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お泊まり


三月に入ったその日、俺達は無事卒業式を迎えた。厳粛な空気漂う講堂で一人ずつ名前を呼ばれ卒業証書を渡された。答辞が読まれ最後になる校歌を歌う頃には、大半の女子が泣いていた。


式が終わると勢いよく講堂の外に出て行き、卒業証書の入った筒を持ち仲間と写真を撮ったり、在校生に囲まれ手紙を受け取ったり。

外見がモテる正士は女子生徒達に囲まれ鼻の下を延ばし、部活の後輩に慕われてていた眞野は、その後輩達数名に泣きつかれ一人一人と握手をしていた。


「楽しかったね。あたし一年しかいなかったけどすごく楽しかった、みんなとあえてよかった。もちろん紘平と出会えたのが一番だけどね」


それぞれ囲まれている正士と眞野を見て、にっこりと笑う香奈の手を引っ張り、俺は人気のいない校舎に入っていき、今朝までみんなで騒いでいた教室にいった。空っぽの教室には机と椅子だけしか残っておらず、黒板には誰の字かわからないが汚い字で『卒業だぞ!』と大きく書いてあった。


「ここで香奈にあって、仲良くなって……。そう言えば俺、香奈が転校してきた日いなかったんだよな」


俺がそういうと香奈は教壇に上がり

「ドイツから転入してきました秦野香奈です。よろしくお願いします」


と自己紹介をして笑った。


「いっぱい思い出があるね」

教壇から降りてきた香奈は、机をなぞりながら俺のところまでくると

「卒業してもよろしくね」

と右手を出して握手を求めた。微笑む彼女のその手を引き寄せ抱きしめて唇を重ねた。



「紘平大好き」

「知ってるよ。俺も香奈が大好きだ」

「知ってる」

そう言って顔を合わせ笑いあった後、もう一度キスをした。




「もう終わったー?」


廊下から声がして驚いてそっちを見ると、クラスの数人がニヤニヤして前後のドアから俺達を見ていた。


「いるんなら声掛けろ!!」


見られていたことに耳まで真っ赤になった俺は、怒鳴りながら皆を追いかけた。



クラスメート全員でカラオケへなだれ込みかなり騒いだ後、いつもの4人でゲーセンへ行き卒業記念と称しプリクラを何枚も撮り、ファミレスへ行っていろんな事を話した。



「香奈は大学でしょ、あたしと正士は専門、紘平は社会人か……。みんなバラバラだね」


皿の上のサラダをつつきながら、しんみりとし眞野が言う。


「またみんなで集まって遊ぼうぜ。早速来週」


正士が笑って言うと「来週ね」とみんなが笑った。


「どこ行く?」

「卒業記念だから泊まりに行きたいね」

「でも、今から宿とれるのか?」

「だな…。とれたとしたら?香奈と眞野は?」

俺は二人に聞いてみた。


「親に一応相談しないとな……友達とはいえ男と泊まりだなんていい返事がくるかが問題。あたしも一応女なんでね。香奈はいいな、親公認でしょ?」

「まあ一応そんな感じなのかな……」

照れながら俺の事を見て「ねえ?」と聞いてきた。


「どうなんだろうな。そうだったらいいけど……な」ストローでジュースを飲み干しながら答えていると、香奈の携帯が鳴った。



「ヤー…」

どうやらおばさんからのようだった。

話す香奈の言葉を聞きながらそう思った俺は、さっき飲み干してしまったコップを手に次のドリンクを取りに行った。

テーブルに帰ってくるとまだ話は続いていたが、俺は特に気にせず持ってきたジュースを飲み始めた。


よく見ると正士がポカーンとした顔で香奈を見ていた。

「なんだそのアホ面」

正士に向かってそう言うと、ヤツは俺の肩をバンバンと叩いてきた。


「なあなあ!秦野スゲー」

飲みかけていたジュースに多少むせながら正士を睨みつけ「何がだよ」と言い返した。


「何語しゃべってんだ?」

「ドイツ語だろ」

「ドイツ語?はあー、スゲーな、なに言ってんだか分かんねーけど」


そう言えば、いつの間に香奈がドイツ語を話しているのに慣れてしまっていた。最初は俺もびびってたな。

未だに全部は聞き取れはしないが、時々知っている単語や顔の表情で内容はわかるようになってきた。


今、香奈は困ったような顔をしている。なんか問題でも起きたのか?


