番外編 宝物
帰国後、親しい友人だけを招き報告会を兼ねた食事会をした。
「おめでとさん」
眞野と正士が小さな花束を渡してくれた。
「ありがとう」
香奈は嬉しそうに笑って花束を受け取った。
「よかったね香奈。あたしの分まで幸せにおなり」
「お前の分って?」
正士はその意味ありげな言葉に眞野を見た。香奈と眞野は顔を合わせ笑い、俺は青ざめた。
「正士知らなかったっけ?あたしね、こうへ……」
「た、た、正士!由紀乃ちゃんは大きくなっただろ?」
その言葉に反応した正士はニヤニヤしながらポケットから数枚の写真を取り出した。
「可愛だろ〜」
娘の写真を見ながらデレデレとする正士はさっきの話をすっかり忘れ親ばか全開モードになっていた。
そんな単純なヤツに感謝しつつ、俺は冷や汗を拭った。
眞野のやつ、なんか根に持ってんのか?終わった事をほじくり返すな!
正士が出した写真を見ている眞野にキッと鋭い視線を送った。それに気づいた眞野が、俺の数倍鋭い視線を送り返してきた後ふっと笑った。
その視線にすっかり怖じ気づいた俺は、今後一切彼女に逆らわないことを決め、引きつった笑顔で視線を外した。
「でもまさかお前に先越されるなんて思ってもなかった」
「おまえ等の子供がもし男だったら絶対に近づかせないからな」
「近づくぐらいいいんじゃない?」
写真を見ながら眞野が口を挟んだが「絶対にダメだ!」と真剣な顔で怒った。
「女の子なんだからそのうちお嫁に行くんだよ?」
「嫁には出さん」
「嫁って……由紀乃ちゃんまだ一歳前だろ?」
カメラに向かって可愛らしい笑顔で微笑む女の子の写真を手に、呆れたようにそう言ったが正士は真剣そのものだった。
「すっかり由紀乃ちゃんにメロメロね」
香奈が笑うと正士は目を細めてにっこりとし、香奈の肩を抱き寄せた眞野はにっこりした。
「きっと可愛いいんだろうな香奈の赤ちゃん。毎日ヤってんでしょ?」
そう笑いながら俺と香奈を交互に見た。
「ま、毎日は……」
また正直に答えようとした香奈の言葉を遮って
「毎日はヤってねーよ。でも今晩は頑張ろうかな」
おどけてニヤリと笑い香奈を見ると「ちょっとヤダっ……」と香奈は赤面して俺を睨んだ。
「赤ちゃん欲しい?」
夜、ソファーで寄り添ってテレビを見てる時、昼間の会話を思い出して何気なく聞いてみた。
「赤ちゃんは作るもんじゃないんだよ、授かるものなの。欲しいと思っても直ぐには無理だよ」
最もな意見に、俺の頭の中の想像は非常に下品なものになってしまった。
「そうだな、子供は授かりものだよな。ごめん。俺の頭ん中、変なことばっか……」
「とはいったものの……。早く授かりますように……」
香奈は俺の頬にチュッと唇をつけた。そして照れた顔で「ね?」と言った。
数ヶ月後、香奈のお腹に小さな二つの命を授かった。初めての妊娠の上、双子ということもあり不安要素が沢山ある。両親が近くにいる方が安心して出産に望めると思った俺達は、妊娠が分かった時に話し合い出産はドイツでする事に決めていた。
日々大きくなっていくお腹に毎日声をかけていく。
「あっ…」
夕飯の片付けをしていた時、突然香奈が大きな声を上げた。
「ど、どうした!」
リビングにいた俺は読んでいた本を放り投げ、急いで香奈に駆け寄ると彼女はにっこりしながら、大きなお腹に手を当てながら俺を見た。
「動いた。……ほらっ」
俺の手をとり大きなお腹に当てながら次の胎動を待った。しかしいくら待っても胎動は感じられなかった。
「あれ?疲れちゃったかな?」
「なんだ残念……」
「ほらまた」
数日間経った夜、布団に潜り込んでいると香奈が言った。すぐに香奈のお腹に手をあてるとぐにーっとお腹が動いた。
「おおっ!すげー」
「ねっ」
嬉しくなってお腹に顔を付けて「おーい」と呼んでみた。すると頬当たりをお腹の中から蹴られた。
「蹴られた」
「早く遊びたいんだよ」と香奈は笑った。
「そっか。楽しみだな」
コチョコチョとお腹をくすぐると「ちょっと、くすぐったよ」と香奈が身体をよじった。
そして安定期に入った。
——多胎妊娠に安定期はないと言う。そして多胎妊娠は単胎妊娠よりも早く産まれてくる事が多いらしい。
