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ランキング、真の目的



退屈だなあ、と言い出したのは桜木さくらぎだった。


定期テストも終わり、部活も今日から再開。パソコン部とは名ばかりでここでは塾の宿題をするものや、来ていないのに出席としているものもいる。

すなわち部活をしているという評価を上げるためだけの部活だ。

三年が引退して二年が主導権を握る。次の定期テストまでのわずかな休憩。普段勉強ばかりしているズマ学の生徒たちは楽しみというものがあまりなかった。


「退屈。なんかおもしろいことないかなあ」


パソコンが三台乗っている長机が規則正しく並んでいる。そのうちの一つに座っていた桜木は隣の椅子に足を投げ出した。


「ゲームでもします?」


部員の一人がバトルゲームのソフトを開く。

キャラを選んでストリートで一対一で戦うゲームだ。

ケンカとは無縁のズマ学の生徒たちにも、ストリートファイトに対する憧れがあるのだろう。その部員の周りにあっという間に他の部員たちが集まって来て、ゲームが始まった。


小さめにしているがバトルを盛り上げるようなサウンドが桜木の耳にも入ってくる。部員たちの掛け声や悔しがる声、煽るような声を聞きながら桜木は礼緒れおのことを思い出していた。


いわゆる繁華街を夜にフラフラと歩いていて、何度か礼緒を見かけた。

ケンカをしているところを見たこともある。

あまりの強さにその場から動けなかったほどだ。


調べると都立込滝とりつこめたき高等学校の二年生だった。

23区内で礼緒に勝てるものはいるのだろうか。

ガタイのいいいかつい生徒を駅で見かけることもあった。

街のチンピラだけでなく、礼緒はそんなヤツらにも勝てるのか。


自分がケンカなどしたことがないからなのかもしれない。

スタイルが良く、顔も美人。そして強い。礼緒はまるでゲームの世界のキャラのようだ。

桜木はそんな礼緒がケンカをして勝つところがもっと見たいと思った。


しかしずっとつきまとうわけにもいかない。

暇さが手伝って、どうしたら礼緒がガタイのいいヤツを相手にケンカをしているところが見られるのかを桜木は考えていた。



「なあ。そんなゲームじゃなくて、その辺のガラの悪い学校同士闘わせてみないか?」


そう言うとプレーしている部員以外が一斉に桜木の方を向いた、


「え。危険ですよ、そんなの」

「俺たちは仕掛けるだけ。後はバカ同士勝手にやるよ」


桜木はさっきから考えていたことをとりあえず部員たちに話す。適当にランキングを作り、自分の学校より上の学校を倒したら順位が入れ替わる。

一位になりたいバカたちはなんの疑いもなくバトルを繰り返すはずだ、と。


「どうせならどの高校が一位になるか金賭けようぜ」

「おもしろそうだけど、そいつらにバレたらどうするんだよ」


副部長は桜木の考えたことをさっきから反芻していた。

実際にやったとしたら…一番のリスクは闘わせる高校にこちらのことがバレることだ。

ガラの悪い連中ばかりだ。何をされるかわからない。


「バレる?どうやって?」

「サイトかなにか作るんだろ?元がバレたら、」

「バカがそこまで頭が回ると思うか?」


ランキングを見たエントリー校たちは、一位を取るために必死で闘うだろう。逆にそれしかしない。

疑う理由もない。一位が取れればそれでいいのだ。


桜木に丸め込まれるような形で副部長や部員たちも頷く。

学校のパソコンを使わずに、桜木は自分の携帯でXの捨て垢を作り、そこからランキングを発信した。


「で、鍵アカも作ったから。こっちは俺たちだけ。いくら賭けるかはここに入れてくれ。1000円からな」

「待って。一位が都立込滝高等学校?メシ高って参加させるような学校じゃないでしょ。

しかも一位って」


礼緒がどこまで知られているかわからない。

メシ高には頭がいないというのは他校は知っているだろう。

そんなメシ高がなぜ一位なのか、など、バカたちは考えないと言って桜木が笑った。


「だから乗ってくるんだろ。逆にメシ高なら簡単に潰せるから、二位や三位は先を競ってメシ高にいく」


部員たちは納得のいかない顔をしていたが、桜木のいうことは逆らわない方がいいのもわかっていた。盛り上げないと桜木の機嫌が悪くなるのもわかっている。

仕方なく部員たちは金を賭けてこのゲームに乗った。







スッと礼緒が立ち上がる。パッと見開いた目でしょうを見た。


