桜木の歪んだ愛
なぜ、下川礼緒が都立込滝高等学校、通称メシ高の頭だと桜木は思ったのか。
メシ高を尾行をしていたこの生徒は今の今まで礼緒のことを女だと思っていた。
それぐらい礼緒は強そうに見えないのに。
「メシ高には頭はいないはずですよね?」
「そうだな。頭、ではないかもしれないが下川が一番強い。
俺はあいつが10対1とかでケンカしてるのを見たことがある。まあ、絡まれてた女を助けたんだけどな」
桜木の親は二人とも仕事が忙しくてほとんど家に帰らない。
家政婦も19時には帰る。そこから後、桜木は夜の街にふらふらと出かける。
勉強ばかりしていてはストレスで狂いそうになるからだ。
その時に何度か礼緒を見かけた。
いかつい男たちを次々と倒していく姿が、まるで映画かゲームの世界のようだった。
自分とは全く別の世界の住人だ。しかも礼緒は意味のないケンカはしない。
そこがさらに礼緒を美しく見せていた。
礼緒のことが気になった桜木は街で出会うと後を尾けるようになった。
そして調べるとメシ高の二年だということが判明する。
メシ高は偏差値の低い高校。自分とは決して交わることのない礼緒をゲームに参戦させようと思いついた。
正義感の強い礼緒があんなデタラメなランキングを見過ごすはずがない。
桜木は自分の手で礼緒を動かしてみたかったのだ。
賭けに参加する生徒たちにはそんなことは言えないのでバカとバカを闘わせるゲームと名打った。
「おもしろいヤツだなと思った。それから何度か見かけたがかなり強いしな」
「下川が強いからメシ高を一位に?」
「いやいや。メシ高が一位の方がワル工やハン高の闘争心が上がるだろ。
なんであんな弱小高が、ってな。
焚き付けなくても勝手にバトルが始まる」
「さすが桜木さん」
「でもお前にケガをさせてしまったのは本当に悪かった。ゲームは続行するからお前も楽しんでくれ」
ポンポン、とその生徒の肩を叩いて桜木が立ち上がる。
尾行していたハン高の二人も同時に本棚の後ろで立ち上がった。
桜木を尾行していたハン高の二人からの情報。
礼緒、宗輝、酒匂は省の家に集まっていた。
「なんやコイツ。礼緒に惚れてんのか?つけ回すってストーカーやん」
「照れるなあ」
「いや。惚れてるのかもしれないけど…なんか歪んでるぞ」
宗輝の言ったことに酒匂も頷いた。桜木の礼緒に対する思いが尊敬でもなく、真っ直ぐな愛でもない。
ただおもしろい、と興味を持っているだけのように感じた。
「礼緒が強いこと知ってるんなら、桜木はもちろんウチに賭けてくれてるんやろな」
「こいつはディーラーだ。賭けには参加してねえだろ。
金に困ってるようにも見えないし。俺を闘わせたいだけだ」
「礼緒を自分の思う通りに、っていうか自分のテリトリーの中で動かしたいだけなんじゃないかな。やっぱ歪んでる」
「俺も酒匂の意見に賛成。強い礼緒を動かす自分に酔ってるだけなんじゃね?」
桜木の本当の目的はわからない。しかし謝ってこない以上、証拠を揃えて桜木や賭けに参加したものを制裁するだけなのだ。
「てかさ、こいつなんで金持ってんの?バイトもしてねえだろ」
「桜木の親は会社の社長。金持ちみたいだよ」
金で友達を繋いでいるのか。そうでなければこんな男に友達や仲間が集まってくるわけがない。
それはそれで淋しい気もするが。
「俺が狙い、ってわけでもなさそうだな。でもこのまま動きがないとつまんないよね」
「最近は順位を入れ替えろ、って俺らがしてるコメントも無視してる。鍵アカでは相変わらず桜木信者がポジティブなコメントばかりしてるよ」
「ポジティブコメントとバカを笑うコメントであふれてるわ。ほんまムカつく」
金はどれぐらい動くのだろう。中には一攫千金を狙っているヤツもいるだろう。
「勝敗予想みたいなのないの?オッズとか」
「それ見たいよなー」
「コメントしてみようか?」
酒匂がランキングの方の公開アカウントに捨て垢からコメントを入れる。
公開アカウントなので単に順位が気になる、というていの方が良い。DMよりもこちらの方が人目につくから好都合だ。
鍵垢の中のヤツらは半月後の締切まで、賭け金は動かせるはず。
それを管理しているのも桜木だろう。
【オッズ出してほしい】
「頭同士のタイマンの勝敗予想も知りたいって入れて」
「OK」
省に言われた通りに酒匂がコメントすると、たちまちいいねがつく。下馬評は役に立つのだ。
これを拾った桜木は今の時点でのオッズを出すだろう。
鍵垢の金を賭けている生徒たちも公開アカウントは見るのでさらに盛り上がるはずだ。動きのない今に適している。
