ランキング作成者の正体
「なにこれ」
礼緒の顔色がサッと変わる。省が後ろから落ち着かせるように礼緒の肩に手を置いた。
「サッとコメントを読んでみたんだけど、高校生どうしケンカさせてどこの学校が一位になるか、賭けをしてるみたい。
で、このランキングは火をつける意味と、ケンカして、って言わなくても勝手にケンカが始まるように、だね」
酒匂がカタカタとキーボード打つ。さっきのXの画面が消えて、また数字やアルファベットが羅列した画面になった。
「…クソが」
「落ち着け、礼緒」
宗輝も礼緒の背中をさする。眉をぴくぴくさせていた礼緒は深呼吸してなんとか落ち着いた。
「良くない方法で調べたんだけど…発信者はこの人。
私立我住学園、2年の桜木由貴。
このチャットみたいなコメントを読んでると…」
酒匂がまたXの画面に戻す。何百とついているコメント。
この短時間で酒匂はそれらにも目を通していた。
「桜木はパソコン部の部長だね。
賭けに参加しているのもほぼ部員みたい」
「ズマ学か…。なあ宗輝、あそこってめちゃめちゃ偏差値高いやんな?」
「都内でもかなり上位だろな。賢いお坊ちゃんたちの遊びにバカたちが使われてるってことか」
酒匂の推測ではパソコン部はそういったものたちの集まりで部長である桜木は退屈しのぎにこんなことをやっている。
バトルする各校の生徒たちがケガをしようがおかまいなし。
自分たちが楽しければそれでいい。
しかし金が絡んでいるのは見過ごせないところだ。
「叩きのめす」
「それはしてくれてもいいけど、礼緒、ちょっと作戦を練ろうぜ。てかさ、ワル工のヤツが来てくれたら話早いのになあ」
「ワル工と手ぇ組むってこと?」
「あの、この学校のトップには話通さなくてもいいの?」
話している三人に酒匂が手を上げて発言すると、省がうーんと言って天井を見上げた。
「うちには頭なんかおらんねん」
「え、じゃあなぜランキングに参加させられてるの?しかも一位って」
「適当にやってるんやろうけど、うちに頭がおらんことなんか上位の学校のヤツらなら知ってるはずや。
せやのになんでうちが一位にしたんか…
たぶんやけどみんなの闘争心に火をつけるためちゃうか?」
省の見解に宗輝も頷く。他校からしてみれば弱小高であるメシ高がなぜ一位なのかと疑問を抱くはず。
一位を潰せば自分たちの高校が一位になる。
頭のいないメシ高は簡単に落とせるから必ず仕掛けてくる。
そしてメシ高を狙いに来たもの同士のバトルも期待できるというわけだ。
「なるほど。考えてるなあ」
「ムダに頭良いからな。ズマ学は」
納得している酒匂。その隣でコメントを読んでいる礼緒。
省が少し離れたところに宗輝を連れて行った。
「まさかバレてるんちゃうやろな」
「わかんないな。でも情報的には少ないと思うぜ」
礼緒がハーフアップの結んだところをボリボリと掻きながらマウスをクリクリとする。
酒匂は隣で何か考えるように腕を組んでいた。
「情報量が少ないから…バレてないと思うけど。いないことになってるしな。うちの頭のことは」
夕方になりつつある強い日差しが教室に差し込む。
薄汚れたベージュのカーテンを見つめて省と宗輝は顔を見合わせてため息をついた。
次の日、授業が終わり、2-1の生徒たちは帰り支度をしていた。
ランキングを作ったズマ学の桜木のところへ行くにはもう少し材料が欲しいところだ。
その前に無駄なケガ人を出さないためにもランキングに載っていた高校同士がバトルをしないように止めなければならない。
その方法を今日一日中かけて礼緒たちは話し合っていた。
「証拠は今のところこのXしかない。もう少し決定打がほしいよね」
仕事が忙しいからいい、と言ったのに、酒匂は協力してくれた。
実際酒匂がいなかったら犯人さえわかっていない状況だ。
礼緒たちは酒匂の申し出をありがたく受け取らせてもらった。
みんなが帰った教室。四人で話をしていると、さっき帰ったばかりの生徒が走って戻って来た。
思いきり引き戸を開けたので、バーン!とすごい音が鳴った。
「礼緒!」
「ん?」
「こ、校門のとこに、めっちゃいかついヤツ、礼緒を呼んで来いって、」
息が切れているその生徒は、怖さも手伝っているようで真っ青な顔をしていた。
「黒の学ランだった?」
礼緒がその生徒のところへ駆け寄り、うん、と頷いたのを見て、省たちを振り返った。
「ワル工やな」
「やっと来てくれたか。待ち焦がれたよ」
「礼緒、だ、大丈夫なのか?」
心配そうなその生徒に礼緒はニコッと笑って頷く。友達だ、というとその生徒は安心して帰って行った。
「さて行くか。ちゃんと頭が来てんだろな。
雑魚が来ても意味ないもんな」
「頭ちゃうかったらワル工まで案内してもらお」
礼緒たちは酒匂に礼を言って教室を出ていく。
残された酒匂はまたパソコンに向かった。
校門のところにガタイのいい男子生徒がいる。
黒の学ランの前を開けてズボンのポケットに手を突っ込み通る生徒をにらんでいた。
「あれだな。おーい」
礼緒が手を降りながらその生徒のところまで走った。
「お前が下川礼緒か。頭は連れて来たか?」