電話が終わるのを待って「どうした?」と聞いてみた。


「うん、ママがね急遽ドイツに行かなきゃならない用事が出来ちゃったんだって。あたしは大学の準備があるから行けないよって言ったの」


「いつから?」

「今週末には行っちゃうって……」

そう言った香奈は何か思い付いたような表情をすると、三人の顔を見ながら「ねえ…来週うち泊まりにこない?」と言った。


「いいの?」


「ママいないし、美智子さんも来週からお休みなの。自炊で温泉じゃないけどお金はかからないよ。どう?」

四人は顔を突き合わせて、ニコッと笑った。そして即座に食いついたのは正士だった。

「いいの?やったー」

正士は両腕を伸ばして喜んだ。


「香奈も大胆だな」

「なんで?」

「だって男友達に『うちに来ない?』って誘うんだもん」と冗談のように言ってして眞野は香奈を肘でつつきながらニヤリと笑った。

「やだ、そんな意味ないよー」

お互い軽く叩き合いながら二人は楽しそうに笑っていた。


相談をして日時を決め、その時間に駅へ集合してみんなで買い出しをしてから香奈の家に行くことにした。



お泊まり当日。


やはりなんだか親には『香奈の家』に泊まりとは言えず、最終的には友達のとこに泊まりに行くと言い家を出た。



駅前に行くとすでに香奈と眞野が待っていて、二人と合流し話していると改札の向こうから正士が小走りでやってきた。


「お待たせ」

「さてみんな揃ったわけだし、買い出しに行くよー」

リーダーシップをとった眞野が皆を引き連れてスーパーへと歩き始めた。




「何食べたい?」

買い物カートを押しながら、香奈と並んで歩いていると「新婚さんみたいだな」と茶化され、真っ赤になって正士を睨んだ。


「『何食べたい?』」


「『君の作ったものならなんでもいいよ。あえて言うなら君が食べたい』」


「『やだ、あなたったら……』」


正士と眞野は面白いがって寸劇をしている。


「お前ら…そんなに気が合うんなら付き合え」


俺がそう言うと二人同時に「やだ」と返事が返ってきた。

「やっぱり気があってんじゃんか」



「ねえ、なにしてんの。早く」

先に行っていた香奈に呼ばれた俺たち三人は、カートを押しながら急いで香奈の元へいった。



結局買ったのは、大量のお菓子とジュース類。それにみんなの食べたいものを総合し、スパゲティをつくることになり、材料を買い足した。




荷物の袋を下げて香奈の家へ到着。


俺が初めて来た時と同じような反応をする正士を見て、俺もきっとあんなアホ面してたんだなと思うと笑いがこみ上げてきた。


声紋キーで玄関を開けると「どうぞ」といって皆を家に招き入れた。


「アレ両手が塞がっているとき便利だな」

訳の分からない事を言っている正士を後目にして、先に入っていった。



「おじゃまします」


「おじゃましまーすっ、スゲー広い!」


全てに驚き「スゲースゲー」を連発している正士の目はキラキラしている。

俺もそんなだったなと、懐かしいものを見るように目を細めながら正士を見た。



「紘平と原田くんはこっちの部屋使ってね」


香奈について行き、いくつもあるドアの一つを開けて中にはいった。


「おおっ」


そこはベッドが2つ置いてあり、二人で使うにはかなり広い部屋だった。



「ゲストルームだから好きに使って」

正士はベッドに飛び込んだ。そんなヤツを見ながら「おばさんや美智子さんには言ってあるの?」と訪ねると、「うん大丈夫。一人でいるよりもいいよって言ってたよ」と笑った。


