第2話 凶刃舞
感想、お待ちしております。
後、今回の話のさわりを、
〝凶刃〟かつて彼女はそう呼ばれていた。
いや、〝かつて〟と言う表現は正しくない。
彼女は今なおその名を轟かせている。
かつて若干14歳でありながら当時のNESTにおいて、最高の撃墜数を誇った戦乙女、アンジェレネ・ドッグウッド。
今回は、彼女の話をしようと思う。
中二病っぽいですか?
もし、そうなら大成功です。
星府中央評議会
「─それでは、今回の評議会は終了させて頂き─」
「お待ちください、議長。まだ一つ重要な案件が残っております」
一人の議員が評議会を終わらせようとする議長を制する。
「まだ〝NEST〟についての議決が行われておりません!」
こう主張するのはロベルト・グラス軍総司令官。
六年前の戦乱を収拾した人間の一人である。
「第26資源採掘基地が襲撃された事件、あのやり口は間違いなくNESTのモノです!」
「ロベルト総司令。我々は〝オーディン〟の意志に従うのみです。今現在〝オーディン〟はあの勢力を危険とは見なしておりません。ほっておいても勝手に瓦解するでしょう」
「しかし!」
「ロベルト総司令。貴公が六年前の戦乱で多くを失った事は周知の事実です。
今の貴公の発言は冷静さを欠いているとしか言いようがありません」
「私が正気を失っていると、そう仰りたいのですか議長」
「そこまでは言ってません」
「…まぁ、良いでしょう。なら、軍は独自の対策をとらせていただく!!」
「─と言うわけだ。今後『ミストルティン』には特務に就いてもらう」
「ははっ、いつもの事ながら急な事で」
「まぁ、そう言うな。ギルベルト艦長。議会の連中は現場のコトを何一つ解っちゃいない、対応が後手に回れば被害が拡大するだけだというのにな」
「全く、その通りですな。 あの頭でっかち共に一度実戦の空気を吸わせてやりたい」
「全くだな…、ところでHS-DALL-0-2の調子はどうだ」
「〝バルドル〟のコトですかな?それならば、心配は不要です。あのティモシーと言う青年は本当にやる」
「…そうか、彼には色々と苦労をかけているな」
「…全くですな」
「へっくしょん」
「ティム、どうしたの?
風邪ひいた?」
「うう…、誰かがどこかで噂してんのかな」
「…いつの時代のジンクス?」
─私とミキヤ、それにトーン君がNESTに来てから早いものでもう一週間がたちました。
最強最悪のレジスタンスと聞いていたのでどんな恐ろしい所なのかと内心怯えていたのですがなんというか、意外にもアットホームな所で正直少し拍子抜けしています。
「おっ、イリスじゃん」
「クロさん、こんにちは」
彼女の名前はクロ。
このレジスタンスのリーダーフェーンのPAであり私の恩人です。
「クロで良いって」
彼女はそう言いますが、私は敬称を外そうとは思いません。
孤児院から〝徴収〟されて以来の地獄のような環境から私を救いだしてくれたのは彼女と彼女のオーナーであるフェーンなのですから。
「まあ、それは置いといてさ、早く講堂に行ってきなよ。主賓が遅れちゃ話になんない」
そう言えば、今日は私達三人の歓迎会を開いてくださるそうです。
ミキヤ達の取り調べも終わったということでちょうどよかったらしいです。
僕こと佐伯ミキヤとトーン・スローンは、今取り調べを受けていた。
取り調べと言っても実際は世間話のようなモノで特に苦痛等は無かった。
何でも新たにメンバーを増やす際の通過儀礼のようなモノらしい。
「よし、ちょっと外行くか」
僕たちの取り調べを担当していたのはジャックと言う名のアンドロイド、なんでもあの〝凶刃〟アンジェのPAだったらしい。
「こんなテキトーで良いのかよ」
トーンが軽口をたたく。
「お前はともかくミキヤは少なくともイリスがいる内はNESTからは放れんだろう」
…的確に人の心理を突いてくる。
僕はNESTに来る際一つの
〝誓い〟を立てた。