そして次の日にはもう下馬評から出したオッズとタイマン予想を、桜木は公開アカウントの方に固定投稿していた。
2-1の教室。1時間目が始まる前、省と宗輝は酒匂の机を囲んでいた。
「やっぱワル工とハン高の一騎打ちだな」
「メシ高、暫定一位やのに?」
「これなんか見てよ。ワル工×メシ高、99%×1%だよ?」
あはは、と三人が笑う。隣の席で礼緒は机に頬をつけて眠っていた。
「礼緒に執着するあまり、メシ高をランクインさせたけど調べてるヤツは調べてんだよな」
「23区で有名なのはワル工とハン高やもんな。たとえお坊ちゃんたちでもそれぐらいは知ってるやろ」
そろそろ1時間目が始まる。爆睡している礼緒を横目に酒匂はパソコンを片付けた。
「酒匂ごめんな。仕事も忙しいのに」
「全然。楽しいよ」
酒匂が転校してきたのも縁だったのか。人と人の繋がりとはこういうものだ。
桜木も、礼緒ともっと違う形で出会っていれば、なにか変わっていたのかもしれないのだ。
「いや。ちゃうな」
「どした?」
「人と人の繋がりをどう活かすかは自分次第」
「省がなんか賢いこと言ってるぞー。
雨降るぞー」
ニヤ、と省が笑う。歪んでいるのは礼緒に対する思いではなく、桜木自身なのか。
その時、三人の携帯がポケットの中で揺れた。
「省、これ…」
酒匂がグループラインに貼られた写真を二度見した。
「クソダサいヤツやな」
フッ、と省が短くため息をつく。
宗輝はあごに手を当ててじっと写真を見ている。
桜木を尾行しているハン高の二人が貼ってきた写真。
つい数分前に撮ったその写真の中で桜木がタバコを吸っていた。
「マジそれな。どうせ吸うならこんな誰もいないとこじゃなくて学校で吸えよな」
「そんな根性がないから匿名でこんなしょーもないゲームするんや」
「これも保存しておくね」
尾行しているハン高の二人から被せてラインが来る。
吸い殻を捨てていったのでそれも拾ったらしい。
言い逃れのできない証拠を押さえていく。どんなことでもいい。桜木が不利になり、今の生活ができなくなればいいのだ。
【桜木は遅刻して学校へ行きました】
【また終わってから尾けます】
先生が入ってきて授業が始まる。省が、まだ眠っている礼緒の肩をぽんぽん、とすると口元のよだれを拭きながら顔を上げた。
ほほほ、と礼緒の祖母、小百合が笑う。礼緒が生けた花を見て母の詩子も笑った。
「変、ですか?」
「変じゃないけど、礼緒さんの作品はいつも元気で賑やかね」
「礼緒らしいわ」
礼緒が祖母のところまで歩いて行き、隣に正座する。
自分の生けた花は今にも飛び出しそうな感じがした。
「生け花って心を映すのですよ」
「心、ですか?」
「そう。今の心。淋しい、悲しい、辛い。逆に楽しい、うれしいとかね。
礼緒さんの作品からは…そうねえ、たくさんの仲間に囲まれて幸せ、って感じがするわ」
祖母にそう言われて礼緒はその通りだと思った。
ズマ学桜木が作ったデタラメなランキングでバカにされたものたちが一丸となって闘おうとしている。
礼緒には今、その仲間たちを守りたいという気持ちが強く最後はみんで笑いたいと願っていた。
「はい。おばあさまのいう通りです」
「それは良かった。不思議よね。心を映すなんて。詩子さんの作品もだんだん柔らかくなってきたのよ。最初はもう触れたら刺さるんじゃないかってぐらい、」
「お義母さま」
「あら、いいじゃないの。礼緒さんの作品もいつかは詩子さんみたいに柔らかく美しくなるんだから」
礼緒の母、詩子は高校生の時に【礼音】という暴走族の初代総長になった。
二年後、暴走族同士の抗争で捕まった詩子は、全責任を負って少年院に入ることになる。
しかしこのとこによって【礼音】が潰れてしまうのを防ぐため、詩子はその時二代目に総長の座を譲った。
礼音の祖母小百合はは当時も生け花の先生をしていて、少年院にボランティアで生け花を教えに行っていた。
詩子は少年院にいながらも【礼音】の仲間のことを心配して、出てからも仲間のために一人で敵を潰していこうと考えていた。
「あなたはなぜここにいるの?」
生け花の先生である小百合からそう聞かれた詩子は花を生けながら答えた。
「ケンカして人を傷つけたからです」
「もうそんなことはしない、と…思ってないわね」
「はあ?」
「ここを出てからも大暴れしようと思ってるんでしょ?」
なぜわかるのか。そんなことを感じ取られないように大人しくしていたのに。
「いえ」
「なぜ大暴れしたいの?」
