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005:仮想空間で①

「あれはきっと、俺たちへの意趣返し、ってやつなんだろうな。」

「確かに、騒ぎ立てすぎたのかもしれないね。」


順に誠人と蓮、2人の会話が男子更衣室に響く。

扉口に立っていた彼らは、ロッカールームの中に入ると、その手に持ったアタッシュケースを備え付けのベンチの上に置いた。

”初回戦闘訓練”を行うために移動する、と言われた今年度の新人たちは、第5講堂から10分ほど歩いた”第8訓練棟”という名前の巨大な建物へとやってきていた。

彼らが思い出すのは、先ほど玲於奈が訓練内容を告げたときの様子である。


――貴方達には訓練装置を使って、魔獣との戦闘訓練を行ってもらいます――


その言葉に、新人たちは最初、動揺の声を上げた。

新人である彼らは魔獣との戦い方を学ぶために養成所の門を叩いている。

そんな彼らに、初日に魔獣と戦えというのだ。

この訓練は無理を承知でひとまず一度戦ってみる、という禊の様な物なのだが、新人はあずかり知らぬ話である。

なにより、どこか薄暗い笑顔でにたりと笑う玲於奈の表情が、何かもっと特別な思惑を感じさせていた。


「訓練、っていうのは何をするんだろ。」


一足遅れてやってきたアキラが、ロッカールームにたどり着くなりそう言った。

その声に反応したのは、ケースを開けようとパスワードの入力を終えた誠人だ。

特務科の人員には自分専用の装備を用意する権利が認められていて、このアタッシュケースは個人の専用装備を収めて管理部門に預けるための物だった。


「あー、ここには仮想空間を生成できる魔道具が置かれてんだ。それ使って魔獣との戦闘訓練をやんじゃねーかな。」

「仮想空間? 」


誠人の言葉に、アキラは驚いたように目を丸くした。

彼の反応を見て朗らかに笑った彼は、手元のケースから箱の形状をした機器が複数取り付けられたベルトを取り出す。


「魔道具の機能としてはエーテルを制御する装置なんだよな。だから厳密には仮想空間じゃなくてよ、エーテルを制御して作り出す実像をつかって……いや、何でもない。」


彼の疑問に対して少し興奮した様子でとめどなく話していた誠人は、目を白黒とさせているアキラを見て言葉を止める。

すまん、とばつが悪そうな表情でつぶやく誠人にアキラは返答に窮して、ロッカールームには妙な沈黙が流れた。

そんな彼らに助け舟を出すように、先に自身の装備を身に着けた蓮が口を開く。


「……早かったじゃないか。」

「え、ああ、いや、ごめん。」


助けられた、と言わんばかりに硬直から復帰したアキラは、蓮の隣にアタッシュケースを置く。

装備の受取と預入を行う窓口で、彼は足止めを受けた。

蓮は専用の装備を用意しておらず一般兵装の貸し出しを受け、誠人は専用装備を収めた小振りのケースを窓口で受け取った。

それに比べてアキラは、膨大な量の専用装備が預けられているという事で別室呼び出しとなったのだ。


「持ってくるのを選んでる間に、係りの人にすごい小言を言われたよ。」

「だろうなぁ。」


どこか虚ろな表情でぽつりと呟く彼に、誠人がそう言って眉を下げる。

別室に通された彼が見たのは、リーサが送りつけたのであろう、まるで博物館かと問いたくなるような装備の山だった。

どこか遠い目をしたアキラを傍らに、ケースに収められた装備品を覗き込んで、誠人が興味深そうに唸る。


「ほーん。随分とまぁ、こいつは大したもんだな。」


そういう彼の目線の先に並ぶのは、ナイフに長剣、小銃、拳銃と軽装のプレートアーマー。

それらは魔法剣や魔道銃と呼ばれる、現代では典型的な魔道具である。

魔道具は、使用者の魔力をもとに動作し魔法を発動する特別な道具だ。

それらはかつて職人による工芸品であったが、近代になって量産が可能になり、魔獣との戦いで人類が躍進する大きな一助となった。


「大した……? 」

「あー、いや、こんな年代物、なかなか見れねぇからよ。」


彼の反応に首を傾げたアキラに、誠人はそう返す。