─もう何があっても絶対にイリスさんを護り抜く。
自分はもうあの時の無力な子供では無い。
イリスさんを護るためならNESTすら利用してみせる。
あの後一度だけフェーンと話す機会があったがその際彼にこの事を伝えた。
すると
『精々利用しろ』
彼はこうとだけ言った。
彼がどの様な心境でこう言ったのかは解らない。ひょっとしたら目をつけられてしまったかも知れない。
しかし、それでも伝えない訳にはいかなかった。
外に行くと言ってもそこは宇宙要塞。当然行く場所は限られて来る。
僕たちはとりあえずハンガーに向かった。
ハンガーにはレジスタンスらしく多様な機体が有り、なんというか…
「寄せ集め、みたいだろ」
みたいじゃなくて実際に寄せ集めなんだが。
ジャックの言葉通りそこには多種多様な機体があった。
イリスさんを助け出した
〝スルト〟を 初めとして ゴーレムタイプにはカラーリングが違うだけの〝エルフ〟に〝ドワーフ〟旧時代には日本と呼ばれていた国家で作られた〝サムライ〟〝シノビ〟
ドールタイプには〝ヴァルキュリア〟〝ルソー〟他には名前も知らない機体まであった。
名前も知らない機体の一つを指差してジャックが
「アレが俺とアンジェの機体〝武瑠〟だ」
そう言うジャックの顔はどこか誇らしげに見えた。
「あれ、ミキヤとトーン君じゃないですか」
偶然通りがかったのか、
いきなりイリスさんに声をかけられた。
そう言えば、自分達は一週間も取り調べがあったのにイリスさんには一切その様な事は無かった。
ジャックにこのコトを聞いてみると一言
「察しろ」
とだけ言われた。
…わかっている。本当はわかっていた。しかし一言だけ言わせて頂きたい。
男女差別反対!!
「ところでミキヤ、NESTの人達が歓迎会を開いてくださるそうですよ」
この言葉を聞いてジャックが頷く。
「ついでにその時次の作戦について説明があるらしい」
何故か待ちきれない、そんな表情でジャックは言った。
「ねぇ、聞いた?イリスとミキヤのコト」
クロがフェーンに話しかける。
「聞いたよ…ミキヤの口から直接な」
全く、フェーンはそう言って
「アンドロイドに恋するようなバカはオレ一人だけで十分だってのにな」
人前で話す時とは違いやや砕けた口調になっている。あるいはこちらが地なのかも知れない。
「フェーンみたいなバカが増えたってこと?なら安心じゃん」
NESTにとっては。
そう付け加えてクロは笑う。
「じゃ、私はまだ準備中だからそろそろ行くね」
「あぁ、あんまり凝った準備はしなくていいぞ。どうせ近い内にもう一度祝杯をあげる事になるからな」
「うん、解った」
フェーンの口調から何かを感じたのかクロも神妙な口調になる。
そのまま部屋を出ていくクロに目を向けつつフェーンは息を吐く。
昔から彼女はそうだった。人を歓迎することやお祭り騒ぎが何よりも好きだった。
─まぁ、お前はそんなコト覚えてないだろうな…
クローディア
「それでは、新たな同士達に、乾杯!」
「乾杯!!」
あちこちでグラスをぶつける音がする。
その後、普段より少し豪華な食事が振る舞われる。
あちらこちらで談笑の花が咲くなか、
「食べながらで良い、
皆聞いてくれ」
その言葉に全員が注目する。
「次の作戦の話だが、我々はアンジェレネ・ドッグウッドと合流する」
ここまで聞いて完全に全ての視線がフェーンに突き刺さる。
「なぁ、ミキヤ。アンジェレネってあの…」
「間違い無い、な。トーン」
ミキヤとトーンは思い出していた。
六年前の戦乱で若干14歳でありながら多大なる戦果をあげ星府軍を恐怖に陥れた天才オーナーの事を。
〝凶刃〟アンジェの事を。
居住区〝ユグドラシル〟
ここは火星に人類が初めて入植した時に作られた居住区を基盤に作られており、同時に火星最大の居住区である。
五つの層からなっており、第1層は一部の特権階級の住居
第2層は高級住宅街
