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彼女の傷

香奈の新しい部屋が決まり居候していた眞野の家から引っ越しをした。





「——晶子にこれ以上迷惑かけられないな。住むとこと仕事も探さなきゃ」


その後も眞野の家に間借りをしている香奈がそんな事を言った。




「一緒に住まないか?」



あの日俺は躊躇わずにそう言ったのだ。



「え?いいの」

「狭いけど。香奈がイヤじゃなかったら————」



元旦那に壊されたり持って行かれたりで香奈の荷物は極端に少なかった。俺の部屋にもその荷物は難なく置くことができた。



「まったくね……」

引っ越しの手伝いをしながら眞野が面白くないような顔で俺達を見た。



そう、香奈の新しい部屋は俺の部屋。




そして引っ越しが終わり眞野にお礼をした。


「晶子ありがとう。えっと……」

腕組みをして俺らをみる眞野は怖かった。その迫力にさすがの香奈もなんと声を掛けたらいいか困った顔で俺をちらっと見て助けを求めてきた。


「うっ、眞野…さん?」

「何?」

不愉快そのものの顔で俺を睨む眞野に思わず敬語で話した。


「手伝ってくれてありがとう…ございました。この後食事でもどうでしょう?もちろん眞野さんのお好きなものを……」


「なんで『さん』付けのうえに敬語なのよ」

「そんな雰囲気だから」


眞野は耐えきれなくなり吹き出した。つられて俺達も笑い出してしまった。

「さて豪華な食事をごちそうしてもらおうか」


三人で近くのファミレスに入り豪華な食事をした。


「香奈を泣かせたらあたしが許さないからね」

食事の後、眞野は俺に釘をさして帰って行った。


夜の道を二人並んで部屋に帰る俺達。


「手、つないでいい?」


俺は微笑むと無言で香奈の手を握った。


「久しぶりだね、紘平と手つなぐなんて。初めて手を繋いだときはすごいドキドキしたんだよ。紘平の手が大きくて温かくて……今でも覚えてる」

「散々正士に邪魔されてなかなか繋げなかったけどな……夏祭りの前だろ?俺も覚えてる」


「……紘平、手繋ぐの好きだったよね」


そう言われ繋いだ手をぎゅっと握り返した。

その後はなぜか黙り込んでしまい、繋いだままの手を大きく振って歩いていく。

「……」

「…………」



ゆっくりと歩きながら俺は香奈に声をかけた。

「手繋ぐの好きだった……。けど俺、香奈も好きだ」

香奈は俺を見つめて足を止めた。


「あの後自然消滅した事すげー後悔してる、連絡もしなくてごめんな。もう自分に嘘はつきたくない。俺、香奈がずっと好きだった。いまも」


俺は香奈の正面に立ち一呼吸すると、高鳴る胸の鼓動を抑えきれず今の気持ちを隠さず言葉にした。


「……また俺と付き合ってくれないか?」


香奈は俺の顔を見上げて瞳を潤ませた。

「いいの?いいのあたしで?こんなに傷だらけだよ」


「俺じゃあ香奈の傷を癒せないかな?目に見える傷も見えない傷も癒やしてやりたいんだ」

真剣に見つめながら香奈の返事を待った。香奈は悲しそうな顔で顔を伏せたが、次に見せた顔はにかんだ笑顔だった。


「紘平に癒やして欲しい。でもあの時みたいにいなくならないで……紘平にまで見放されたらあたし……」


「そんなこと絶対にしない!」

手を伸ばして香奈を引き寄せキツく抱きしめた。

「ずっと香奈と一緒だ。あの時だって離れたくなかったんだ」


「紘平……こうへ…い」


香奈は俺の腕の中で泣きながら俺の名を呼び続け、背中にまわした腕に力を入れしがみついた。


「ごめん。告るのと一緒に住まない?ってのが逆だったな……」

香奈を抱きしめてそう言うと腕の中で彼女はクスッと笑った。



部屋に戻ると二人は何も言わず抱き合った。香奈の白く柔らかい身体についた無数のアザ。俺はその一つ一つにキスをし、壊れ物を扱うように優しく香奈を抱いた。


そして抱き合ったまま、お互いの心臓の音を聞きながらじっとしていた。


「あたし生きてるんだね。少し前を思うとこうして紘平といられるのが幸せすぎて嘘みたい……」


香奈は俺の胸に頬をスリ寄せながら目をつむった。


「なあ…聞いてもいいか?」

俺の胸元で目を閉じていた香奈は「なに?」と顔をあげ下から覗き込んだ。


「瞳の色、街で会った時黒かったから。でもいまは前と変わらないだろ?」


「コンタクト。カラコンいれてたの」

胸元から顔を下ろすと、話を続けた。


「旦那がね『お前はその目で男を誘惑している』ってしょっちゅう言ってたの。ショックだった、おばあちゃんから受け継いだのにって。一日に何度も同じ事をいわれるのが嫌で、黒のカラコン入れてたの。紘平はこの瞳どう思う?キライ?」


