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彼女

よく晴れ新緑が萌える季節、青空のもと高校生最後の体育祭の日を迎えた。


今時珍しくうちの学校の競技には騎馬戦がある。もちろん男子のみ……。ラスト競技のリレーよりも盛り上がり、体育祭のメインイベントとなっている。

予選を勝ち上がってきた各学年7クラス1チームづつが出場し、合計21騎馬で争われる。

その競技は凄まじいものがあり、全学年入り乱れての競技となるため、日頃の恨みとばかりに一年と二年が三年を襲ってくる始末だ。


三年の運動部に所属している奴らは、この後引退試合が控えているため怪我防止のため参加は出来ないことになっている。

その結果騎馬戦に参加、いや強制参加させられるのは文化系部の奴らとどの部活にも所属していない奴らだけ。ちなみに俺は学校非公認の『帰宅部』所属。



しかし強制参加の生徒の中にはこの騎馬戦に異様な程力を入れている元運動部の奴らもいる。

俺はもちろんあまりやる気はなく正士と共に予選敗退を望んでいた。



うちのクラスは公平性を出すため『くじ引き』となった。そして体育祭の1ヶ月前、抽選会が行われた。


1人づつ箱に手を突っ込み中の紙を一枚取り進行役を務める人に手渡す。

結果は次の日の帰りのホームルームの時に黒板に紙が貼られる。その緊張の瞬間教室内はどよめく。


メンバーを見て予選敗退を確信し胸をなで下ろす奴や「うわー!」と叫び、がっくりと肩を落とす奴。肩を叩き合い気合い優勝を目指そうと気合いを入れる奴。


その様子を女子は笑いながらみているのだ。



そして運悪く『優勝を目指す奴ら』チームに割り当てられた可哀想な俺。


まるで試合後の「矢吹○ョー」の様にがっくりと肩を落としうなだれる俺に正士は声をかけてきた。


「燃え尽きた……もう真っ白だ……」

「もう燃え尽きたのか?まっ頑張れよ」

放心状態の俺の肩を叩き正士は笑った。


運動会一週間前、予選が行われ見事に正士のチームは予選敗退。


当然のように予選を勝ち残ってしまい決勝戦にでる事になってしまった可哀想な俺。

俺はタッパがあるからもちろん馬。



しかし、悪いことばかりではない。


各クラス1チーム、1学年に7チームだけと言うことは4×7、各学年28人だけ。そして優勝しようものならば、そのチームのメンバーは学年クラス関係なく女子共にモテモテになるらしい。

去年もその前も、優勝したチームのメンバーには体育祭後彼女が必ず出来ていた。そして残り少ない高校生活はバラ色になるのだ。


夏休みにはプールに行き9月にある文化祭では手をつなぎ各クラスをまわる。そしてその後、校庭で行われるキャンプファイヤーを囲んだ恒例の後夜祭では誰の目も気にせず彼女と体を密着させてダンスが踊れる。


そして、彼女がいれば当然あんなことやこんな事が……。

夢と希望が広がるオマケ付き。



別に俺は彼女が欲しいとは思ってはいない……いや、全く思っていないとはいわないが……多少その淡い期待に心浮かれている俺がいるのは確かだ。



平均的な高3男子はそうだろう?





そしてあっという間に運動会当日。騎馬戦の召集放送が流れ、すでにもぬけの殻状態の俺は、魂の抜けたミイラのように席を立ち「騎馬戦頑張れよ〜」とお気楽な正士達に見送られ、トボトボと集合場所へ歩いていった。



体育祭のメインイベント、騎馬戦が始まった。


スタートの合図と共に一斉に21騎が走り出す。


「行け、前だ!」

一番燃えている騎手役が指示を出す。その指示によって下の馬3人は砂埃が舞う校庭を右へ左へ疾走する。


「紘平ー!頑張れ〜」

「町田くん頑張って〜」

クラスメートの声援が微かに耳に届く。



崩れ落ちたり、はちまきを奪われた騎馬が脱落して行く中、俺たちは奇跡的に無事に残っていた。

騎手の手にはすでに二本のはちまきが握られている。

優勝すれば彼女が……不純な動機が俺を突き動かすように、他のメンバーの顔も心なしか少しにやけているようにも見えなくもない。


残り5騎となり、はちまきを奪われるか騎馬が崩れるか……。

夢と希望の入ったオマケを目指し残った騎馬の攻防戦が始まる。



広い校庭を右へ左へ、ストップダッシュの繰り返しで俺たち馬3頭はすでにヘロヘロの状態だった。


「おい、スピード落ちてるぞ!」

「んなこと言われたって……しょうがないだろ」

騎手に鞭をたたかれ疾走する馬3人。



「あっ!」

「えっ?」

「うおっ!」

「うわあぁぁ!」



前の馬が何かに躓いてよろけた。そして騎馬のバランスは崩れ騎馬が崩れ俺たちの騎馬に接触。そして俺の上にはバランスを崩した騎手が落ちてきた。




「あれ??」


目が覚めるとそこには澄み渡る青空……ではなく白い天井が。



「目が覚めた?」

カーテンがサッと開き、目覚めて初めて見るにはキツい体の太い細井(先生)が顔を出した。俺が状況を掴めない様子でいると細井が簡単に事を説明してくれた。


騎手は怪我もなく(そりゃそうだろ。俺がクッションになったんだから)、他の二人もとっくに帰って行ったらしい。



ベッドに起き上がると全身に痛みが走った。

「っ……痛ーっ……」


ベッドから降りると足も痛い。


「捻挫したみたいだから明日病院に行ってね」



痛む体で保健室を出ると、そこには心配そうな顔の正士と秦野と眞野がいた。



「紘平、大丈夫か?」



正士は駅と反対側に帰るはずだが、自転車通学だったため駅まで自転車を転がしながら肩を貸してくれた。そして「また明後日な」と手を振って帰って行った。眞野は反対車線の電車で、改札で別れた俺ら二人は乗り込んだ電車に揺られて帰った。


