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030:最前線へ


前線訓練二日目、アキラ達は魔導装甲車に乗り込み、日の出と共に第三防護壁を出発した。

目的地は最前線、本日中に到着する予定である。

時刻は昼に差し掛かろうという頃、彼らは丁度中間地点となる幹線道路の残骸を通過していた。

天気は晴天、澄み渡るほどの青空が廃墟の街並みを見下ろしている。


「ガルムの死体が5体……襲撃してきたのは全部倒せたみたい。」

「わかった。確認ありがとう、奈々樹。」


奈々樹の報告に蓮が満足そうに頷く。

先程まで交戦していた彼らは、襲撃してきた魔獣が全て倒されておるのを確認すると、再び魔導装甲車に乗り込んだ。

蓮の合図に運転席のミコがうなずくと、装甲車を発進させる。

ガタガタと戦場を走る車両内には、独特な緊張感が流れていた。


「皆、だいぶ手馴れてきたじゃあないの。」


そのとき、そんな緊張感をはらんだ静寂を破る様に、感心した様子の女性声が響く。

声の主の方を見れば装甲車の中には、一組の男女──両者とも正規隊員の様である──が後部座席に座っていた。

彼等は最前線に向かうために、この魔道装甲車に同乗していた。

もちろんそれ以外にも、最前線に行くまでの簡易的な指導役と、緊急事態に陥った際のサポートも役割に含まれている。

名前は順に諫早(いさはや)悠斗(はると)那美(なみ)といい、特務科の隊員同士で結婚した、と言っていた。


「こりゃあ、俺たちの出番は無さそうだな。」

「もともとそれが理想だから、ちょうどいいくらいじゃないかしら。」


鷹揚な態度で伸びをする悠斗の隣で、那美がくすり、と笑う。

第三防護壁から最前線への移動は魔法教会の正規隊員であれば頻繁に行う事であり、彼らからすれば日常の様なものだ。

出現する魔獣もガルムやアンギラスを中心とした第一種の魔獣であり、時折第二種の魔獣が現れるくらいだ。

魔獣の出現数が多くなった場合などを除けば、平時は最前線への移動を優先する。

それでも今回はアキラ達新人隊員の訓練も兼ねているため、魔獣に遭遇し次第、先頭を行う方針となっていた。


「にしても、最前線に近づくと魔獣の出現頻度も上がるものだな。」


景色の流れていく窓の外を眺めながら、舞がぼんやりとそういった。

彼女の言葉通り、アキラ達を乗せた魔道装甲車を襲う魔獣の数は先ほどから格段に増加している。

第三防護壁を出発したときはそれほどなかった襲撃も、最前線に向けての道程を半分ほど進んだ頃になると十分に一度程度の頻度となっていた。


「そりゃあ、魔獣(やつら)最前線(そっち)から来てっからな。」

「その分、索敵をしっかり行わないとダメよ? 」


彼女の言葉に悠斗が、それが当然だろう、と言わんばかりの声色で応え、那美が補足するように言葉を足す。

それを受けて蓮は、その首を装甲車の屋根に据え付けられたハッチへと向ける。


「アキラ、なんか見えたかい? 」


彼がそう声を掛けると、少しの間を開けてハッチが開かれ、にゅ、とアキラが顔を見せる。

彼は装甲車の上部に胡坐をかいて座っていて、目視で周囲の警戒を行っていたのだ。

廃墟の道路を進む振動を伝える屋根に腰かけ、流れる風に髪を揺らしながら、彼は確認の意図も含めて一度周囲を見渡す。

遠目に羽ばたき空を駆けるアンギラスの姿などはあれど、自分たちを襲おうという魔獣の姿は見えない。

それを確認したアキラは、改めて車内に視線を戻してから彼の問いに応えるように口を開いた。


「いいや、何も。」


彼の返事を聞いた蓮は、ありがとう、と一度返事をした後で、その目を次は車内に腰かけた奈々樹に向けた。

彼の視線だけの問いに、彼女は僅かに目を細める。

実際に探知を行っているのだろう。

少しの間、車内はがたがたごとごとと、廃墟の荒れた道のりを進む際の揺れと衝撃を伝える音だけが流れた。


「……私もまだ、まだ大丈夫だと思う。」


十数秒の間を開けた後で、ぽつり、と告げるように、奈々樹は返事をつぶやく。

魔力の感知が得意な彼女は、その能力を以って魔獣の襲撃を感知することができる。

それ故に彼女は車内に座ったままでも周囲を警戒することができた。


「森崎さんは責任重大だから、もっと胸張らなきゃだめよ? 」

「え、あ、は……はい!! 」