第3層は一般的な市民の生活空間
第4層はやや治安が悪い、いわゆるスラム街
そして第5層はゲットーと呼ばれる最貧困地区となっている。
そんな第5層に彼女はいた。
彼女─アンジェレネ・ドッグウッドは大きなため息を吐いていた。
ゲットーと呼ばれるこの劣悪な生活環境、その中でも特に危険と言われている最深部、彼女は六年前の戦乱の後この場所に潜んでいた。
「どーしたの?おねーちゃん」
「ん、あぁ、何でもない」
彼女はそう言いつつ作業の手を止めない。
彼女は今、ゲットーの子供達と作業用ワークローダーの修理を行っていた。
「全く、どうしたもんだか」
彼女はこのゲットーでは一目置かれている。女性とは思えない身体能力、高いHSの知識、何よりその類い稀な美貌が注目を集めていた。
彼女の全身の傷ですらその美貌を際立たせる。周囲の住民からはそう評価されていた。
「ねぇねぇ、おねーちゃん、これもう動く?」
近所の子供の声が尋ねてくる。
「いや、まだだね、ジェネレータの出力が足りないのか?」
ワークローダーは今だに動かない。自分の運命のようだと彼女は自嘲した。
「おねーちゃん、大丈夫?」
「ん、大丈夫だ」
口ではそう言いつつ、彼女は子供にまで心配される自分を不甲斐なく思った。
ユグドラシル第4層
ゲットー管理区
バンッ!!、と苛立ち紛れにゲットー管理主任、ヤン・タオは机を叩いた。
「あの女はまだ出てこんのか!」
彼はユグドラシルのゲットーにアンジェがいるとの情報をつい先日、とある情報屋から仕入れた。
彼は手柄を独占する為に、この情報を報告せず独力でアンジェの捜索を行っていた。
「ガセネタを掴まされたか?いや、あの情報屋は確証が取れた情報だけを売る筈だ」
そう思い直し、彼はアンジェを炙り出す策を練る。
「おねーちゃん!!これが動かないのって、ジェネレータが悪かったからだよね!」
「ん、確かにそうだったが…」
「じゃあこれ、使ってみてよ!」
そう言って少年が差し出したのは星府のワークローダーにも使われている最新鋭のジェネレータだった。
「…どこで手に入れた?トニー」
「えーと、星府のワークローダーがキーつけたまま置いてあったからつい…」
申し訳なさそうな表情のトニーを見ていて怒る気も失せた。
「全く、もうするんじゃないよ!」
「ハーイ、もーしませーん」
「それで、後何人と協力した?」
「へ?」
「あれだけのワークローダーのジェネレータだ。一人で盗ってこれるハズが無かろう?」
「うっ…」
言葉につまったトニーを見て、彼女は息を吐く。
「まぁ、言いたくなければ言わなくていい」
そう言って彼女はトニーの頭を撫でる。
「今回、諸君らに集まってもらったのは他でもない、『凶刃』アンジェの件についてだ」
ざわざわと周囲の兵士達の間でざわめきが起きる。
「とあるツテより私はアンジェレネ・ドッグウッドがユグドラシルに潜伏している事を突き止めた」
「っ司令!!」
「なんだね、まだ話の途中だが」
「ユグドラシルに潜伏していたのなら、何故今まで発見できなかったのですか」
「ふむ、折角質問があったのでまずはその理由から答えよう」
とは言っても、とヤン司令は前置きして
「その理由は至ってシンプル。あの女がゲットーに潜伏していたというだけのことだ」
その言葉に質問した兵士は納得した顔になる。
ゲットーの治安は最悪であり、星府の機関ですらその全貌は掴めていない。
「この情報を受けて、我々は動くべきであると私は判断した。あの女の恐ろしさは貴官らの方がわかっているだろう。今回、我々はゲットーの『浄化』の為、Dタイプアンドロイドを投入する」
「了解!!」
NEST本部量子テレポート施設
「フェーン、こちらの準備は終わったぞ」
「了解した。ミキヤ、お前のエルフの調子はどうなっている」
ミキヤのエルフは星府軍時代の白系統とは違い黒系統の色で塗装されている。
「完璧です。後は実戦で試すだけです」
