鬼龍院家のご令嬢様は勝ち越したい!
「奏さん、好きです。俺と付き合ってください」
野崎丸尾は、遂に鬼龍院奏に告白した。
中学3年の春に一目惚れしてから2年。高校2年の4月、心臓が千切れそうなほどの緊張に耐え、意を決して絞り出した純粋な想いだった。
しかし、放課後の校舎裏。返ってきた奏の答えは、予想を遥かに超える斜め上のものだった。
「野崎くん……私、強い人が好きなんです」
予想外すぎる返しにパニックに陥り、丸尾の全身から滝のような汗が噴き出す。
唇をプルプルと震わせ、丸尾は血迷った眼差しで宣言した。
「わ、分かった! 今からボクシング部に入部してくる!」
「ご、ごめんなさい、言葉足らずでした! 私は腕っぷしが強い人は好きじゃないのよ!」
思わぬ方向へ全力疾走しようとする丸尾に、奏は慌てて両手をぶんぶんと振った。
「じゃあ……学力!? 全国模試トップを目指せばいいのか!?」
「それも違います!」
「聖母以上の慈悲深さで世界平和を祈る感じ!?」
「違います! 私が好きな『強い人』は……」
奏は深呼吸をひとつ挟み、淑女らしく整った所作で愛用の革鞄から紙袋を取り出した。そして、どこか誇らしげに中身を差し出す。
「【Ultimate of Generation】……?」
「ゲームが強い人です」
手渡されたのは、抽選に応募することすら叶わない、入手困難を極めた最新鋭VRMMOの限定プレミアムパッケージだった。
◇◆◇◆
鬼龍院奏は、日本屈指のメガコンツェルン『鬼龍院財閥』の総帥・鬼龍院一の一人娘として生を受けた。
『誰にも負けない人間になれ』という父の苛烈な帝王学のもと、幼少期から英才教育を叩き込まれ、成績優秀、スポーツ万能、芸術にも長けた完璧な天才少女。凛とした立ち振る舞いと可憐な容姿も手伝い、彼女へアプローチする男子は後を絶たない。
だが、これまで数多の男子が撃沈していったにもかかわらず、なぜか告白に敗れた誰もが「その日に何があったか」を口にすることはなかった。
(将来この国を動かすような超令嬢が、まさかガチゲーマーだったなんて……)
若干の困惑を隠せない丸尾だったが、目の前で上目遣いに自分を見つめる彼女への好意は何一つブレない。
「このゲームソフト、野崎くんに差し上げます」
「ありがとう……でも、どうして僕に?」
「私とひとつ、勝負をしませんか?」
「勝負……?」
「【Ultimate of Generation】は『誰もが世界を創れる』を謳う最新のVRゲームです。期限は30日。どちらがより強いプレイヤーになれるか勝負しましょう。野崎くんが勝てば、貴方の告白を受け入れます。ですが私が勝った場合……私のお願いをひとつ叶えてもらいます!」
「……ちなみに、どうしてそんな勝負を?」
奏は少しだけ表情を曇らせ、毅然とした態度で頷いた。
「お父様からは『興味を持ったものは極めよ』と言われています。ゲームを遊ぶことも許されていますが……『誰にも負けないこと』が絶対条件なのです。一番でなければ、厳しいお叱りを受けますの」
「だから、勝負なのか」
「はい。これまで多くの方から告白を受けました。ですが……たとえ恋愛であっても、私が誰かの『下』になることは許されないのです」
あまりにも過酷な環境で生きてきた少女の言葉。丸尾はその裏にある彼女の不器用な美学を汲み取り、ニッと笑った。
「奏さんの矜持、理解したよ。その勝負、受けて立ちます」
「ご理解いただき感謝します。……では、30分後にゲーム内のスタート地点でお会いしましょう!」
連絡先とフレンド申請の約束を交わし、奏はどこか弾んだ足取りで去っていった。
丸尾は手の中のプレミアムソフトを見つめ、ぽつりと呟く。
(プレミア化してどこにも売ってなかったソフトが、まさかこんな形で手に入るなんて……絶対に負けられないぞ)
◇◆◇◆
丸尾から見えない位置まで離れた校舎の角。
ひとりになった奏は素早くポケットからスマートフォンを取り出し、専属執事の圭悟へ発信した。
コール音が一度鳴って繋がった瞬間、「完璧な淑女」の仮面が音を立てて砕け散った。
「やりましたわぁぁぁ!!! 圭悟! 作戦大成功ですわ!!!」
校舎裏に高らかな歓喜の叫びが響き渡る。
『おめでとうございます、お嬢様』
スピーカー越しに届く声は、呆れを孕んだ低いトーンだった。
「ちょっとぉ! もう少し一緒に喜びなさいよ! 2年間の努力が結実したのよ!?」
『大いに喜んでおりますよ。……ただ、あまりにも回りくどすぎて、ご主人様譲りの屈折した性格だなと呆れているだけです』
「だ、誰が世界一面倒くさい女よ!?」
