夜空に堕ちた少女
ピピピーーピピピーー
狭い部屋にアラームの音が鳴り響く。
僕はそれを、手のひらを叩きつけるようにして殴り止めた。
「……もう朝か」
疲れが取れないまま、僕は重たくなった体を布団から引き剥がす。天井を見上げても、昨日と同じ景色しかなかった。
僕は朝の支度を始めた。朝食はいらない。食べなくたってお腹は空かないから。
僕は制服のシャツに腕を通した。ヒンヤリとした気色の悪い感触が肌を伝う。
支度を済ませた僕は、何も言わずに家を出た。「いってきます」なんか言ったって、返してくれる人はここにはいない。
教室の中、誰かが笑っている。誰かが何かを話している。
僕もその輪に混ざって、当たり障りのない相槌を返す。
「だよなー」
「マジそれな」
言葉は口をついて出るけど、心はそこにいない。
この日々が、何かに繋がる気がしない。ただ、繰り返すだけ。
『どうかこの日々が一刻も早く終わりますように。』
僕は何度も強く願った。願って、願い続けて、でも願う"だけ"だ。自分からは何も行動しない。ただ時間に身を委ねているだけ。そんな自分が僕が誰よりも嫌いだ。
そんな僕にも、心の底から思いをぶつけてくれる人がいた。
空気なんて読まないし、僕の態度にも気づいてて、それでも――
「お前さ、もうちょい本音で喋ったら?」
春樹は今日もストレートだった。
そんな春樹が僕は好きだ。憧れているからこそ…
「春樹には、分かんないよ。」
その言葉が出た瞬間、後悔した。
でも、止められなかった。
春樹は僕にとって、特別な存在だ。
だけど、春樹にとって僕はどうなんだろう?
クラスの中心にいて、誰とでも笑って、誰にでも優しい。
そんな春樹にとって、僕はただの“その他大勢”の一人じゃないかって、
時々、怖くなるんだ。
「そっか、まあ無理にいう必要はないよな。でも本当に辛かったらいつでも言えよ。俺はいつだってお前の味方だから。」
春樹の声は、あたたかかった。
それが逆に、少しだけ胸に刺さる。
「……ありがとう。」
小さな声で返した僕を、春樹はそれ以上責めなかった。ただ、隣で風に髪を揺らしながら、空を見上げていた。
学校の帰り道、僕はいつも遠回りをしている。理由は簡単だ。あの家にも僕の居場所は無い。両親は随分前に離婚して、親権は母親の方に移った。それなのに母はろくに働かず、一日中男と遊んでばかり。もうしばらく顔も見ていない。
公園のブランコが、風に揺れてぎいぎいと音を立てている。
誰も座っていないのに、僕よりも楽しそうだった。
ふと、胸の奥がきゅうっと締めつけられる。
父の建てた家は、2人で母と二人で住むには大き過ぎる家だ。父は資産家だった。今はその父からの仕送りで生活しているようなものだ。
僕が家の戸に手を掛けた時だった。
一筋の紅く光る何が、空を切って堕ちてゆく。
最初は流れ星かと思った。でも、それは途中で軌道を変えて、明らかに“こっち”へ向かってきた。
「まさか……」
そんな言葉を飲み込む暇もなく、夜の静寂を破るようにして、轟音が響いた。
見慣れた自宅の庭。そこに、巨大な閃光と共に、何かが“墜ちた”。
(隕石…?いや、これは?)
僕は立ち昇る煙の中から、その“何か“を覗くようにして見た。“何か“は微かに赤い光を発していた。まるでSF映画でありがちな生命維持カプセルのようだった。
(これってまさか…UFO…⁈)
僕が呆然とその物体を見つめていると、
赤い光の中心がわずかに脈打つように明滅した。まるで呼吸しているかのように。
「……え?」
不意に、カプセルの表面がスッと曇り、
中から人影――いや、“少女”のようなものが現れた。
銀色の髪。透き通るような白い肌。
ゆっくりと瞼が開き、ぼんやりとした視線が僕を捉えた。
(宇宙人だ…、本当に居たなんて…、捕まったらなんかのヤバい実験の被験体なるやつだ…これ。今はとにかく逃げないと。)
逃げようとするも、恐怖で足がすくんで中々立ち上がれない。
逃げなきゃ、そう思ってるのに体が動かない。
足に力が入らず、膝が震える。
その時、カプセルの扉が音もなく、ゆっくりと開いた。
少女はニュッと立ち上がり、身体を支えきれず、ゆらりと揺れながら、彼女は僕の方へと歩いてくる。
その目には、恐怖も、怒りも、喜びもない。
ただ、真っ直ぐに僕を見つめる瞳だけが印象的だった。
そして彼女は、僕のすぐ目の前で、静かに口を開いた。
「Hi,I'm Leah. Nice to meet you.」
「は…?」
その声に、僕の思考が一瞬だけ止まった。
(宇宙人ってこんなにネイティブなんだ…。)
今思えばこの時から既に僕の、いいや、僕たちの物語は始まっていたのかもしれない。これは、同じ星で出会った僕たちが紡ぐ、奇跡の物語だ。
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