31:交戦地点
改稿しました。
30話からお読みください。
「ぐぁ!!?? 」
飛びかかるガルムの爪が、ハサン達と共に戦う43班所属の少年の腕を切り裂く。
それに怯んだ少年が腕を庇えば、その隙を狙うように彼の背後からもう一体のガルムが飛びかかった。
「くそ!! 今助ける!! 」
ハサンが彼に駆け寄ると、襲い掛かる魔獣を蹴り飛ばして少年を助け出す。
ガルムから受けた傷は深いようで、だらりと下げられた腕からはどくどくと血が滴っていた。
「こっちです、しっかりして!! 」
ハサン達の背後に聳える廃墟から支援科の少年が駆け出し、負傷した少年の襟を掴んで引き摺っていく。
彼等が守るように戦う廃墟には、負傷した班のメンバーが担ぎ込まれている。
そこにはかなり大きな怪我をしてるメンバーもいた筈だが、彼等もバリケードを築きながら援護射撃をしてくれていた。
否、そうしなければならない程に状況が悪いと言うべきだろう。
周囲を見渡せば、殴打により潰され、或いは切り刻まれ、そして蒼炎に焼かれる魔獣の亡骸が散乱していた。
転がる骸は魔獣だけではない。
その中には魔法教会の制服に身を包んだ人間のそれも混じっている。
戦場には鼻腔を血と肉の焼ける臭いが満ちていた。
「チッ。」
上空から降り注いだアンギラスの炎弾を躱しながら彼は、苦虫を嚙み潰したような表情で舌打ちをした。
血煙の向こうには、此方を見つめる無数の血色の眼、眼、眼が輝く。
43班は訓練中の負傷者がいたのもあり、より近い最前線へと退却をしていた。
だがしかし、最終的に彼らは魔道装甲車も破壊され退却の脚を奪われてしまった。
現在彼らは、救援信号を出して救援を待つことしかできないが、戦況は良くない。
戦闘が次の魔獣の群れを呼び寄せる現象が続き、戦えるメンバーはアクアとハサン、43班のメンバーがもう一人、そして正規隊員の青年が一人だけになっていた。
「くっ、邪魔!! 」
少し離れた場所で戦うアクアが、側面から飛びかかってきた数体のガルムをまとめて蒼炎で焼き払う。
何体目かもわからない魔獣の攻撃を退けたが、それでも彼女には息をつく暇はない。
そう言わんばかりに蒼炎の残滓の中から、攻撃を免れた1体の魔犬が飛び出した。
その魔犬は、ガルムよりも一回り大きい双頭の魔犬、オルトロスだった。
第二種の魔獣で、虎視眈々と彼女の隙を狙っていたそれは、赤黒い目で獲物であるアクアの姿を捉えていた。
「しまっ……。」
彼女は蒼炎の槍をばら撒きながら、距離を取るために跳び退る。
だがしかし、そんな彼女を追うように、爆炎の中から彼女の魔法を受けても健在のオルトロスが飛び出してきた。
「あぐっ!! 」
オルトロスにのしかかられる形で、彼女は地面に押し倒される。
捕食者の目に映る自分の姿に大きく舌打ちをした彼女は、大きく開かれたオルトロスの口に、懐から抜いたナイフを突きさす。
だがしかし、その魔獣の口は2つある。
ナイフを突きささなかったもう片方の口は、アクアの右肩にがぶり、と噛みついた。
「ぐぎ……。」
咄嗟に右腕を差し込むことができた彼女は、右半身を噛みちぎられる前にその顎を抑えることができた。
魔力を全開にして身体強化を行うが、鋭い牙は右肩に深々と突き刺さり激痛が彼女を襲う。
だがしかし、その痛みに彼女が取り合う暇はない。
身体強化は元の筋力をもとに強化が行われる。
元が非力なアクアでは万力のような咬合力に抗える時間は僅かしかなかった。
「このっ────
彼女はできる限りの魔力で、蒼炎をオルトロスの口の中に流し込んだ。
口の隙間が青く輝き魔獣の肉体が僅かに膨らんだかと思うと、もう片方の口からも蒼い業火が溢れ出す。
命を燃やす蒼炎は双頭の魔犬を内から燃やし、彼女は折り重なるようにそれに押し倒された。
「アクアさん!? 」
「大丈夫よ!! そっちは自分に集中して!! 」
小さく悲鳴を上げた彼女の声に、43班のメンバーの少女が声を上げた。
彼女はその声に応えながら、折り重なる躯を押しのける。
負傷した右腕を庇いながら重いゴム人形のようなそれを動かすのは身体強化を用いたとしても腕が悲鳴を上げた。
「……く……なんでこんなに重いのよ!! 」