彼の魔道具はいずれも、魔獣が出現した初期の時代に使われていた骨董品の様な代物だった。

アキラに許可を取った彼は小銃型の魔道銃を手に取り構えると、照準機を覗き込む。


「この時期のやつは魔力回路に人工核が使われてねぇんだよな。」

「詳しいね。」

「家が魔道具屋だからよ。」


得意気な表情でそう言った誠人に、アキラは驚いたように目を丸くして見せた。

そして心のなかで、成る程、とひとりごちる。

誠人が所々で魔道具に深い興味を見せるのは、家庭に理由があるようだ。


「人工核が無いっていうと、魔術師が魔力切れになりながら戦っていた頃の代物じゃないか。」


隣からアキラ達のやり取りを見ていた蓮が、そう声をかけてきた。

彼のいう人工核とは、魔獣が魔法を行使するプロセスを参考に生み出された、近代の魔道具に搭載された魔力効率を向上させる部品である。

彼はいつもの微笑と共に、感心したような声色で言葉を続ける。


「良く魔力が持つね。」

「そこには自信あるからね。代わりに、最近の魔道具が使えないんだけど。」


アキラは自嘲するように小さく嗤う。

近代の魔術師において、魔道具を扱えない、というのは大きなディスアドバンテージとなる。

アキラ達の間には、わずかな沈黙が広がった。


「……それは大変だ。」

「ありがとう。」


気を遣うような雰囲気の蓮に、アキラは苦笑しながら応える。

アキラが気まずそうに頬をかいていると、誠人がふと、口を開いた。


「まぁそんなこともあるだろな。これ、返すぜ、サンキューな。」


彼は明るい言葉と共に、小銃型の魔道銃をアキラに返却する。

気持ちのいい笑顔、と言うのはこういうもののことを指すのだろう。


「こんな古の時代の魔道具が、山ほどあんのか? 」

「そうだよ。それはもう、よくわからないくらいに。」


薄暗い雰囲気から脱したアキラに、誠人が問いかける。

彼の返事に誠人は、まじか、と小さく声を上げると、期待に満ちた表情で言葉を続けた。


「そりゃあ最高だな。……なぁ、整理も手伝うから、今度見せてくれよ。」

「うん、お願いしようかな。」


各々装備を身に着けながら、そんな他愛のないやり取りを続けていると、やがて、ロッカールームに備え付けられたスピーカの電源が入った。

僅かにノイズが混じる音声で、玲於奈の声が響く。


『40班がプログラムを終了しました。41班は入場してください。』


41班、それはアキラ達の班に与えられた番号である。

その放送を聞いて彼らが表情を硬くしていると、ロッカールームの、アキラ達が入ってきた入口とは反対側に置かれた鉄扉が重い音と共に開いた。


「きっつ……。」

「うう……。」


鉄扉が開くとともに、奥から数名の少年が死霊の様な重い足取りで現れる。

彼らは40班の男子隊員たちだ。

まさに死屍累々と言わんばかりで、彼らのうちの一人は口元を押さえながら洗面台へと走っていく有様だった。

彼らの有様に蓮は変わらずのアルカイクスマイルに冷や汗をたらし、誠人は乾いた笑いを漏らしている。


『41班? さっさと入りなさい。』


アキラ達を急かすように、背後のスピーカからは苛立ったような玲於奈の声が流れた。

鉄扉の奥の暗闇は、まるで人を飲み込まんとするかのように口を開いている。

彼等は覚悟を決めたように、目の前の暗闇へと足を踏み入れた。


「わ、わぁ、本当に真っ暗。」


鉄扉を潜ると同時に、何処からか聴こえた奈々樹の声が暗闇に溶けていった。

声の方を見ると、女子更衣室側からの入り口なのだろう、光の溢れる扉から入室してきた奈々樹達を確認できた。

やがて、41班全員が揃うと、鉄扉は音もなく閉ざされる。


「これは本当に、広い部屋だな。」


一切の光源が絶たれた暗闇の中、舞が感心したようにそう言うと、何度か闇に向かって声を放つ。

その声は周囲に一切反響することが無く広がっていき、それはこの空間が如何に広大であるかを物語っていた。

耳の痛くなるような静寂が広がる。


『プログラム起動します。』


ふと、無機質な合成音声が再生され、鋭い金属音が周囲に響いた。

