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035:救護室

「はぁ。」


硬いリノリウムの廊下に、何度目になるかわからない舞のため息が広がった。

ここは最前線の救護室前。

魔獣の襲撃を受けた43班、並びにそれを救護した41班のメンバー達は距離が近かった最前線の医務室に担ぎ込まれていた。

41班の負傷者は独断専行したアキラと、核の活性化に巻き込まれた奈々樹と舞の三名だ。

奈々樹によって庇われた舞は軽傷で済み、対して頭を打った彼女は意識不明の重体となっていた。

今、奈々樹を除く41班の面々は廊下に置かれたベンチに腰掛けていて、彼女の処置が終わるのを待っている状況だ。

日中の訓練で時折聞こえていた砲撃の音が、ここでは足元に微かな揺れを覚えるほどに感じられた。


「ナナ……くそっ」


落ち着かない様子の舞が舌打ち交じりに声を漏らす。

彼女は奈々樹と親しい身であると同時に、自身を庇って負傷した。

そのことに負い目を感じているのだろう。

大きく肩を落とす彼女の背中を、隣に座るレイが撫でている。


「アキラは傷口、大丈夫なのかい?」


再び彼らが沈黙に包まれれば、身体の至る所に包帯を巻いた状態でベンチに腰掛けるアキラに向けて、廊下を挟んで反対側、レイの隣に座る蓮が口を開く。

彼は少し前に処置を終えたと言って救護室から戻ったばかりだ。

蓮の声色は疲労の色が濃く表れていて、いつものアルカイクスマイルが抜けている。

気落ちした、そしてどこか責めるような目を向けられたアキラは少したじろいだ様子で口を開く。


「ああ、特に大きな怪我は無いみたいだよ。」


そう言ってアキラは、自身の健在を示すように手を振って見せる。

重苦しい空気の足しになるようにと少しばかり明るい声色で放たれたそれであったが、彼の声はそのまま、長く続く硬い床の廊下に響くばかりだ。

それを聞いた蓮は表情を暗くしながら立ち上がり、だが、唇を噛み締めながら小さく喉を鳴らすと、再び力が抜けたようにベンチに腰を下ろした。


「……そうか、それは良かったよ。」

「う、うん……。」


少しの間を開けてから、蓮が絞り出すようにそう言った。

その声はまるでため息をつくかのようで、力のないその声にアキラは短く返事をするのがやっとだ。

言葉を探すように口を開閉させる彼を見て、蓮は小さくすまない、と謝罪の声を口にするとともに顔を手で覆ってしまった。


「なぁに、今回の件は俺らが全員悪いんだ。落ち込むなよ。」

「……。」


永遠にも感じられる重苦しい空気を破ったのは、レイとは反対側で蓮の隣に座る誠人の言葉だった。

バシバシと背中を叩く誠人と、頭を撫でるレイに、蓮は両手に顔を埋めたまま黙り込んでいる。


「怪我はしたけど、死んだわけじゃねーんだ。だから今回は良かった、でいーんじゃねーか? 」

「それは……! 」


誠人の言葉に蓮は何かを言いかけて、それから途中でそれを切った。

彼の背に置かれたその手は微かに震えていた。

誠人は舞と同じく奈々樹と付き合いが長い。

今不安なのは彼も同じはずなのだ。

それに気がついた蓮はしばらくの間を開けて、それからようやく、その顔を上げた。


「そうだね、誠人の言うとおりだ。状況が状況だったんだから、今後の教訓としていかないとね。」


その顔には、いつもの微笑が戻っている。

それだけで、41班の面々に広がる重い空気はわずかに緩んだ気がした。


「蓮……。」

「アキラは、単独行動は今後断りを入れてくれよ。」

「教官たちもお冠だぜ? 」

「うっ。」


安堵したように声をかけたアキラに、蓮はアルカイクスマイルで釘を刺す。

そしてそれに続くように誠人がからかうような口調でそう言った。

確かに班の行動を無視して単独行動をしたアキラは、このあとガイウス達から呼び出しを受けている。

それを思い出して表情を曇らせたアキラはうなだれて肩を落とし、蓮はふ、と改めて表情を緩ませた。


「仲直りはそれくらいでいいかしらぁ? 」


そんな彼らに向かって、こんこん、と救護室の扉を叩く音ともに声がかけられる。

その音に視線を向けてみれば、そこには救護室の扉の脇にもたれかかるように寄りかかりながら彼等を見る女医の姿があった。

両目にクマを深く刻んだ彼女は、気怠げな視線を彼らに向けている。

その背後、救護室からはからからと看護師に圧される形でストレッチャーが姿を現していた。


「処置、終わったわよ。」

「ナナ!! 」


それは、救護室で行われていた奈々樹の治療が完了したことを告げる言葉だった。

刹那、彼女の言葉に廊下で待機していた舞が立ち上がりストレッチャーへと駆け寄る。

彼女に続いて41班の面々も立ち上がるが、ストレッチャーの上にはすうすうと寝息をたてる奈々樹の姿があった。

右腕にはギプスがつけられていて、患者衣の襟の間からは包帯が巻かれた身体が覗き見ることができた。