「そうか。トーンはどうだ」
トーンのドワーフも同じ系統のカラーリングになっている。
「俺のドワーフも準備は万端だ」
「そうか…、最後に確認するが、二人とも本当にこの作戦に参加するんだな?」
今なら引き返せる、暗にそのような事を言いながらスルトの同調機能を作動させていく。
「イリスさんを救ってくださった恩を返すにはこれが一番手っ取り早いですからね」
「…同上だ」
「了解した、ジャックの武瑠も準備は完了しているようだしな」
「私達の同調も機能しているし」
フェーンの言葉を受け、クロが返答する。
「NEST、動くぞ!目的はアンジェレネ・ドッグウッドとの合流!」
「「「了解」」」
「ふぅ」
「おねーちゃん、どーしたの?」
アンジェは相変わらずため息を吐いていた。
「あぁ、なんだか嫌な予感がして」
そう言いながら近くの子供の頭を撫でる。
「おねーちゃん?」
その言葉と同時にゲットーの一角で爆発が起きた。
「─っマンハントか!?」
稀にではあるが星府軍はゲットーの人間に対して『兵器の性能テスト』の名目で人間狩りを行う。
その際ゲットーの人間が連れ去られる事もある。
連れ去られた人間がどうなるのかは誰も知らない。
「っとにかく殺されないように逃げろ!」
アンジェの言葉で子供達は一目散に逃げ出す。
「うわぁ!!」
そして、逃げ出した方向に見たことの無いアンドロイドが立っていた。
通常のアンドロイドと違い完全に人間を模してない。異形、正にそんな姿をしていた。
そのアンドロイド達がゲットーの住民に向かって発砲している。
そして─
「スローター、だと!」
星府軍の悪名高い虐殺用HSスローターが戦場と化したゲットーに現れた。
「…どういう事だ?」
「どうかしたんですか?
フェーンさん」
NESTの量子テレポーターを利用してユグドラシル内に潜入した三機のHS…因みにこの任務ではフェーンとクロはNHS-DALL-654『武瑠』に搭乗しており、ジャックは武瑠の操縦槽ではなくミキヤのエルフに同乗している。
「第5層でHSが活動している…、っ嘘だろ!」
「どうかしたんですか!
フェーンさん!!」
いつも冷静なフェーンがこうも狼狽えるような事態、それがこれから行く先で起きているかも知れないのだ。
新米の域を出ないミキヤとトーンにとってはかなりの脅威である。
「データをそちらと共有化する。それを見ろ」
そう言いながら武瑠のコンソールを操作する。
「っスローターだと!」
「アレは条約で使用が禁じられているハズです!!」
何故そんな代物が居住区で使われているのか、そんな疑問を口に出す。
「…とにかく、作戦を遂行しよう」
ジャックの言葉に
「そうだね、ジャックの言う通りだよ」
クロも賛同する。
「…それもそうだな。ジャック、Dsは使えるな」
「もちろん、いつでも使えるようにしている」
「わかった。白兵戦の準備をしておけ」
「フェーン、階層間移動エレベーターを起動させたよ」
その言葉を合図にエレベーターが降下する。
「ふっ」
気合いの声と共に異形のアンドロイドが真っ二つになる。
「ただのワーキングカッターでも、中々やれるものだな」
そう言いながら、アンジェはマシンガンを乱射するアンドロイド達に斬り込む。
因みに彼女がマシンガンの弾丸に当たっていないのはまず銃口の向きを見て、その射線上に入らないようにしているためである。
口で言えば簡単に聞こえる超絶技巧を彼女は完璧にこなしていた。
「っ!!」
そばの建物が突然爆発する。HSのスラスター音と共にスローターの巨体が彼女を踏み潰さんと襲いかかる。
間一髪でこれを避け、彼女は身を隠す。
「ぐぅ…」
彼女は小さく呻く。
肩を銃弾が掠ったのだ。
服の袖を破って簡易の止血帯にしてそれで治療とする。
「こんな時ジャックがいれば…」
無い物ねだりをしてもしょうがないと頭ではわかっていても、どうしても考えてしまう。