「俺らが泊まる事は?」

その質問に香奈はペロッと舌を出して「言ってない」と言った。


「バレたらまずくね?」


年頃の男女が一つ屋根の下、何かあってもなくっても疑われるのは男に決まっている(保健室の件がトラウマになっている俺)。


バレた時の事を考えてハラハラしていると「紘平だったら大丈夫じゃないかな?なんだったらママに電話する?」

と香奈は携帯を取り出した。


「ドイツ語しゃべれねーし……」

「じゃ、後日報告で」


香奈はウインクして部屋から出て行った。



「晶子はどうする?ゲストルーム使う?」


「あたし香奈の部屋でいいよ。いっぱい話したいし」


リビングに戻ると正士がいらんことばかりを言っていた。

「眞野ー、紘平と交代してやれよ」


「あっそっか。香奈もその方がいいでしょ。あたし隣の部屋で聞き耳たてちゃうけど」


「バカやろー」


「あたし晶子とがいい」

そう言って香奈は眞野の腕に絡みついて笑った。


「もう香奈ったら可愛いんだから。ということで紘平、今夜は香奈借りるね。忘れられない甘い夜を過ごそうね」

眞野は香奈の顎に手を置きニヤリと笑った。




女二人がキッチンで楽しそうに食事の支度をしている声を聞きなから、俺らは何をしていいものやら、動物園にいる檻の中の動物のように部屋の中をウロウロしていた。


「これ運んで、あとこれも。あっピザが来たみたい。出て」

料理の準備ができたようで、正士は眞野に言われるがままに動かされ皿を運んだり玄関へ行ったり、まるで彼女の下僕(しもべ)のように働かされていた。


俺は「紘平、ちょっときて」と呼ばれてキッチンへ行ったが香奈の姿が見えなかった。


「あれ?香奈?」


「ここ、開けて」

声のする壁を押すとスッと壁が動き、中はだだっ広い食材ストッカーになっていた。

その中で、香奈が背伸びをしながら、棚から何かを取ろうと腕を伸ばしていた。

「どれ?」

背伸びする香奈の隣に立ち、取ろうとしていた物を簡単に取った。


「ありがとう」

そう微笑んだ香奈が可愛くて思わず唇を重ねてしまった。


「香奈このお皿……あら、おじゃましました」

眞野は手に持った皿で顔を隠すようにして、去っていった。


「また見られちゃった」

お互いに笑って部屋からでて夕飯の準備を手伝った。



「お腹いっぱいだ〜」


それぞれが埋もれそうなソファーに寝転がって、はちきれそうなお腹を叩いた。


「二人とも料理うまいな」


「それ嫌み?スパゲティ茹でただけで、ソースは温めただけなんだけど」


「いやいや、茹で方が絶妙!」


「あとこれなんて言うんだっけ?初めて食ったけどうまいな」

正士はお腹いっぱいといいながら、手を伸ばして名前も知らない料理をまたつまんだ。


「ザワークラウトだよ、ドイツ料理。でもこれって好き嫌いがはっきりするんだよね」


「俺これ好き」


「俺もー」

俺と正士は手を挙げて笑い合った。


「あたしはちょっと……」

眞野はちょっとテンション低めに言った。


「あっごめん」香奈が謝ると

「ううん、あたしもともと酸っぱいモノが苦手で。酢の物とかヨーグルトでさえ無理なんだもん。でも残念……」


「なにが?」

棒菓子を口にしている香奈は不思議そうな顔をして、横にいる眞野の方を向いた。

「こんなに料理上手な香奈をお嫁に貰えないなんて、あたし残念」

そういって、香奈がくわえている棒菓子の反対側をパクパクっと食べていくと、唇がくっつく寸前でポキッと折ってにっこりと笑い口をモグモグとした。


その様子を見ていた俺と正士は、レズ疑惑の浮上する眞野を赤くなりながら見ていた。


「なに言ってんだよ、お前と秦野は一生結ばれない仲なんだよ」

正士がハハッとバカにしたように笑った。


「なんでよ、身体だけの関係ないなら女同士でも結べるわよ」

香奈の肩を抱き寄せてニヤリとして俺達をみた。

その発言に俺達は共にヤバい想像をしてしまい、目を合わせてお互い赤面し咳払いをした。


そんなバカな俺達を呆れたような顔で見て「バカじゃない?」と一蹴した。


「あたしは男が好きなの。それに香奈はもう……」


チロッと俺を一瞬見てから「紘平と済んじゃってるもんね」と言い放った。




「なっななななにいってんだよ」



赤面し顔をひきつらせ声をひっくり返しながら否定してみたが、眞野の「ね?」という問いかけに香奈は顔を赤らめバカ正直に「うん」と答えやがった。


別に驚くことなく平然として「ほらね」という眞野。

頬を赤らめて俺を見る香奈と、呆然として俺を見る正士。



ああ、ここから逃げ出したい……。



「お前、おまっ……いつの間に。俺を置いてくなって言っただろー」

大笑いする眞野の声と正士の雄叫びをききながら、多少涙目になった俺はフカフカのソファーに身をゆだね埋もれたい気分だった。



「だって紘平とあたしは……」

突然眞野が深刻な顔で話し出した。


「えっ…」

まさか、あの時の話をいきなりここで暴露するつもりか?香奈のいる前で?


「何の話だ?」

正士は期待どおりワクワクした顔で続きを求めた。


「あたし紘平と……」


焦った俺は「まっ待て」と両手を突き出した。


「三年も同じクラスだったし、紘平の考えてることなんて手に取るようにわかるもん。紘平ほど分かり易い男はいないよね」

と俺の必死な顔を見て、吹き出しながら笑い転げ、正士も「なんだ、期待はずれ」といって楽しんでた。


プシューッと空気が抜けたようになる俺に

「あんまりいじめないでよ」と優しく声をかけてくれたのは香奈だけだった。



その後は、楽しかった高校生活を振り返りいろんな話に花を咲かせた。



10時過ぎになり、風呂に一緒に入ろうと香奈が誘ってきた。


「誰と?」

正士がイヤらしい顔で香奈に聞いた。


「もちろん晶子とだよ」

香奈は当然という顔で正士と俺を見て言った。


「紘平お前、秦野と入りたかっただろ?期待しただろ?」


「ちげーよ、そんなん思って……」


「……なかったとは言わせないよ」

眞野が割り込んできて笑い飛ばした。



トイレから出ると、廊下で眞野と鉢合わせをした。



「お前あの事……」


「あの事って?」


「そ、そのあれだよ、文化祭の後の……」


「ああキスのこと」

俺が真っ赤になってうなづいていると「香奈知ってるよ」と言って去って行った。


は?知ってる?何でだよ?


「ちょっ……何で知ってんだよ?」

追いかけていって肩を掴むと「あたしが言ったから」と振り返って言った。


「はあ?」


「香奈とは何でも包み隠さず話すの。初エッチの事も香奈から聞いたよ。……いきなり襲っちゃいけないよ。まあお盛んなのは結構ですわね。ちゃんと付けるもん付けるのよ」


ポンポンと肩を叩いて風呂場へ消えた眞野。



「紘平なにしてんだよ?覗きか?」

正士がリビングから声をかけるまで、俺はしばらく廊下で突っ立っていた。




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