前世とバレンタイン
付き合うようになってから、香奈に似たあの女性が頻繁に夢に出てくるようになった。
彼女はいつも何かを訴えているような目で俺を見ている。
すべての受験が終わり、ピリピリとした空気からやっと解放された。
そして気がつくと、卒業まであと1ヶ月もないところまできている。
まだまだ寒さが厳しい冬の日、なんなく受験に合格した香奈と久しぶりに放課後の教室でまったりとしていた。
「もうすぐ卒業か……早いな」
「だね。紘平は春休み何するの?」
机に伸びながら横向に伏せ、そのままの体制で窓の外を見ていたが、起き上がって椅子に寄りかかり頭の後ろで手を組み合わせ香奈を見た。
「俺は研修会があるから、3月中旬から会社に通うようだな」
ため息混じりにそう言った。
「そっか、社会人は大変だもんね。あんまり逢えなくなっちゃうね」
少し寂しそうに言う香奈を見ていたら、なんだから俺まで寂しくなってきた。
手を伸ばして香奈の頭をくしゃっと撫でた。
「そんな顔すんなよ。まだ卒業まで時間あるし、卒業してからだって逢えるし……な?」
香奈は頭を撫でられながら「そうだね」と笑った。
「そうだ紘平、バレンタインなに欲しい?」
突然キラキラした目で香奈が聞いてきた。
『香奈が欲しい』
なんて口が裂けても言えない。
「くれるの?やった!」
俺は心の中の考えとは裏腹に無邪気に喜んでみせた。
「もちろんだよ、なにがいい?」
「もらえるならなんでも嬉しいよ」
「食べられるものがいい?それとも何か使えるもの?」
「貰えるならなんでもOK!」
俺は満面の笑みで頷いた。
「わかった。楽しみにしててね。思い付かなかったら……」
そこで一旦言葉をきると、イタズラっぽい顔で「あたしをあげる」と言い切った。
「えっ?」
あまりにも衝撃的な言葉に俺の心中は穏やかではなかった。
戸惑っている俺を見て、香奈は自分の言った言葉をもう一度振り返ると、慌てたように顔を赤面させて言い直した。
「やだ、そういう意味じゃないよ!」
「楽しみにしてるな」
俺は笑いしながら、赤面している香奈に返事をした。
「だから違うってばっ……」
そんな風にじゃれ合いながら話しはあっちこっちいっていた。それから話していくうちに、最近よく見る夢の話になった。
香奈は最近よく自分を見つめる男の人が夢に現れると話した。
「俺も同じような夢見ることあるな……男じゃなくて女の人だけど。濃緑の瞳の……」
俺がそう言った時、突然スッと体が軽くなった。
外は雪が降りそうなくらい寒い冬の日だったはずが、いま俺たちは見渡す限り青い草原が広がっている場所にいた。
そう、香奈の家に飾ってあったあの絵と似た景色の中に。ゆっくりと流れる気持ちよい風が吹いている。
「え?なんで?」
隣には俺と同様に突然の出来事に唖然としている香奈がいた。
「紘平……あたし達どうしちゃったの?」
香奈は俺の腕にきつく抱きついてきた。
すると「驚かせてごめんなさい」と後ろから声が聞こえた。驚き振り返るとそこには夢によく出てきた濃緑の瞳の女性と見知らぬ男性が立っていた。
香奈は自分そっくりな女性をみて「あたし……?」と言って立ちすくんだ。
「あなた達にどうしても思い出して欲しかったの」
彼女は香奈の前までくると「あなたはあたしよ。そして……」彼女は俺をその濃緑の瞳で見つめると「あなたは彼」と微笑んだ。
深緑の瞳の女性が自分は《コーネリア》、そして隣にいる男性を《オリバー》という名前だと言った。
そして自分たちは俺と香奈の前世だとも言った。
恋人同士で結婚を約束した仲。しかし、時代が二人を引き裂いた。
オリバーは徴兵され戦地へ行く事になった。
