠れねー!
目を閉じると頭の中に浮かんでくるのは香奈。
寝ようとすればするほど頭の中の香奈の服装は際どくなってくる。
『紘平……』
俺を呼ぶ甘い声までもが幻聴で聞こえてくる。
全然眠れん!
ベッドの上でゴロゴロとのたうち回るがただ疲れるだけだった。
仕方なくテレビをつけ見たくもない番組を見て気を紛らわせる。だんだんと睡魔がやってきたのは12時をとっくにすぎた頃だった。
寝る前にやった事とその夜の夢は……ご想像におまかせします。
兄貴のありがた迷惑なモノといらぬ知恵が頭から離れず、夕べ見た夢には当然のように香奈が出てきた。
そして寝る前にやった事……。軽くストレッチをしたつもりだったがやりすぎたらしく少々筋肉痛。
(違うことを想像したそこのあなたは健全だと思う)
次の日、夏休み直前のため学校も半日で終わり。香奈は眞野と出掛けると言って先に帰りった。
暑い中、仕方なく正士と帰っていると何故かうちでゲームをすることになり、正士は自転車を駅に置き俺と一緒に電車で帰ってきた。
「おじゃましまーす」
見かけによらずしっかりとしている正士はきちんと挨拶をし靴を揃えて入ってきた。
「誰もいねーよ」
階段を上りながら俺の後ろにいる正士に言った。
「鍵は?」
「あー…一応かけといて」
「了解」
カチリと鍵を閉め正士は階段をのぼってきて部屋に入っるとカバンをベッドに放り投げた。
「でどこまでいった?」
ゲーム機にソフトをセットしながら着替えている俺に正士が聞いてきた。
「まだサードステージ」
「ふーん……」
着替え終わった俺の後ろから正士がいきなり耳に息を吹きかけてきた。
ぞくっとして思わず耳を押さえ「なにすんだよ!」と正士を睨みながらベッドに座ると、彼はニヤニヤしながら俺の目の前にあるものをちらつかせた。
「紘平くぅん、これなぁに?もう大人になっちゃったのかな?」
「あっ!」
一昨日机の上に投げてそのままだったモノが今まさに正士の手の中に。
目の前にあるソレを見て俺は慌てベッドから立ち上がって、正士が持っているモノを奪い取ろうとした。
「返せ」
正士の手からそれを奪還するとまた机の上に投げると、赤くなりながらドカッとベッドに座り直し正士を無視してとっくに起動しているゲームをはじめた。
「ヤったのか?秦野と?いつ?ここで?どうだった?もう紘平のエッチ」
次々と質問をしてくる正士がうざい。
「なあ紘平、なあなあなあ……」
俺の目の前に顔を出しゲームの邪魔をしてくる。
「邪魔!見えない」
右左と首を振ってテレビを見るが、それに合わせて正士も移動する。
「だーうざい!うるさい!」
リモコンを正士に投げつけて文句を言った。
正士は机の上に投げたモノをもう一度持ってきて目をキラキラさせながら俺の言葉をまった。
「で?」
「で?って……つ、使ってねーし……」
正士から目をそらしてそう言った。
「えー!使ってない?紘平お前鬼畜だな」
「だーかーらっ!最後まで聞け。まだヤってねーよ。ヤってないから使ってない!以上」
顔が赤いのがわかるくらい顔が熱い。
「まだ……ってことはこれからか。準備万端だな」
正士は手に持ったソレをポンポンと投げながらニヤニヤした。
「そんなんじゃねーよ。兄貴が置いてったんだよ」
「なんで?」
「彼女ができた祝いだって……」
ボソッといいながら、投げたリモコンを拾った。
「良かった、先越されたかと思った。一緒に卒業しような」
正士は俺の肩をポンポンと叩いてそう言った。
「一緒にって、お前彼女いたっけ?」
そう言った途端正士がキッと俺をにらんだ。
「穴あけてやる!」
机にあったシャーペンをアレに突き立てようとした。
「ごめんごめん、やめろバカ」
「紘平のバカー、待っててくれよ〜。なんなら初めてはお前にやってもいいぞ」
「ふざけんな。俺にそういう趣味はねー」
「偶然だな、俺もそんな趣味はない、俺は女が好きだ。ううっ……誰か紹介してくれ」
俺は拾ったリモコンでゲームの続きをしながら、隣で拗ねている正士をチラッと見た。
