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032:助太刀

あけましておめでとうございます


「ハサン、アクアをたの━━


意識を失ってしまったアクアを避難させるために彼はハサンを呼び寄せようとしたが、それを咎めるようにガルムが彼を襲う。

アクアを担いで飛び退いた彼は、視界の隅で魔獣に行く手を阻まれるハサンの姿を捉える。

彼の生得魔法は、自らを襲う相手に対して回避とカウンターを同時に行う魔法だ。

入れ替わり立ち替わり襲われたとしても、彼の魔法であれば生き残り、包囲から抜け出すことが出来るだろう。


「大丈夫? 」

「なんとかな!」


アキラの呼びかけに答えた彼の疲労は色濃い。

多数の敵による包囲を無理やり抜け此方に合流、アクアを回収するまでは戦線を維持しなくてはならない。

43班のメンバーだった少女を食い荒らすガルムの群れと、己を食い荒らすガルム達の動きに合わせてかくかくと頭部を揺らす躯の姿が彼の視界の隅に写る。

どうしても浮かぶ最悪の結末を振り払うようにアキラが首を振っていると、先程襲い掛かってきたガルムがそのまま地を駆け、再び彼に襲いかかった。

魔犬の魔獣は彼の様に隙を見出したのだろう。

だがしかし、跳び上がったガルムの血色の眼の奥に写ったのは、冷淡にそれを見返すアキラの灼熱色の瞳だった。


「ふんっ!! 」


彼は飛び掛かる魔犬の頭部を上から貫くように、その手に握った魔法剣を地面に突き刺す。

凄まじい力が込められていたのだろう、その剣は固い地面に深々と突き刺さり、大きくひび割れを作った。

大地に縫い止められた魔犬は激しく前脚をばたつかせているが、その身に負った傷は致命傷と言っていいだろう。

それでもアキラは眼を大きく見開き、それを踏みつぶすように足を振り上げる。


「──!! 」


振り上げた足を振り下ろすよりも先に、アキラがその目を正面へと向ける。

彼の眼前に迫っていたのは、大きく開かれたオルトロスの口内だった。

先ほどまで包囲網の中にオルトロスは存在していなかったはずだが──そう考えたアキラは、遠目に見えるウェアウルフの口角が僅かに吊り上がっているように錯視する。


「面倒だなっ!! 」


ウェアウルフは知能が高く、魔獣の群れを率いる司令塔となる魔獣だ。

上手く主力の魔獣を隠していたのだろう。

大きく舌打ちをした彼が体を後ろに引けば、鼻先を掠めるように魔獣の口が閉じられる。

突如身を現したオルトロスの噛み付く攻撃を回避した彼は、抱えたアクアを庇うように身を捻りながらその勢いで回し蹴りを放つ。

彼の脚は双頭の魔犬の側頭部を捉え、その頭部を粉砕する。

そのような光景を期待したが、しかし、アクアを庇いながら無理な姿勢で放たれた蹴りは、オルトロスの頭部を捉えていたものの大きなダメージを与えることはなかった。


「やっぱり無理か。」


その結果を半分予期していたのだろうアキラが小さく呟くのと、そんな足掻きを見せる獲物に止めを刺さんとオルトロスが腕を振り上げるのは同時だ。

そのとき、アキラの視界の隅でハサンが魔獣の包囲を抜けるのが見えた。

彼は腕の中のアクアにちらりと視線を落とすと、意を決したような眼を魔獣の包囲から抜けたばかりへのハサンに向けた。


「ごめんよっ!! 」

「うおっ!? お前!」


アキラは一度謝罪の言葉を漏らすと、意識がないままの彼女の身体をハサンに向けて()()()()()()