「うっ、う〜ん」
近くから呻き声が聞こえた。見回してみると自分が世話をしていた子供が瓦礫の下敷きになっていた。
「大丈夫か!!」
すぐに彼女は瓦礫をどけて子供を助けようとする。
だが、瓦礫は女性の力で動くようなモノではなく、そして異形のアンドロイド─通称Dタイプアンドロイド─もスローターもその隙を見逃さない。
マシンガンの銃口が動けない彼女の方を向く。
そして─
「…成る程、タオ・ヤンは結局そのような野蛮な方法を使いましたか」
「そのようです。我が主」
やたらと豪華な部屋で一人の男とメイドの衣装を着た女性が会話をしていた。
「して、アンジェレネ・ドッグウッドは見つかったのかね」
口では疑問の言葉を発しつつも男はまるで無関心であるかの様に手元の知恵の輪を弄んでいる。
「ゲットー内でDタイプアンドロイドを相手に立ち回っている女性がいます。
恐らく彼女がアンジェレネではないかと」
メイドは手元のパソコンを操作しながら話す。
パソコンには星府内でも限られた人員しか見ることのできないようなデータがいくつも表示されている。
「ミシェーラ、私がいつも言っているコトを覚えているかね?」
男の言葉にメイド─ミシェーラ・ドッグウッドは無表情で
「『情報とは絶対の力であり世界は情報によって支配できる。故に…」
ミシェーラの言葉を男が引き継ぐ。
「『故に全ての情報は正しく管理されなければならない』この世界の絶対真理だよ、ミシェーラ」
男は相変わらず弄っている知恵の輪をテーブルに置き
「まぁ、キミの姉の事だ。ここで死なれても困るから念のため幾つか手を打っておいたが多分どれも使わずにすむだろう」
姉、という言葉に対してミシェーラは一瞬、ほんの一瞬だけ反応した。
「始めから〝こう〟すれば良かったのだ」
ヤン・タオ司令は満足げに呟いた。もともと彼はゲットーの住民の命など虫けらほどにも考えてない。
彼にとってはアンジェさえ殺せればそれでいいのだ。
彼は第4層の勤務となってからずっと出世のチャンスを狙っていた。第4層唯一の政庁で指揮を執りながら彼は嘯く。
天才オーナーアンジェレネ・ドッグウッド、彼女の首を取れば軍事部門で大きな発言力を得ることができる。
「司令!!」
そんな夢想に耽っていた彼に部下が報告に来る。
「どうしたのかね」
「所属不明のHSが三機、ゲットーに出現しました!!」
「何だと!」
放たれたマシンガンの弾丸は、しかしアンジェにあたる事も、ましてや子供にあたる事もなかった。
「六年振り、だったかな」
その声を聞いて彼女は涙が出そうになるのを堪えなければならなかった。
「っ遅い!!」
時間は少々遡る。
「…ひどい」
「なんなんだよ、おい」
ミキヤとトーンがその光景に絶句する。
「嘘…でしょ」
クロがその光景に目を疑う。
「っ屑野郎が」
フェーンが怒りを顕にする。
それほどまでに目の前の光景は常軌を逸していた。
「…ジャック、聞こえるか」
「ああ、聞こえている」
「任務開始だ。俺とクロは『支援者』が用意した機体に向かう」
そう言いながら同調を解除する。
「ミキヤとトーンは武瑠が奪われないようアンジェが来るまで待機していろ」
「っでも!!」
「命令だ。武瑠が奪われたらそれこそ大惨事だ」
それに、とフェーンは付け加える。
「お前等が行った所で状況は何一つ変わらない」
二人の実力はNESTの訓練プログラムで一通り把握している。
素質は有るがまだまだというのがフェーンの判断だった。
「…わかってます」
そう言ってミキヤは指示に従う。
「クソッ」
吐き捨てながらもトーンもまた指示に従う。
「─二人とも、最後に一つ、任務を付け加える」
その言葉にミキヤとトーンは顔を上げる。
「とは言っても内容は簡単だ…」
「なんなんだ!こいつ等!!」
ジャックは今、己のDsである『切断』を駆使してゲットーの主要通路を進んでいた。
