unfaithful
よく分からない話。
前回よりさらにファンタジー要素は少ないです。
人生って残酷。社会って冷淡。男は―…最悪。
いつだって我慢を強いられるのが女とか、私は耐えられない。っていうかあなた達に自由が許されるんなら、私たちも自由にしたっていいはずでしょう?
「エルク!!」
バン、と机をたたく音と共にかけられた夫の声に、私は呼んでいた本から顔を上げた。
「なに?ディアス、」
「“なに?”じゃないでしょう!―……昨日、何してた?」
あぁやっぱりその話かと、私は小さく溜め息を吐く。視線を手の中の本に落としていると、答えて、と低い声で唸られた。
「何だっていいでしょ、と言いたいところだけど…」
それじゃ納得しないんでしょうという言葉は静かに飲み込む。
「―…昨日は神殿でリュートと一緒にいたわ。」
「―っ…!」
「これで満足?」
「…どういう理由で?」
静かな声だった。また小さく溜め息を吐く。
「――例え、そこに邪な理由があったとして…あなたにそんな事を言う権利があるの?」
「エルク!」
「…あのねぇ、」
もう一度、バンと音をたてて机を叩いたディアスに思わず呆れた声が出た。
「あなただけが許されて…私には許されないなんて、そんなとんでもない理論を展開させる訳ないわよね。」
「…エル、」
そう言って顔をあげた。たったそれだけの言葉でその意味を汲み取ったディアスが今どんな顔をしているかなんて…容易に想像がついた。
―…あぁほら、
「…俺が色んな人と一緒にいるから、ってこと?」
困惑と罪悪感の滲んだ表情。けれど苛立ちと呆れが増すのは、その顔に僅かな喜色が混じっているからだろうか。何でだ、意味が分からない。
「―…この際だからハッキリさせておきましょうか。」
この際、の後なんてあるのか分からないけれど。――そもそも、終わらせるつもりであんなことをしたんだから。訥々と考えながらニッコリと笑ってみせる。
「ディアスがまだ浮気し続けるつもりなら、…私もしちゃいけないなんて道理はないわよね?」
その笑みに、ディアスが驚いたように目を見開いた。あるいはその言葉に、だろうか。
「っそんなの、」
「あなたのプライドを傷付けたかしら?」
それなら謝るわ、と首を傾げる。―…あぁだから、男って嫌いよ。
「…だけどね、ディアス。私だけが自由に出来ない、ひたすら浮気を我慢する?――そんなの馬鹿馬鹿しいわ。」
ガタンと音をたてて椅子から立ち上がる。ディアスが向ける視線を真正面から受け止めるように、呆然とするその顔を見据えた。
「だいたいあなた、女を攫いすぎよ。ゼウスなんて呼ばれていい気になったのだろうけど…もううんざり。色んな女と楽しく自由に暮らしたいのなら、私がいる必要ないわよね。――私も、」
自由に生きるから。
そう苦笑して、ディアスの前から身を翻す。――追いすがる声は、もう聞こえてはこなかった。
*
「―お待たせ。」
「いえ、そんなには。―…巫女。」
「…もうそんな大それたものじゃないわ。」
待っていたリュート―…勇者に呟くように返事を返して歩き出す。
私の家は代々神巫女の家系だった。そんな私ももちろん巫女で…通例に従い儀式を行った神殿で夫―第3世界支配神ディアスノアに出会った。
最初こそ驚いたけれど、元々あまり物事に動じない性格なのだ。すぐに慣れて会話も増え、少しずつ逢瀬を重ねた。自然の流れのようにプロポーズされて、結婚して。――ただ楽しかったのは、一体いつごろまでだっただろうか。
「――こ、巫女、聞いてます?」
「…え、あ、いや…なに?ていうか、巫女じゃなくてエルクでいいわ。」
「分かりました、けど、…ハァ…いや、何でもないです。」
「そう。」
「………あの、俺の旅についてくる、っていうの…。俺はもちろん魔王のこととかでお世話になったし、全然大丈夫なんですけど。――旦那さん、神様なんですよね。すぐに見つかっちゃうんじゃないですか?」
「大丈夫よ…。よくは知らないけど、ディアスにそこまでの能力なんてないし。よその世界から“とばされて”来た魔族も追い払えずに、あなたに頼ったような神様よ?」
「え、そうだったんですか。俺はてっきり…」
何やらぶつぶつとつぶやき始めたリュートの背中を見つめて、見つけられないわよ、とまた呟いた。
バカな男。最悪な男。能力がそれ程でないせいかゼウスだなんて…万能だなんて呼ばれて調子に乗って、下界の娘を浚うようになった男。
最初はただの興味だと思っていた。巫女という立場上、世間のことにそう明るくない私からはあまり下界の様子は分からないから、違う人間に聞いていたのだと。――だけど、ある日聞いてしまったから。見てしまったから。疑いようもない状況だったから。
多分ほかの人間に興味がわいたのではなくて、私に興味が無くなったのだと。―…だから、だから、
「見つけられないわよ…。」
「み…エルク、さん、」
頬が熱い。目が熱い。
必死に閉じた瞳から、色んな何かがこぼれ落ちた気がした。
「分かって、るわ…!」
ぎ、と唇を噛み締める。
――分かっている。私は自分からディアスを捨てたような顔をして、自由を勝ち得たような顔をして、耐えられないほどの哀しみと悔しさから逃げ出しただけだ。
最初はまだ耐えられた。もちろんショックではあったけれど、単なる興味だろうと自分に言い聞かせることが出来たから。一回きりだと思うことが出来たから。
――終わらないループに本気で怒れなかった自分は、ディアスにかなり依存しているのだと初めて気付いたとき。
嫌われたくなかった。もういらないと言われるのが怖かった。そんな風に考える自分が嫌だった。…だけどもう、耐えられそうもなくて。繰り返される行為に心が折れてしまって。いっそ向こうに切り捨てられる位なら、自分から手を離してしまおうと、そう、思って。
「―…っ見つけられるわけ、ない…!」
「それって…見つけてほしいってこ、と、」
「―言わないで。」振り向き何故か複雑そうな顔をして口を開いた、リュートの言葉を遮る。
――いつの間にか寿命をとんでもなく長く、多分ディアスレベルにされても仕様がないなと許してしまえるくらいには、きっと好きだったのだ。
「っぁ…、」
あぁ好きだ、好きだ。そばにいてと、今では霞む記憶で微笑んだあいつが。強気なところが好きだと、頭に伸びた手が、泣きたいほどに好きだった。
「ば、かみたい…!」
少しだけとその背中に縋って、みっともない嗚咽を押し殺す。
――あぁどうかせめて、あいつの記憶に“強気な私”が残り続けますようにと。呟くと同時に雫が頬を伝った。
gdgdです、はい。
補足は活動報告にupします。ついでにそっちでも連載してるので、良かったら見てくだs(殴
追記:スピンオフが“シュ レッダー予備軍”に載っております。 よければそちらもどうぞ。