「好きだよ、綺麗な色じゃないか」


俺は香奈の瞳をじっと見て頬を撫で、まぶたにそっとキスをした。



「ありがとう。ねえ、あれ……」

微笑んだ彼女の視線の先にはハート型のサボテンがあった。


「ああ、香奈にもらったやつ。うまく育ったのか芽が出たんだ」

小さな鉢の中で大小二つのサボテンが寄り添うように育っていた。


「忘れようとして捨てようかと思ってたんだけど、芽が出てるのを見て愛着がわいてきて」


そのサボテンを見ながら微笑んで布団の下で香奈の肌を撫でた。

「そうなんだ、あのサボテンこうなるのを待ってたのかもね。ねえ…朝起きたら夢だったなんてことないよね?幸せすぎて怖い」

香奈はまた少し寂しそうな顔で俺を見上げてきた。


「夢なんかじゃない。俺だって香奈が消えていなくなるんじゃないかって不安だよ。そうならないようにずっと抱きしめてたい」


「どこにも行かないよ。紘平のそばにずっといる、そばにいさせて」


彼女は俺に抱きつきそういった。

その日はベッドの中でお互いきつく抱き合いながら朝まで眠った。





「まだゆっくり休んでれば?」


俺の言葉に首を横に振り「ちゃんとしないと、紘平にだって迷惑かけられないから」と次の日から再び仕事を探し始めた。



やっと小さな仕事を見つけフルで働き出したが、俺が帰ると必ず家にいて食事の支度を済ませていた。


「頑張り過ぎじゃねーの?香奈だって1日働いてんだから疲れてるだろ。無理すんなよ」


温かい食事を口にしながら、俺は香奈の体を心配した。


「ううん、大丈夫。だって嬉しいんだもん」

「なにが?」

「「ただいま」って帰ってくる紘平の顔見るのが。それに美味しそうに食事してる顔を見るのも好きだし、それに……」

「それに?」


香奈は照れたように俺を見て

「紘平と一秒でも一緒にいたいから」

と赤い顔で言った。



か、可愛い……


言われた俺も思わず照れてしまい、手にしたいたおかずを落としてしまった。


「熱っ!」


「ちょっと大丈夫?」


ズボンに落ちたものを手で払っていると、香奈は冷たいタオルを持ってきてズボンの上からトントンと叩いた。


「シミになっちゃうかも……早く脱いで」

急かされてズボンを脱ぐと、香奈はそれを持って洗面所へ行った。


「多分大丈夫。紘平は火傷しなかった……ってまだその格好?風邪ひくよっ」


パンツ一枚で部屋にいた俺を見て香奈はびっくりしていた。


「だって香奈が脱げって言うから……」

「さっさと違うズボン履いてよ、もう」

「はい……さむっ」


少し怒ったような顔して「もう一回温めなおす?」と皿を手に立ち上がった。


「お願いします」

ズボンを履きながらそう答えてもう一度テーブルにつくと、温めなおしてくれた皿をすぐにもってきてくれた。それを口にして「温かくてうまい」と笑った。


「風邪引かないでよ」

困ったような顔で俺を見つめる彼女の瞳を前に「後で俺も暖めて」とつい調子に乗ってふざけた事を言ってしまった。


彼女は目を見開いて俺を見返しムッとした。


やべっ、また怒られる……。


シュンとしながら自分の言葉に後悔していると「後でね」と予想外の答えが返ってきた。

パッと顔をあげると顔は照れながら微笑んでいた。


「百面相みたい」

香奈はクスッと笑いながら自分も食事を進めた。



その後約束通り、食事で温まった体を更にもう一度彼女に暖めてもらった。

おかげで風邪をひくようなことはなかった。




同棲を始めて4ヶ月たった頃、香奈の心の奥深くにある傷が閉じかけていた時、ほんの些細な俺の行動が再びその傷を開けてしまう出来事が起きた。



ある日、棚の上にある物が取れないと言ってきた。


「どれ?ああ、あれか」


キッチンの上にあるくくりつけの棚の上段、使われていないオープン用の鉄板がしまってあった。

クッキーを焼きたいから取ってと言われ、俺は香奈の正面に立ち鉄板を取ろうと腕を伸ばした。


その時だった。



香奈は突然ビクッとして俺の腕から逃げるように座り込んでしまった。


「どうした?」

座り込んでいる彼女の肩に手をかけると、彼女は身体を堅くして怯えた目に涙をため俺に訴えた。



「ごめんなさい、許して……お願い。ごめんなさい…ごめんなさい……お願いだから叩かないでっ」


薄緑の瞳からは大粒の涙が次々と流れ落ち、彼女は頭を庇うように小さくなり震えた。


「香奈……」

目の前で振りあがった腕を見て、旦那から受けていた暴力がフラッシュバックし俺に殴られると思ったらしい。


怯えて震える身体をきつく抱きしめると彼女は「ごめんなさい…許し……て」と言いながら号泣し出した。


「ごめん香奈、大丈夫だから。殴ったりなんかしないよ」

そう言いながら優しく背中を撫でて落ち着かせた。


「こうへいっ…ごめんなさい」


嗚咽混じりにしゃべる香奈の身体を優しく撫でながら抱きしめ続けた。