その刹那、暗闇の奥から、世界がやってきた。


「ひゃっ!? 」


奈々樹の情けない悲鳴と共に、周囲の世界が塗り変わっていく。

壁が崩れて鉄骨が剥き出しになり瓦礫に埋もれた廃墟ビルの群れや、大きくひび割れ隆起した道路など、気がつけば周囲は荒廃しきった街並みに変化していた。


「すげぇ……な。」


この光景に圧倒されたように誠人が小声で呟く。

魔道具によって生み出された空間の再現度はほぼ現実といってよく、この街並みが防護壁の外の世界、かつて人類が文明を謳歌した空間であることを、否応なしに理解させた。


「でも、なんか嫌な空。」


神妙な表情で、青く透き通る空を見上る奈々樹がポツリと呟く。

廃墟とは言え晴れ渡る空のもと、周囲は十分に明るいはずだった。

しかしそれでも、耳のいたくなるような静寂と防護壁外の非日常感が、彼等を呑み込んでいた。

そんな静寂を破るように、蓮が口を開く。


「そう言えばアキラ、アキラはどういう風に戦う? 」

「うん? 」


彼の言葉に、アキラは少し眉を上げて首をかしげる。

そんな彼の様子を、やや硬くも真剣さを感じさせる笑顔で見ながら、蓮は言葉を続けた。


「これから戦う以上、役割は決めておきたいんだ。……まぁ、連携、というほど訓練を受けたわけではないけど。」

「……ああ、なるほどね。」


彼の言葉に、アキラは得心がいったように頷いた。

そしてその問いに、彼は考える様子を見せながら応えた。


「身体強化を使った近接戦闘が得意かな。体の丈夫さには自信があるから。」

「!! それは良かった。皆とは前もって話していたんだけど、前線を張れそうなメンバが少なくて。」


彼の言葉に嬉しそうに笑った彼は、僅かに考えるような間を置いた後で奈々樹たちを呼び集める。

そして、彼の主導で各メンバーの役割が割り振られた。

アキラに加えて防御魔法が得意な蓮が近接戦闘を担当する前衛に、探知と治療魔法が使える奈々樹と、大規模な攻撃魔法が使えるレイは後衛と言うことになった。


「誠人と舞は? 」

「色々できるから、中衛、って感じだな。」


アキラの問いに答えたのは誠人だった。

彼は左右の腰に下げた、合計8個の箱状の魔道具――彼の専用装備である――をちらりと見せた。

その瞬間、左右の箱が一つずつ、その蓋を開く。

かちかちと精緻な機械音と共にその箱は姿を変えていき、二丁の拳銃のような形状へと姿を変えた。

アキラが驚いたように目を丸くしていると、自信に満ちた表情で誠人は笑った。


「まぁ、長谷川グループのボンボンらしいな。」

「うっせーな。」


茶化すように放たれた彼女の言葉に、誠人が噛みつく。

そんな、早くも見慣れた光景にアキラが目を細めていると、何処からともなく、無機質な合成音声が聴こえた。


『プログラム開始まで30秒。訓練生は配置についてください。』


訓練が始まる。

それだけで、先程までの朗らかな空気は途絶えた。

あるいは、これまでの明るい空気は、緊張を隠すための虚勢だったのかもしれない。

とにかく彼等の間には、張り詰めた重い空気が広がった。


「ひとまず、態勢を整えようか。」


いつものアルカイクスマイルを緊張に硬くした蓮が、そう言って彼等の先頭に立つ。

隊列の先頭に蓮が立ち、レイと奈々樹を中心として、殿をアキラが務める。

そしてそんな隊列の左右を、誠人と舞が固める。

彼等が体勢を整えるのと、周囲に再び合成音声が響き渡るのはほとんど同時であった。


『プログラム、開始します。』


無機質に流れたその声は、廃墟の影へと消えていく。

僅かな息遣いさえも聞こえそうな静寂の中で、しかし、開始の合図とは裏腹に、周囲の気配はこれと言って変化はなかった。

仮想空間が作り出した微風が、彼等の頬をぬたりと撫でる。


「とにかく、前進してみよう。」


重い静寂を破ったのは皆の先頭に立つ蓮の言葉だった。

そしてその言葉と共に、彼等はゆっくりと前進を開始する。

とは言え、元より路面の悪い足元に加えて、周囲を警戒する必要があるためか、その速度は遅い。

