ゲームの中の出会い << マイネ >>
ごく一般的な家の二階で、少年がうずくまっていた。
その少年の身体に、外傷的な怪我があるわけではないのだが、その少年は、うぅぅぅと声を発して、苦しそうにうずくまっている。
食中毒を起こして、腹を抱えて苦しんではいるのではない。
熱があるわけでも、風邪を引いているわけもない。
気まぐれで演技しているわけでもない。
長い間、目をつぶってうずくまった後に、少年が目を開けると、目の前には大きな古びた扉があり、少年は驚いた。
ここには、そんな扉は今までなかったから、少年は幻を見ているのかと、自分を疑った。
少年はノブを回し、扉を開けてみる。
目の前には、闇の底へと続く、石造りの階段がある。
少年は靴を用意して、その階段を下り始める。
周辺はどんどん暗くなり、このまま進んでもよいのか、少年は不安になった。
後ろを振り返り、かすかに残る光の先にある現実には、自分の居場所はない、少年はそう思い込んで、先へと進んだ。
少年の名前はマイネ。
13歳の中学1年生だ。
いつも、親からは「勉強して高校にいかないのなら、すぐに働きなさい」と言われていた。
マイネは勉強は好きではなかったが、父親のように大人の世界では働けないことは知っていた。
マイネは、大人しく人見知りで、身体も小さかった。
マイネはまだ子どもだった。
今日もまた、部屋でゲームをしていて、親に怒られた。
マイネは、現実世界に戻りたくない。
深い闇の階段をどこまでも降りていきたい。
そこに何があるのか。
マイネは、夢中になって、階段を降りる足を早めた。
彼はどんどん加速し、足が止まらなくなり、もつれて転がり落ちた。
彼は気を失った。
意識が戻ったとき、もう世界は真っ暗な闇だった。
手探りで周囲を触ると、以前と同じように下り階段が続いているようだった。
マイネは階段を降り続けた。
無限の時間、階段を降り続けた。
何度も疲れて意識を失ったが、それでも降り続けること止めなかった時、階段は終わり、壁が目の前に現れた。
そして手探りで、ドアのノブを見つけ、それが扉であることを知った。
マイネは躊躇いもなく、その扉を開けた。
光も音も臭いもない世界から、空の星明りと、虫の音、風と草の匂いを感じた。
自分は今ここに生きていると感じた。
ここはどこだろう。
自分はどうして、ここにいるのだろう。
マイネは、スマホゲームを始めていたことを思い出した。
ゲームストアで無料のゲームを探していて、大人っぽいイラストのゲームを見つけたので、ダウンロードしたことを思い出した。
「ようこそ、『剣と魔法の王国戦争』の世界へ」
マイネの頭の後ろから声がして後ろを向いたが、何かがマイネの頭の後ろに飛んで、また話しかける。
「あなた、少しスマホから目を離して遊んだほうがいいわよ。現実世界で気を失ってるわよ」
マイネはまた後ろを向いて、話しける声を探そうとする。
マイネは思い出し始めていた。
ゲームのタイトル画面の、龍と騎士が対峙している画面がとても綺麗だったので、目を近づけて見ていたら、音量ボタンを誤って触ってしまい、耳元で大音量が聞こえて、意識を失ってしまったことを思い出した。
そして、ちょんちょんとマイネの眉間を触る、何かがいた。
マイネはすっと顔を引くと、そこには体長15センチほどの妖精がいた。
マイネは口を開けて、何かを言いたかったけれども、何を言えば良いのかわからず、ただ妖精を見ていた。
「大丈夫?」
妖精はマイネの顔にまた近づく。
マイネはまた少し顔を引いて、大丈夫と答える。
妖精は透明な羽衣に、草色の服を着て、赤い靴を履いている。
マイネは、妖精をとてもかわいいと思った。