「俺寝てた?」

「うん。パンツ丸見えやったで」

「嘘つけ」

「嘘ちゃうし。くまさんのパンツ、ええ加減捨てえや」


礼緒がスカートをペラリとめくって自分のパンツを確認すると、茅ヶちがさきが恥ずかしそうに顔を覆った。


「マジか。でもこれお気に入りなんだよ。履きやすいし可愛いし、って俺のパンツはどうでもいい。桜木。吐いたか?」

「まだ。礼緒が起きるまで待ってたんちゃう?これから全部吐いてくれるよな?」


桜木は黙っている。部員たちはすがるように桜木を見つめていた。


「部員たちのいうことは間違いない。退屈しのぎに作ったこのゲームは金を賭けさせることが目的ではない。

なあ、桜木。話しても話さなくてもお前は終わりだ。

俺たちはお前を終わらせるためのネタを持ってる。でも、そっちはなるべく使いたくないんだよ」

「ネタ?なんの。脅しか?」


ふっ、と笑った桜木に宗輝そうきが仕方なく携帯の画面を見せた。

そこには喫煙している桜木が写っていた。


「なにこれ。AI?」

「そうだったらいいのにな。違うってのはお前が一番わかってるだろ」

「DNA鑑定できるものも俺たちは持ってるよ」


酒匂さこうが宗輝の後ろから顔を出す。

それだけ言えば桜木にはなんとことを言っているのかわかるたろう。


「バカでも調べることはできるんだよ」


詰められた桜木は唇を噛むことしかできない。

もうすっかり日の落ちた町工場。まだ電気が使えるのかあちこちにくすんだライトが灯っていた。


「お前、俺になにさせたかったの?」


礼緒が椅子を引きずって桜木の前に置き、ドカッと座る。腕を組んで真正面から桜木を見つめた。


このまま黙っていても礼緒たちは誰も引き下がらない。

ここまで詰められるとは桜木は思ってもみなかった。


本当のことを言わないと礼緒には通じない。

桜木は礼緒の少し茶色がかった瞳を見つめた。


「…お前を闘わせたかった」

「なんで」

「お前が最強なのかどうか知りたかったし、お前がケンカしてるところが見たかった」


パソコン部の部員たちが次々と怒りの表情に変わる。

それもそのはず桜木が自分の願望のために部員たちを巻き込んだことを知ったのだ。

桜木に逆らえない部員たちはそのせいで今、退学になるかもしれないところに置かれている。


「ふーん。やっぱり礼緒がらみやんか」

「バトル数を増やすためにメシ高を一位にしたんだな?」


うん、と桜木が小さく頷く。やっぱり桜木の礼緒に対する想いは歪んでいる。

普通ならいくら闘っているところか見たいからとはいえ、好意を持っている人を危険な目に遭わせることなどしないはずだ。


省と宗輝は大きなため息をつく。桜木の個人的な願望のために誰かが傷ついたかもしれないし、巻き込まれた部員たちは将来を失うかもしれないのだ。

やはり、桜木の性根は腐っているのか。


「そんなに俺がケンカしてるとこが見たいんなら、タイマンはるか?」


礼緒が斜め後ろにあった大きなドラム缶にノールックで後ろ蹴りをした。

ドラム缶は倒れるどころか数メートル宙を飛んで地面に豪快に倒れる。舞い上がった砂埃。

桜木の顔が一瞬で真っ青になり、椅子から転げ落ちた。


「直近で見れるぞ。特等席だ」

「一発目で気絶するから見られへんやろけどな。

ええんちゃう?それやったら誰にも迷惑かけへんし、お前の望みも叶う」

「ふ、ふ、ふざけるな!」


桜木は大きな声を出したつもりだった。しかしここにいた全員には蚊の鳴くような声しか聞こえなかった。

礼緒の威力を目の当たりにした桜木はぶるぶると震え、地面に手をついてなんとか自分の体を支えた。


「ふざけてんのはお前」

「お前ら、には、なんにもわからない!」

「なにが」

「俺たちは、お前らと違って、毎日毎日勉強ばかりで、楽しいこともなくて、」


桜木は地面についた手をぎゅっと握る。土に混ざった木屑や鉄屑のザラリとした感触に不思議と痛みを感じなかった。


「だからなに」


桜木を見下ろしている礼緒の後ろにいた省と宗輝が目を見合わせる。礼緒の肩がほんの少し震えているのを見てまずい、と悟ったのだ。

しかし省は首を横に振った。宗輝もそれに頷き返した。


「だからってバカ同士闘わせて高みの見物して、金賭けてもいいっての?」

「ケ、ケンカなんか…お前らは普段からやってることだろ」

「あのさ、俺らにだって命はあるんだよ?

お前ら賢いヤツも俺らもみんな一個ずつしかないんだよ?