俺も父親になるべく一応本などで勉強した——
6ヶ月過ぎ、香奈の体調を見計らってドイツに帰ることになった。仕事を放り出す事は出来ず1日だけ休みをとり週末を使い二人でドイツへ行ってきた。
そして彼女の両親に彼女とお腹の子供たちを頼み、1人寂しくで帰国した。
俺は日本で香奈からの連絡を待ちつつ仕事に明け暮れた。
生まれてくる子供達の為になるべく出費は減らそうと相談し、電話は極力しないようにした。メールも1日おきと決めた。
《元気にしてる?ちゃんと食べてる?》
短いメールでも香奈を近くに感じる。そして検診日に撮ったお腹のエコー写真を入れた手紙が月1で届く。
それを楽しみにしながら俺は寂しい1人暮らしを紛らわした。
「やっぱりお腹切るみたい」
そろそろ8ヶ月になる頃、珍しく電話をしてきた香奈の不安そうな声が電話の向こうから聞こえてくる。臨月にはいってすぐ帝王切開で赤ちゃんを出産する事になったらしい。
電話を通じ遠く離れた場所からもその不安感が俺にも伝わってくる。
「香奈と赤ちゃん達の為だから仕方ないよ」
「うん……でも怖いな…」
「頑張れ、俺がついてるから。予定日が決まったらすぐに連絡くれよ」
「分かった。……紘平」
「ん?」
「紘平に会いたい、寂しいよ」
寂しそうな彼女の声に思わずグッときてしまい、言葉が詰まり涙腺が緩んだ。
なんとかこらえて口をあけ、香奈を励ました。
「俺も会いたいよ。会えるのを楽しみにしてるから」
「うん、あと少しだもんね、頑張るよ。ごめんね、弱音はいて」
鼻をすすりながら「またね」と電話を切った。
1週間後、手術日が決まったと連絡があった。
出産時には必ずそばにいると約束していた俺は、手術日を挟んだ一週間たまっていた有給休暇をフルに使い休暇届けを提出した。上司はあまりいい顔をしなかったが、どうにか休みを取れたと香奈にメールで連絡した。
《早く会いたい》
返ってきたメールには香奈の気持ちがいっぱい詰まっていた。
出産を10日後に控えた日、香奈から緊急の連絡が入った。検査の結果が良くないらしく明日から入院するらしい。
すぐにでも飛んでいき、香奈のそばについていてあげたかったがそれは無理だった。
不安いっぱいかかえたまま次の日を迎え会社に向かったが、全く仕事が手に着かず小さなミスの連続だった。
その夜また電話があった。
お腹の子供たちにはなんの問題もなく、しっかり成長しているらしい。ただ香奈の検査結果に少し問題があり、予定日より出産が早まるかもしれないとのことだった。
「ごめんね……せっかく休み取ってくれたのに」
「そんなことないよ。今は体調に気をつけてゆっくりしろよ」
「心配かけてごめん」
「元気な香奈と子供たちに会えればそれでいいよ」
何事もなくこの数日無事に過ごし、いよいよ明日から日本を発つことになった。
『明日会える。楽しみ』
『待ってるね』
病院のベッドの上で、大きなお腹の前でピースをしている香奈の写真付きでメールが返ってきた。その顔は元気そのものだった。
翌朝はやる気持ちを抑え空港へ行き、予定どうり飛行機は香奈が待っているドイツへ飛び立った。
空港に降り立った俺を迎えてくれたのは、香奈の父親だった。ニーナは香奈に付き添っているため行けないとメールで知らせてきた。
「ご無沙汰してました。お久しぶりです、お義父さん」
「紘平くんお疲れ様。疲れただろう?」
握手をし挨拶をしているとお義父さんの携帯が鳴りだした。
「ヤー……」
電話に出たお義父さんの顔が突然険しくなり、言葉も切羽詰まっている様子だった。携帯をしまうとお義父さんは俺を促した。
「急ごう、香奈が破水したみたいだ」
突然の事に驚きながも足を止めずに空港内を走りつづけた。駐車場に止めてある車に乗り込むと、お義父さんはグッとアクセルを踏み込んでアウトバーンをものすごいスピードで走り出した。
約1時間後、かなりの距離を猛スピードで走ってきたため、通常よりもだいぶ早く着いたとお義父さんが言った。そのスピードについていけず俺は少々気分が悪かったが、香奈が心配でお義父さんと共に病室へ急いだ。