「おい、アクア!? 」
襲い掛かる魔獣を蹴り飛ばしながら、ハサンが再び声を上げる。
アクアは彼の声に返事をしたつもりだったが、彼女の声は彼には届いていなかった。
彼女の声は、彼女が思う以上にか細く、呂律が回っていなかった。
なんとかガルムの躯をどかした彼女は立ち上がるが、ひどい頭痛と目眩に襲われる。
それは魔力欠乏の初期症状だ。
「くそ!! そっちに行く!! 」
彼女の様子がおかしいことに気が付いたハサンが声を上げるが、そんな彼を阻むように魔獣が襲い掛かる。
彼の視線の先では、彼の方角へ焦点の合わない眼を向けるアクアの姿があった。
「な、何か言った……? 」
全身から汗を噴出させながらひゅうひゅうと肩で息をする彼女は、息も絶え絶えにそう言うと膝に手をつく。
自然と下がった彼女の視界に写り込むのは、脇に転がるオルトロスの躯だ。
彼女を押し倒していた筈のそれは、蒼炎の魔法によってそのほとんどが吹き飛ばされている。
躯が重かったのではなく、そう感じるほどまでに自分が消耗していたのだと、それを見て彼女はようやく理解した様だった。
半ば過呼吸の様に空気を取り込んでも、荒い呼吸は収まる気配がない。
「あ、あれ? うぅぐ!? 」
攣ってしまったかのような激しい痛みと共に足から力が抜け、彼女はぺたりとその場に崩れた。
なんとか身動きを取ろうと彼女は足に力を入れている様だが、体が揺れるだけでそれを持ち上げることができない。
何度も立ち上がることを試みた彼女だったが、やがて、どこか観念したような様子で動きが止まる。
「アクア!! おい、アクア!! 」
「ゼェ、ヒュウ、ぜぇっ。」
彼女の耳に、ハサンの声は聞こえているのだろうか。
不規則な息と共に項垂れた彼女の視界に、ガルムより一回り大きい魔獣の脚が写る。
どこか呆然としたような表情で顔を上げた彼女の前にあったのは、両の脚で地を踏みしめる狼の頭部をもった魔獣の姿だった。
第二種狼型魔獣、ウェアウルフ。
個体としての強靭さが高いオルトロスとはまた異なり、高い知性を有する魔獣だ。
第二種の魔獣の中でも特に危険な魔獣であり、本来最前線よりも向こうでなければ観測されないはずの魔獣がそこに居た。
否、そのようなことはこの場の面々にはどうでもいいことだったかもしれない。
そういえば、オルトロスと戦っていたのは正規隊員の青年であった、と彼の方を見れば、何かを食い漁るガルム達の姿が見えた。
その傍らには、正規隊員の青年の頭部を咥えるガルムの姿が見える。
「コヒュッ、カヒッ。」
無限に続くような消耗戦の、その最たる戦力である正規隊員の青年が討ち取られた。
その事実は、とても静かに彼らの士気を折り砕いた。
ハサンの鼓膜を誰かの悲鳴が揺らす。
それは、心折れた彼の仲間がガルムに食い荒らされる音だ。
せめて、長くを共に生きてきたアクアを救う。
それでも行く手を塞ぐ魔獣に対処するだけで必死のハサンは、彼女の救援に駆け付けることができなかった。
ウェアウルフの口がまるでハサンをあざ笑うように、鋭い牙を剥き出しにする。
獣人の魔獣はまるでそれを彼に見せつけるようにその腕を振り上げた。
「動け!! 逃げろアクア!! 」
「ヒュ、ヒュ──
ハサンの叫びに彼女は反応しなかった。
ウェアウルフがその爪を有した腕を振り下ろす。
その瞬間だった。
がぎぃん、とけたたましい金属音が、廃墟の街に響いた。
──ヒュ……。」
限界だったのだろう、アクアが、ぐる、と目を回してその場に倒れる。
獣人の腕はその身を捉えることなく、彼女は傷だらけの身体で意識を失っただけだった。
彼女の正面、ウェアウルフとアクアの間には一人の少年が覆いかぶさる様に割り込んでいて、その振り下ろされた腕を金属製の籠手で受け止めていた。
「お前……。」
その姿を見て、ハサンは喉から声を絞り出すようにつぶやいた。
少年は腰に差した魔法剣を抜きざまに対する魔獣を斬り付けるが、ウェアウルフは飛び退ってそれを回避した。
「……ごめん、遅くなった。」
魔法剣を抜き放った姿勢から立ち上がりつつ、少年──アキラがそう言う。
顔を上げたその目は、いつもの鉄錆色のそれが灼熱に焼けたように輝いていた。




