裏切られた大将
青い顔をして何も話さない桜木の前に宗輝がしゃがんで下から見上げた。
「ケンカとは縁のないお前がなんでこんなものを作ったんだ?」
「…」
アカウントがバレた以上、知らない、は通用しない。
何かいい嘘があるはず。宗輝に睨まれながら桜木は必死で理由を考えていた。
「桜木さん!」
町工場の入り口からバタバタと大勢で走るような足音が聞こえる。
一番前を走っていた柔道部の鎌倉が引き戸をバン!と開けると正面に一人、椅子に座っている桜木がいた。
鎌倉の後から柔道部の三人、そしてそのまた後ろから入ってきたパソコン部の部員10人ほどが、礼緒たちを見て悲鳴を上げた。
「け、け、警察、」
「呼びたきゃ呼べよ。お前らの大将が捕まるだけだぞ?」
ブレザーのポケットに手を突っ込んだ礼緒が、ズマ学の生徒たちの前に立った。
「カラのデカいお前らには用はないけど、お前は桜木に雇われてんだろ?それならここにいた方がいいよな?」
礼緒に見上げられた柔道部の鎌倉が目を左右に泳がせた。
桜木を守るという条件で金をもらっている。
ここで見捨てて立ち去ったらその金がもらえないかもしれない。
鎌倉たちの間を縫って、礼緒がパソコン部の部員たちの前に行った。
「メガネ率高いな。メガネ軍団か」
「さ、桜木さん、」
「そんなに怯えてるとこを見ると、お前らは全部知ってるんだな?」
礼緒の隣に来た宗輝がパソコン部の部員を一人ずつ見るとスッと一人の生徒が前に出て来た。
「俺、副部長です」
「桜木の手下第一号か」
「あの、なぜこんなことになってるんですか?」
桜木が副部長をにらむ。もうしらばっくれても仕方ないところまで来ていることを知らない副部長に罪はないが、とぼけることによってさらにこちらが不利になる。
しかしランキングを作った良い理由も浮かばない。
桜木は責任逃れをすることだけを考えていた。
「なぜ?なんでやと思う?」
「わからないから聞いてます」
省、宗輝、酒匂、そして礼緒。メシ高の制服のこの四人は普通の生徒に見える。
周りにいるワル工やハン高の生徒たちは見るからに不良なのだが。そんな省なので副部長は言い返すことができた。
「君はなんでやと思う?」
「全くわかりません」
酒匂がパソコンを副部長に見えるように持って行った。
周りにいた部員たちもその画面を覗き込む。
それは鍵を掛けているはずの桜木のXのアカウントだった。
「全くわからないのにこんなやり取りしてるの?」
「これは、」
「君たちのアカウントだっていう裏も取れてるよ。しらばっくれるのはいいけど、この証拠はどうするの?」
酒匂に詰め寄られて副部長がチラリと桜木を見る。
桜木はまるで他人の話を聞いているかのように、どこかを見ていた。
「桜木。お前なら礼緒が怒ったらどうなるかわかってるよな?今のうちに正直に全部話したら最悪の事態は免れるかもしんないぞ?」
「お前ら、一分かからず全員揃って仲良く地面に顔突っ込みたいんか?」
宗輝と省に挟まれた礼緒が口元で笑った。
「一分もいらない。10秒立ってたヤツは褒めてやる」
「礼緒さん!かっこいい!」
いかつい格好のワル工とハン高の生徒たちが拳を振り上げてワイワイと叫ぶ。
それに礼緒が恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「最悪の事態って…」
部員の一人が震えた声でそう言いながら照れている礼緒を見た。
「パソコン部全員ズマ学を退学」
「えっ!」
「犯罪だからな。当たり前だろ。編入先は少年院」
パソコン部の部員の数人がドサッ!と音を立てて地面に尻もちをついた。
腰が抜けたのだろう。中には泣き出すものもいた。
「ど、どうやったら許してもらえるんですか?」
「君らの大将にな、何回もチャンスやったんやで?謝ったら許したる、とも言うたし。
それでもこいつは何にも言わへんし謝らん。
だからもう知らん」
「桜木さん!」
泣きながら地面に突っ伏していた生徒が、バッ!と立ち上がって桜木の前に行った。
ゆっくりと顔を上げた桜木はその生徒の涙に濡れた顔を見て眉間にシワを寄せた。
「桜木さん!あんたが全部悪いんだろ!あんなゲーム考えなかったらこんなことに、」
「なんの話?」
汚いものを見ているように細めた桜木の目。泣いていた生徒は言葉も出ずに口をパクパクとした。
「ゲームってなに?」