遠目や鼻の効くアキラと感知の得意な奈々樹、2人はこの班の索敵や斥候役を担っている。

奈々樹のそれが少し自信の無さそうな返事に見えたためか、那美がウインクしながらそう言った。

対して奈々樹は、それを指摘されてしまったのが気恥ずかしかったのだろう。

頬を染めた彼女は首を縮めながら、もごもごと返事をする。

そんな彼女の様子を見て、隣に座る誠人がにかり、と笑いながら口を開いた。


「肩の力抜いてけよ、奈々樹。」

「う、うん。ありがと──

「あたしも、ナナの事信じてるからなっ。」

──わっ? 」


誠人の言葉に、奈々樹はその硬い表情を緩めて小さく頷く。

そのタイミングで、奈々樹から見て誠人とは反対側の隣に座っていた舞が、小さく抱きつくように肩を寄せた。

奈々樹は彼女のその行動に少し驚いた様子で、そしてくすぐったそうに小さく身を捩る。

ありがとう、と奈々樹が舞に礼を告げようとした、その瞬間。


「痛っ!」


少し大きな段差を乗り越えたのだろう。

がごん、という音と共に魔道装甲車が一段大きく跳ねた。

そしてその衝撃のせいか、舞の手が奈々樹の顎を掠めるように触れた。

その瞬間、鋭い痛みが走ったように彼女は小さく声を上げる。


「怪我? 」


彼女の小さな悲鳴に、レイがぽつりとした声と共に首をかしげる。

そしてそんな彼女の言葉に続くように、舞も心配するような顔で奈々樹の顔を覗きこんで口を開いた。


「ナナ、朝から少し痛そうにしてたな? 」


今朝、第三防護壁の一室で舞が目を覚ました時のことを舞は思い出す。

奈々樹、舞、そしてレイの3人には二段ベッドが二棟置かれた4人部屋が女子部屋として貸し出された。

そしてそんな一室で迎えた朝。

目を覚ました彼女が目にしたのは、どこか焦ったような、血の気が引いたような、そんな表情で顎を摩る奈々樹の姿だった。


「奈々樹、怪我してるのかい? 」

「大丈夫か? 」


舞の言葉に蓮と誠人も彼女が心配になったのだろう、気遣うような視線と共に首をかしげる。

対する奈々樹は、彼女達彼ら達が心配しているその光景に、目を白黒とさせていた。

怪我をしたのか、という質問に答えるとするなら、確かに彼女は怪我をしていると、自分でも思っている。

詳しい話は覚えていない物の、彼女の昨晩の記憶は夜中に部屋を抜け出し、アキラと屋上で合流した、というところで途切れている。


「えっと……。」


ふわふわとしてはいるものの、記憶をたどれば彼女はアキラと何かの会話をして、そしてそのまま屋上で柵に身を預けたまま睡魔に敗れたような気がしている。

しかしそれでも彼女が朝に目を覚ましたのは、割り当てられた寝室のベッドの上だった。

それらの情報を一つにまとめると、彼女は何者かの手によって部屋に運ばれ、そして寝かしつけられた可能性が高い。

そしてそれができるのは、今は車外、屋根の上で警戒に当たっている少年の可能性が高い。


「奈々樹? 」

「っ!! 」


開いたままのハッチの奥に見える、アキラの横顔。

まさか、と思い至った奈々樹がそれに視線を向けた瞬間、彼女の視線に気が付いたアキラが彼女の方へと振り返る。

彼と目が合った瞬間、奈々樹は、ぼん、と音がしそうな勢いで顔を赤くした。

彼は自分を女子部屋に運び込んだのだろうか。

睡魔に呑まれかけた自分は何か変なことを口走ったかもしれない。

寝顔は確実に見られただろう。

そのようなとりとめもないことが一瞬で脳内を駆け抜ける。


「────っ!! 」

「わわ、ナナ!? 」


兎にも角にも、今の顔を班のメンバーには見られたくない。

そう考えた奈々樹は勢い良く立ち上がると、その場から逃げるようにハッチへと向かい、顔だけでも外に出した。

走行中の魔道装甲車から顔を出せば、流れる風が頬を叩く。

恥ずかしさのあまり紅潮した彼女の頬には、その風がひんやりとしていてとても心地よかった。

車内では舞達の困惑した声が聞こえるが、奈々樹はひとまず無視を決め込むことにした。


「……あの、な、奈々樹? 」

「う……。」


だがしかし、外に逃げたとしてもそこにはアキラがいた。

彼自身も、彼女の奇行の原因に思い当たる節があるからだろう、言葉を濁しながら困り切ったような表情で頬を掻いている。


「……。」

「…………。」


お互いいらえに窮したように、俯き言葉も交わさず、魔道装甲車の走行音に耳を傾ける。