彼女の身体が力なく地面を転がり、驚愕の表情を浮かべたハサンがそれを受け止めるように跳ぶ。

結果を確認する余裕はアキラには無かったが、きっと彼はうまく対処するだろう。

視線を前に戻したアキラは、振り下ろされるオルトロスの腕から身を守るように右腕を前に構えた。


「くっ。」


鋭い爪は彼の腕を守る籠手を貫通し、バキバキと破壊していく。

飛び散る自らの血液と籠手の破片を顔に受けながら、アキラはオルトロスの爪撃を受け流していく。

薬指と中指の間から掌を縦に切り裂かれ、手首、肘と左右に両断されたのと引き換えに、彼はオルトロスの攻撃を防ぐことに成功した。

びたびたと地面に鮮血が滴る。


「これは、どうかな? 」


右腕を犠牲に自らの身を守ったアキラは、入れ替わるように左手をオルトロスへと向ける。

その手には、いつの間にか手にしていた拳銃型の魔導銃が握られていた。

対するオルトロスは、そんな魔導銃ごと食らいつくさんと言わんばかりに、その腕に噛みついていた。


「お前、それ。」

「ごめん、アクアさん。」


その様子を見ながら彼が、先程投げ捨てたばかりの少女に謝罪の言葉をつぶやく。

彼の言葉に何か気が付いたように、アクアを受け止めたハサンが声を発する。

見てみれば、彼の傍らにはアクアが身につけていた筈の、魔道具を格納するホルスターが転がっていた。

先程投げ飛ばした時に、密かに取り外していたのだろう。

拳銃型の魔導銃が収まっていた筈のそれは空で、アキラの構えていた魔道銃はアクアの所持品であることを示していた。


「もっとよく味わなきゃ駄目だ。」


双頭の魔獣に向けて、むしろその喉奥を目指すようにアキラは左腕を押し込む。

オルトロスの強靭な顎は彼の腕を守る籠手を容易くかみ砕くが、彼は躊躇することなくその腕を押し込み続ける。

左腕に走る激痛の中でも表情を崩さず、それよりもむしろ、灼然と輝く瞳と口元を歪めながらアキラは嘲笑を浮かべていた。

近年の魔道具に搭載された人工的に合成される核は、魔法発動の効率化を行う以外にもいくつか機能が存在している。

その中でも特徴的なのは、特定の種類の魔力に反応して異常活性化する機能だ。

魔獣の魔力に対して異常に活性化し、崩壊を引き起こす──いわゆる自爆機能である。


「口にあえば幸いだよ。」


カチリ、と魔道銃の引き金を引く音が、アキラの左腕の先、オルトロスの口内から聞こえた。

光が、満ちる。


「うおお!? 」


轟音が廃墟に響き渡り、地を揺らす。

爆風が吹き荒れ飛ばされそうになったハサンは、抱えたアクアを庇う様に地に伏せた。

彼が背中を向けながら爆風に耐えていると、爆心地から吹き飛ばされた何かが彼らの付近の瓦礫に着弾する。


「ゲホッゲホッ」

「お前、大丈夫か? 」


吹き飛んできたアキラそれが、激しくせき込む。

そんな彼の様子にハサンが気遣う様に声をかけるが、未だに晴れない爆炎に向けて目を細めるアキラは言葉を発することなく手を向けるだけでそれに答えた。

彼の左腕は魔導銃や籠手の破片が突き刺さり、魔獣の肉片がこびりついていたり所々焼け焦げてひどい有り様になっている。

魔獣の体内に押し込んでいたとは言え、左手に握っていた魔導銃が爆発したのだから無理もないだろう。

しかしそれでも、その状態で開閉が出来るのを確認するだけで、アキラは動けば十分と言わんばかりにその手を地について立ち上がった。


「おま──

「ハサン!! 君はアクアさんと一緒に退却してくれ!! 」


口を開いたハサンだったが、それに被せる様にアキラが声を上げる。

彼の眼はハサン達に向けられることはなく、オルトロスの突進によって巻き上がった爆炎のほうへと向けられていた。

その様子を見てハサンは、何かを言いたげに口を開閉させていたが、少しの逡巡を挟んで大きく舌打ちをする。

協力する、という言葉を、彼は今の状況では口にできるはずがなかった。


「死ぬなよ。」

「僕にそれを言う? 」


彼の言葉に、アキラはやけに明るい口ぶりでそう答えた。

その言葉に小さく鼻を鳴らしてから、ハサンは意識を失った少女を抱えなおすと踵を返した。


「行ったね。」


遠ざかるハサンの足音を背中で感じながら、アキラは小さくつぶやく。

どこか感傷に浸るように細められていた彼の眼は、しかし、なにかを察知したように大きく見開かれる。

そしてその瞬間、炎をかき分けながら飛び出したオルトロスがアキラに向けて突進してきた。

双頭の魔獣だったはずのそれは魔導銃の自爆攻撃によってその片方の頭部を失い、それでもなお標的たるアキラの姿をその瞳に映して闘志を燃やしている。


「シィ!! 」


鋭く息を吐きだした少年は、回避することなくその魔獣の突進に相対した。

アキラの腰に差した2本の魔法剣。

先ほどガルムを倒すために片方を使用した彼は、残りの予備の一本を抜くとそれを左手に構えていた。

突進に合わせて、彼は渾身の刺突を放つ。

その切っ先はオルトロスの喉元をとらえるが、それは捨て身の突進だったのだろう。

魔法剣が根元まで深々と突き刺さり、それでもオルトロスの突進の勢いは収まる気配がなかった。

アキラの足元に魔紋が展開され彼の体をその場に固定するのと、オルトロスの突進が彼に直撃するのはほとんど同時であった。

魔導銃の爆発よりはずいぶんと小規模だが、それでも確かな地響きが廃墟の街を揺らす。


「それで──


巻き上がった土煙の中から、少年の声が聞こえた。

そこに集っていた魔獣達の眼に映るのは、土煙の中にほとばしる白色の火花と灼然に輝く赤色の瞳だ。


──次は何が来るのかな? 」


土煙が晴れると、肉塊と化したオルトロスの躯から魔法剣を引き抜くアキラの姿がそこにあった。

彼の体は返り血や肉片などに塗れていて傷だらけの満身創痍であるはずなのに、どこか悠然とした雰囲気を放っている。

その目に映るのは、魔犬を率いるウェアウルフの姿だ。

そしてその目は、ウェアウルフが連れるガルムたちと、そして、上空を舞うアンギラスたちへとながれる様に向けられる。

小さく首をかしげながら、無機質な目で、それでも口元をゆがめながら口を開く。


「とにかく、ここは通さないからね。」


そういいながら彼は、魔法剣に付着した返り血を振り払うように鋭く腕を振るった。


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