「うちには頭なんていないよ。ワル工なら知ってるだろ?」
「…おい。舐めてんのか姉ちゃん」
門の少し向こうにいたワル工の生徒たちが突進してきてあっという間に礼緒と省、そして宗輝の腕を掴んだ。
「ちょっとそこまで行こうぜ」
「こんなことしなくても逃げないよ」
「うるせえ!」
校門の前で始まったら教師たちが飛んでくるだろう。
ちょっとそこ、がどこかわからないが、礼緒たちは素直にワル工の生徒たちに連れられて行った。
近くの団地の裏にある公園にゾロゾロとワル工の生徒と礼緒たちは入った。草が伸び放題で誰もいない。
通りから離れているので人目にもつかない。
ワル工はこのあたりにないのにこんなに良い場所をよく知っているな、と礼緒は感動していた。
「頭がいないのは俺たちも聞いてた。
じゃあお前はなんで頭に会いにくるならって嘘ついたんだ?」
「嘘なんてついてないよ。頭に会いたかったら下っ端じゃなくて頭が来るのがスジだろ?って言ったんだよ」
「屁理屈こねてんじゃねーぞ」
ワル工の10人と頭が一斉に礼緒にモンクを言う。
だから、と一生懸命説明していた礼緒がスッと黙り込む。
礼緒と離れたところに立たされていた省と宗輝が目を合わせた。
「頭がいねえんならお前らをやってうちが一位だ」
「やっちまいましょう!茅ヶ崎さん!」
「こんな女なら俺一人でじゅうぶんですよ!」
「やっぱりランキング絡みで来たんやな」
「うん。それにしてもギャーギャーうるさいヤツらだな。もう止めなくてもいいか。知らんぞ」
ワル工が一位になったらまた下位の学校に狙われる。
そんなことを繰り返していたら一ヶ月後にはどれだけのケガ人が出るのだろう。
ケガ人が出るだけではない。ケンカしたことが学校側にバレたら停学処分は免れないのだ。
まだ騒いでいるワル工の生徒たち。礼緒は組んでいた腕をいつのまにか体に横に垂らして拳を握っていた。
「死んでも知らねえぞ!」
「…ギャーギャーギャーギャーうるせえんだよ」
「は?」
さっきまでの穏やかな礼緒の顔がすごい形相をしている。
それを見たワル工の生徒たちは一瞬で黙り込んだ。
礼緒が一歩ずつゆっくりとワル工の生徒たちに近づいた。
「このメスがっ!調子乗るんじゃねえ!」
最初に突っ込んだワル工の生徒は、礼緒の拳一発でぶっ飛んだ。
雄叫びを上げながら襲いかかって来た生徒10人を礼緒が次々と倒していった。
ほとんど一発でやられた生徒たちは土の上に倒れて動けない。中には失神しているものもいた。
「おい姉ちゃん。強えじゃねえか」
ワル工の頭、茅ヶ崎がニヤリと笑う。連れて来た兵隊が全員やられたのに余裕の表情だった。
「さすが実質一位のワル工の頭だ。良い根性してるな」
「まあ、その根性もすぐに叩きのめされるやろけどな」
舞っている砂埃を煙たそうに手で払いながら省が笑う。
自分たちの出番はなさそうなので宗輝も気楽に、礼緒と茅ヶ崎を見ていた。
茅ヶ崎がシュッ!と目に見えないぐらいのパンチを打つ。
いつもならこれで全員倒れるのだろう。しかし礼緒は普通に避けた。
「え?」
礼緒が、ポカンとしている茅ヶ崎の顎を蹴り上げる。
噴水のように鼻血を飛ばして茅ヶ崎は後ろ向きに倒れた。
「礼緒」
「…」
「礼緒!」
省の声にハッ!と我に返った礼緒が、倒れているワル工の生徒たちを見てあはは、と笑う。
そして丁寧にひとりずつ起こしにいった。
「ひぇ!」
「もうなんにもしないよ。ほら。起きて。お前らに話があるんだ」
礼緒が近づくと怯えるもの、逃げようとするもの、そして泣いて謝るものまでいた。
礼緒に蹴られて鼻血を噴き出した茅ヶ崎も抱き起こす。
鼻血が止まっていないので礼緒は仕方なく自分のハンドタオルで茅ヶ崎の鼻を圧迫した。
「みんな集まって。ランキングについて話がある。あれはデタラメだ。俺たちを闘わせることをゲームにして金を賭けてるヤツがいるんだ」
茅ヶ崎の体を抱き起こしている礼緒の周りに集まって来たワル工の生徒たちがが全員目を丸くした。
「どういうことだ。姉ちゃ、いや礼緒さん」
茅ヶ崎が弱々しい声でそう言うと、宗輝は頷いて説明を続けた。
「まだ確定ではないから動かないでほしい。
このランキングを作ったヤツはズマ学二年の桜木というヤツだ」
「ズマ学?あいつら、こんなことには無関係じゃねえか」
ワル工の生徒たちが顔を見合わせている。普段から揉めている学校ならまだしも、ズマ学は偏差値の高い、いわば別世界の高校だ。
ワル工の生徒たちはすぐに宗輝の説明をすぐに信じることができなかった。
「礼緒ー!」
公園の入り口からパソコンを抱えた酒匂が走って来た。
はあ、はあ、と息を整えてから顔を上げた酒匂が、ワル工の生徒たちが全員顔を腫らしているのを見て後ずさった。
「ケ、ケンカ?ダメだよ。ケガしないように、」
「こんなもんはケガのうちに入んない。明日には治ってる」
礼緒は怒り心頭でボコボコにしたが、ちゃんと急所は外して手加減もしている。
本当にやり合う相手ならまずは急所を狙うし、骨を砕く覚悟でいくのだ。
「俺ら普通に話しようと思ってたのにさ、お前らが礼緒を起こしたみたいなもんだ。仕方ねえ」
「みんな頭はもうシャッキリしてるやろ?
