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1杯目「BAR 禁じられた遊び」で、呑む。

 なんばウォークを出て、そのまま戎橋に向かう。

 宵の口の大阪は賑わいを増し、日本語北京語広東語、ハングルスペインドイツにフランスと、もはや何処から何処の国の言葉が聞こえてくるのかわからなくなるまで混じりきった人々の声が高いアーケードの天井に跳ね返って頭の上で渦を巻く。

 その心地よい喧騒と、割り込みや肩でぶつかってくる連中への不快感に揉まれながら歩くのが、僕は実際ちょっと好きだ。それはまあこの170センチ100キロの丸っこいのに好き好んでぶつかってくる奴があまり居ないおかげもあるだろう。背の高い外国人は確かに多いが、僕より図体の分厚いのはあまり居ないし、居ても僕のほうが避けちゃうし。


 やがて道頓堀に出て、景色が少し開ける。暗い夜空に向かってネオンやビルが伸びて、そこに無数の広告と看板がツキヨタケのように生えて光る。

 橋の上には写真を撮る観光客や座り込んでギターを掻き鳴らすミュージシャン、痴話喧嘩の中年男女、連れ立って歩くコスプレ集団が目立っている。テレビ電話を繋げながら喚いているアジア系の女性が僕の後ろからヌッと通り過ぎたとき、20メートルぐらい先に見覚えのある背中があった。

「ヨシダさん!」

 一瞬、胸ポケットの端末に手をやって彼を呼び出そうかと思ったが、結局そのまま声を張り上げて呼び止めることにした。

「おう!」

振り返ると、やっぱり彼だった。


「どこで飲んでたのさ」

「ボスのとこ。タコのウマイのがあってよ」

「待っててくれりゃよかったのに!」

「おメェっせえーんだよ」

「5分や10分ぐらい、いいじゃないのさ!」

 並んで歩き出すや否や挨拶もそこそこに口論寸前の僕たちだが、いつものことだ。大体この人は大酒飲みだが飲み方自体はキレイというか、ひとつのお店に長居せずサッサパッパ飲み食いしてすぐに出てしまうことが多い。

 ちなみに彼の言う〝ボスのとこ〟とは、ココからほど近い日本橋パールビルの【立ち呑み 毘】さんのことで、種子島の焼酎や一品料理も豊富な僕たちのお気に入りのお店だ。タコの吸盤のお作りというのを、僕も以前食べたことがあった。コリコリぷるぷる食感の吸盤を噛み締めて広がる味わいがたまらなくて「オイ、コッチだ!」

 おっと。いつのまにか宗右衛門町を通り越して三ツ寺筋にかかっていた。ここを左に折れると、もうピンク色の看板が見えている。

 日宝ロイヤルビル。ここの2階が今日の(僕にとっては)最初のお店だ。


 階段を上がってフロアの奥に向かっていくと、黒く細長い看板が斜めに突き出している。禁じられた遊び。それがお店の名前で、その字体も黒く塗られたドアの装飾も、ギッと開いて目に飛び込んで広がる景観も、全てが悪趣味かつ過剰でありながら抜群のセンスでダークに彩られているのは、画家であり歌手でもあるアーティストの店主ハルキゲニアさんによるものだ。

 が、この日ハルキさんは残念ながらお休みで、店番をしているのは別の女性だということだった。


「あっ、いらっしゃいませぇ」

 酒瓶と花瓶と物騒なオブジェに囲まれたカウンターの向こうから、おっとりしたアクセントのやわらかな声が出迎えてくれた。

 今日の店番をしている十和子とわこさんだ。

 ドレス、ネイル、ボンネットと全て黒だが、暗すぎずフリルやデザインで時に鋭く時に可愛らしく全身を包みこんで飾っている。それがぱっちりと優しい相貌と彫りの深い顔立ちと実によく似合うひとで……早い話が