『そこまでは言っていませんが、胸に刺さったようで何よりです』
「言ってるじゃない!? ほんっとに……私に対して無礼を隠そうともしないの、貴方くらいよ!?」
『好きな男性とゲームをするためだけに、2年前から裏で動く女子高生など他に存在しませんので』
———そう、鬼龍院奏は、野崎丸尾のことが大好きだった。
彼が一目惚れした中学3年のあの瞬間よりもずっと前から、彼女は不器用で真っ直ぐな彼に惹かれていたのだ。
だが、「自分から告白して振られたら致命傷になる」という乙女心と、「鬼龍院の人間は常に上に立たねばならない」という呪いのような父の教えが、彼女の一歩を阻んでいた。
『まさか意中の男性と自然に遊ぶためだけに、話題の新興ゲーム開発会社へ多額の出資を行い、自社のトップクリエイターまで出向させるとは。財閥令嬢の行動力には恐れ入ります』
「遠回しに小馬鹿にしてない!? 投資以上の利益を父の事業にもたらしましたから文句は言わせませんわ! それに、ちゃっかり彼の連絡先もゲットできましたし!」
『勝負を持ちかけたのは、流石にノリと勢いだったのでは?』
「……うぐっ。だって! 鬼龍院の人間が男の子からの告白をそのまま受け入れたら、私が『下』になってしまいますもの! だから私が勝って『お願い権』を得る! そして……【私のことが好きなら、私からの告白を受け入れなさい】と命じて、私から上書き告白する……! これで私は彼の上に行き、かつ恋人になれる完璧なロジックですわ!」
『正気の沙汰とは思えませんが、理屈だけは分かりました。ですがお嬢様、丸尾様が隠れたゲームの天才である可能性は?』
「心配いりませんわ! 事前調査で彼のプレイ傾向は完全に把握済み! ごく普通のライトゲーマーです!」
『あー……盛大なフラグを———』
「立ててません!! 完璧なリサーチと準備で勝率を跳ね上げる、これが鬼龍院の基本です!」
『はいはい。お迎えの車が到着いたしました』
背後から静かな足音が聞こえ、長身の青年———圭悟が恭しく頭を下げた。
◇◆◇◆
ゲーム内、【始まりの街】の噴水前。
黒髪に青い瞳という初期設定のままのアバターを纏った青年・プレイヤーネーム【ノーマル】こと野崎丸尾は、緊張で震える指でウィンドウを眺めていた。
『もうすぐ着きます!』
メッセージの主は奏だ。
間もなく、雑踏を割ってひとりの少女が歩み寄ってきた。
輝くような赤金色のロングヘアに、透明感のある淡い緑の瞳。初心者用の木杖を携えた魔法使い。
プレイヤーネームは【メロディー】。
「ノーマルさん?」
「あ、メロディーさん……!」
ノーマルは息をのんだ。
アバターの姿は以前丸尾が「好きだ」と呟いていたアニメのキャラクターにどこか似ており、声は大好きな奏そのもの。リアル以上の破壊力に心臓が破裂しそうだ。
「早速ですが勝負の確認です。期限は今から30日後。何をやっても自由ですが、直接の妨害行為は禁止。30日後のこの場所、この時間に『どちらがより強い、有名なプレイヤーになっているか』で競いましょう!」
「分かりました……! 全力で挑みます!」
フレンド登録を交わし、二人の長くて短い30日間の戦いの火蓋が切って落とされた。
◇◆◇◆
———そして、30日が経過した。
【始まりの街】の噴水広場は、相変わらず大勢のプレイヤーで賑わっていた。
その雑踏を、一人の女性プレイヤーが堂々たる足取りで歩いてくる。
白と紫を基調とした絢爛豪華な賢者衣。深めのスリットから覗くしなやかな脚、高位の魔力を宿した星詠みの杖。
頭上に輝くネームは【メロディー】。
「おい、あれ……まさかメロディーか!?」
「最速で最上位職【賢者】に成り上がったっていう、あのソロ攻略組の!?」
周囲から羨望と畏怖の混じったざわめきが起こる。
奏はこの30日間、学業や完璧なレッスンを一切妥協せず、睡眠時間を極限まで削って徹底的な超効率プレイを敢行した。結果、高難易度ダンジョンを単独踏破し、全プレイヤーから「攻略の象徴」と称えられるまでになったのだ。
(我ながらやり込みすぎてしまったかしら……)
本当は丸尾の動向も気になっていたが、自分を極限まで追い込んでいたため相手の調査をする余裕すら無かった。
約束の時刻まであと数分。その時だった。
突如、街全体が不自然な巨大な影に覆われた。
「な、なんだ!?」
「空を見ろ!!」
見上げれば、上空の雲を突き破り、黒鉄で補強された巨大な「空飛ぶガレオン船」が現れたのだ。
狂乱する広場。ガレオン船は噴水広場の真上で停止すると、禍々しくも神々しい漆黒の光を放ち始めた。
ドッ!!!