いつもは駅から家まで10分程度でつくはずだか、今日は家までがとてつもなく遠く感じた。



「町田くん大丈夫?」

「だいぶ良くなった」


途中から俺のカバンを持ってくれ(体育祭だったから中身はからっぽ)、今日の日差しで少し焼けほんのり赤い顔で優しく声を掛けてくれる秦野。


「ごめんなー、秦野だって疲れてるだろ?」


にっこり笑って首を横に振った彼女がいつも以上に可愛くみえた。

体育祭の後ということでテンションがいつもよりも高かった。そしていつもにも増して可愛い彼女の笑顔。

心の中でくすぶっていた淡い想いが一気に加熱した。


「あ、あのさ秦野は好きな奴いるの?」

「え?」


俺は秦野の答えを待たずに口を開いた。



「俺と……付き合ってくれ」

「いいよ?どこへ?」

「いや、その付き合ってじゃなくて……」



決死の告白にボケ(天然?)てくれた秦野に俺の緊張感はあっという間になくなった。


「俺の彼女になってくれ」

笑顔まででる余裕っぷりで言った。


「うん」

秦野は驚いたが笑顔で返事をしてくれた。



「本当はね、保健室で町田くんが目を醒まさなかったらどうしようって……すごく心配だったの。あたしも前から町田くんが気になってたの……ママが変なこと言うから意識しちゃって……あの……」


その事を聞いて俺は無性に秦野を抱きしめたくなった。



「あ、あのさ、いきなりで悪いんだけど……抱きしめていい?」


耳まで真っ赤になりながら目の前にいる秦野に聞いた。秦野はこくんと小さくうなづき、俺は手を伸ばして秦野を胸に抱いた。



バカみたいに心臓がバクバクしている。秦野にも聞こえてしまってるかもしれない。



「あたしと同じくらいドキドキしてるね」

やっぱり聞こえてた〜。恥ずかしい。更に鼓動が早くなった。



「町田くんなにか付けてる?」

「ううん。何で?」

「いい匂いがする」

「あっごめん。汗くさいだろ」


秦野は俺の胸に顔をくっつけて「ううん」と言った。


俺は騎馬戦では優勝しなかったが頑張った自分にご褒美のような『彼女』を手に入れた。



俺が秦野の背中に腕を回し優しく抱きしめると、ふと秦野からあの匂いがした。


「秦野?」

聞こえているはずだが秦野は顔をあげない。



「ずっとこうしていたい」



「え?」

日本語以外の言葉が聞こえ俺は聞き返した。



「ずっとずっと待ってたの。離さないで」


もう一度聞き慣れない言葉を言った秦野は、背中に回っている腕にギュッと力が入れきつく抱きついてきた。そして胸元から顔をあげ俺の顔を見た。その瞳は深い緑色だったが、一瞬にしていつもの薄緑色に戻り照れたような顔で笑った。瞳の色は気のせいだったと思った俺もその笑顔に笑顔を返した。





俺らは付き合い始めてからお互いを名前で呼び合うようになった。初めは恥ずかしかったけど、いかにも『付き合ってます』って感じで嬉しかった。まあ今は付き合っていなくても男女の友達を名前で呼ぶのが普通だが……現に眞野には名前で呼ばれてるし。



そして中間、期末とテストが終わりもうすぐ高校生活最後の夏休みがやってくる。

テストも終わり早くも短縮授業になり、夏休みに浮かれた生徒達はサッサと帰って行く。



香奈と付き合い始めて1ヶ月弱経つが、未だに『手を繋いで一緒に下校』という憧れのシチュエーションが実らずにいる。


その原因は正士。

ヤツがいつも邪魔をしてきて不発に終わるのが毎度の事だった。


そんな時、絶好のチャンスがやってきた。テストの点が思わしくないヤツが担任に呼び出された。ヤツが呼び出されている間に俺は香奈を連れてサッサと学校を後にした。




並んで歩いていると時々お互いの手が触れる。その度にドキドキし、意識し過ぎて二人とも顔を赤らめて手を引っ込めてしまう。


「今日も暑いね」

「だな……」


ほんわかした会話をしていたが、俺の心は乱れていた。意を決して次に手が触れた時に香奈の手をギュッと握った。


香奈は赤くになり一度手を引いたが、俺はその手を離さなかった。香奈は口数が少なくなったが、そのまま俺に手を引かれ歩いてくれる。そんな香奈が初々しくて可愛い。


手を繋ぎ言葉少なに歩く二人。



夏の暑い日、やっと本当の恋人同士になった気分で俺は嬉しかった。

日本独特の湿気を含む暑い空気が肌に纏わりついていたが、俺の心はとても清々しかった。







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