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ニーナのお気に入り

休日、正士を含めた男どもと遊んだ後、街中を歩いていた俺は男に絡まれている女の子を目撃した。よくみるとそれは秦野だった。そして見るからに秦野は嫌がっている。まわりの大人はその様子を遠巻きに見ながら、いつものことだろうと思っているのか、それとも今の若者に注意すると逆ギレされ暴行を受けるのが怖いのか、誰一人として秦野に手を差し伸べるものはいなかった。


だけどなぜだか俺は見てみぬふりが出来なかった。



「おい、秦野」

声を掛けると秦野が俺を見た。声を掛けられその顔は少し安心した様に和らいだ。


「町田くん」

俺に近づこうとする秦野の手を男が掴んだ。


「あ!なんだお前?」

頭の悪そうな男が俺を見てガンをとばした。



「俺が先に声掛けたんだよ。あっちに行ってろよ」

腕を掴まれた秦野の目は涙で潤んでいた。


「おら!早く行けよ!!」


男は俺の肩を強く突いた。

その時、俺の中でなにががわき上がってきたと思うと俺は男の腕を掴みひとひねりした。

男が宙を舞い地面に落ちた。俺は腕を押さえて地面にうずくまっている男をみて何かを怒鳴った。


そして秦野の手を取りその場を後にした。



「町田くん……ありがとう」

「ん……」

そう言ったきり俺は秦野を引っ張って終始無言で歩いていく。


「あの、町田くん?どこいくの?」


そう言われてふと思った。俺はどこへいくつもりだったんだろう?

真っ白な頭に浮かんだことを口にした。


「駅まで送ってくよ」

「駅過ぎちゃったけど……」

秦野にそう言われて足を止めた。改めて周りを見るとだいぶ駅から離れた場所にいた。


「あっ……」

無意識に手を持ち上げると秦野が俺にぶつかった。

そして俺は初めて秦野の手を握って歩いてるのに気づいた。


「うわっごめん!」

慌てて手を離すが、手には秦野の温もりが残った。


「ううん」

秦野は顔を赤らめて、さっきまで握られていた手を自分の胸の前でもう片方の手で包んだ。


「さっきは助けてくれてありがとう……さっきドイツ語だったよね?」


そう言われて初めて気づいた。


「俺……何してなんて言った?」



とっさだったとはいえ、その時の事を全く記憶していない俺は、恐る恐る秦野に聞いた。


「町田くんが腕を軽くひねったらあの男が倒れて、その後『消えろ!』ってドイツ語で怒鳴って……」


秦野は俺をまじまじと見て言った。その薄緑色の瞳は嘘をついていなかった。



一瞬にして血の気が引いた。


やべー……どうしよう。

またあいつにあったら復讐されるかも……。


この18年間喧嘩などやったことはないし、巻き込まれた事もない。

まして自分から手を出すなんてもってのほか。

チキンな俺は今まで平穏な18年間を送ってきたのに……いつから俺はこんな表舞台に出てしまったんだ。


頭の中であれこれ考えていると秦野の声が聞こえた。



「ねえ……すごい鮮やかだったけどなにか護身術でも習ってたの?それに……」

「ちょっとまって」


さっきのやつが追いかけてくるかもと思ったチキンな俺は、場所を変えて話の続きをした。



「ドイツ語はしゃべった事もないし護身術なんて習ってない。っていうかそこんとこ記憶がない」


俺と秦野は目を合わせて黙り込んでしまった。



『記憶がない』



確か秦野もこっちに帰ってきてから時々記憶が飛んでいると言ってた。

俺は秦野に会った頃から……。


お互い記憶が飛んでいるのは、俺たちに何か関係あることなのか……。




この間、絡まれていたところを俺が助けた事を秦野はニーナに言ったらしい。

それ以来ニーナは俺を非常に気に入っているらしいと後日秦野に聞いた。



学校帰り、たまたま寄った店で偶然ニーナと会った。

ニーナは俺に気が付くと混雑する店の中を俺をめがけて歩いてくると、満面の笑みのまま俺をハグした。


「マチダー!」

「おっ、ちょっとおばさん、ニーナさん!」


見た目が非常に若いニーナは、今日の服装もかなり若い。胸元のバーンと開いた黒いシャツにスリットの入った短いスカート。そのスカートから長い足がすらっと伸びていていい感じにセクシーだ。