激しい着地音とともに船首から飛び降りてきたのは、闇を纏うような漆黒のロングコートを羽織った青年だった。
「ごめん、少し遅れちゃった」
フードを外したその素顔、そして頭上に浮かぶプレイヤーネームは———【ノーマル】。
「な、なんか……凄いことになってますわね……?」
呆然と佇むメロディーに、ノーマルは困ったように苦笑した。
「あはは……運と仕様の噛み合いが重なって、こんなことになっちゃって」
「ノーマルさん……噂で聞きましたけれど、【賢者】よりも珍しい職業になられたとか……」
「ええ、一応【魔王】になりました」
———【魔王】。
条件すら隠蔽され、プレイヤー間では都市伝説とされていた唯一無二の超レジェンド職。
「部下の魔族NPCたちが、あの空中要塞の改修をギリギリまでやってて遅れちゃって。あ、それと……魔王になったら世界中のトップギルドから命を狙われて大変だったよ」
(……ちょっと待ちなさい。今週ゲーム全体を揺るがした、あの『全プレイヤーvs魔王軍』の大規模イベントのボスって……ノーマルくんだったの!?)
メロディーはクラクラする頭を押さえて天を仰いだ。
トッププレイヤーの一人である【賢者】と、ゲームそのもののシステムボスと化した【魔王】。
勝負の行方は、比べるまでもなかった。
(負けた……私の、完全な敗北ですわ……)
人生で初めて味わう敗北。しかし、奏の胸に広がったのは悔しさではなく、胸がキュッとなるような甘い安堵感だった。
(でも……これで彼からの告白を受け入れて、彼の恋人になれるなら……負けるのも悪くないかも……)
メロディーは恥ずかしさを隠すように優しく微笑み、ノーマルを見つめた。
「ノーマル。30日前の勝負……私の負けです。条件通り、私は貴方の———」
「待ってください」
ノーマルが、メロディーの言葉を静かに遮った。
「え……?」
「返事は、保留にさせてください」
「どうして……!?」
思いもよらぬ言葉に狼狽えるメロディー。ノーマルは力強い真っ直ぐな瞳で彼女を見つめ返した。
「メロディーさんは『強い人』が好きなんですよね。たまたまイベントの運が良くて勝てたからって、調子に乗ってそのまま告白を受けにいくのは……男として、俺のプライドが許しません」
ノーマルは照れくさそうに頭を掻きながら、力強い手をメロディーへ差し出した。
「俺と、もっと色んなゲームをしませんか? これからもプレイして、メロディーさんに何度だって勝ち越せた時に……改めて、俺から格好良く告白させてください」
———どこまでも真っ直ぐで、自分を鬼龍院の令嬢としてではなく、一人の対等な相手として見てくれる大好きな人。
奏の胸の中で、愛おしさが爆発する。
(……本当に、どこまでも生意気で、格好いい男ですわ!)
メロディーは破顔し、差し出されたその手を両手で強く握り返した。
「望むところですわ! 次のゲームでは、絶対にボコボコにして差し上げますから!」
こうして、二人の最初の戦いは幕を閉じた。
片や「好きな男に勝ち越して、自分から上書き告白したい」乙女。
片や「大好きな人に相応しい男になって、胸を張って告白したい」青年。
どこまでも交わらない(?)お互いの意地と好意を胸に、今日も二人は様々なゲームの世界で拳を交え続けるのだった。
ここまでお読み頂き誠にありがとうございました。