そんな時、何人かの子供が集団で逃げているのを発見した。
─この子達を見捨てたら、後でアンジェに叱られるな─
一瞬でそう判断した彼は子供達を狙うアンドロイドを排除すべく動き出す。
三体のアンドロイドがジャックに銃口を向けた時には、
「ひとぉつ!!」
まず一体の腕が切り飛ばされ、胴が腰の辺りから切り裂かれる。
「ふたぁつ!」
アンドロイドの首を斬り飛ばした。アンドロイドは、そこが弱点だったのか機能を停止する。
「みいぃぃっつぅ!!」
最後の一体は細切れにした。
「お前等、大丈夫か!?」
子供達に問いかける。
すると、
「ボクたちは大丈夫、だから…」
「だから?」
「おねーちゃんを、アンジェおねーちゃんを助けてあげて!!」
…こうして六年振りの再会は成った。
「遅いって、おま…」
アンドロイドを斬り伏せたジャックはアンジェの方を向く。
「まぁ、私の命を救ったんだ。チャラにしてやる」
「相変わらずの上から目線だな!」
まぁいい、と気を取り直して
「行くぞ。俺達のドールがある」
そう言ってアンジェの手を取ろうとする。
「その前に、ジャック。
この子を頼む」
瓦礫に埋まった子供を見て、
「了解した!」
ジャックはDsを発動し、瓦礫を斬り飛ばす。
そのまま子供を抱き抱えて、アンジェは走り出す。
自らの運命を切り開く力を得るために。
フェーンとクロは『支援者』がゲットーに隠した機体の元に向かっていた。
「確か、この辺りだったかな」
見るとそこはゴミの山だった。
「クロ、頼む」
「わかった!」
そう言ってクロはゴミに埋まっている機体と同調する。
するといきなりゴミ山が崩れ、中から一体のドールが現れた。
「…よりによってこの機体か」
「そうっぽいね」
NHS-DALL-237『アラクネ』
六年前、フェーンとクロが使っていた機体だった。
この機体の一番の特徴は脚部にある。通常のHSの二脚とは違い、四脚型になっているのだ。
四脚型は安定性、機動力、防御性能に優れるがその反面燃費が悪い、簡単にバランスを崩せる、等の弱点があり、玄人向けの印象が強いパーツである。
「とにかく乗り込むぞ」
「わかってる」
ミキヤは武瑠の護衛のために外部の状況をレーダーで確認していた。
『スローターが一機、こちらに向かってきます』
機体AIの無機質な声を聞きながらミキヤはスローターに向けてライフルを放つ。
放たれた弾丸は、しかし命中することはなく、あっさりと回避される。
と回避したハズのスローターのコクピットが貫かれる。
トーンが放ったレーザーライフルの一撃の為である。
そのままスローターは力無く倒れる。
彼らはこの戦術によって向かって来るスローターを破壊し続けていた。
「トーン、大丈夫?」
「大丈夫だ、まだ一撃ももらってない」
やり取りをしている合間にも敵は来る。
フェーンの追加任務を行うにも隙が無い。
「クソッ、アンジェもジャックもフェーンもクロもとっとと戻ってこいってんだ」
『『呼んだか?』』
「へ?」
いきなり聞こえてきたジャックの声と見知らぬ女性の声。
そして起動する武瑠。
「ジャック、戻ってきたのか!」
「ふん、俺は仕事の早さに定評があるアンドロイドなんでな」
「バカ言ってる暇があったらとっとと動かせ、バカ」
「…了解した」
「…懐かしいな」
アラクネを起動したフェーンの第一声はそれだった。
スルトが開発されるまでは、彼はこのアラクネを使っていたのだ。
「本当にね」
クロが相槌を打つ。彼女もまたこの機体には思い入れがあるのだ。
「フェーン&クロ、アラクネ。出撃する」
「しっ司令っ、敵対勢力と思われるHSが増えました!」
報告を聞きながらヤン司令はいくつものイレギュラーに歯噛みしていた。
「詳細は!」
「エルフとドワーフが一機ずつ、それに加えて四脚型のドールタイプが一機と二脚型のドールタイプが一機です!」
管制官からの報告に目眩がする。
─作戦が事前にバレていた?