所々に深い亀裂が口を開く道路はとても歩きづらく、気を抜けばすぐに足をとられてしまいそうだ。

神経ばかりがすり減る中、少し先に大きな交差点が見えてきたタイミングだった。


「えっ!? 」


静寂を破ったのは、奈々樹の小さな悲鳴だった。

41班の面々が彼女を見れば、恐怖と不安に満ちた表情の奈々樹は前後を見ながらその場で尻餅をついていた。


「な、なにか、すごく冷たくて、嫌な感じのが前に3つ!! あと、後ろにも!! 」


奈々樹は生まれつき周囲の魔力を感じることに長けていて、周囲の生物の持つ魔力の特性を、感情や味覚の様な形で感覚的に感知する。

そして今彼女は、これまで感じたことのない、重く冷たい氷水の様でいて、臭いを嗅ぐだけでえずく、吐瀉物のような気配を感じ取っていた。

急遽出現したそれらは、前後に伸びる道路で彼らの道を塞ぐように前後から接近をしている。

その接近する何かの放つ気配に半ば恐慌状態に陥った彼女は、その場で頭を抱えこんでしまった。


「お、おい。落ち着いーー

「来た。」


がちがちと歯を鳴らしながら震える彼女に駆け寄った舞が、声をかけようとしたその時だった。

レイがポツリと、言葉を漏らした。

緊張に固まる彼らの視界の先、交差点を挟んだ反対側の瓦礫の合間から、それらが姿を表す。


「……あ、あれが……。」


絞り出すような誠人の声は、周囲を囲む廃墟の群れへと飲み込まれていった。

四足で地を這う魔獣が、そこにいた。

第一種狼型魔獣 ガルム。

かつての神話に登場する魔犬の名を与えられたそれは、およそ神秘とはかけ離れた姿をしていた。

大人ほどの体格を持つそれは、黒く艶のある表皮に毛はなく、発達した四肢の筋肉が表皮を押し上げている。

また、鮮血のような深紅の単眼をぎょろぎょろと動かし、口からは粘性のある唾液を止めどなく垂らす姿は、それを見る者に生理的な嫌悪感と、本能的な恐怖を覚えさせた。

その数は3体、先程奈々樹が告げたものと同数である。


「ど、どうする……? 」


奈々樹のそれが伝播したように、浮き足だった様子の誠人が喉から押し殺した声を漏らす。

魔獣たちはまるで意思を持つかのように、時折、唸り声を交わし、威嚇しあいながら、此方に向かって足を進めていた。

幸い、まだそれらとの距離は離れていて、41班の存在に気が付いていない。

そう思った瞬間だった。


「「……!!」」


元より十分な距離が離れている。

すこし身を低くすれば気付かれることはないだろう。

しかしそれでも彼等は、先頭を歩く魔獣の目が此方に向けられそうになったときに、付近の瓦礫の陰に飛び込むように身を隠していた。

それは、彼らが覚えた本能的な恐怖によって引き起こされた、反射的な反応だった。


「本当に、偽物なのか……?」


舞とレイは、道路脇の瓦礫に身を隠していた。

押し殺した舞の言葉は、ここが本当に仮想空間であるかを疑うものだ。

そして、そんな彼女のとなりで深く地に腰かけた状態のレイが、彼女の言葉に応える。


「仮想空間。」

「そんなことは解っている! 物の例えだ! 」


舞は彼女の隣に、同じく身を隠すように腰かけると、唸るように声を荒げた。

そんな彼女の声を聞き流しながら、レイは道を挟んで反対側の廃墟の柱に、誠人が身を隠しているのを確認する。

遠目に横顔を見ても、彼はひどく焦っているよう見えた。

僅かに眉をしかめた彼女は、次に瓦礫から頭を出して、前方を確認する。

彼女の記憶が正しければ、蓮は路面に出来た亀裂に身を隠していた。

しかし、死角になってるのか姿は確認出来ず、声を掛けようにも魔獣に気づかれないようにするのは至難の業だと考えられた。


「連携困難。」


ちらりと目を向けた先では、ガルム達が時折会話するように唸り声を交わしながら、ひたひたとその足を進めている。

その様子を嫌悪するように目を細めたあとで、レイは再び身を隠し嘆息する。

そして隣の舞を見上げると、先程までの混乱した様子とはうってかわって、何処か呆然とした姿があった。


「? 」


彼女が小さく首をかしげても、舞はすぐには反応を返さない。