病室のベッドの上ではすでに手術着に着替えている香奈が待機していた。
「香奈」
声を掛けると俺の顔を見て手を伸ばしてきた。
「紘平」
緊張で強張っていた香奈は嬉しそうな顔になり俺の首に腕を回した。
「会いたかった。会いたかったよ紘平っ……」
「俺も会いたかった。間に合って良かった」
お互いにキツく抱きしめあって久しぶりの再会を喜んだ。
そうこうしているうちに、手術の準備は進んでいく。徐々に陣痛も来ているようで、時々顔をしかめ辛そうにその痛さに耐えていた。
「痛い、痛いっ…ううっ」
陣痛逃しの方法をニーナに教えてもらい、腰を押すように強くさすりながら香奈を励ました。
「頑張れ、頑張れ香奈」
さすっていない方の手を握り締め涙目になりながら香奈は微笑んだ。
手術室に運ばれる香奈の手を握り締めると、彼女はにっこりと笑い「行ってくるね」とピースサインをして言った。
香奈が手術室に入って30分後、手術室のドアが開き出てきた看護士に隣の部屋へ案内された。
そこには無事出産を終えた香奈が微笑んでいた。すぐにタオルにくるまれた小さな赤ちゃんが看護士の腕に抱かれてやってきた。
「女の子ですよ」
ニーナに通訳され、看護士に抱かれている赤ちゃんを覗き込んだ。そこには小さな小さな赤ちゃんが口をモゴモゴさせていた。そしてもう一人看護士の腕の中にも赤ちゃんが。
「男の子ですよ」
香奈のベッドの横にあるベッドに寝かされた小さな小さな二人。香奈は手を伸ばし愛おしいそうに子供達に触れた。
「香奈お疲れ様」
微笑む彼女の顔を見て「ありがとう」と言った。その途端俺の目からは涙が零れ落ちた。
「なんか涙もろくなっちゃった」
照れながら涙を拭っている俺の手を香奈が握り締めてきた。
「これからも宜しくね、パパ」
「パ、パパ?」
目を丸くしていると香奈が笑った。
少し小さく産まれてきた二人だったが、特に悪いところはなく保育器に入ることもなかった。
二人の子には遙と大地という名前を付けた。
出産後1ヶ月はドイツにいた。そして半年ぶりに香奈が日本に帰ってきた。
有給を使い果たしてしまった俺は、残念ながらドイツまで迎えに行けなかったが、仕事帰り空港へ直行した。二週間だけ仕事に都合を付けたニーナと共に日本の地を踏んだ香奈がベビーカーを押して姿を見せた。
「ただいま」
「おかえり」
香奈を抱き寄せると、久しぶりの再会に感極まり思わずまた泣いてしまった。
ベビーカーで寝ている二人にも声を掛け、久しぶりに会うニーナにも挨拶をした。
あっという間に二週間が経ちニーナは後ろ髪を引かれるようにドイツへと帰っていった。
その後、日中は美智子さんが来てくれることになった。知らなかったが実は美智子さん、保健師の資格を持っているそうだ。
なんて頼りがいがある人なんだ。
信頼の置ける美智子さんが日中家にいてくれるという安心感から、俺の仕事もかなりはかどった。
生後3ヶ月を過ぎ、初めての育児に俺達もだいぶ慣れてきた。最初は『寝る・ミルク・おむつ・泣く』ばかりだった遥と大地も、1日のリズムが出来てきて起きている時間が多くなってきた。風呂に入れるのは俺の担当で、オムツ替えも手慣れてきた。さすがに母乳は出せないが夜の授乳も交代で行った。
「可愛いい」
眞野は子供達を見ながら頬をツンツンと優しくつついた。つつかれた遥と大地は、香奈にそっくりな大きな目をパチクリしながら目の前にいる眞野を凝視した。
「可愛いっ……もう可愛いすぎるよ、さすが香奈の子だね」
「俺の子でもあるんだけど……」
「あっそうだっけ?よかったね〜、父親に似なくて」
「おいっ!」
その時大地が泣き出した。
「顔が怖いってよ」
「あんたの声がデカいんでしょ」
泣き出した大地を抱っこしながら優しく揺らした。
「あれ?もうお腹すいた?」キッチンからお茶を持ってきた香奈は、俺の腕の中でぐずっている大地を見て笑った。
「眞野が泣かせた」
「ちょっと……」
「大地は泣き虫だからね〜おむつかもしれないね」
奥の部屋でおむつを見てから授乳をしてきた香奈は、眠ってしまった大地を抱いて連れてきた。