『もう二度と君には会えないかもしれない……来世では必ず迎えに行くから待っててくれ……』
『ええ、必ず。必ず見つけてね。待ってるわ』
離れ離れになる直前にこんな約束を交わしてオリバーは戦地へ旅立ちそのまま行方が判らなくなり、二人は結ばれることなく亡くなった。
そして香奈に生まれ変わった彼女は、香奈も知らない記憶の中でオリバーを待った。なかなか運命の人に出会えない中、彼女は香奈の記憶の中から消えかけていた。
しかしあの日俺を見た瞬間に目を醒ました。
そして瞳を深緑にしあの香りと共にやってきて、俺の中のオリバーに何度も接触を試みた。
しかし俺の中の彼はなかなか気が付かない。
それに業を煮やした彼女は、キスという身体接触をしてきたのだ。すると俺の中の彼がまんまと目を醒ましそれに答えたらしい。
つき合う前教室で激しいキスをした原因はそれだったみたいだ。
「今世では必ず一緒になりたい」
二人は俺たちにそう微笑みかけてスッと消えた。そして俺達もいつの間にか教室に戻っていた。
さっきの事が夢だったんじゃないかとしばらく二人して黙っていた。
「信じる?」
先に口を開いたのは香奈だった。
前世の二人が勝手にした約束に縛られるのはまっぴらだ。俺には俺の人生がある。俺は『オリバー』じゃないし香奈だって『コーネリア』じゃない。
「信じない、俺は信じない。前世の記憶なんてしらない。俺は香奈が好きなんだ」
ジッと香奈を見つめて俺は言い返した。
「前世なんて関係ない。あたしも紘平が好きなんだもん」
前世なんて関係ないと、二人は共にさっきの出来事を完全に拒否した。
そんな話などすっかり忘れたバレンタイン当日。学校全体、特に男子が浮かれていたように見えた。
相手のいない正士も何故か浮き足立っている。
放課後、香奈は用事があるとかでサッサと帰ってしまった。
「あれあれ?振られた?」
放課後ひとりでいる俺を見た正士と眞野が揃って笑っていた。
「お前ら、いつもそれだな。もっとなんかないのかよ」
「だってねーそれくらいしかないし。かわいそうな人にはこれあげるよ」
そういって眞野はカバンの中から小さな箱を2つ取り出して正士と俺に差し出した。
「もちろん義理だからね。お返し期待してるよ」
「お前それが目的か!」
「もちろん。倍返しは当たり前だからねー、楽しみー」
「眞野、残念だな。卒業後だ」
「受け取りにいくよ」
「こなくていい」
そんな事をいった俺と正士だったが、貰った物はありがたくカバンにしまった。
家に帰り、眞野から貰ったチョコをつまみながら部屋でまったりしていると香奈から電話がきた。
『いまから出てこれる?』
『OK、どこいけばいい?』
『下見て』
携帯を手にしながらカーテンを開けると、窓の下に香奈の姿が見えた。俺は上着を手にして階段を駆け下りた。
「どうした?」
俺の問い掛けに「はい、これ」と香奈が差し出したのは、ハートの形をしたサボテン。それを受け取ると、今度は「それと定番のチョコ」と言って、いい香りのする小さめの箱をくれた。
「ありがとう」
俺の顔はかなりニヤケていたかもしれない。
「今日一人で帰っちゃってごめんね。チョコができてなくて急いで家に帰って仕上げたの」
香奈は照れた顔で恥ずかしそうに言った。
「手作り?やった!」
そう言ったあと、なぜか沈黙がつづいてしまった。
「えっと……じゃあ帰るね」
行こうとする香奈の手をとるとその手はかなり冷たかった。
「手冷てーな。いつからいた?誰もいないからあがってけよ」
手をつかまれたまま、うつむきモジモジとしている香奈にハッとして言葉を付け足した。
「安心しろよ。なんにもしねーから」