「あなたはゲームの世界に来たの。ここは村やお城を作り、何千、何万の兵士が戦う場所。でもあなたは子どもだから、村やお城はまだ作れないの。その代わり、あなたは冒険者として、大人の作った村や城を探索したり、彼らの持つ将校と共に冒険したり、戦ったりすることが出来る」
マイネは人見知りで、大人が怖かった。
マイネがその話を聞いて不安になったのを、妖精は見逃さなかった。
「大丈夫。大人との会話は、私が助けてあげるから。戦いも怖くない。最後は私が守ってあげるから。一度だけね。私が身代わりで死んだら、あなたはこの世界から退場する。また遊びたいときは、また新しく始めればいい」
妖精が言うと、マイネは、ぽかんとした顔で質問した。
「それって、僕がゲームの中で死んでしまうのと何が違うの?」
妖精はカラカラと笑いながら、何も違わないと笑った。
「あなたが勇気を持つための【おまじない】みたいなもの」
妖精はいたずらっぽく笑うと、小さな手足をぐーと伸ばして、マイネの周りをキャッキャッとはしゃぎながら飛び回った。
「見て、この世界を。綺麗な星、懐かしい匂い、涼しい風、自然の音楽。この世界に生きていることを楽しんで。それは難しいことじゃないわよ」
マイネは大きく深呼吸した。
久しぶりだと思った。
現実世界では、呼吸が苦しくなることばかりだったと思い返した。
「今は何故なんだろう」
マイネは心の中で、自分に問いかけた。
「聞こえてるよ」
妖精はシシシとおちょくるように笑い、マイネの頬をツンツン押して話した。
「あなたが安心してるから、私が守ってあげるから、あなたはこの世界を楽しめる」
マイネは驚いて、妖精を見た。
「僕の心の声は、全部聞こえるの?」
マイネは不安になった。
妖精を見て、かわいいと思ったこともあったので、そういうことは知られたくなかった。
妖精はフフフと笑って、マイネのおでこをツンツンと押した。
「大丈夫。私は大人だから。あなたが考えることは、誰もが考えることと知っているから」
妖精はいたずらっぽく笑う。
「そうなんだ」
マイネは自分だけ特別なのかと思うことがある。
考えることも、自分自身のことも。
でも、そうではないらしい。
「さ、あそこに村がある。行ってみましょう」
妖精は、遠くに見える村の明かりを指さした。
マイネは目を凝らすと、確かに明かりが見える。
マイネは妖精を見つめ、それから再び明かりを見て、そして歩き始めた。
「ねえ、君の名前はなんていうの?」
マイネは妖精に聞いた。
「小さい草のフェアリー」
妖精はそう答えた。
「うん、それは僕のあだ名よりいいね」
マイネは学校では虐められ始めていた。
中学校が始まり、小学校とは違う校区の子が大半になった。
部活動が始まり、どの部活をやるかは、中学生活を決定する選択になった。
マイネはそんな大事なものだとは知らず、数少ない小学校からの友人が入ったというだけで野球部に入った。
その友達はスポーツが得意だったが、マイネはそうではなかった。
その上、野球部に入った子の半分はリトルリーグ経験者だった。
体力も技術も、運動が苦手だったマイネが追いつける部活ではなかった。
マイネはいつしか部活の同級生から「へボイネ」というあだ名を付けられていた。
マイネは、「僕は‥‥」と言いかけて、止めた。
自分は、ここでは他の誰でもない、本当の自分なのだと言い聞かせた。
「そうだよ。あなたはここではマイネだよ」
フェアリーは、マイネの前でヒラヒラと飛んで、微笑んだ。
マイネはうんと頷き、そしてまた歩き始めた。
遠くに見える村の明かりが、どこか温かく感じられて、早く着きたいと、楽しい気持ちになった。
マイネは今日ここに、自分の人生の冒険が始まったような気がした。
隣にいるフェアリーは、ウンウンと頷いて、マイネの前を先導した。