ニーナの豊満な胸といい香りが俺を刺激する。

制服男子に抱きつくセクシー女性。端から見たら俺たちはどう見られているんだろう?周りの視線に痛さを感じながらそんな事を思っていた。ニーナは身体を離すと何かを思い出したように俺の手を引き歩き出した。


「どこへ?」

ニーナは俺にウインクをして歩きつづけた。

五分ほど歩いた先に秦野がいた。「カナ!」呼ばれた秦野はニーナと一緒に俺がいるのを見て驚いていた。


「なんで町田くんが一緒なの?」


ニーナはなにやら秦野に説明をしていた。




そして10分後。

俺は何故か二人と食事をしていた。


「マチダ、カナスキ?」



笑顔のニーナが突然俺に聞く。

「はい好きです。実は少し前から気になっていて……」


なんてそんなこと本人目の前にして言えるか!

気になっていたのは本当だけど、なんせ俺はチキン野郎……。前を向くと同じく顔を赤くした香奈と目が合った。が、すぐに視線は逸らされた。ちょっとショック。

そんな俺達の事などお構いなしにニーナはどんどんと質問をしてくる。


「マチダ、カナスキ?キライ?カナアゲル!ダク?」

ニーナは満面の笑みでそう言い放った。



俺は飲みかけたジュースをぶっと吹き出した。



「ちょっとママ!どこでそんな日本語を」

真っ赤になりながら香奈はニーナに詰め寄った


秦野に怒られたニーナはシュンとしドイツ語でなにやら喋った。


「もーママったら……ごめんね町田くん。ママもごめんねだって。ママ町田くんのこと気に入ってるみたいで……本当にごめんね」


「あ、いや……」


突然の『抱く?』にはビビったが、抱くというのはきっといわゆる「ハグ」抱きしめるのことだろう。日本人には馴染みがないけど外国人は会うと握手の代わりに必ずハグをするよな。

さっきおばさんに会った時もハグされたし。


「おばさんまだ日本語練習中みたいだし、言いたい事が伝わらないことだってあるよ。気にすんなよ」


とは言ったものの、健全な男子校生は『ダク?』に過剰反応してしまい頭にはまた要らぬ想像が膨らみ始めた……。邪念を断ち切ったがなんだか微妙な空気になってしまった。この空気を打破するため俺は口を開いた。