「お前見た目はいいのにな」
ばっと見た目、正士はチャラ男っぽく、同性の俺から見ても服のセンスも良く、一緒に歩いているとすれ違う女の子達が振り返り正士を見ていることがよくある。
女をとっかえひっかえしているように見えるが、全くそんな事はなく、今まで彼女ができたことはない。
女の子の理想が高いわけでもなく、外見もいい。何が原因かは俺もよく分からない。
「俺に引っ付きすぎてて、お前は『ホモ』って噂を聞いたことがあるぜ。俺は彼女ができてその噂も消えたらしいけど」
「なんでだよ、こんなに女が好きなのに」
女が好きなのは俺も知っている。しかし、何かオーラが出ているのか、たまに同性に声を掛けられ事があるらしい。
二度告白された事もあると後で聞いたことがある。
噂は噂でしかないが、やはりその道の人を引きつける何かを持っているらしい。
「早く彼女を作って噂を消すんだな。眞野は?」
「無理、あいつ怖いんだもん。恋愛対象にはない」
「確かに……」
しばらくそんな話をしながらゲームをしていると突然ドアが開いた。
またしてもノックをせずに突然兄貴が部屋に入ってきたのだ。
「よう紘平。もう使ったか?」
「ノックしろよ!なにがだよ」
いつものことに慣れていた俺はゲームから目を離さずに怒鳴った。そんな俺とは逆に、突然入ってきた兄貴に正士は驚き呆然としていた。
「誰?」
俺はゲームから目を離さず「兄貴」と答えた。
「勝手に入ってくんなよ。正士だったからよかったけど……」
自分でそう言っといてハッと思った。いま俺、香奈と一緒だったら……って言いそうになった。
香奈を部屋に呼んでなにするんだよ……。
またしても変な想像が頭の中を占領する。集中力のなくなった俺のキャラはゲームの中であっという間に倒された。
うなだれながら「今日はなにしに来たんだよ」と兄貴を見ずに言った。
「もう使ったかなーって」
「何を?!」
「決まってんだろ?一昨日やったヤツだよ」
「使うわけねーだろ、バカか」
「そんなお前にいいもん持ってきてやった」
兄貴は俺らの前に本とDVDを投げた。それを手に取った俺はそこにある写真に固まった。
「おもしれーから見てみ?」
ゲームを勝手にセーブしそのDVDをまた勝手にゲーム機にセットした。
次の瞬間テレビからは女の悩ましい姿と声が……。
その画面に釘付けになる正士と俺。
「お前用」
画面に釘付けの俺達を見て、兄貴は意味不明な言葉を残しニンマリしながら部屋を出て行った。
画面にはあっという間に裸同然になった男女が絡み合っている。設定に多少無理があったが、そういう内容なので仕方ない。
画面の中でかなり濃厚に絡み合っている時、その女優が口にした言葉に俺は耳を疑った。
『こうへい〜』
「は?」
思わず隣で「ゴクリ」と飲み込む正士を見た。
「お前呼ばれてるぞ」
正士はニヤニヤしながら俺を見た。
その後も女優は悩ましい声をだしながら『こうへい、こうへい』と俺の名前を連呼した。
その時少し開いたドアから「あら大介いたの?」と階下から母の声が聞こえた。
「紘平いるの?」
階下からの母の声に、俺は慌ててリモコンでテレビを消して何故だかゲーム機に布団を被せた。
「あ、ああ」
少々うわずった声で返事をした。
「俺帰るわ」
母の声をきっかけに現実に戻ってきた俺達。ゲームも中途半端に正士は帰って行った。
「はあ〜……」
正士が帰った後、大きなため息をついた。
キスもまだだというのに、どうしろと……。
バカ兄貴と、まんまとそれにハマって見入ってしまった自分のバカさに頭を抱えた。
明日は香奈の顔が見れそうにない。
もう一度大きなため息をついて、ぐったりとベッドへ寄りかかった。
次の日、「紘平おはよう」と香奈に声を掛けられびくっとしてしまった。
「あ……お、おはよ」
ぎこちない笑顔で挨拶を返すと、教室の奥にいる正士と目が合いヤツがニヤッと笑った。
その日は手をつなぐことも出来ない以前に、香奈の顔もまともに見れなかった。