腕の中で徐々に落ち着きを取り戻してきた香奈は、俺の首に腕を廻して呼吸を整えた。


「怖いの…」

首に抱きついたまま耳元でそういった。


「目の前で腕が振り上ると、無意識に身体が反応して……ごめんね」


涙で濡れた薄緑色の目。

香奈の身体の傷は癒えたが心の傷はまだまだ癒えてはいなかった。


「俺も悪かった、ごめんな」

まだ少しだけこわばっている香奈の身体を強く抱きしめて背中を優しくなで続けた。




香奈の心の傷を少しずつ癒やしながら、一緒の時間を過ごしてきた。


そして半年後……。




昼間の暖かさが残りだいぶ過ごしやすくなってきたある日、昼休みの時間に香奈に電話を掛け夕飯は久しぶりに外で食べようと提案した。


快く承諾してくれた香奈と待ち合わせ場所と時間を決め電話を切った。

就業時間を少し過ぎた頃、俺は机の引き出しを開け小さな箱を取り出すと、その箱をカバンにしまって会社を後にした。



待ち合わせ場所には既に香奈が待っており、俺の姿を見つけると手を振って駆け寄ってきた。


「待った?」

「ううん、いま来たところ……なんてね。待ち遠しくて早く着いちゃった」


ふふっと笑うと早速腕を組んできて微笑んだ。

俺が歩き出すと歩調を合わせて一緒にあるきだした。

「だいぶあったかくなってきたね、過ごしやすいね」

「そうだな、時々ジャケット着てると暑いくらいになってきた」


他愛のない話しをして、ショーウインドウに飾られている服を見たりと、久しぶりの夜のデートを楽しみながら街を歩いた。



ホテルの最上階の高級レストランとはいかないが、落ち着きがあり雰囲気のいい静かなレストラン。事前に予約をしてあったこのレストランに香奈と入った。


広い店内はテーブルの間隔がいい距離で離れており、隣のテーブルの会話はあまり聞こえず周りを気にせず二人だけの会話をたのしむけとができ、美味しい食事と少しのアルコールを楽しみ会話は弾んだ。



食後のデザートが運ばれてきて、テーブルの上には大きな皿には小さめな可愛らしくケーキとフルーツが綺麗に盛りつけてあった。


「わあ、綺麗。食べるのもったいないな……」


香奈は可愛らしい盛りつけてあったその皿に手をつけずしばらく眺めていたが、躊躇しながらスプーンを伸ばしケーキをすくって口に運び「美味しい」とにっこりと笑った。




食後店を出てしばらくの間、また手をつなぎ歩いた。

昼間は暖かくなってきても、夜になるとやっぱり少し肌寒い。アルコールで温かかった手が少し冷たくなってきた。


「寒い?」


両手で香奈の手を包むと彼女は首を振った。


「このままアパートまで歩いちゃおっか?」


久しぶりの外食で飲んだアルコールで、目の縁を少し赤くした香奈は多少テンション高めにそう言った。ここからアパートまでは3駅ほどあるが、既に駅と駅の間あたりを歩いているため距離はあまりない。彼女の提案に頷くとそのまま腕を組み直して歩き続けた。


空ではちょうど月が満ちていて、歩く先に二人の影が出ていた。

その影に追いつこうと走ったり止まったりと香奈はかなりはしゃいでいた。最近あった面白い話しをしたりして、笑いながら歩いているとあっという間にアパートまで着いてしまった。



先に部屋へ入ろうとした香奈を止めて「たまには俺におかえりって言わせて」と言い、先に玄関へ入った。

先にリビングに入り、電気を付けちょっと後に入ってきた香奈を「おかえり」と迎えた。



「ただいまっ」


笑顔でそう返した香奈は恥ずかしそうに笑いながら上着を脱ぎソファーに掛けた。



「……香奈」


「なに?」


名前を呼ばれ振り返った香奈は、目の前にいる俺の手の平の上に乗っている小さな箱に視線を移した。



「香奈、俺と結婚してください」



突然の事に目の前の光景が信じられないように、彼女はまばたきを忘れるくらい俺を見つめていた。



「あたし……と?」


「そう、香奈と」


「あたしでいいの?だってあたし……」


「前世も過去も関係ない。香奈がいいんだ、香奈じゃなきゃダメなんだ。香奈が好きなんだ」



俺たちは無言で見つめあっていただけだが、それだけでも心は通じ合っていた。


「紘平、あたしも大好きよ。嬉しい」

香奈が微笑んでプロポーズを受け抱きついつきた。そして小さな箱の中で輝いている指輪を香奈の左手の薬指にはめた。


その手をまじまじと見た香奈は笑顔で俺を見て自然と唇を重ねた。

一度唇が離れ見つめ合った後もう一度唇を重ね、微笑む彼女をぎゅっと抱きしめた。






「紘平愛してる」


左手薬指では指輪が輝き、その頬には涙が一筋光っていた。




「香奈愛してるよ」



俺は柔らかな体を抱きしめ何度もつぶやいた。




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