小百合は詩子のすぐ隣で小声で話している。
他の人には聞こえない。後ろでウロウロしている刑務官も気づいてはいなかった。
「仲間を…守りたいから」
「大切なのね」
「はい。仲間が傷つかないようにしたいんです」
つい本音を言ってしまった詩子は持っていた花を握りしめた。小百合はその手にそっと自分の手を重ねて花器に花を生けた。
「大暴れしなくても、守れる方法はあるわよ」
「…」
「仲間もあなたも傷つかないようにね」
自分たちの世界とは無縁な生け花の先生。
この人になにがわかるのか。詩子は返事をしなかった。
「それを一緒に考えましょう。ここを出たら真っ直ぐに私のところに来なさい。大暴れする前にね。必ずよ」
詩子が答えずにいると、小百合は着物の帯から紙を取り出してペンでサッと自分の住所を書き、それを詩子に見せた。
「覚えなさい。あなたは賢いから覚えられるわよね?」
「でも、」
「あなたが守りたい人たちも、あなたのことを守りたいの。
それをわかってあげないと守ったとは言えないわ」
小百合は紙をまた帯に挟み、他の生徒の指導に行く。
詩子はあちこちに乱れて生けてある自分の作品を見つめた。
少年院を出た詩子は躊躇なくあの時の生け花の先生の家を訪ねた。もう忘れられているかもしれない。
しかし行かなければ仲間が守れない気がしていた。
玄関を開けたのはあの時の生け花の先生、小百合だった。
頭を下げた詩子の手を引いて家の中に入れた。
「あの、私…」
「待ってましたよ」
通された部屋は畳の広い部屋。小百合は一人で生け花をしていたのだろう。紙の上に置かれた花、その近くの花器には優しい雰囲気に花が生けてあった。
「なぜ私があなたの心がわかったか。まずはそれを教えましょう。
あの時にあなたが生けた花よ。あちこちにアンテナを張るように伸びて、尖って。
でもその中心には大切なものが守られていたの」
詩子もあの時自分が生けた作品を覚えていた。あちこちに乱れたように伸びた花は詩子の心を示していたのだ。
小百合はそれに気づいていたのだ。
「尖らせなくても中心の大切なものは守れます。
ケンカが悪いって言ってるんじゃないのよ。
人を傷つけなくても守れる方法を考えて欲しかったの」
小百合に促されて詩子は花を生ける。生けながらどうやって
【礼音】を守れるかを考えていた。
「私を訪ねて来てくれた時に詩子さんが生けた花からは強さを感じたわ。心の強さね」
ケンカが強い、というだけではなく心が強い。
その強さはどこから来るのか。
礼緒は恥ずかしそうに花を生けている母、詩子を見つめた。
「それでママはどういう答えを出したの?」
「相談役になったのよ。なにかトラブルがあった時に相談に乗れるように。確かに規模拡大は大切なことだけど、それはケンカで得るものではない。憧れて入りたいって思ってもらえるのが一番でしょ」
詩子が相談役に回ってから【礼音】はその方針でいくことになった。仲間と楽しく過ごせる時間を大切に考えた結果だ。
警察の世話にもなるべくならないようにと考えた。
「お義母さまがいなかったら私はまた暴れて同じことを繰り返していました」
「私は何もしてませんよ。詩子さんがしっかりした賢い子だったからよ」
【礼音】の相談役になってからも生け花を習いに通っていた詩子は、一人息子だった礼緒の父と恋に落ちる。
下川家の親戚に反対されると思っていた詩子は、なかなかプロポーズの返事ができなかったが、それを後押ししてくれたのも小百合だった。
少年院のボランティアに行った時から、小百合は詩子の本質を見抜いていたのかもしれない。
真面目で、一本芯が通っていて何よりも周りの人間を大切にする子だとわかっていたのだ。
「礼緒」
花を生け直していた礼緒が手を止めて詩子の方へ体ごと向けた。
「私にはまだ花から心を感じ取ることはできない。
おばあさまに聞いたけど、礼緒、あなた今なにか、」
「俺もママと同じ。仲間を守りたい。みんなで楽しく過ごしたいの」
「…わかったわ。でも無理はしないこと。
ママもおばあさまも礼緒の味方よ。いつでも頼ってね」
うん、と小百合も微笑んで頷く。二人とも礼緒が今までも弱いものを傷つけたりしていないことを知っていたが、仲間思いであるがゆえに無茶をしそうで心配なのだ。
「ありがとう」
人と人との繋がりはこんなにも暖かい。祖母と母を見ている礼緒にはそれがよくわかっていた。
直した礼緒の作品を見て小百合が満足気に微笑む。
礼緒の心を感じ取った小百合の表情を見て、詩子も安心した。