「意識はまだ戻ってないわ。夜には目を覚ますと思うはずよ。」

「……そうですか。」


彼女の言葉に、その姿に安堵半分、意識が戻っていないことに落胆半分といった様子の舞が応える。

核の活性化が発生したとき、奈々樹は舞を庇う形で負傷した。

咄嗟に盾の魔道具を使用しようとしていたようだが、展開が間に合わず十分な防御ができなかったらしい。

右腕から背中かけて火傷と切り傷を負うのと共に、吹き飛ばされた彼女は頭を強打して意識を失っていた。


「開放性の裂傷と火傷、頭部の強打ね。縫合と治癒魔法でどうにかなったわ。」


彼女は頭をガシガシと掻きながら、手元の携帯端末に表示されたカルテを確認していた。

そうして治療内容を説明すると彼女は、ふぅ、とため息をつきながらその携帯端末を蓮に差し出す。


「はい、リーダーさんは署名お願い。……まぁ検査した限り死にはしないわ。ぶつけた場所が場所だから、数日は様子を見ないとダメだけど。」

「そうですか……ありがとうございます。」


女医の言葉に、41班の面々の重苦しい緊張感が安堵に緩和した気がした。

その反応を見て彼女は片目をつむりながら深い息をつくと、それで、と言葉を続けた。


「それで、この子はこの後病室に移しとくから、意識が戻ったら連絡するわね。」


そういう彼女は署名を終えた蓮から携帯端末を素早く回収する。

そして半目になりながらその内容を確認すると、しっしと追い払うように手を振って見せ、それからストレッチャーを押す看護師に病室に運ぶように指示をした。

奈々樹(モノ)は見せたから十分だろう、という事なのだろう。


「だが……。」


だがしかし、そんな彼女の仕草に対して舞は大きく肩を落としながら、女医の顔と運ばれていくストレッチャー上の奈々樹の顔を交互に見ている。

女医は彼女の視線を受けて、いかにも面倒そうなものを見る様な目になるが、彼女と同じような目で自分を見る誠人の姿にも気が付くと、どこか諦める様な表情で大きくため息をついた。

そしてそのまま、諦観したような声で口を開く。


「……わかったわ。病室までは一緒に行っていいわよ。」

「っ!! ありがとうございます!! 」


彼女の言葉に舞と誠人は大きく一礼をして、それから運ばれていくストレッチャーの後を追いかけていった。

気が付いてみればレイは舞達よりも一足早く奈々樹の元に追いついている。

どうやら女医の承諾を得る前からそれに同行していたのだろう。

そのことに気が付いた舞がレイを捕まえて騒ぐ声が救護室前の廊下にこだまする。

そんな彼女たちの背後を見ながら、女医は何度目になるかわからない溜息と共に口を開いた。


「あなた、ちゃんとあの子らの首根っこ掴んどくのよ。」

「ははは……。」


彼女たちの振る舞いを咎める様な女医の言葉に、蓮はどこか遠い目をしながら苦笑だけで応える。

そんな彼の反応を見て彼女はふ、と小さく鼻を鳴らすと、改めて人を追い払うように手を振る仕草をした。


「とにかく、さっさと消えなさいな。こっちはあんたら以外にも沢山面倒見て疲れてんのよ。」


そう言いながら彼女はうん、と大きく伸びをしながら救護室へと足を向ける。

その動きに合わせてぱきぱきと彼女の身体は音を立てて、それからごき、と鈍い音共に彼女は小さな唸り声を漏らした。


「大丈夫──


その様子に蓮は気遣うように声を上げたが、そんな彼の眼前で救護室の扉はぴしゃりと閉ざされた。

所在なさげに宙を泳いだ彼の手は、何度か指を振るわせた後でゆっくりとおろされる。

そうして少しの間を開けた後で、彼はそのいつもの微笑をたたえた顔を、アキラの方へと向けた。


「……奈々樹たちの方に行こうか。」


そう言って彼は、舞達に続くように歩き始める。

そんな蓮を呼び止めるように、アキラがぼんやりとした口調でそう言った。


「ねぇ、蓮。」

「うん? 」


その声に彼が振り返ると、そこには彼のことを神妙な表情で見上げるアキラの姿があった。

彼は言葉に困る様に何度か口を開閉した後で、それから絞り出すように声を発した。


「止めないんだね。」

「えっと? 」

「単独行動、断りを入れろって。」


ぽつぽつと告げられたアキラの言葉に、蓮は得心がいったようにああ、とつぶやきながら眉を上げる。

先程蓮は、単独行動をするなら了承を取れと言った。

それは言い換えれば禁止するわけではないということだ。

そのことにアキラは気が付き、それを指摘していたのだが、対する蓮は何を今更、と言わんばかりにその目を細めると一言、小さく言葉を紡いだ。


「どうせ言っても聞かないだろうからさ? 」

「ぅ……。」


そう言って彼は、舞達に合流するように歩き去る。

一人残された薄暗い廊下に、アキラの唸り声が小さく響いた。

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