こっちの部屋では俺に優しくトントンとされていた遥がうとうとし始めていた。
「母乳?」
「うん、一応出るし交代でね。でも二人はキツいからミルクも足してる」
大地を遥の隣に寝かせ毛布をかけた。
「すごいね香奈、頑張ってるね。で、夜は母乳飲む赤ちゃんが一人増えるわけだ?」
ちらっと俺を見た眞野はニヤニヤと笑った。
「ばっバカやろー」
「晶子っ!」
口を付けていたコップからお茶を吹き出してしまい、むせながら二人で真っ赤になって眞野を睨んだ。
「お前そんなことばっかり言ってるから嫁に行き遅れてんだぞ」
「大丈夫、大丈夫。紘平よりももっといい男を見つけてるんだから、めざせ玉の輿!」
勢いよくそう言った声に寝ていた二人がビクッとし「ふにゃー」と小さく泣いた。
「しーっ!」俺と香奈が口に指を当て、眞野は口元に両手を当てながら「ごめんっ」と謝った。
「走っちゃだめよー」
香奈の声は届かず小さな二人は広いロビーを駆け回っている。
「そろそろじゃね?」
「そうだね」
走り回る二人を追いかけて抱きかかえると、上の階にある控え室へ歩いていった。
「晶子……?」
「どうぞ」
ドアを開けると純白のウエディングドレスに身を包んだ眞野が振り返った。
いつもと違う服装の眞野にびっくりしている遥と大地は、香奈の後ろに隠れながら恐る恐る近づいて行った。
「うわーっしょうこちゃんきれーよ」
さすがは女の子。ウエディングドレスの魅力に遥はすぐに近寄っていき、ドレスにソッと触りながらうっとりとしていた。大地はまだこの服装に慣れないのか、おっかなびっくりな様子で眞野をみているだけだった。
「ありがとう遥。おっ大地、カッコイいじゃん」
服装を誉められた大地は少し照れ気味にはにかんだ。その様子を笑いながら見ていた俺と香奈も眞野に近づいて「おめでと」と言った。
「ありがとう」
「でもびっくりしちゃったよ。急に結婚なんていうから」
「あはは、ごめんね。急がないと行き遅れちゃうし。それに……」
眞野が言いかけると下の方から遥が口を挟んできた。
「ねえねえしょうこちゃんきいてーっ」
「遥、ママがお話してるでしょ?」
「やだーきいてきいてー」
駄々をこね始めた遥が眞野のドレスを引っ張った。
「こら、遥!」
「いいよ大丈夫。なに?遥」
晶子はかがみ込んで遥と視線の高さを同じにした。
「はるかね、おねえちゃんになるんだよ」
それを聞いた晶子は立ち上がり香奈を見た。
「本当?」
香奈はちらっと俺を見てから頬を赤らめこくんと頷いた。
「わあ、おめでとう。予定日はいつ?」
「来年の始め頃」
「まだまだラブラブなんだ。……実はあたしもなの、予定は香奈と同じ頃だよ」
眞野はウインクをしてお腹に手を当てた。
「ええ、本当に?おめでとう。同級生だ」
「うん、そうなの。だから式を急いだって訳。……ってことは……ヤった時期が同じって事か」
「ヤったってなにを?なにをやったの?」
きょとんとした顔で遥と大地が下から見上げてきた。
「晶子っ」
「あはっごめん。遥も大地も好きな人が出来たらね。そのうちわかるよ」
「ふーん……」
よくわからないという顔で一応納得した様子の遥は、またウエディングドレスを触り始め「はるかもこれきたい」といった。
「大きくなってお嫁さんになったら着れるよ」
「うん。はるかお嫁さんになってこれきる」
満面の笑みでにっこりとしている遥を、俺は複雑そうな顔で遥の傍らにしゃがみこんだ。
「遥はパパと結婚するんだろ?」
しゃがんで遥と目を合わせてにっこりと微笑んだ。
「ちがうよ。はるかたくみくんとがいい」
遥のストレートな答えに俺は固まった。
「ええ!たくみくんって誰?」
「さくらぐみさん」
「さくらぐみ?香奈どういうこと?俺、俺何にも知らないんだけど……」
動揺しパニックになっている俺をみた香奈と晶子はぷっと笑った。
「紘平振られちゃったね」
笑いながら晶子がとどめの一発を放った。
「絶対嫁にはいかせねー」
少しだけ涙目になってる俺は悔し紛れにそう宣言した。
「正士みたい」
「呼んだ?」
タイミングよく正士がドアを開けて入ってきた。
「よっ久しぶり。おお、馬子にも衣装だな」
