「敵としての【魔】」
〈採蓴の時は來たりて笛太鼓 涙次〉
【ⅰ】
テオは都内某所・会員制クラブ「キイ・ウェスト・クラブ」(日本のアイドルグループとは関係ない)での、野代ミイのショウを観て、彼女を大久保のアパートに送つた後、事務所に戻り、でゞこと4匹の連れ子たちがすやすや眠つてゐるところを見届けてから、自分も眠りに就いた。
寢起き、PCを見る。と、『硝子』と云ふ詩誌から、谷澤景六宛て、原稿の依頼メールが來てゐる。「あなたにとつての魔界とは?」と云ふのがお題で、編輯主幹には堤諦介なる名が見える。『季刊 新思潮』での活動を見て、最近こんなリトルマガジンからの執筆依頼が多い。カネにはならないが、扱ふマターに依つては、ОKを出してゐた。この場合、「書いてみませう」と云ふ返事が妥当だと思はれた。
【ⅱ】
谷澤は、「敵としての【魔】」と云ふタイトルで、随筆を書き始めた。途中、「魔界は云つてみれば、僕にとつての生活の糧。これがなくては僕の日常がなり立たない」と云ふ件りがある。これは余計な波紋を呼びさうだつたが、ふと思ふところあつて、その儘にして、原稿を書き終へた。
「敵としての【魔】」が、『硝子』最新號に掲載されると、案の定と云ふか、それを論ふ記事が、と或る有名雑誌に乘つた。所謂「すつぱ拔き」である。だうしても、作家としては邪魔な、「正義の味方」イメージが、谷澤には纏ひ付く。「これは、カンテラ事務所員としては、失言なのではないか?」と云ふのである。
【ⅲ】
じろさん、その雑誌の記事を見てゐた。「きみも、兩立、苦勞するよね」、とじろさん同情の聲。「さうなんスよ。だけど自分で始めた事だからね」と答へて置いたが、問題が一つ。
批判の文が、そのすつぱ抜き専門の週刊誌だけでなく、大新聞に迄、上るやうになつてしまつた事だ。
(その内、テレビにも取り上げられるやうになるな。)テオは文筆家・谷澤として、覺悟を固めた。
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〈燦々と日が照つてゐる地球には表も裏もあるものかよと 平手みき〉
【ⅳ】
結果として、テオは、カンテラ事務所員として、謹慎を自ら宣言しなくてはならなかつた。批判が、余りにも廣がり過ぎたのだ。
だが、上司としてのカンテラは、それを許さなかつた。「テオ、きみがゐないと、事務所の仕事が成立し難くなる」と。
「だうしたらいゝですか、僕は?」と、テオ。「まづ、堤と云ふ男について、よく知らないのに、きみが原稿をあげてしまつたのが、間違ひの元だ」-「なる程。調べてみますね」
テオ、今度はカンテラ一味のテオとしてPCに向かつた。堤諦介- 出てきたデータの中に、ポートレイト冩眞があつた。それをカンテラにみせると...
「こいつ、こないだ俺とじろさんが捕り逃がした、例の『大物ニュー・タイプ【魔】』だよ」。あの、映画乘つ取り犯だ。テオは愕然とした。「やはり僕、謹慎ものなんぢやないですか?」-「謹慎で濟む問題ぢやない。こいつは魔界のプロパガンダを、人間界に流布しやうとしてゐる。映画乘つ取りの件も、今回の谷澤随筆の件も、全てはそれに盡きる」
【ⅴ】
カンテラは、じろさんと共に、テオの夢の中で待機した。きつと奴は出てくる。
「ふはゝ、今度は猫の夢か。お互ひ忙しいね。こないだ(前々回參照)は確か犬の夢だつた」堤に嘲笑され、じろさん、怒りを隠せない。「此井殺法-」、だがカンテラがそれを制した。「じろさん、殘念だが、力づくでは無駄だと思ふ。出直して來やう」
カンテラ、外殻の中で考へた(前回参照)、堤退治のシナリオがあつた。
【ⅵ】
まづは『硝子』最新號を、護摩壇に投じた。そして、毒人參。この「修法」は密室でなくては、有毒ガスが人の躰に惡影響を及ぼすので、出來ない。じろさんとしては、カンテラに任せ切りなのが、齒痒かつた。じろさんは、仲間、即ちテオの失態を、自分も參加してカヴァーしたかつたのだ。
「さあ、いゝだらう。またテオの夢だ。行つたり來たりだが、ね」とカンテラ。
堤は、明らかに體調變調に見舞はれてゐた。毒人參が、空間を超えて、利いたのだ。「さあじろさん、やつてくれ」-「押忍!」
じろさんの怒りの掌底。堤、滅多打ちにされて、息絶えた。
【ⅶ】
とまあ、こんなふうに、「ニュー・タイプ【魔】」には手こずらされる。それは、前回カンテラ・じろさん、身を以て知つてゐた譯だが。
さて、この場合、テオが仕事の代金を支払うのが筋道であらうが、カンテラは金尾に云ひ、『硝子』の稿料だけを、テオに差し出させるやう、取り計らつた。ほんの微々たる額ではあつたが、そこはカンテラの心意氣でつて事で。
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〈午前五時初夏白熱の日が昇る 涙次〉
またカンテラが、傳・鉄燦を揮はないエピソオドだ。これでは作者もストレスが溜まるので、次回はチャンチャンバラバラ、と行きませうか。お仕舞ひ。