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その車は虹を行く

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 車は動く凶器である。

 誰もがきっと知っているけれど、たいていの人がいつもは意識していない。

 交通ルールを守り、ちゃんと運転している人がまわりに多いからかもしれない。あるいは「自分は事故に遭わない」「そのような目に遭ったとしても、死ぬようなことはない」と、バイアスが働いているのかもしれない。

 でも、いざ事故が起こると、その破壊力をまざまざと見せつけられる。人間はもちろんのこと電柱、ガードレール、建物の壁面などなど、相当なダメージを受けてしまうケースがほとんどだ。車自身もね。


 と、扱い方を間違えれば危険な道具も、ちゃんと気をつければ便利なままでいられる。いまや「足」にたとえられるくらいだし、こいつなくしては近辺の移動にさえ差し障りが出る地域もしばしばあるだろう。

 生身のままで動くのとは違い、車はいわば鎧や雨具を身に着けた状態を兼ねている。運転技術と車体性能が許すなら、悪天候でもずんどこ進むことが可能。

 身体をすっぽり覆い隠したまま、身体では出せない速さで移動する。他の乗り物でも同じことができるけれど、こと身近さでいえば車に軍配があがるだろう。そのためか、車にまつわる不思議な話もたくさんある。

 僕が最近、おじさんから聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?


 おじさんは過去、何度か「レインボーロ―ド」を通ったことがあるらしい。

 レインボーロード。虹の道。

 そう聞いて、何が頭にうかぶかによってその人の趣味や地域柄、育ちが垣間見られるかもしれないね。

 おじさんの話すレインボーロードは、ある種の瞬間移動に近いものだった。車を運転している途中、レインボーロードに乗っかると、これまで走っていたところと地続きではない、別の場所へつながってしまうと。

 ときどき、怪談話でもあるだろ? いつもの慣れた道を走っていたと思ったら、いつの間にか見知らぬ景色の街中へもぐりこんでしまっていた、という類のものが。おじさんの住む地域では、これらの現象を、「レインボーロードを通ってしまった」と解釈するらしい。


 おじさんが最初にレインボーロードを通ったのは、成人して間もないころだ。

 友達と飲みに行った帰りに、運転していたらしい。酒気帯びだし、見つかったら相応のペナルティが課せられるのは確実だったが、アルコールで大きくなった気持ちが、それらを隅へほっぽってしまったらしい。

 若さゆえのあやまち……いや、「バカさ」ゆえかな、とかおじさんは話していたっけ。

 家までは車で30分。時刻は遅めで、交通量の少ない道を選んでいた。おじさん自身、運転にも慣れてきて、ほぼ感覚でのハンドルさばきとなっている。

 びゅんびゅん飛ばすが、赤信号を守るくらいの理性は残っていた。道なかばまで来たあたりの赤信号。ここは一度止まると、他のところよりも少し長めに待たされる。

 動いている間は慣性が働く。車のみならず、頭の回転もだ。意識もしないレベルの大小の判断に、頭が勝手に働いて退屈させない。

 それが赤信号や渋滞など、自分勝手に動くことを許されないと、たちまちくたびれモードが顔を出す。空腹、睡眠、娯楽……飢えていたところに、これらを解消するものをあてがえば、普段よりも勢いよく飛びつくのは明白だ。

 脳みそもまた、赤信号で休みを与えられたがために、急速に働きが落ち込んでいく。ただでさえアルコールで麻痺されかけているところに、このようなことをされればどうなるか?

 ……そう、おねむの時間だな。


 おじさんは、うつらうつらと意識が途切れ、はっと気が付いたときにはアクセルを踏み、車が進んでいたらしいけれど、すぐに停めた。

 いつの間にか、自宅を通り過ぎてすぐの交差点に来ていたからだ。このときには眠気もすっかり飛んでいて、引き返して車庫へ停めなおしたらしい。

 この間、自分がどこをどのように運転して帰ってきたのか、まるで思い出すことができなかった。ただ、うっつらと意識が途切れる前に、視界全体が虹色に染まるような感じがしたのだとか。

 涙がにじんだ、ようにもそのときは思ったのだけど、おじさんはその後も幾度かレインボーロードを通ることになった。

 それはいつも酒が抜けきらないときに限って起こり、たちまちおじさんを目的地へ導いてくれたのだとか。


 あくまで幸運なできごととして、片づけておけばよかったが、魔は誰にでもさしてしまうもの。

 とある急用で、一刻も早く目的地へ着かねばならないとき、おじさんはあえてお酒を引っかけて車に乗り込んだらしい。はじめから、レインボーロードを使えることを企んで、だ。

 けれども、これまでのケースと違い、神経はずっとたかぶったまま。おまけに道は渋滞し、思ったように進むことができない。


 ――くっそ、こいつらがなんもいねえ道、通りてえな……。


 そうぼやくや。

 おじさんの視界は、虹色ににじみ始める。それはこれまで、レインボーロードを通るとき、意識を失う寸前の光景にそっくりだった。

 けれども、今度は眠りに落ちる一瞬だけで終わらない。

 目の前を虹色が塗り潰していく。車の中なのか、外なのかも分からないほど、七色が全体にだ。右を向いても、左を向いても、景色は一様に虹色がかってしまい、他に何一つ確認ができない。

 かといって、そのままでいることもできそうになかった。

 おじさんの身体を背後から、一気に包むようになでては通り過ぎていく、妙な感覚が襲ってきたからだ。

 くすぐったさを感じたのは、最初だけ。通り過ぎたあとには、ちくちくとしたしびれとともに、身体中を乱暴につねられたかと思うような痛みが走ったんだ。


 何度も受けられるようなものじゃない。かといって、直前まで前には車が見えていたんだ。いきなり全力で走る勇気もなかった。

 おじさんはブレーキ(があると思わしき場所)から足を離し、徐々に進むに任せてみたそうだ。本来ならぶつかるだろうところで、全然ぶつかる気配がないとわかると、ハンドルを握りしめながら、夢中で走ったそうだ。虹色のみの世界を。

 ぶつかるものは、どこにもない。けれども、自分を追い越しながらなでで、痛めてくるものは不意にやってくる。その感覚から逃げたい一心でおじさんはハンドルを切り続けて……落ちた。


 そこは、夜の川の中だった。

 尻もちをつけるような、浅くて小さな川だったが、おじさんが手にしていたのはハンドルの部品だけ。そして自身は目的地からいくつも離れた県にいることを知ったとか。

 用事は当然こなせず。乗っていた車も結局、今に至るまでどこにいったか行方が分からないらしい、と。

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