まだ躊躇している手を引っ張り込んで玄関に入った。
「こっち」
香奈の手を引っ張りながら階段を上がり、部屋へ入れた。
「散らかっててごめんな。適当に座って」
食いかけてたチョコをしまい、出しっぱなしだった荷物を少し片付け温かい飲み物を取りに行き、急いで部屋に戻った。
「ありがとう」
香奈は温かいカップを受け取り、部屋を見渡した。
「男の子の部屋に入るの初めて」
「じゃあ比べられなくて良かった。俺も女子部屋に入れたの初めて。……コレ開けていい?」
テーブルに置いたさっき貰った箱を指差して聞いてみた。
「下手だよ」
香奈は笑いながら言うと、俺はその箱を開いた。
中には丸くて可愛い手作りチョコケーキが入っていた。
俺は喜びながら箱からケーキを取り出し一口食べてみた。
「うまっ!」
「本当に?よかった」
香奈は喜んでホッとした顔で微笑んだ。
あっと言う間にケーキを平らげてしまい、指についたチョコも舐めた。
「ふふっ、ここにも付いてるよ」
香奈が手を伸ばして俺の口元に付いたチョコを指で拭って、その指を自分でペロッと舐めた。
その姿を見た俺は何かのスイッチが入ってしまった。
「甘いね」
そう笑う香奈を俺は後ろのベットに押し倒した。
「こう……へい…」
戸惑って顔を赤面させている香奈に唇を重ねると、甘いチョコの香りがフワッとしてきた。
唇を重ねながら膨らんだ胸を服の上から触ると、彼女の身体がビクッと動いた。
唇を離して顔を上げると、香奈はギュッと瞑っていた目を開け俺をみた。その薄緑色の瞳はうっすらと潤んでおり、いつもと違う彼女に俺はドキッとしてしまった。
「ご、ごめん……なんか抑えられなくて」
言い訳をしながら、うつむき香奈の手を引っ張りベットに起こすて、俺は床にドカッと座った。
「ねえ…」
と声がし顔をあげると、ベットの上で微笑むその瞳は深い緑になっいた。
「あたしを抱いて……」
異国の言葉を発した深緑の瞳の香奈は、上着を脱ぐとシャツのボタンを外しながら胸元を開けていく。
「止めろ、香奈!」
俺はとっさに手を伸ばし彼女のその手を止め、支配されそうな香奈を呼び戻そうと肩を掴んで揺らした。
「こうへ……い」
胸元を開けたまま、中間色になった瞳で俺の名前を呼んでいる。
「あたし紘平が好きなの。ずっとあたしのままでいたいのに……紘平…」
俺の首に腕をまわして抱きついてくる香奈を、俺は彼女の名前を呼びながらきつく抱きしめた。
「怖いよ、いや……あたしがいなくなっちゃう。助け……」
香奈が全部言い終わらないうちに俺は唇を押し付けた。
「んんっ…紘平っ」
「香奈っ香奈……」
薄緑色の瞳で見つめ返す彼女を俺は抱いた。
抱いている間、香奈の瞳はずっと薄緑色だった。
汗ばんだ身体が重なり合い、正気になった俺は香奈から離れ彼女に背を向けた。後ろでは服がこすれる音がする。
「ごめん、本当にごめん……」
ヤッてる最中の記憶は鮮明ではないが、最後までしてしまった。もちろんアレはしっかり付けたが、やってしまった事の大きさに愕然としながら、香奈の顔を見れないまま謝った。
重い沈黙が後悔の念を加速させる。
「か…な、ごめん」
どうしていいか分からず、俺はひたすら謝ることしかできなかった。
「……帰るね」
その一言がひどく重く聞こえ、胸に突き刺さった。
「送ってく……」
微妙な距離を保ち沈黙のまま香奈の家まで並んで歩いた。そして家まであと少しというところで香奈が手を繋いできた。
「…あたし初めてだった」
その言葉は俺に重たくのしかかった。
俺だって初めてだったよ……。って言ったところでなんの言い訳にもならない。それに男の『初めて』と女の『初めて』じゃ、天と地の差がある。