晶子の姿を見てそんな言葉を投げかけた正士の後ろからは、可愛いドレス姿の由紀乃が入ってきた。
「由紀乃ちゃん可愛い」
「お姫様みたいだね」
香奈と晶子に誉めらた由紀乃は、照れて正士の後ろに隠れるように移動した。
「だろ?」
由紀乃の代わりに正士が返事をしみんなが笑った。
「由紀乃ちゃんはいくつになったんだっけ?」
「今年一年生になったばっかりだよ」
「もう一年生か。早いな」
控え室が賑やかになったところで式場の人が、披露宴がそろそろ始まると伝えにきた。
「じゃあまた後で」
手を振り控え室を後にし、席次表をみながら新婦友人ということで正士達と同じテーブルについた。座って席次表を見ていた俺はある事に気が付き、隣の香奈に席次表を見せながら聞いた。
「なんか見覚えのある名前がいっぱいあるんだけど……」
「そりゃそうよ。だって……」
その時、会場が薄暗くなり音楽が流れはじめ司会のアナウンスが始まった。
「会場の皆様お待たせいたしました。新郎新婦のご入場です」
後ろのドアが開き、スポットライトの中に腕を組んだ新婦新婦が現れ、幸せそうな顔でテーブルの間を歩いてくる二人の顔を見て、俺は言葉を失った。
「い、伊沢……伊沢?!」
晶子と腕を組んで歩いてくる新郎、それは高校の時古文教師だった伊沢だったのだ。改めて手元の席次表をみると確かに『伊沢家・眞野家』となっていた。
「知らなかった……」
あまりに衝撃的な出来事に開いた口が塞がらず、唖然としてスポットライトに照らされ歩いてくる二人を見つめた。
俺の様子に気が付いた眞野は、俺たちのテーブルの脇を通った時俺に向かってVサインをして笑った。
披露宴が終わり、庭でブーケトスをやると司会者が明るい声で言った。
「あたしも行ってこようかな」
女性達が集まる様子を見た香奈が張り切っていた。
「独身女性のみって言ってただろ?」
「なーんだ」
がっくりしている香奈を見てから俺は呆れたような顔をした。
「なにするの?」
意気揚々と集まっていく独身女性達をみて、遥と大地が香奈に聞いてきた。
「次のお嫁さんを決めるの。あのお花をもらった人が次のお嫁さんになるんだよ」
そう言って説明していると、ブーケトスに行きかけていた細身の身体にピタッとしたロングドレス、スリットが深く入りった非常にセクシーな服装の女性が足を止め話しかけてきた。
「あら町田君に秦野さん」
「あっこんにちは。お久しぶりです」
香奈は短く言葉を交わしてをし女性は歩いていってしまった。
「誰?」
お尻を振りながら歩いていくセクシーなその後ろ姿を目で追い香奈に聞いた。
「細井先生だよ」
「はあ?細井?!あの保健室の?」
椅子に拷問していたあのぶっとかった細井?
またしても開いた口が塞がらすあんぐりとしてしまった。
「あれいきたい」
アホ面全開の俺に、集まる人たちを見て楽しそうと思った遥が紘平を見上げた。
「だいちもー」
横で聞いていた大地も遥にならって行きたいと言い出した。
「行く?間違っても受け取るなよ」
俺は気を取り直して二人を抱っこしながら、集まっていく人たちの後ろへ歩いていった。
「あれお前も?」
賑やかな集まりの後ろにいると正士も由紀乃を連れてやってきた。
「見たいって」
見える高さに由紀乃を抱き上げ、その様子を見守った。
「それでは準備はよろしいですか?いきますよー、いちにのさーん」
眞野が投げたブーケは空高く舞い上がった。
「晶子、飛ばしすぎだよー」
誰かが言ったように、我先にとと飛び出した独身女性達の頭上を越えて後ろの方へ飛んできた。
娘を持つ父親同士が娘の将来について話し合っていると、誰かがキャッチし損ねたブーケがポンと弾み、正士に抱っこされている由紀乃の手の中へ飛び込んできた。
「あっ……」
何人もの声が同時に響いた。
「可愛らしい女の子が受け取りました。次のお嫁さん候補の誕生です」
司会者はその微笑ましい光景に、ことさら明るく声をあげ周りの参列者達もそのかわいらしい光景に大きな拍手を送った。
「NOーーーーーっ!!だめだー!」
その直後みんなの笑い声の中、正士の悲痛な叫び声が式場の庭にこだました。