話ちゃんと入るな?てか酒匂、どないしたん。ようここがわかったな」
パソコンを胸に抱えて酒匂が怯えながら頷く。
下校途中の生徒たちを捕まえて聞き込みをし、ここがわかったらしい。酒匂はやはり頭の切れる男だった。
「これ、見て」
酒匂がパソコンを開くと顔を腫らしたワル工の生徒たちも集まってくる。泣きそうな顔をしながら酒匂はXの桜木の鍵アカウントを出した。
【アホのワル工がもうメシ高に仕掛けたらしいよー】
【アホは作戦練ることも知らねーんだな】
【あいつら人間じゃなくてゴリラなんじゃねえの?】
【脳みそ筋肉で草】
ガン!と茅ヶ崎が近くにあった木を蹴る。
割と細めだったその木はゆらゆらと揺れて根っこが抜け、その場に倒れた。
「ひええ!」
「あいつら…許さねえ」
「茅ヶ崎さん!今からズマ学に行きましょう!」
また騒ぎ出したワル工の生徒たち。礼緒の眉がピクリ、と動いたのを見た省が手をパンパン!と叩いた。
「話終わってへんで。静かにせえ。お前らまた礼緒にかまされたいんか?」
スッとワル工の生徒たちが静かになる。礼緒が土のついたスカートをはたきながら、酒匂の持っているパソコンをもう一度見た。
「もう、ワル工がうちに来てることがバレてるってこと?」
「うん。ズマ学が尾行してるのかな」
「うーん。だとしたらこんなとこで話せないな。よし、学校に戻るぞ」
どこかで聞き耳をたてられていては大変だ。
室内の方が目が行き届きやすい。
礼緒たちはワル工の生徒を連れてメシ高に戻った。
校門から入り、運動場の隅にあるクラブハウスに入る。
運動場で部活をしている部室が並んでいるのだが、全部は埋まっていない。
そのうちの一室に礼緒、省、宗輝、酒匂、そしてワル工の生徒たちが入った。
まだ怒りがおさまらないワル工の頭、茅ヶ崎はすごい顔で何かを考えているように黙っている。その辺に積んである椅子を下ろして全員で輪になって座った。
「さっきのXはズマ学桜木の鍵アカウントだ」
「は?鍵垢ならなんで見れるんだよ。お前らさては、」
「うるさい黙れ。話は最後まで聞け」
説明している宗輝の隣で礼緒が発言したヤツを睨む。
いかつい顔をしたその生徒は、はい、と言って下を向いた。
「パソコンが得意なうちの酒匂が入り込んだ。
ランキングを出したアカウントから桜木を割り出したのも酒匂だ」
パチパチパチパチ、とワル工の生徒たちが拍手する。
全員が尊敬の眼差しで酒匂を見ていた。
「い、いや、そんなたいしたことじゃ。でも、ズマ学のパソコン部部長の桜木由貴で間違いない」
「で、さっきも言ったけど、こいつは俺たちバカをゲームのコマにしようとしてるんだ。
バカとバカを闘わせて一ヶ月後にどの高校が一位を取るか金を賭けてる」
「バカがケガしようが死のうがおかまいなしや。俺らのこと人間や思てへんからな」
ワル工の生徒たちは怒りの表情を浮かべながらも、真剣に話を聞いている。小賢しいヤツよりもよっぽど、人間として信用できるのだ。
「そこでお前らに頼みだ」
「なんですか礼緒さん」
「手を組んで欲しい。まずは三位以下のバトルを止める。それからズマ学桜木をぶっ潰す」
そう言って、礼緒はニコッと笑った。