なにがおもしろいことがない、だ。今の生活がイヤでも逃げる勇気もないくせに。

親のためとかあるかもしんない。

でも、自分で変えようとも変わろうともしないのに嘆いてんじゃないよ!」


地面に手をついている桜木の胸ぐらを礼緒が掴む。

この細い体のどこにそんな力があるのか不思議なほど、一瞬で桜木を立たせてぶん投げた。


「タバコだってそうだよ。親の金で買わないで吸いたきゃ自分で稼いだ金で買って堂々と吸えよ。

学校や警察に見つかるのが怖いなら吸うな。

ハンパなマネすんじゃねえ」


壁にぶち当たった桜木の体から埃が舞い上がり、ライトの前を灰色に煙らせている。

部員たちは見ているだけで誰一人桜木に駆け寄るものはいなかった。


「桜木。今、礼緒にぶん投げられて、もし後頭部打ってみ?お前死んでたかもよ?」

「人はな、割と簡単に死ぬねん」


省と宗輝にそう言われた桜木が自分の頭の後ろに手をやる。

ぶん投げられたはずなのに体はそこまで痛くない。どうやら礼緒は加減して投げたようだ。


「俺は、仲間がいるから強いんだ。仲間を守りたい、って思うから強くなるんだ。

俺たちはお前らみたいな上辺だけの付き合いじゃないんだよ」

「そうだよ…。誰にも心から好かれてないことぐらい俺にもわかってる。みんな俺の金や立場が目当てだ。俺とつるんでたら先生たちに好かれるってわかってるから一緒にいるだけだ」


壁に体を預けた桜木が、ははは、と乾いた笑いを漏らした。

桜木の親はズマ学にかなりの寄付をしている。教師たちはそれを知っているので桜木に逆らえない。生徒たちも教師に好かれている桜木といることで自分たちも好かれることを知っていたのだ。


「それはお前が悪いんだよ」

「は?なんで、」

「お前が友達のことを心から思ってたら、相手にも通じる。最初から自分を空っぽにしてたら誰もお前には心から寄りそってこない」


諦めていた桜木が悪い、と礼緒は言った。


確かに礼緒の言う通りだった。どうせ自分なんて心底慕ってくれる仲間なんてできないと桜木は諦めていた。

しかし一人は淋しい。そして悔しい。だから金や権力を使って周りを賑やかにしていた。

形だけだが。


「礼緒さん良いこと言うなあ」

「さっきのくまさんパンツのこと忘れそうだ」


ワル工茅ヶ崎とハン高稲村がコソコソ、と話している。

その近くでパソコン部の部員たちは下を向いていた。


「マジのラストチャンス。今回のこと、全責任を一人で被って退学になるか?桜木」

「…」

「最後に部員たちに男を見せてやれよ」


礼緒がパソコン部の部員たちの方を見た。

さっきとは微妙に違う表情の部員たちに、礼緒がニヤリと笑った。


「先生たちに好かれてるお前は退学にならないって?心配しなくてもちゃんと退学できるようにしてやる。

お前も自由の身になれるぞ?ヤなんだろ?

こんな生活」


部員たちが一歩ずつ近づいて来たのに気づいた桜木が顔を上げた。

桜木さん、お願いします、と今から言われるのだ。


礼緒に言われたことが桜木の胸の中で膨らんでいた。

今まで金と権力で繋がっていただけだが、一応仲間だった

部員たちを最後ぐらい救ってやってもいいか、と桜木は地面に座り直した。


「桜木さん、」

「わかった。当たり前だが全責任は俺にある。学校にチクってもいいけど部員たちのことは伏せてくれ」


礼緒が腕を組んで見下ろしている。桜木は顔をしっかりと礼緒に向けてから、頼む、と言って頭を下げた。


「桜木、そうじゃないんだ」


そう言った副部長のそばで部員たちが顔を見合わせて頷いている。どうやらみんな副部長と同じ考えのようだ。


「確かに桜木さんといると先生たちの待遇がいいです。それに桜木さんといるとなんでも奢ってもらえるし。

でも俺たち…性格悪いけど桜木さんが好きです」

「性格悪いって」

「お前といるとつまんない学校生活もまあまあおもしろい」


褒められているのかなんだかわからず、桜木はつい微笑む。副部長も部員たちもつられて笑った。


「そうそう。桜木さんていつも変なゲームばかり考えるし」

「桜木さんドヤってるけど桜木さん考案のゲーム、マジおもしろくないんだよな」

「おいお前ら、」

「桜木さんには逆らえない、って言ったけど、それはなんか嫌いなれないって意味かもしんないです。一緒にいてあげないと、って」


今笑っていた桜木の目からポロ、と涙がひとつ落ちる。

部員たちは駆け寄って桜木の肩をさすった。


「なんか、ありがとう…」

「桜木さん」

「俺も、お前たちといるのが一番楽しい」


部員たちに囲まれていた桜木がスッと立ち上がる。ドロドロに汚れた制服をはたいて、背筋を伸ばした。


「礼緒」

「さんづけしろ。クソが」


バッ!と腕まくりした茅ヶ崎を省が笑いながらなだめる。

それに振り向いて笑っていた礼緒が真っ直ぐに桜木を見つめた。








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