気を引くためにその袖に触れることでようやく、彼女はゆっくりとその首をレイへと向けた。


「な、ナナは……何処だ? 」

「む。」


絞り出すような彼女の声に、レイは小さく声を漏らす。

確かに、先程から奈々樹の姿は確認できていなかった。

硬直するレイを置いて、焦った様子で周囲を見渡した舞は、すぐに彼女を見つけることが出来た。

奈々樹は何処かぼんやりしたような表情で、もといた場所にへたりこんでいた。


「あっ。」


廃墟の町並みに、奈々樹の小さな声が響く。

大きく見開かれた彼女の瞳には、瓦礫の山の上に立ち、血色の眼を彼女に向ける魔獣の姿が写っていた。

四足の魔獣は獲物を見つけた悦びからか、その口元は大きく歪めたように見えた。

捕食者が向ける品定めをするような視線と絡みつくような不快な魔力の気配が彼女を捉える。


「━━━━っ!!」


悲鳴にもならない音を口から出しながら立ち上がろうとした彼女は、足が絡まったのかその場にどちゃりと情けなく転倒する。

そんな彼女に襲いかからんと、瓦礫の山に立っていたガルムが地面を蹴って駆け出した。


「あの馬鹿野郎! 」


身を起こした奈々樹の目には、涙が蓄えられている。

そんな彼女を見て焦ったように悪態をつきながら、魔道銃を構えた舞が瓦礫の影から立ち上がった。

しかし、彼女も焦りから失念していたのだろう、魔獣は1体ではない。

舞の背後からは、もう1体のガルムが襲いかかろうとしていた。

即座にそれに気が付いたレイが、舞を突き飛ばす。


「な、何をす━━━━

「馬鹿。」


悪態をつく舞に一言、彼女は言葉を漏らす。

そこでようやく、彼女はもう1体のガルムが自分達を襲ったことに気が付いた。

先程まで舞がいた場所には、鋭い爪で地面を踏みしめる魔獣の姿があった。


「あぐっ!? 」


にわかに騒々しくなった廃墟に奈々樹の悲鳴が響き渡る。

ガルムの突進を受けた彼女は、付近の瓦礫の山まで吹き飛ばされて土煙を上げた。

彼女の傍らに、放射状に延びた骨組みに持ち手がついた形状の魔道具が転がる。

それは盾の魔道具で、魔法教会の一般兵装の一つだ。

魔力を込めることで盾が展開される機能を有している。

突進を受ける際に彼女はそれを咄嗟に用いたが、崩れた姿勢で盾を用いても勢いを受け止めることはできず吹き飛ばされるばかりだった。


「ゲホッ! ゴホッ! 」


吹き飛ばされた勢いで背中を強く打った彼女は、地面にうずくまりながら激しく咳き込んだ。

彼女の魔力探知は、追撃をするために自分に接近する魔獣の気配を感じ取っている。

どうにか起きあがろうと地面に手をついた彼女は、ひゅーひゅーと荒い息をつきながら顔を上げる。

刹那。


「んぎっ!? 」


目の前が漆黒に塗り潰されたと思った瞬間、ぐらり、と脳が揺れる。

仰向けに転がった奈々樹の口のなかに、鉄の味が広がった。

そこで彼女は、ガルムの突進を顔面で受けたことを理解した。

揺れる視界の片隅では、しとしとと歩み寄る魔獣の姿が見える。

ぼたぼたと鼻血を地面に落としながら、彼女は必死の形相で地面を這った。

しかし、そんな彼女の抵抗は、すぐに打ち砕かれる。


「あぐっ!? いっ……痛ぁっ!? 」


左足に激痛が走り、靄のかかったような彼女の意識は現実に引き戻された。

まるで縫い止められたかのように、左足がびくとも動かせなくなったのだ。


「うぅう……ひっ!? 」


反射的に背後を振り返った奈々樹は、すぐに振り返ったことを後悔する。

そこには、鋭い爪を彼女の左足に突き立てて、彼女を見下ろす魔獣の目があった。

血色の眼は彼女を蔑む様に歪んでいて、漏れだす唸り声は嘲笑のように聞こえる。

呼び起こされた被捕食者の恐怖に恐慌状態に陥った彼女は、悲鳴とも叫びとも聞き取れない、言葉のような何かを喚き散らしながら暴れるしかなかった。

そんな彼女の反応を愉しむように、これ見よがしと開かれた口が奈々樹に迫る。

かばうように頭を抱えた彼女は、きつくその目を閉じた。


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