「な、なに言ってんだよ!あんたが考えたゲームだろ!バカとバカを闘わせて俺たちに金を賭けさせて…」
「知らないよ。もしかしてそのゲームとやらの全責任をお前らは俺に被せようとでもしてんの?」
桜木の前に立った生徒は放心状態だ。
すりガラスから差し込む淡い夕陽を背に、礼緒は近くにある木箱に座り足を組んだ。
桜木という男はなかなか根性のあるヤツだ。
いや、根性があるのではない。根性が腐りきっている。
そしてズマ学のパソコン部の生徒たち。賭けに乗って一緒に礼緒たちをバカにして楽しんでいたのに、ここへ来て自分たちは無関係だと言いたいようだ。
「悲しいな」
「礼緒さん…」
礼緒のつぶやきにワル工頭、茅ヶ崎が眉を下げた。
「こいつらさ、普段はお互いのこと仲間だって思ってんだよ。でも、こういう時に本当のことが出るよな」
「ほんまやな。責任をなすりつけ合って自分は悪くない、ってな」
「少なくとも俺らの仲間にはこんなヤツひとりもいません。な?稲村。ハン高もそうだよな?」
茅ヶ崎が稲村を見る。おう、とハン高の頭、稲村が頷くと、その近くにいたハン高の生徒たちも大きく頷いた。
「あの、」
桜木にボディガード的な感じで雇われていた柔道部鎌倉が礼緒の前に行った。
「俺たち柔道部は、いったいなんの話かわかんないですが、教えてもらえますか?」
「そこの泣いてるヤツが言ってたまんまだよ。
桜木率いるズマ学パソコン部で【東京23区最強高校ランキング】っていうのを勝手に作った。
自分たちの学校より上を倒したらランキングが上がる。
期日に一位になった学校に金を賭けていたヤツに配当金が支払われる」
説明がへたくそな礼緒の代わりに宗輝が今回の件をかいつまんで話す。
鎌倉は信じられない、という顔で桜木を見た。
「それでこんなことになるかもしれないって俺を雇ったのか?」
「だろうな」
「お兄さんたちは帰っていいよ。来てもらって悪かった。
もうまくれたみたいなもんだろ。
これ以上は見ない方がいいかもしんない」
礼緒がバイバイ、と手を振ったが鎌倉は悩んでいた。
金をもらっている以上、桜木を守るというのもあるが…それよりもさっきここにいるヤツらを全員一分もかからずに倒す、と言った礼緒の言葉が気に掛かっていた。
「桜木さんがひどいヤツだってわかったけど、ここで見捨てて帰ったら俺、後悔します」
「大丈夫。お前がいてもいなくてもおんなじだから」
「え?」
礼緒が足を組み替える。スカートから出ている男にしてはキレイな足にも淡い夕陽が落ちていた。
「お前がいたからって桜木は助からないってこと。
このゲームのことなんにも知らないんなら帰んな。共犯者にならないうちに」
礼緒の目配せを受けた茅ヶ崎が柔道部の四人を連れて町工場の外へ出て行った。
ガタイのいい四人がいなくなったので、町工場の中は急に静かになった。
「悪いけど学校帰ってもこのことは誰にも言わないでくれ」
「…はい」
「礼緒さんたちに考えがある」
「わかりました」
“普段は仲間だと思っている”
礼緒の言葉が鎌倉の脳裏に蘇る。金で雇われただけの自分でも桜木を置いていくことを躊躇したのに。
一緒に行ったパソコン部の部員たちは誰一人桜木を助けないどころか、全責任を桜木になすりつけようとしていた。
仲間とは。友達とはなんだろう。桜木は人望厚くいつもたくさんの生徒に囲まれている。それなのに、本当は一人なのだ。
沈みかけた夕陽に向かって鎌倉たち柔道部の四人が歩いて行く。桜木が悪いのはわかっているが、これからどうなるのだろう。
鎌倉が後ろを振り向くと、もうあの町工場は見えなくて代わりに長く長く伸びた四人の影がゆらゆらとしていた。
「とりあえず、全員から話聞こか。桜木はしらばっくれてるから最後にして。一列に並んで。
左端のヤツからな」
省が人差し指でサッと指示すると、座り込んだいた部員も立ち上がって言われた通りに一列に並んだ。
全員同じようなことを言った。一ヶ月の期間内に変動するランキングを予想して金を賭ける。一位の高校を当てたものには倍率に応じて払い戻しがある。
それに自分たちは金を賭けた、と。
「桜木のXの鍵アカは今回のゲームに金を賭けたヤツだけがフォローしている。誰も見てないと思って書きたい放題」
酒匂がこれも全て証拠として保存している、というと部員の一人がニヤ、と笑った。
「てかさ、なんであんたが鍵アカ見れんの?