「おばさんも日本語頑張って覚えてるんだよな。秦野やおばさんと知り合ったんだし、俺もドイツ語教えてもらおうかな」


秦野はそれをニーナに通訳すると、自分の発言で場を悪くし曇っていたニーナの顔はぱあっと晴れ渡った。「ニーナガンバル。マチダモガンバレ」


なんだか変な言い方だったが俺は頷き秦野にあるドイツ語を聞いた。


「ヤー、ビッテ(はい、頑張ります)」

教えて貰ったばかりのドイツ語でニーナに返事をするとニーナは嬉しそうに笑った。







ふと目が覚めた。

しまった……二度寝しちまった。


ベッド脇の時計を掴んで固まった。

見るとすでに一時間目の授業は始まっている時間じゃないか。


いまから慌てても仕方ない。もぞもぞと布団から這い出て台所へ。

「あら、まだいたの?遅刻じゃない、早く行きなさいよ」

母親がびっくりした顔をして登校を促しながら掃除機をかけ始めた。


「ああ、行くよ」

その声は掃除機にかき消され、俺はパンを牛乳で流し込んで制服に着替えてだらだらと家を出た。


学校の駅に付いたが、今から行ったらまだ授業中だ。俺は近くの本屋に入り時間をつぶす事にした。

しばらくたつと肩をトントンを叩かれた。



「んだよ……」

振り返るとそこには『補導員』と書かれた腕章をつけたおばさんふたりが立っていた。


「おはよう、君、学校は?もう始まってる時間でしょ?その制服は栖搭せいとう学園ね、学年と名前は?」 おばさんは手帳を手に取り俺に聞いて来た。


やべー、どう切り抜けよう……。そうだ! 俺は鞄の中から病院から貰った薬の袋を取り出しおばさんに見せた。


「具合が悪くて病院に行ってました。検査が早く終わったんですが、このまま学校に行くと授業をしているみんなに迷惑がかかると思ったので参考書を買いに寄ったんです」


おれは、ちょっと咳をしてみせ気弱そうな青年を演じた。


「そう、病院ね。早く行って学校の保健室で休んでいた方が良かったんじゃない?ところでここに参考書はおいていないようだけど…」


そう、俺がいたのは性……いや、青少年向けの雑誌の棚の前。


「ちょっと気晴らしに……」



俺は爽やかな笑顔をおばさんに向けると一気に駆け出した。

「コラッ待ちなさい!」後ろの本屋でおばさんが叫んでるが構わず走りつづけた。



ハアハアと息を切らしながら学校の近くまできてしまった。授業が終わるまでまだだいぶ時間がある。

仕方ない。俺は校舎へはいり、そのまま屋上へ。さすがにこの時間からさぼっている人はいない。こんな時間からここでさぼるくらいなら、家にいた方がまだましだ。

俺は誰もいない給水タンクの陰に腰を下ろすと「はあ……」とため息をつきながらタバコを……と言いたいところだが、俺はタバコに興味はない。 別に吸いたいとも思っていないし、健康に気を使って『喫煙は絶対に二十歳から!』と思っている訳でもない。


カバンの底から棒つき飴を取り出し口に入れながら駅で買った缶コーヒーを飲み授業が終わるのを待った。


朝からの全力疾走により、すでに疲れきって机に突っ伏していた俺に正士が声をかけて来た。

「紘平、今からか。なんだもう疲れてんのかよ」

「ちょっとな……」


ぐったりとしながら正士と話しているとと、眞野と話していた秦野が俺に気づき机のところまでやってきた。



「あれ?町田くん1、2時間目いた?昨日は本当にありがとう。ママがまた来てって。じゃあね」


秦野はにっこり微笑むと眞野のところへ帰って行き、話の続きを始めた。


「おい、昨日って?なんで秦野のママがお前を呼ぶの?なんでなんで?」

質問攻めの正士に昨日の事を説明しないとと思うと俺は更にぐったりとしてきた。



「——というわけ」

昼休み、屋上で購買のパンをかじりながら正士に昨日の一部始終を聞かせた。

もちろん数日前の保健室での件、胸の谷間と下着の事は言わなかった。


隣を見ると正士はうらやましそうな顔をしていた。


「秦野のお母さんってそんなに美人なのかよ。は〜うらやましい」


だらしない顔のまま正士は空を見上げながら時々ニヤリと笑っていた。


「気持ちわりっ」

だらしない顔のヤツをほっといて教室へ戻る途中、俺は眞野に声をかけられた。


「紘平」

「何?」

『この間は香奈に付き添ってくれたんだって。ありがとね」



そこまで言うと、眞野は俺の腕を引き廊下の端へ連れて行った。

「細井先生から聞いたんだけど、香奈は何にも言わないけど本当に何もしてないでしょうね」


小声だがはっきりと聞き取れる声で眞野は俺の顔を見た。



くそっ細井のやつ!覚えてろよ!



「何にもしてねーよ。そんなに心配だったらお前がついてりゃよかっただろうが!」



細井に対する怒りと共に言葉を吐き捨てた。俺の言葉に言葉を詰まらせる眞野を尻目に廊下にあるロッカーを蹴っ飛ばして教室へ戻った。


「帰る」

教室に戻った俺は鞄を手に取り乱暴にドアを開け出て行った。

その後を正士が追いかけて来る。


「おい紘平」

「んだよ!」


正士の手を振り払いながら靴をはき学校を出た。


「こうへーい」

振り向くと正士が追いかけて来ている。それを無視して俺はさっさと先へ進む。


「待てよ、歩くのはえーよ」

俺に追いついた正士は息を吐きながら隣に並んで歩く。


「なんでお前までくるんだよ」

「次の授業古文だし、昼食った後だしだりーし。それに……紘平と一緒にいたいから」

正士はふざけながらピトっと俺の腕に自分の腕を絡ませてしなってきた。


「気持ち悪い、離せ」

正士の腕を払いのけて俺達はふざけながら歩きつづけた。



今日俺が学校にいたのはたったの四時間弱だった。



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