それらに混じって耳に届く、車内の仲間たちの困惑の声と、遠くに聞こえる戦場の音。

何かを言いかけて口を開閉し、再び口を閉ざして俯く。

両者ともにそんな行為を何度か繰り返した後で、ようやく口を開いたのはアキラだった。


「何も、なかったことにしようか。」


彼の言葉に、奈々樹はがばり、と顔を上げる。

その言葉は言い換えると、確実に()()()()()()という事を示していた。

彼女は愕然とした表情をアキラへと向ける。

わなわなと肩を震わせながら、大きく見開いた目はだんだんと潤んでいくその表情に、アキラは、ごめん、ともごもごと歯切れの悪い声を漏らしながら目を逸らした。


「むぅ。」


その反応が気にくわなかったのだろう。

彼女はぷく、と両の頬を膨らませて、潤んだ目で彼のことをきろりと睨んだ。

その時だった。


「「っ! 」」


先ほどまで情けない表情を浮かべていたアキラが、何かに気が付いたように顔を上げて遠方へと首を向けた。

それとほぼ同時に、奈々樹もその表情を一気に硬くする。

彼等の表情は硬く鋭く、そしてどちらも同じ、遠方の一点を見つめている。


「奈々樹。」

「うん。」


アキラの言葉に、奈々樹が小さく頷く。

交わされる言葉は少なく、それでもそれで十分だ。

アキラは遠く漂う血肉の匂いと悲鳴を聞き、奈々樹はこれまで感じていたそれよりもずっと強力な魔獣の気配を感じ取っていた。

感じ取る、とは言った物の、それらの矛先は彼女たち自身ではない。

それでも彼女は、その首を車内に戻して、装甲車内の41班メンバーに向けて口を開く。


「魔獣がいる!! 」


彼女の言葉を聞いて、蓮達の表情が硬くなる。

対して悠斗と那美は、すでに状況が分かっていたのだろう、奈々樹が言葉を発する前に、真剣な表情に切り替わっていた。

緊張した様子の蓮達に比べて、悠斗と那美はずっと表情が重い。

それを見て、奈々樹は自分の察知した状況がやはり真だと理解して、一瞬躊躇するように口を開閉した。

しかしそれでも、状況は一分一秒を要する。

それ故に彼女は、その口を開いた。


「一種よりも、もっとひどい、二種もいると思う……たくさんの群れが他の班を襲ってる!! 」


アキラと奈々樹が察知したのは、遠方──周囲は廃墟の街並みが広がっているが、数ブロック隣の通りだろうか──で行われている、魔術師と魔獣との戦闘の気配だった。

おそらく、襲われているのは自分たちと同期の新人で、その戦況は一刻を争うような状況のはずだ。

次の瞬間、車内をびーびーと、けたたましいアラート音が埋め尽くした。

それらの音源は、アキラ、奈々樹、蓮、ミコ──この車に乗車した魔法教会の関係者が身につけた通信端末だ。


「わっわわっ!!?? ななななんですか!!?? 」

「馬鹿野郎、救援信号だよ!! 」


その音に驚いたミコがびく、と運転手で飛び上がり、そんな彼女に助手席の豊田が怒号を飛ばした。

それは魔法教会の隊員達が、周囲の仲間に緊急事態を知らせるための救援信号だ。


「僕は先に向かうね。」

「……え? あ、ちょ、アキラ君!!?? 」


突然の出来事に車内が騒然とする中、奈々樹の耳にはアキラの呟くような一言が聞こえた。

彼女は一瞬その言葉の意味を測り損ね、声の主へと振り返る。


「え? 」


拍子抜けするような、呆然とするような表情で、彼女はぽつりと言葉を漏らす。

そこに、アキラの姿はなかった。


「ちょ、待ちなさい!! 」


那美が窓を開けて大声で叫び、その声で彼女は現実へと引き戻された。

車内に視線を戻せば、41班の仲間たちはみな、窓の外へとその首を向けているのが彼女の目に映った。

彼等の背に隠れて外は見えない。

しかしそれでも仲間たちの、誠人の言葉を聞いて、彼女は何が起こったのかを知る。


「あいつ、一人で行きやがった。」


それを聞いて大きく目を見開いた彼女は、開いたままのハッチから首を出して、流れる髪を煩わしそうに押さえる。

右も左も、前も後ろも、どこにも彼女の知る少年の姿はない。

先ほどとはまた異なる車内の喧騒が彼女の鼓膜を揺らすが、彼女はそれを聞く余裕などなかった。


「アキラ君……。」


彼女の見上げた空は、どこまでも青く澄み渡っていた。

【2024/12/11】大幅に加筆修正

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