俺は何も言えずにただ手を握り返す事しかできなかった。
「ごめん」
握られた手に力を込めて握り返すと、香奈はふっと笑い「紘平謝ってばっかり」と言って立ち止まった。
「紘平が初めてでよかった」
恥ずかしそうに俺を見る瞳は寒いせいか別の理由か潤んでいた。その彼女を何も言わず抱きしめてもう一度謝った。
「痛かったか?」
「ちょっとね……でも緊張しててあんまり覚えてない」
「イヤだった?」
「イヤだったら抵抗してた」「…そっか。ごめ……」
「もう謝らないで」
香奈は俺の口に手を当てて次の言葉を遮った。
「謝らないで、ね。あたし……そうなって良かったって思ってる。だから謝らないで」
「香奈……」
更にきつく抱きしめると、腕の中の香奈は小さな声で「紘平大好き」と言った。
昼休みの教室、5〜6人の女子が集まり一つの雑誌を食い入るようにみて騒いでいた。
「あたしこれだって」
「やだ、あたしこれ、最悪じゃん」
その騒ぎを横目に正士と俺は今朝買ってきた少年誌を見ていた。
「今日うち寄ってかねー?」
「暇だしいくかな……」
「秦野とデートじゃないのかよ?」
「今日は用事があるんだってさ……」
「ふーん……」
お互い本から目を離さずなんとなく会話をしていると、雑誌片手に眞野が近寄ってきた。
「ねえあんたたちもやる?当たるよ〜」
机の上に広げた雑誌には今人気沸騰中の占い師の特集が組まれていた。ちらっとみると、そこには
"今人気沸騰中の占い師<アキバK>が占う『前世占い』"と書いてあった。
前世……
いやな事を思い出してしまった。
あの日正体を明かにした記憶の中の彼女は、香奈の身体を借り以前よりも頻繁に出てくるようになった。
しかし俺も香奈も奴らが出てくるのを嫌がり、極力気をつけるようにしていた。
「おい、香奈」
はっとすると深緑の瞳の色がスッと引いた。香奈はブルブルと頭を振って自分の頬を軽く叩く。そんなことが繰り返し行われていた。しかし気がつけば誰もいない教室や廊下で、はたまた学校帰りの路地裏で濃厚に唇を重ねていることがある。誰かに見つかっていないかと意識の戻った俺らは冷や汗モノだった。
そんなことを考えていると、眞野に見てもらった正士の結果がでたみたいだ。
「あなたの前世は『道化師』だって、アハハハ『見た目人気はあるが実は孤独な人物』だって……」
「うわっ最悪じゃんか」
「正士孤独なんだ。彼女いないもんね」
「うっせーっ、こんなの全然当たってねーし、なあ紘平」
「紘平もやってあげるよ。生年月日は?」
「俺はいい。占い嫌いだし……」
「やってみてよ〜ねえ…」
しつこく言ってくる眞野にイラッとした俺はついつい「うっせーんだよ、どいつもこいつも前世前世ってうるせー!そんなのしらねーよ、俺は俺なんだよ!」と大きな声を出してしまった。
俺の声に騒がしかった教室は水を打ったように静まり返りみんなが俺をみている。いたたまれなくなった俺は、椅子から立ち上がりその場から逃げ出そうとした。視界の端には心配そうな顔をした香奈がチラッと見えたが無言のまま教室をでた。
教室に帰るのが気まずくなりそのまま次の授業は屋上でサボった。
俺は香奈が好きなのか。香奈は本当に俺の事が好きなのか。
ただ単に俺らの中の彼女と彼が好きあっているだけなで、本当はお互い好きではないのかも……、とそんな思いが段々と大きくなってくる。
この気持ちは本当に俺の気持ち何だろうか?
前世の二人に操られているようで釈然としなかった。
サボっている時間そんなことばっかり考えてしまった。そしてその思いが最後まで消えることはなかった。