それこそ犯罪だろ」
酒匂を指差した部員。そうだ、と数人が蚊の鳴くような声を出した。
「ハッキングか?そっちの方がヤバいだろ」
難しい話になってきたので、礼緒が眠そうにあくびをした。
ワル工、ハン高の生徒たちもその辺に座り始めた。
「ハッキングなんかできないよ」
「じゃあどうやって」
「裏切り者がいるんじゃない?君たちの中に」
酒匂がそう言うと一列に並んでいたズマ学パソコン部の部員たちがお互いの顔を見る。
地面に座っていた宗輝がははは、と笑って部員たちを見上げた。
「お前ら、自分以外はどうでもいいんだな。頭良いヤツってみんなそうなの?仲間なんてのは上辺だけ」
誰も何も答えなかった。
「友達ってなにかわかるか?仲間ってどういう意味か、お前ら知らねえだろ」
「宗輝、こいつらはもういいよ。これ以上なんにも知らないだろうし、もうなんか聞いてて苦しいよ」
酒匂がはあ、と大きなため息を吐く。転校して来てまだ日が浅い酒匂でさえ友達や仲間の意味がわかっているのに。
「次、桜木に聞いて」
「そうだな」
礼緒が膝を抱えて目を閉じている。それを見た省も大きなあくびをした。
「桜木。礼緒が寝てる間に全部吐いた方がいいぞ。末路は変わらんけど、ボコボコにされずに済む」
「このライオンは起きたら幼なじみの俺でも止められへんからな」
桜木が、膝の上に乗せている礼緒の顔を見るとまつ毛が気持ちよさそうに呼吸とともに揺れていた。
「お前…礼緒のことつけ回してたんだろ?」
「は?」
「頭のいないメシ高を一位にしたらおもしろいからって…ホントの理由は違うだろ。
礼緒が全員ボコるところを見たかったのか?」
「意味がわかりません」
なぜコイツらが礼緒と自分の接点のことまで知っているのだろうか。桜木は尾行させていた部員の一人に礼緒の話をしたことを思い出す。
全て聞かれていたのだ。尾行されていたのか。アカウントのこともバレている。もうこれ以上言い逃れることは無理だとわかっていたが、桜木はこんなところで終われなかった。
「それとも愛しい礼緒ちゃんを一位にしてやりたかったのか?」
桜木がギッ!とにらむと、宗輝は口元で笑った。
「お前な。礼緒さんは男の中の男だ。お前みたいな陰湿なヘタレ、相手にするわけねえだろ!出直して来い」
「…」
茅ヶ崎に胸ぐらを掴まれても桜木は抵抗しない。
尻が浮くほど掴まれているのに視線は礼緒の方を向いていた。
「男でも女でも、惚れたヤツになにしてんねんお前は」
「…関係ない」
膝を抱えて眠っていた礼緒が少し体を動かすと、スカートがペラリ、とめくれ、熊の柄のボクサーパンツが見えた。
「うわ。小学校から履いてるやんこのくまさんパンツ。物持ちええなあ」
「うわあ!礼緒さん!」
茅ヶ崎が、桜木を掴んでいた拳を前に押し出して放し、あわてて礼緒のスカートを直した。
押された衝撃で椅子ごと後ろに倒れた桜木はそのまま天井を見ていた。
「礼緒に執着したのはなんでだ。ランキングのことももうそろそろ吐いたらどうだよ。
上辺だけのお友達はみんな正直に吐いたんだぜ?」
倒れたままの桜木を宗輝が引っ張って起こし、元の椅子に座らせた。それでも桜木は黙っている。また一人の部員が泣き出した。
「退学なんて無理だよ。俺は東大に行かないとならないんだから。なんとかしてくれよ」
「一つの汚点も許されないってことか。じゃあなんでこんな賭けごとに手を出したんだ?」
「おもしろそうだったし、金も儲かる」
「闘ってるヤツらが生きようが死のうが、楽しくて金が儲かったらそれでいい、ってことだな?俺たちバカにだってな、命は一個しかないんだよ」
泣きながら訴えて来た生徒はまた黙った。部員たちの望みが省や宗輝には読めている。
桜木が全ての責任を被り、部員たちには罪はない、と言うのを待っているのだ。
「違う。桜木さんに…逆らえないから…」
「…」
桜木がバッ!と部員たちを見ると、全員があわててサッと視線を逸らした。