あり得ないと首を振る。
この作戦は考えてすぐに実行した。バレる隙などそもそも存在しないのである。
「如何いたしましょうか、司令」
管制官の言葉に我に返る。そうだ、そんなことは今、どうでも良い。
「…ろせ」
「は?」
「殺し尽くせ!!ゲットーなどどうなっても構わん。忌まわしいNESTのクズどもを一人残らず殺し尽くせ!!」
「コレは…」
アンジェは武瑠のコンソールを見て疑問符を浮かべる。
「NESTの新型ドール、とだけ理解していれば良い」
少なくとも今は、ジャックはそう言った。
「そう、か」
後で聞き出そうと決めつつ彼女は同調機能を起動する。
「アンジェ、基本的な武装を確認しておく」
「必要無い」
その言葉と同時、彼女はナイフを武瑠に取り出させる。
「これ一本で十分だ!!」
言うが早いか機体をスローターに向かって突進させる。
体当たりをまともに食らったスローターはよろめく。そして、よろめいたスローターのコクピットにナイフを突き刺す。
「「まずはひとぉつ!!」」
多数の敵機が武瑠を取り囲む。
そしてその内の一機がビームサーベルを展開して武瑠に斬りかかる。
「遅い!!」
滑らかな動きでそれを回避した武瑠はお返しとばかりにナイフを突き込む。
突き刺さったナイフをそのまま下に切り下ろし、機体を両断する。
「すごい…」
殆ど放ったらかしにされたミキヤが呟く。
「なあ、ミキヤ。おかしくないか?」
同じく放ったらかしになっているトーンが疑問の声をあげる。
「何が?」
「何でスローターは飛び道具を使わないんだ?武瑠に効くとは思わないが」
トーンの指摘通りスローターは接近戦しか行っていない。
「…多分、〝しない〟んじゃなくて、〝できない〟んだ」
「は?どゆこと?」
トーンの疑問にミキヤは多分、と前置きをして、
「同士討ちを恐れているんだ」
「なるほど」
二人が会話をしている合間にもスローターは切り刻まれていく。
そして、最後の一機が後ろから武瑠に斬りかかろうとしたとき、
「タイミングが良すぎるぞ、フェーン」
アンジェの言葉通り、スローターのコクピットはアラクネによって撃ち抜かれていた。
「しっ司令、大変です!未確認HSが階層間移動用エレベータを移動しています」
「なんだとっ!」
報告通り、未確認HS…武瑠は凄まじいスピードでエレベータ内を翔びあがっていた。
そして第4層に到着、そのままゲットー管理局に突っ込んでいく。
「な、なぁ!」
「今さら何かを返せとは言わない」
アンジェはそう呟く。
「でもなぁ!」
ジャックが言葉を引き継ぐ。
「「ケジメはつけてもらう!!」」
そして、ゲットー管理局にジャックのDs『斬撃』を叩き込んだ。
『強度に関係無くあらゆる物質を切り裂く斬撃』を受けたゲットー管理局はこの世から消滅した。
「こうやって子ども達に囲まれていると孤児院を思い出しますね、ミキヤ」
「…そうですね、イリスさん」
あの後ゲットー管理局を破壊したアンジェは自分が世話をしていた子どもの保護と引き換えにNESTへの復帰を承諾した。
結果的に子ども達を救えたのは良しとして、
「緊張感が…」
「ミキヤ、どうかしました?」
「なんでもないですよ、イリスさん」
第2話 完
次回はNESTから少し離れます。エロハプニングもありますので、お楽しみに!