「オイ。お前こういう子、スキだろ」

「よしなよ、ヨシダさん!」

 そういうことだ。


 早速カウンター席に並んで腰掛けた僕たちは、

「俺はジャスミンちょうだい」

「僕コーラで」

「はい、かしこまりましたぁ」

「あと、お姉さんも何か飲んでよ」

「わーーありがとうございまぁす!」

 とりあえず、と僕のコーラをグラスに注ぎ、ヨシダさんのジャスミンを壁のラックから取り出して手早く作ってくれた。十和子さんも自分の飲み物を用意して、

「じゃあ、私もいただきまあす!」

「かんぱーい」

「かんぱーい!」

 三人で順番にグラスを合わせ、ぐいと飲み始める。これこそがBARに居るんだなあと思う、BARに来てよかったなと思う瞬間だ。まあ僕はお酒が弱いから、あまり飲めないけど……それでも行けば楽しく過ごさせてくれるし、普通に暮らしていると出会えない人と知り合えるのも面白い。お酒が飲めなくても大丈夫なのがまた、とてもありがたいな。

「それにしても凄いな。十和子さんもこういうの、好きなんだねえ」

 ヨシダさんが感嘆しつつあたりを見渡す。お店のなかは十字架や神話をモチーフにしたレリーフ、オブジェ、装飾をまとった鏡に銀の食器が所狭しとディスプレイされており、それがやはりゴシックに身を包んだ十和子さんと調和を果たしている。

「そうなんです、やっぱり自分にはコレだな~って思って」

 人懐っこい笑顔を浮かべた十和子さんの、ぽってりとした唇からこぼれた白い歯が薄暗目の柔らかな明かりを浴びて艶やかに光る。十和子さんとは初対面だが、話すほどに魅力的な人なんだなと思わせてくれる。眼力つよつよでくるくるよく動く瞳を上機嫌に潤ませながらコチラの話に耳を傾けてくれて、相槌を打つたびに揺れるつやつやした黒い髪がまたステキだ。

 ダークでフリフリな見た目とは裏腹に、彼女自身はおっとり話す。落ち着いたトーンながらもどこか素っ頓狂で、でも真面目で育ちが良さそうなところがちっとも隠れていない。華美な装いではあるが、性根に無駄な飾りがないの「あーっ!」

 ヨシダさんと好きな映画の話かなにかをしていた十和子さんが、急に大きく開けたお口に手を当てて叫んだ。

「ごめんなさぁい……私、おしぼり出すの忘れてた!」

 そういえば。

「ええーやだぁ、どうしましょ」

 別にそんなに気にしてくれなくてもいいのに……顔を気の毒な程くしゃっとさせて狼狽えつつも、お店に合った黒いペーパータイプのおしぼりを二つ手渡してくれる。

「まあまあ、そんなとこも可愛いよ」

「ギャップ萌えってやつだね」

 改めて手を拭きながら

「ジャスミンのおかわり、もらおうかな」

「僕もマリブコークください」

 せっかくなのでもうイッパイ。

「十和子さんも、ゲン直しにおかわり飲もうよ」

「ありがとうございます、いただきます!」

 泣いたカラスがもう笑った。こういう時、ヨシダさんは機転が利くからうらやましい。全然ホントに気にしてないよ! なんて強調するより、普通に目先を変えてまたリセットしちゃえばいいんだな。


 結局そのあとも立て続けに3杯目、4杯目と飲み干したヨシダさんは顔も赤くせずにチェックを申し出た。お会計を済ませると、十和子さんはドアを出て見送ってくれた。

 ダークに統一されたお店から日宝ロイヤルビル2階の普通の廊下に出た十和子さんは、やっぱりかっこよくて可愛いゴシックロリィタのお姉さんだった。この姿が自分の理想であり、なりたい自分で居られるひとときであり、その自分を活かせる場所がある。

 僕たちも楽しかったけど、きっと禁じられた遊びでカウンターに立つ十和子さんも、とても楽しく過ごせているんじゃないかな。そうだといいな、と思った。


ごちそうさまでした。


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